四月王者決定戦 vol 3
「…まあ、いい、ここで二人でこうしている分には、余計なお邪魔虫も入らないだろう…」
扉にしっかりと鍵をかけ、それでも飽きたらずに窓の外までいちいち確認し、ようやく誰もいない事を確かめ終えたオスカーが、落ち着いた男のフェロモンたっぷりの笑みをみせる。
先ほどまで慌てふためいていて、今更体裁をつけてみてもしょうがないようなものだが、
そこは素直なリュミエールのこと。
恋人が何を慌てているのか全く判っていないまま、それでも落ち着いたらしい笑顔にほんのりと笑いかけた。
 
「…何はともあれ、お茶でもお入れいたしましょう…」
「ああ、いい。今日は俺がとっておきの茶をご馳走しよう。お前のために取り寄せたんだぜ?」
仲良く見つめ合う二人。
まさに春爛漫の仲の良さであるが、そんなのどかに終わらせたくないのが、
炎の守護聖引っかけ連合の面々である。
 
まず、第一の刺客。
マルセルが甲高い泣き声を上げ、がっちりと鍵のかかったオスカーの執務室のドアを叩いた。
「オスカー様、オスカー様、助けてください〜〜〜〜」
その声を聞いて真っ先に立ち上がったのは、当然のごとくリュミエールである。
「オスカー、マルセルに何かあったようです」
おろおろと扉を開けに走るリュミエールに、オスカーは軍人の本能でヤバイものを感じ取った。
「ちょっと待て!リュミエール!」
止める間もない。
扉を開けたリュミエールの胸めがけて、マルセルが飛び込んできた。
 
「リュミエール様、大変なんです〜僕もう、どうしたらいいのか…」
「落ち着いてください、どうしたのですか?」
真剣に心配顔のリュミエールの後ろでは、オスカーが身構えている。
マルセルは叫んだ。
「僕の館につとめている女官のお姉さんが、オスカー様の子供を妊娠したから、
認知のお願いをして欲しいって〜〜〜〜」
 
「ぬぁんだって〜〜〜??」
素っ頓狂な声で叫んだのは、当然リュミエールではなくオスカーである。
リュミエールは一瞬だけきょとんと目を見開いた後、マルセルの方に両手をおき、力付けるように言った。
「妊娠とはまた、大変なことですね。病院に行ってもう確認はしたのでしょうか?
認知手続きは…、王立研究院で受け付けているのでしょうか?」
 
ちょっと待て〜〜〜!というオスカーの突っ込みが入る前に、リュミエールは勝手に育児休暇の期間がどのくらいで、仕事を続ける場合はその間の託児をどうするかなど、実に現実的なことをいろいろと悩み始めてしまった。
「ちょっと待て、リュミエール!マルセルの館の女官に俺は手を出した覚えがない!
というか、このところ俺は女性自体に手を出していない!いや、当然お前以外の男にも手は出していない!」
と、言わなくても良いことまで叫んでしまうオスカーである。
 
ゼイゼイと荒い息で叫ぶオスカーに内心にんまりするマルセルとは裏腹に、またもやきょとんとしたリュミエールはマルセルに向き直った。
「…認知の前に、父親が誰かもう一度確認した方がいいですね…。
それから、正式に結婚が可能な相手であるなら…」
真剣に心配しているリュミエールにたまりかねたオスカーが叫んだ。
「だから!これはいわゆる『嘘っぱち』なんだ!そうだろう?マルセル!」
「ばれちゃった、失敗〜〜〜」
マルセルは悪びれもなくそう言うと、1つ舌を出して逃げて行ってしまった。
 
「…今のは嘘だったのですか?」
そう分かり切ったことを訊いてくるリュミエールに、オスカーは涙がこみ上げてくるのを感じた。
「…リュミエール…、俺は浮気なんか絶対しないぞ…」
「それは、もう、信用しておりますが」
動揺した様子も見えないリュミエールに、オスカーは何も言えなくなってしまった。
 
(…これがリュミエールなんだ…)
妙に納得してしまうオスカーだった。
 
★★
 
「第一波、お疲れ〜〜〜」
廊下の影でオリヴィエ達がマルセルを迎えた。
彼等はここでオスカーが慌てふためく様子に、笑いを必死でこらえていたのである。
「ね?リュミちゃんはけろりとしていたでしょ?」
「はい、意外でしたけど、とっても冷静でした。それとは逆にオスカー様ったら…」
思い出してまた笑いがこみ上げるマルセルである。
「おっと、二人が出てきた」
執務室入り口をこっそり伺うと、部屋に籠もっていても無駄と悟ったオスカーがリュミエールをどこぞに
連れ出そうとしている。
「にがしゃしないよ〜〜〜、さて、次はどっち?」
「はい、俺がいきます!」
ランディが元気よく手をあげた。
 
 
「ここまで来たら、連中も現れないだろう…」
とりあえずオスカーがリュミエールを連れてやってきたのは、広い宮殿内の、これまたとんでもなく広い庭園の一角、周囲がガラス張りのサンルームである。
「それにここなら、連中が近づいてもすぐに分かる」
当たりの気配を伺いながら、満足そうに1人ごちるオスカーである。
 
 
花の蔓の巻き付いた籐の長椅子にリュミエールをゆったりと座らせ、オスカーはその膝に頭を乗せるようにして、
白い大理石の床に直接座り込む。
目の前には浅い池が作られ、そこには美しい蓮の花が幾つも浮かんでいた。
池の端にある人工の滝から流れ落ちる水音と、そして清々しい水の香りそのものが、高ぶったオスカーの神経を宥めてくれる。
 
(水に癒しを感じられるようになったのも…、リュミエールと共にあるようになってからだな…)
膝に頭を預けたまま目を閉じたオスカーの髪を、リュミエールは愛しげに優しく撫でている。
欲しく繊細な指の動きに、思わずオスカーがうとうとしかけたときである。
けたたましい音を立て、何かがサンルームのガラスにぶつかった。
 
 
「何事だ!」
オスカーが急いで立ち上がると、ドアを開けて頭をかきながらランディが入ってきた。
「ぶつけちゃったなぁ。壊れてなければいいけどな、な?」
後ろからは犬がのっそりとついてきている。
彼が手に持っているのは、お気に入りのフリスビー。
ランディはオスカー達に向かい、わざとらしいほど爽やかな笑顔を浮かべた。
 
「オスカー様!こちらにいらしたんですか!あ、リュミエール様も!」
再び身構えるオスカーとは対照的に、リュミエールがやはりにっこりと返事をする。
「おや、ランディ。どうしたのですか?何か困ったことでも?」
ランディは我が意を得たりと、ニコニコしながら小走りに近付いてきた。
そしてフリスビーを胸の前に持ち上げながら、困ったように言う。
「実は犬と遊んでたら、これをガラスにぶつけちゃって。壊れてないか、確かめようと思って」
「…こんなごちゃごちゃしたところで、犬と遊んでいるからだ」
不機嫌そうにオスカーが言う。
ランディは気を悪くする様子もなく、爽やかに言い放った。
 
「だって、公園でやってると、質問攻めに合っちゃって落ち着いて遊べないんです。『今日、オスカー様とデートの約束をしたけど、まだいらっしゃらない、今どこにおいでですかー』って、女性がたくさん―――」
「わーーーーーー!!!」
オスカーはランディの口をふさぐと、襟首掴んで揺さぶった。
 
「貴様!貴様もか!貴様もあること無いこと嘘を並べるのか!」
「え?嘘なんかじゃないですよ、いやだなぁ。あはは」
クワンクワンと音が出そうな勢いで頭を揺さぶられながら、なお爽やかに言い募るランディ。
リュミエールはしばらくぽかんとした後、躊躇いがちに言い出した。
「…オスカー、約束がおありだったのならば、行かれた方が…」
「お前と過ごす時間を潰してまで、なんで俺がデートの約束を取り付けたりするんだ!!」
大声にぴくりとするリュミエール。
その様子にオスカーはランディを放り投げ、慌てて恋人の肩を抱き寄せた。
「…大声を出して悪かった…、でも俺の自由な時間は全てお前のものだ…、それを忘れないでくれ…」
「…ええ、それは判っておりますが…」
ギロリと凄みのあるオスカーの視線と、戸惑っているようなどこか不安げなリュミエールの視線。
同時に向けられ、ランディはびしっと直立不動の姿勢をとった。
 
「すみません!今のは嘘です!」
あくまでも爽やかに宣言し、ランディはだーっと犬を連れて走り去って行ってしまった。
 
後に残ったのは、嵐が過ぎ去った後のような静けさ。
 
「…場所を移動しようか…」
「はい、…それがよろしいかと…」
二人の声も、どこかぼーっとしていたのだった…。
 
 
「…全く、何がどうして、こう次から次と…」
馬に乗って静かな場所を探しながら、オスカーはぶつぶつと呟いている。
鞍の前に座りながら、リュミエールはそのぴりぴりした雰囲気のオスカーに心配そうである。
「…お疲れのようですね…、館に戻ってお休みなった方がよろしいのではありませんか?」
「館だと?そうなったら絶好のターゲットだ。連中、人で遊ぶことに決めたようだな」
独り言のように愚痴るオスカーに、やっぱりリュミエールは心配そうだ。
(一体何をそんなにムキになっているのだろう?)
それがリュミエールは不思議でしょうがない。
 
自分には理解できないが、今日はどうやら「嘘をついても良い日」らしい。
それならば、それこそ何を言われても最初から嘘だと判っているのだから、放っておけばいいのに、
とリュミエールは思ってしまう。
内心でオスカーが、自分の以前の素行の悪さを多少引け目に思っているらしい、という事は思いつかない。
そして何よりも、オスカー自身がリュミエールに好意を持ってる者がいる、という噂を聞いただけで動揺してしまう
のだとは、全く知らないでいる。
つまりオスカーは、自分がそうだから、「きっとリュミエールも自分の噂を聞くと、不愉快になるに違いない」
と思い込んでいるのである。
あいにくの二人の認識のずれは、当然のごとく二人は気が付いていない。
従ってオスカーはぴりぴりし続け、リュミエールは不思議がり続けるのだが。
 
 
 
さて、ここで第3の刺客。
 
頭上に響くエンジン音に、オスカーはぎくりとした。
馬がその音に驚き、落ち着かなくなる。
オスカーは急いで馬を止めると、リュミエールを下におろした。
そして手綱を掴んで馬を落ち着かせようと宥めはじめた頃、ぐるっと回り込んできたらしいゼフェルのエアバイクが二人の前に止まる。
 
「どこ行ってたんだよ!うちの荷物にテメエの所の荷物が紛れてたから、わざわざ届けに来てやったんだぜ!」
最初から疑いの目のオスカーは嫌そうに言い返した。
「館に届けたらいいだろう!誰がお前に宅急便をやってくれと頼んだ」
「へ〜〜〜、こんなもん、館の者に見られて平気なのか。さすが、プレイボーイは違うねぇ」
投げやりに良いながら、ゼフェルはバイクの後ろにくくりつけていた箱を取り出した。
ちょうど大きさは、クッキーの詰め合わせくらいのサイズだろうか?
「なんだ、それは?」
「開けてびっくり玉手箱。って奴だぜ、こんなのマジでおれん所に混じってたら、誤解されるじゃねえか」
ますます嫌そうに箱を受け取り、中を覗き込み…、オスカーはものすごい勢いで蓋を閉めた。
「な、なんだ、これは!!!!!」
 
きょとんとしたリュミエールが近付いてくる。
「うわあ、こんな物、お前は見ちゃいかん!!目が腐れる!」
「目が腐れるって、テメエが外界に注文したんだろうが!」
「俺がこんなもん注文するか!」
怒鳴るなり、オスカーは箱を地面にたたき付けた。
中に入っていたものは、…いわゆる『大人の玩具』という類である。
 
「そうだよなぁ、テメエだったら、こんなの使わないでも、あんな事とかこんな事とか、得意中の得意だもんな」
「当たり前だ!こんな物使わずとも、俺達はいつもいつも…!!」
口を滑らしかけたオスカーは、慌てて自分で自分の口を押さえた。
ちろっと目線だけで盗み見ると、リュミエールは相変わらず訳が分からず困った顔をしている。
「…この荷物は…、貴方の物ではないのですか?」
「違う違う!!間違いだ!!」
もう説明する気力もつきかけ、オスカーはリュミエールの肩を抱くとさっさと馬の背にのせてしまう。
 
「ゼフェル!そんな物、棄ててかまわないぞ!!」
吐き捨てるように言うと、さっさと馬首を帰してどこへともなく走り去っていった。
「…相当泡くってんな。どこでこんなの手に入れたーー!って突っ込まれたらヤバイと思ってたけど、
全然気がまわらねえでやんの」
くっくっと笑いながらゼフェルは箱を拾い上げた。
そして中をちらっと眺め、げーっとばかりに舌を出す。
「…ルヴァによっく注意しとかなきゃな。訳も分からず、通販に凝るのは止めとけって。確か、このメーカーに注文出すとき、『肩のマッサージ器』って言ってやがったもんなぁ」
すでに保護者の立場が逆転しているらしい、地と鋼の守護聖であった。