四月王者決定戦 vol 2
「…エイプリルフールとは、一体どんなものなのでしょう…??」
一番困惑ぎみに言葉を発したのは、当然、最古参にして天然記念物並みの生真面目さを誇る光の守護聖。
その言葉を聞いたとたんに、自慢そうに年少組が口々に言い立てた。
「ジュリアス様!!ご存じないんですか?嬉しいなぁ、俺にでもジュリアス様に何か教えられることがあったなんて!」
「ジュリアス様!エイプリルフールっていうのは、その一日だけは嘘をついても許される!っていう日なんです。
友達同士で嘘をついてだましっこをしたりして、とっても楽しいんですよ!」
「ケッ!じじいにゃ、ついていけねぇんじゃねえの?」
一気に騒然となった謁見の間に、ロザリアの咳払いが響く。
 
「マルセルの言うとおり、軽い嘘で楽しもうという日です。ですが、やはりルールを決めさせていただきます。
1つは、生死に関わるような嘘はつかないこと。たとえば、「ランディの犬が、チュピを食べちゃった」
と言ったものです」
ゼフェルがそれを聞いたとたんに、ちっと舌を鳴らした。
「…ゼフェル、言おうと思ってたね」
そっぽを向いたゼフェルを、マルセルがジト目で睨む。
 
「二つ目は、聖地に仕える者達を巻き込まないこと。わたくしたちにとってはたわいのない冗談でも、
彼らにしてみれば、「命令」となります。いいですね、引っかけあうのは、あくまでも仲間内だけで、という事です」
今度は女王が小さく「ちぇっ」と呟いた。
ロザリアは長い息をもらす。
「…陛下…、何を企んでおられましたの?」
「いえね、王立研究院に、「季節感を忘れないように、雪を降らせて」って言ったら、雪を降らせてくれるかな〜
って思って…」
揉み手で屈託なく白状する女王。
「…聖地には防雪設備というものがありませんの。止めてくださいね」
今から頭が痛くなってきたロザリアだった。
 
「ま、良いわ。何はともあれ、楽しく一日を過ごしましょう??今日一日で一番ナイスな嘘をついた人には、
女王陛下より豪華景品プレゼント!」
景気よく言ってアンジェリークは腕を振り上げた。
間髪入れずロザリアの、「豪華景品を嘘で誤魔化すのはお止めくださいね」という突っ込みははいったのだが。
 
 
妙に腹に一物ありそうな女王と補佐官が消えたあと、残った守護聖たちの反応は様々だった。
1人真面目に「嘘を楽しむなどと…、私には納得がいかない…、しかしそれが女王陛下のご意志であるというのならば、このジュリアス!誰にも負けぬ嘘をかんがえてみせる!」と、勘違いしているジュリアス。
「おい、ルヴァ。お前の館の書庫。ついに底が抜けたらしいな。補強の知恵を貸してくれって、頼まれたぜ」
「ええ?ついに抜けましたか!いえ、実はそろそろ危ないなと私も思ってはいたのですが」
とさっそくゼフェルに騙されているルヴァとか。
 
さて、ジュリアスほどではないが、やっぱり嘘とは無縁のリュミエールは真面目に悩んでいた。
「嘘を楽しむ…、と言われましても、どの様にすれば楽しめる嘘など…」
ぶつぶつと言っているリュミエールの肩に、薄笑いをしたオリヴィエが腕をかける。
「真面目だねぇ。そんなに真剣に悩むことじゃないってば。悩むっていえば…、リュミちゃんも大変だよね。
あのバカ男、また病気がぶり返したって言うじゃないか」
そのさりげない一言に、リュミエールは不思議そうに小首を傾げた。
「あの、『バカ男の病気』とは…?」
「あ、やっぱりリュミちゃんは知らなかったんだ?あの炎の直情バカが、夕暮れの公園で見知らぬお姉さんを口説いてたって…イタぁ!!!」
話の途中でオリヴィエの頭上に怒りの鉄拳が振り下ろされた。
「誰が病気だ!誰が見知らぬお姉さんだ!」
憤然と立っているのは炎の直情バカこと、オスカーである。
オスカーはオリヴィエをリュミエールから遠ざけるように間にはいると、わざとらしく追い払うマネをした。
スキャンダルとも無縁のリュミエールは、なぜオスカーが怒っているのかと、きょとんとしている。
 
「リュミエール、オリヴィエの言葉などに耳を貸すな!お前のこの清らかな耳が汚れる」
「は?あ、では、今のは、オリヴィエの嘘なのですか?」
まさかとは思うが、本気にしかけたのだろうか?目を丸くしてそうおっとりと聞き返すリュミエールに、
違う意味で泣けてくるオスカーである。
「嘘?とんでもないない、目撃者数はなんと100万人突破だよ」
オスカーの後ろから、へらへらと言い募るオリヴィエ。
分かってるんだか分かってないのか、頬に手を当ててうんうんと頷くリュミエールに、慌てまくったオスカーは
殆どひっかつぐようにしてその場から逃げ出した。
 
「ちっ!逃げられたか」
オリヴィエが腕組みしながらそう言うと、近づいてきた年少組、マルセルが頬を膨らませた。
「オリヴィエ様、ひどいです!リュミエール様は人を疑ったりしないのに、あんな嘘をついて!
傷ついたら、どうするんですか!」
リュミエール大好きっ子のマルセルが文句を言った。後ろではランディも頷いている。
オリヴィエはちっちっと指をふった。
 
「うっふっふっふ〜〜心配いらないって。リュミちゃんってね、揺らぎそうに見えて揺らがない子だから。
端でなんて言おうと、オスカーを疑ったりなんかしないから、問題ないのさ。
むしろ!お楽しみはオスカーの方!あんたらだってさ、オスカーならぎゃふんと言わせたいって思うでしょ?」
悪巧み全開の顔でオリヴィエが笑う。年少組3人が顔を見合わせた。
「…それはどういうことでしょう…」
「さっきのオスカーを見たでしょう?動じないように見えて、リュミちゃん絡みではぐらぐら揺れっぱなしがオスカーなのさ。私達がリュミちゃんに変なことを吹き込もうとすると、慌てるのはオスカーの方。
女王陛下公認であること無いことしゃべりまくれる、この機会を逃す手はないって事なのさ〜〜〜」
目をまん丸くしてそれを聞いていた年少3人は、ちらりとお互い顔を見合わせると、
今度はオリヴィエと同じ顔でにま〜〜〜っと笑った。
 
 
「よし…、あいつらはついてこないな…」
謁見の間から自分の執務室まで走り通し、ドアをがっちり閉めて鍵までかけてから、
ようやくオスカーは息をつく。
リュミエールはオスカーに抱きかかえられたまま、きょとんとしていた。
「…お疲れのようですね。どうして、こんなに急いで戻らなければならなかったのでしょう」
相変わらずおっとりとリュミエールがいう。
その天然風味の質問に「なぜ判らないんだ〜〜」と憤慨する前に、うっとりしてしまうのがオスカーである。
 
オスカーはリュミエールをとんと床におろすと、乱れてもいない襟元や髪を撫でつけてやった。
そしてとろけるような声で囁く。
「お前が知る必要のない理由さ…。遊びたいやつはかってに遊んでいればいい…、お前のこの
真実の言葉以外届かない耳には、全く無用のお遊びだからな…」
その声音にリュミエールは頬を染めて俯く。
いつまで経ってもこういう初々しい反応を示すリュミエールに、完璧機嫌が良くなったオスカーは
優しくその背に手を回した。
 
「もう考えるな。今日一日は、俺の側で俺の言葉だけ聞いていれば良いんだから…」
自分で言ってから、『お、そうだ、。今日は一日二人でここに籠もっていよう』なんて改めて
決意するオスカーである。
恋人の内心の声など判らないリュミエールは、何をムキになっているのだろうと不思議に思いつつも
自覚無しの百面相をしているオスカーの表情を楽しんでいたりする。
このまま行けば、扉の外で引っかけ合戦がいかに繰り広げられようとも、部屋の中は甘い春ののどかな一日、
ですむ筈だったのだが。
いつのまにやら結成された「オスカー引っかけ連合」隊は、着々と計画を練っていた。
 
 
その頃、光の守護聖の執務室では。
 
「嘘を楽しむ…、ぶつぶつ。いや、しかし、この光の守護聖ジュリアス。そのような口先だけの戯れ言を
放つのは…、しかし…、それが女王陛下のご意志であるのならば…、だからといって、相手構わず虚言を
申し立てるのも…、ぶつぶつ」
 
同時刻、闇の守護聖の執務室。
 
「いえですね〜〜、この間、湖で釣り糸を垂らしてましたらびっくり!砂漠にしかいないはずの砂魚が
ひっかかりましてね〜〜」
「そうか、…それは珍しいこともあるものだ」
「そうそう、書庫の整理をしておりましたら、私がこの聖地に来る前に出した本があったんですよ〜〜。
意外すぎて笑ってしまいましたね。自費出版本で年に何度か同好の士が集まって、
自分達の作った本を持ち寄って売り買いしたりするのですが、それでその時に作った本のタイトルというのが、
『○と○と×』というような某ジャンルのパロディ本で〜〜」
「…そうか、それは意外だな…」
 
それなりにエイプリルフールを満喫しているらしい、年長組であった。