ちょっとばかり前のお話。土曜の午後、中学校時代からの友人から電話が入る。耳に飛び
込んできたのは衝撃的な報告だった。オレの行きつけのゲーセンにある、ピンボールが撤去
されるというのだ。オレはあわてて身なりを整え、車を飛ばして現場に向かった。また、一つの
思い出が消えつつある。ハンドルを持つ手がやけに汗ばんでいた。
あれは中学の頃、少ない小遣いを貯めて、やっと買うことが出来たゲームボーイ。その時、一緒
に買ったソフトがピンボールのゲームだった。安売り品だったとはいえ、そのゲームは実に良く
出来ていた。毎日時間も忘れるほど遊び倒して、スコアもかなり上まで稼げるようになった。
「何だ、ピンボールって、簡単じゃん」単純イノシシバカの考えそうなことだ。井の中の蛙大海を
知らずとはまさにこのことだった。
それから間もなくのことだ。友人と一緒に遊びに行った時のことだ。オレはゲーセンで本物の
ピンボールを発見した。何だかド派手で、不細工なテーブルみたいだな、ってのが、最初の
印象だった。すかさず、オレは友人に向かって得意気に、「ハイスコア出してやる」と宣言して、
オレはその台にコインを入れた。ところがどうだ。てんで上手く出来ないではないか!後ろで
失笑を禁じ得ない友人。焦るオレの気持ちをあざ笑うかのように、ボールは無情にも下に落ちて
行く。結果は、惨敗だった。
コレが「本物」なんだな・・・落ち込む気持ちは強かったが、その根底に沸々と流れる新たな
感情を、オレは止めることが出来なかった。「もっと、上手くなりたい。本物をマスターしたい!!」
ショックで震えていた手は、いつしか武者震いに変わっていた。
いつしか、オレは定期的にそのゲーセンに通うようになった。とは言え、小遣いには限度があるし、
そのゲーセンは、自転車だと結構な距離があったけど、そんなことは構っちゃいられなかった。
とにかく、オレは次第に、ピンボールが魅せてくれる、音と光のシンフォニー、うなぎ登りのスコア等、
ファミコンでは到底味わえない刺激に夢中になった。時には台を揺らし過ぎて、ブザーが鳴って店長
に怒られもした。
やがて、格闘ゲームの大ブームがやってきた。オレもついそちらに気をとられ、ピンボールにかける
金の量は減っていた。それでも、ムカつく奴と対戦で負けたとき、オレは過剰に血の上った頭を、
ピンボールで鎮めていた。ひとたびコインを入れれば、求められるのは自己のテクニックのみ、決して
上手いわけじゃなかったけど、ガガガガン!!とはじけ飛ぶボールを、オレは落とさないよう、必死で
揺らしをかけたりなんかした。
そんな感じでピンボールと関わって数年。恐れていた事態はついにやってきた。店長すらその存在を
忘れるほど、店の奥に追いやられ、淋しく光を放っていたあの台も、ついに寿命が来たらしい。近日中
に撤去され、その後には最新の筐体が入るとの事だった。店に飛び込み、奥に走り込んだオレが見た
物は、青いビニールシートにくるまれ、「触るな」と紙が張られた、ピンボール台の末期の姿だった。
オレはその場に立ちつくした。わかってた、ずっと前からわかってたんだ。もう、こいつにガタがきていた
ことも、新しいゲームにばかり心奪われて、こいつの事を忘れそうになってた、腑抜けの自分の心の中も。
もう、あの光は見えない。シートに包まれたその姿は、、やっと眠りにつけたミイラのようにも見えた。
一週間後、その場所には、最新の格闘ゲームが搭載されたピッカピカの最新の筐体が置いてあった。
画面のなかで、キャラクターが間抜けな声を上げながら、必殺技を繰り出している。それを見たオレは、
何だかぶつけようのない思いがこみあげてきた。オレはつかつかとその筐体に歩み寄り、精一杯の
力を込めたデコピンをモニターにお見舞いして、自分にも1発お見舞いして、足早にその場所を離れた。
-「ありがとう、そして、ごめんなさい・・・」-