四月王者決定戦 vol4
疲労困憊状態のオスカーが、げっそりしつつやってきたのは、水の守護聖の館。
「…ふ…いくら何でも、リュミエールの館にまで、馬鹿騒ぎを持ち込む馬鹿もいないだろう…」
という判断だったのだが、出迎えの執事の言葉を聞き、オスカーはその場で回り右したくなった。
「今日は賑やかでございますね。先ほどからオリヴィエ様がお待ちです。リュミエール様に薔薇の花をたくさん
おもちくださったのですよ」
当然、リュミエールは華やかに笑みほころんだ。
「オリヴィエがですか?ああ、それは早く拝見したいですね」
きっと裏がある!と訴えたくとも、オスカーはリュミエールの笑顔に抵抗できた試しがなかったりする。
「さあ、オスカー。オリヴィエも一緒にお茶にいたしましょう」
と嬉しそうに誘われると、反射的に笑顔で頷いてしまうのだ。
 
 
「オリヴィエ、いらっしゃい…、ああ、これは」
リュミエールはオリヴィエの居間に足を踏み入れるなり、感嘆の声を上げた。
室内は膨大な数のバラの花束で埋もれかかっていた。
大小、色も形も様々な薔薇の花で温室と化している居間で、オリヴィエはいつもよりも艶のある笑顔を浮かべている。
「うっふっふ〜〜、どう?リュミちゃん、気に入った?」
唖然としているオスカーに目もくれず、オリヴィエは婉然と笑いながらリュミエールの傍らに立つ。
「…すばらしいです。どういう風の吹き回しなのですか?このような趣向…」
うっとりと応えるリュミエールの目の前で、オリヴィエはまたもや意味ありげな色っぽい笑顔になった。
「実は私はただのメッセンジャーなんだ。リュミちゃんに渡して欲しいって、頼まれたのさ」
「頼まれましたとは…」
バラの花束の1つを抱きかかえ、そう問うリュミエールにオスカーは眉をつり上げた。
そのオスカーの表情を伺い、オリヴィエは嬉しそうに応える。
「リュミちゃんの大ファンって子がいてさ。貯金はたいてこのバラを揃えたんだって。
自分の事は知らなくてもいい、でも花だけは…、って言う健気さにうたれちゃってね。届けに来たわけ」
「そうなのですか…」
明らかにオリヴィエの言葉に心が動いたようなリュミエールに、オスカーの血の気が全て頭に上ってきた。
 
(たわけオリヴィエめ!!あんな事言ったら、リュミエールのことだ。絶対に相手に会いたいというに決まってる。
そしてあげくに頬にキスしてやったり、手にキスをうけてやったり、あいつは感謝の気持ちが盛り上がると、
そういう事をしてしまうって判ってるんだぞ!!)
さほど害のある行動とも思えないのだが、何しろオスカーはやきもち焼きである。
衛兵がリュミエールに朝の挨拶しただけで威嚇される、というのは宮殿中で有名な噂。
「これも嘘」とは考えることもせず、オスカーは勝手に薔薇の送り主を想像して頭から湯気を出し始めた。
 
 
(ぶは〜〜、怒ってる、怒ってる)
(単純だよな、これも遊びだって気が付けよ…)
(オリヴィエ様〜〜、僕の花畑からこんなに薔薇を持ちだして〜〜)
薔薇の後ろにこっそりと隠れた年少組が、オスカーの様子を覗いては密かに笑いをかみ殺していた。
(ヤリすぎじゃないかな、オスカー様、かわいそう…)
(け、怒りやがったら、出てってエイプリルフールに引っかかった〜って笑ってやればいいんだよ!
ったく余裕のねえ奴)
 
そう、オスカーは余裕を無くしていた。
自分の事だけならまだしも、リュミエールに関心を持つ他人の存在をほのめかされ、
完璧に余裕が消えていた。
それでなくとも、一日訳の分からない冗談につき合わされ、疲れ切っていたところである。
ついに――切れた。
 
オスカーはいきなりリュミエールが大事そうに抱えている花束を取り上げると、ばさっと乱暴に床に投げ捨てた。
「オスカー、何をするのですか」
拾い集めようとするリュミエールの腕を掴んで留まらせ、オスカーはオリヴィエにぎりぎりと恐ろしげな形相で
怒鳴った。
「もう、茶番はうんざりだ!この甘ったるい薔薇山をとっとと片付けて帰れ!」
「茶番なんて失礼ね〜〜。水の守護聖様に憧れるファンの純粋な気持ちを、そうやって踏みにじっていいわけ?」
リュミエールを煽るような事をぬけぬけと言い放つオリヴィエに、オスカーのボルテージが上がる。
「何がファンの純粋な気持ちだ!コソコソと物だけ送りつけるような奴が、どこが純粋だ!印象づけようという
嫌らしい魂胆が見え見えじゃないか!」
「…あんた、口が悪いねぇ」
 
怒鳴るオスカーに、飄々と交わすオリヴィエ。間に挟まれて困っているリュミエール。
覗いていた年少組の間に、何となく「そろそろまずくないか?」という雰囲気が流れ始める。
「…これじゃ、もう洒落にならないかもな」
「リュミエール様がおかわいそうだよ。嘘には動じなくても、オスカー様とオリヴィエ様があんなに険悪になったら、
心配されてしまうよ」
「ちぇ、オスカーも大人げねぇの。日頃、人をガキ扱いしてるくせに自分の方こそガキじゃん」
「そんな事言ってる場合じゃないよ。止めてネタ晴らししようよ」
マルセルがゼフェルを引っ張って立ち上がろうとしたときである。
 
「もう、いい加減にしてください」
そう言ってリュミエールはオスカーの手を振り払った。
慌てるオスカーを尻目にリュミエーはしゃがみ込むと、床に落ちた薔薇を1本1本拾い出す。
思わず気まずげに顔を見合わせるオスカーとオリヴィエ。
彼等に背を向けて薔薇を拾い上げるリュミエールの肩が、微かに揺れている。
はっとしたオスカーが声をかける前に、リュミエールの呟く声がした。
「…なぜこんな事をなさるのですか?たとえ何があろうとも、花に罪はないではないですか」
言葉に詰まったオスカーに、さらにリュミエールは悲しげに続けた。
 
「…今日は軽い嘘を楽しむ日だと…、女王陛下は仰いましたのに…。楽しむどころか、むしろ険悪になっているようにわたくしには思えます。…悲しいことです…、陛下のお心遣いが、かえって守護聖間の信頼を壊しているようで…」
訴えるように震える声と、震える背中。
影で覗いていた年少組も立ち上がった。
「お前ら、…、なんでここへ」
驚くオスカーに頭を下げてから、ランディとマルセルは、リュミエールに向かって深く深く頭を下げた。
 
「ごめんなさい、リュミエール様!調子に乗ってやり過ぎました!」
「…わりぃ…、べつにそこまでマジになると思わなかった…」
ゼフェルもばつが悪そうに、もごもごと謝る。
オリヴィエも頭をかいた。
「ごめんオスカー。嘘よ、ファンなんてさ、この花を用意したのは私。あんた、すぐやきもちやくから…、ついおもしろくってさ…」
いいように遊ばれてたと知って、オスカーはぐっと言葉に詰まる。
オリヴィエを1つ睨み付け、それからオスカーは不安そうにリュミエールの側に膝をついた。
「すまん…、1人でおたついて、お前を傷つけて…」
リュミエールはぷいと体を反らしてしまう。
「すまん、…、機嫌を直してくれ」
情けなく言って、まだ散らばっていた花を慌てて拾い始めるオスカー。
残りの4人も慌てて膝をついて拾い始める。
 
「リュミエール…」
機嫌をとるようにオスカーが呼ぶ。
ようやくリュミエールが俯いたまま、細い声を出した。
「…、もう二度と、このような事で心を揺らさないと…、約束していただけますか?」
「約束する!絶対に!」
勢い込んでオスカーが応えると、リュミエールはようやく顔を上げ、…にっこりと鮮やかに笑った。
 
「はい、それでけっこうです」
その明るい口調と、明るい笑顔。
何となく彼が泣いてたような気になっていた4人は、思わず目を丸くした。
「…リュミエール様…、あの、…泣いていらしたのでは…?」
マルセルがおそるおそるそう言うと、リュミエールは小首を傾げてにっこりとした。
「当然、『嘘泣き』です」
きっぱりと言い切られ、その場の全員はへなへなと床に座り込んでしまったのだった。
 
 
脱力しきった5人を尻目に、リュミエールは機嫌良く立ち上がる。
「さあ、お茶の用意をいたしましょう。マルセル、手伝ってくださいね。それから、オスカー達は薔薇の花を
全て花瓶に活けてください。その後は、各部屋に運んでくださいね」
しゃきしゃきと指示を出すリュミエールの腕をオスカーは掴んだ。
「どうしました?」
子供っぽい笑顔を向けるリュミエールに、オスカーはますます脱力したような顔で泣き笑いのような顔をする。
「ははは…。俺は本気で焦ったぞ…、お前を傷つけたかと思って、本気で…」
リュミエールはそうっとオスカーの頬に手を当てた。
 
「…悲しかったのは本当ですよ。私は誰の言葉よりも先に、貴方の言葉を信じますのに…、貴方はまるで
些細な噂話にも私が動揺し、怒るのではないかと心配しているような行動をとられる…。
まるで信じられていないようで…、とても悲しかったのです…」
俯き加減に細い声でそう訴えるリュミエールの言葉は、紛れもない真実だとオスカーにも判る。
オスカーはリュミエールをひしっと抱きしめた。
「すまなかった。もう2度と、こんな無様な真似はしない…」
「わかっていただけたら、いいのです…」
 
思いを確認しあった幸福な恋人同士の後ろでは、なぜかうっとりと目を潤ませているマルセル以外、
全員が口から砂を吐いていた…。
 
 
★★
 
「なんつーかさ、こっちが損した気分だね」
大小さまざまな花瓶に花を生け、館中の部屋に運び終えたオリヴィエが、お茶をすすりながらげっそりと言った。
「何を言う、さんざん人で遊んだんだ!これくらい、当然の労働だ!」
オスカーがぎろりんと、疲れた様子でグチをたれる「引っかけ隊」の面々を睨み付ける。
「見てろよ!来年は俺の方がお前達をキリキリ舞いさせてやる!いまから首を洗って待ってろよな!」
「ふん、来年こそはもっと上手く引っかけてやるからね!」
すでに来年の4月1日に思いをはせているような5人に、リュミエールはにこやかにお茶を飲みながら、
『来年の4月1日はお休みを頂いて、1日1人でいましょう…』と考えていた。
 
 
★★
 
その日の夕方――。
いつになく食欲がなく、ディナーのあとのデザートを残した女王陛下。
ロザリアは、女王の今朝のはしゃぎっぷりとの落差に眉を寄せる。
「陛下、どうなさいましたの?あなたがデザートを残すなんて、新しい宇宙が発見されるよりも珍しいことだわ」
「…ひどいわ…、私が食欲ないのは、ロザリアの所為なのに…」
「わたくしの?」
意外な女王の訴えに、ロザリアは驚いて目を見開いた。
「だってロザリア、今朝言ったじゃないの。ジョークについていけないかどうか、証明するって!私、ロザリアが
いつ仕掛けてくるかと身構えてたら、どんどんどんどん気になって来ちゃって…、落ち着いてお食事も出来なかったのよ…」
「あんたね…」
ロザリアは二の句が継げなくなってしまった。
 
(…そうやってあんたが気を逸らしまくってるから、おかげでミスだらけの書類に手を入れるのに追われて、
そんな事、全く忘れていたわよ…)
 
思わずじわっとしかけるロザリア。
それにかまわず女王は握り拳を振るわせる。
「悔しい〜〜結局、私、誰にも嘘ついて遊べなかったのよ〜〜!来年こそは!
来年こそは私も誰かを騙すんだから!!」
「…はいはい、もう勝手にやってちょうだい…」
内心で涙しながら、匙を100本くらいまとめて投げた心境で、投げやりに返事をする補佐官だった。
 
 
★★
 
その日の深夜。
相変わらずうっそりと部屋に一人座するクラヴィスの元へ、突然ジュリアスが訪れた。
そして面倒くさげに顔を上げる同僚に向かい、慇懃に宣言する。
「私はこれより長期の休養に入り、仕事は皆に分散させることにする。そして各守護聖の自覚を促すためにも、
出来るだけ口を出さずに彼等の自主性に任せるつもりだ!」
「…そうか、それはよい心がけだな…、そなたも休暇を取り、心身を休めるべきであろう…」
くすっと笑みを含んだように応えるクラヴィスに、ジュリアスは急に偉そうにふんぞり返った。
 
「ふっ!騙されたな!このジュリアスともあろうものが、そのような無責任な真似をするか!
私は守護聖の長として、彼等の成長の手助けをする義務があるのだ!」
じっとクラヴィスが上目でジュリアスをみる。
そしておもむろに懐中時計を取り出し、その針が指し示す時刻をジュリアスに見せた。
「…今何時か判るか?」
「判るに決まっているだろう!いまの時刻は!」
ジュリアスの顔が青くなる。
 
「そう…、いまは深夜0時15分…、つまり4月の2日。嘘解禁の日は過ぎたのだ…」
ますます血の気の引くジュリアスに、クラヴィスは可笑しそうに言う。
「…どうした?よもや光の守護聖ともあろうものが、日付を間違えたなどとは言うまい?それで、さっきの言は
やはり嘘なのか?…ふ…、誰よりも真面目な男と思っていたが、まさかこのような重大な嘘を易々とつけるものだったとは意外だ…」
「日、日付を間違えたなど、あるはずが無かろう!いや、だからといって、仕事を放り投げるなどと言うことも…!」
 
 
言い慣れない嘘を一日考えたあげくに、外してしまった光の守護聖。
先ほど見せた時計の時刻が実は30分進ませてあったと、どんなタイミングで教えてやろうかと考えるクラヴィスであった。
 
 
 
はづき様、いかがでしたでしょうか?とりあえず、エイプリルフールでいっちゃってる女王陛下と、ラブラブなオスリュミ。
お題はクリアできたかと思うのですが…、感想など頂けると嬉しいでございます。m(_ _)m