★祝日は雪の都★
 
 
今夜は星の聖誕祭。
この王都でも、人々は聖夜を迎える準備に追われている。
町中の通りに縄を張り巡らし、明かりを灯したランプを飾る。
町全体が小さな宇宙に見えるように。
星に見立てた小さなランプを町中に。
 
都にすむ人間は、今日は朝から忙しい。
と言うわけで、冬の間、王都で過ごすことになった2人も
朝から手伝いにかり出されている。
 
オスカーとリュミエールは、王都の地の神殿で紹介された学生用の下宿に間借りしていた。
それぞれの神殿に世話になってもよかったのだが、そうするとどうしても
神殿の仕事に忙殺されて、顔を合わせる機会が減る。
春になればまた、役目を果たすための旅に出る。
2人は昼はそれぞれの神殿に手伝いに行き、夜は下宿に戻って
打ち合わせや調べ物などをして過ごしていた。
そして、今夜は聖夜。
オスカーは、朝から街路や民家のランプを吊すための縄張りの手伝いで町中を動き回っていた。
昼過ぎからは雪もちらつきだした。
夕方近くに下宿に戻ってきたときは、いくら厚い上着を着ていても、体中が冷え切っている。
 
「あ〜、おかえり〜」
この下宿の看板娘、レイチェルが明るく迎える。
彼女も地の神殿で学ぶ学生の一人だ。
「おかえりなさい」
その後ろから、リュミエールが磨いたランプを詰めた箱を玄関先に運んできた。
外出用の厚手のマントを身につけているが、オスカーの服装と比べると、いかにも動きにくそうだ。
この下宿では1000個ほどの飾り用ランプを用意しており、それを公園や街路に飾り付けするのである。
飾り用ランプは日常使う物より一回りほど小さい。
一年ぶりに灯をともされるそのランプを、リュミエールは他の下宿人達と一緒に磨き、
油を入れ、新しい芯と交換して準備に追われていた。
 
とはいえ。
「お前は良いな。暖かい家の中の作業だからな」
一日中、冷えた外で作業してきたオスカーがさっそく嫌みを言う。
「これも必要な作業です」
リュミエールも当然言い返す。
1000個ものランプをぴかぴかに磨き、1つずつ丁寧に仕上げるのは、根気が必要な大変な仕事だ。
「もう、寒いからって人にあたんないでよ。忙しいんだってのに、
ほら、これを飲んで!暖まったら、今度は南の公園にランプを運んで!」
レイチェルはずけずけといいながら、暖めたミルクにブランデーを垂らした物を持ってきた。
「ありがとう、お嬢ちゃん。だが出来ればホットウィスキーの方がありがたいんだが」
オスカーは女性用の甘い声を出したが、レイチェルには通じない。
「忙しいって言ってるの!聞こえなかったの?酔っぱらわれたら、困るの!」
彼女はオスカーにミルクのカップを押しつけると、ぱたぱたと次のランプの箱を取りに行ってしまった。
 
……
2人は少しの間、気まずい雰囲気のまま少女が走り去った方を見つめていた。
オスカーは1つ息を吐くと、熱いミルクを一口飲み込む。
体を温めるには、とりあえず役に立った。
リュミエールも小さく困ったような息をつくと、オスカーに向かい改めてねぎらいの声をかける。
「寒いところ、本当にお疲れさまでした。私もこれから南の公園に
ランプを取り付けに行きます。お疲れでしたら、オスカーは中で休んでいてください」
全く嫌みのない口調で、リュミエールは微笑みながらそうすすめた。
オスカーは別に作業が嫌なわけではない。
そういう風に言われると、何となくうろたえてしまう。
リュミエールはオスカーに比べなくても、身体は頑健ではない。
作業内容が違うのは、体力差を考えれば当然のことで、
嫌みを言ったのが酷く子供っぽかったような気がしてくる。(実際そうだが)
 
オスカーは急いでミルクを飲み干すと、出ていこうとするリュミエールの手から
ランプの詰まった箱を取り上げた。
「オスカー?」
「誰かさんとは鍛え方が違うんだ。これくらいで疲れるか!」
ぶっきらぼうに告げ、足早にオスカーは町の南側にある公園へ向かって歩き出した。
その様子に小さく笑うと、リュミエールも急いで後を追うのだった。
 
 
日暮れ間近に公園の木々の間に張られた縄に、全てのランプが取り付けられる。
作業を終えた人々はほっと息を吐いた。
オスカーとリュミエールも、他の人々ともに公園に焚かれた大きな篝火の周りに集まり、体を温めていた。
実は、まだ最後の作業が残っている。
完全に日が落ちた後、宮殿の鐘が町中に響き渡る。
それが、聖夜の祭りの始まりの合図。
鐘が鳴ると同時に、宮殿中に飾られたランプに火がはいる。
そしてその後は、町中に飾られたランプにも一斉に火が灯されるのだ。
 
町中が小さな星くずを巻いたようなランプの明かりに縁取られる。
その中で人々は歌い、踊り、この世界の誕生を祝う。
公園周辺の店では、気の早い町の人々が大きなワインの樽を運び出し、
最後の仕事まで一休みしているオスカー達に一杯振る舞ってくれた。
この日、一晩分の酒代は宮殿の王様が払うことになっている。
今夜ばかりは、どの店も豪快に地下の酒蔵から樽を出してくる。
 
陽が落ちて、やがて町中に荘厳な鐘の音が響き出すと、
火の周りで暖をとっていた人々は、それぞれ大きな蝋燭に火をつけ、担当の場所へとちってゆく。
町の中央、一段高い場所にある宮殿は、どの場所からでもよく見える。
その豪華な建物の一番高い部分から低い方へ向かい、流れ星のように灯りがともる。
冬の夜空に浮かび上がる、すばらしく幻想的な美しさだ。
公園のランプにも灯がともる。
1つ1つは小さな灯りが、やがて公園をオレンジの暖かな光で満たしていった。
 
どこかの店でアコーディオンが陽気な音楽を奏で出すと、張り合うように他の店でも明るい歌声とともにピアノの音が流れてきた。
歌声、笑い声、冷たい冬の夜はひとときの暖かい夢に浸る。
 
「お疲れさまでした」
「お前もな」
ランプに火を灯し終わり、オスカーとリュミエールは蝋燭の火を消した。
「さてと、俺達も早く行くか」
「ええ、レイチェル達はもう始めてるかもしれませんね」
使い差しの蝋燭をきちんと公園の管理人に返し、リュミエール達はレイチェルとの
待ち合わせの店に向かって歩き出した。
今日は下宿人達全員で、なじみの店でパーティーをするのだそうだ。
レイチェルの幼なじみの少女の家でやってる店で、実は以前に知り合った
地の神官ルヴァの実家でもあったりする。
ルヴァの両親の作る家庭料理が名物で、妹のアンジェリーク(栗色の髪の大人しい少女)、
そしてルヴァの妻のディア(信じられないがしっとりしたすごい美女)の2人が
看板をつとめている、その名も「天使の瞳亭」。
 
「料理は名物のウサギのシチュー」
「それから、自家製パンにオニオンスライスとハムとチーズのトースト」
「揚げた魚に、スパイスの利いたフライポテト」
「カボチャと鳥挽肉のクリームパイ」
「キャベツとベーコンをトマトで煮込んだのもいいな。ライ麦パンに合う」
口から吐き出す息が白い。
2人は朝からろくに食べずに動き回っていたので、空腹を紛らわすために
「天使の瞳亭」自慢のメニューを数えながら、賑やかな街路を歩いている。
 
「それから外せないのが、ジンだな。ストレートでいくのがいい」
「ホットワインですね。お湯でワインをわって、レモンと蜂蜜を入れます」
瞬間、それまでの和やかムードが一変する。
 
オスカーは嫌そうに眉を潜めた。
「蜂蜜入りワインなんて、子供が飲むものだぜ」
「あなたこそジンをストレートなんて、聖夜に酔っぱらう気ですか?」
リュミエールも負けていない。
「お前とはやっぱり、好みがあわないらしいな」
「そのようですね」
つんけんと言ってお互いにそっぽを向く、と見せて、リュミエールはこっそり隣で不機嫌そうなオスカーの横顔を盗み見た。自分の目線より少し高い位置にある、厳しい頑固そうな顔。
思わずリュミエールの口元がほころんだ。
 
彼は知っている。
どんなに頑固そうに見えても、最初に折れてくるのはオスカーの方だと。
いつもそうだ。
『お前とは違いすぎる』と意見が合わなくなるたびにそう言うが、
黙りこくってしまうリュミエールに、いつも何かと話かける。
結局彼は優しい人だから。
いつだって、『違う』と怒りながら、リュミエールの事を気遣っている。
それを知っているから、いつもは甘えてしまう。
このまま、向こうから話し出すのを待ってしまうけれど。
 
でも今日は聖夜。
星が生まれた奇跡の夜。
それならば。
たまには違う事があっても、おかしくはないでしょう。
 
リュミエールは柔らかく微笑むと、そっぽを向いているオスカーの袖を軽く引いた。
「なんだ?」
と、オスカーは聞いてくる。どんなに怒っていても、けして無視はしない。
優しい人だとリュミエールは知っているから、今日は自分から。
 
黙ってリュミエールは空を指さした。
つられてオスカーも空を見る。
つんと冷えた空気の、冬の夜空。
そこから光の粒が次から次へと降りてくる。
ひととき止んでいた雪が、また降り出したのだ。
 
「あなたと私は、意見が違うことが多いですが、たまには同じように
感じることもあると思います。、寒いですけれど、この光景は美しいと
思いませんか?」
 
冬の空気に溶けそうな、リュミエールの声。
町を包むオレンジのランプの明かりは、落ちてくる大粒の雪の繊細で精緻な
結晶の形すら、人々の目に惜しみなく見せてくれる。
そのオレンジの光をはじいて輝く、リュミエールの白い笑顔。
まとわりつく雪の粒すら、装飾品のように見えて――。
 
『美しいと、思いませんか?』
 
――思っているさ。思っているから、――いつも勝てないんだ、お前には。
この雪のように、いつもいつも清冽で美しいから、逆らえなくなるんだ。お前にだけは――。
 
オスカーは一瞬困った顔をしたが、すぐにいつもの不適な表情に戻ると、横でどこか不安そうに見ている
リュミエールに向き直った。。
「そうだな、たまには同じく感じることもある。確かに今夜は美しい夜だ」
笑いながら言うオスカーに、リュミエールもにっこりと微笑む。
そんなリュミエールを、オスカーは突然ぐいっとばかりに引き寄せた。
「え?、オスカー?」
リュミエールの慌てた顔は、とても可愛らしい。
オスカーは言いくるめられた意趣返し、と言いたげに唇の端をつり上げて言った。
「他にも同じく感じることはあるだろう?たとえば、こうしていれば一人でいるより暖かいとか」
リュミエールは一瞬、呆気にとられたようだった。
オスカーはにやりと笑って、さらにリュミエールを引き寄せる。
自分のマントの中に、すっぽり抱え込むように。
「暖かくないか?」
もう一度オスカーは聞いた。
 
『暖かくないか?』
 
――暖かくない筈はない。この冷えた雪の夜。1人でいるより、2人でいる方が暖かい――
 
リュミエールはオスカーの腕の中から逃れることを諦め、力を抜いて自分から寄り添う。
そして目を閉じると、密やかに言った。
「暖かい、ですね」
 
「とても暖かいです
オスカーの腕の中、噛みしめるような響きは、降り続く雪に吸い込まれていくようだった。
 
 
町は灯りに包まれる。
小さなオレンジの炎は、冷たい冬の夜の町を彩り、そこに生きる人々に
ひとときのぬくもりを添える。
 
小さなすれ違いも諍いも、今夜だけは奇跡の夜への祈りに溶ける。
 
見上げる雪すら暖かい記憶に変わる。
 
 
 
奇跡の生まれる夜、今夜は聖夜(ホーリーナイト)――
 
 
 
1999.12.23
 
 
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