四月王者決定戦  vol 1
「ふっふっふっふっふ」
女王の私室から、不気味な笑い声が響く。
「陛下、朝の謁見のお時間ですわ」
ドアを開け、今日も朝からベストコンディションの麗しき女王補佐官が声をかけたのにも気が付かない。
女王はいまだにピンクのネグリジェ姿で、何やらカレンダーを覗いて肩を振るわせていた。
 
「女王陛下?」
「うっふっふっふっっふふ…」
不気味な笑い声は止まらない。
「アンジェリーク!!朝から何をやってるの!!」
「はう!!!」
眉間にしわを寄せたロザリアの怒鳴り声に、ようやく気が付いたのか女王アンジェはぴくんと飛び上がって、
振り向いた。
「何よ、ロザリア、驚かせないでよ!」
女王が子供じみた口調でそう文句を言う。くりくりの金髪が寝癖であっちこっちを向いてる姿は、
威厳の欠片もないどころか、はっきり言ってロザリアは情けなくて泣けてくる。
「…先ほどから声をかけておりましたのに。
謁見の時間も忘れて、一体何を不気味に喜んでらっしゃいましたの?」
補佐官の座についてから、ロザリアの忍耐力は一体どれだけレベルアップしたのだろうか?
そろそろ「忍耐力マスター」と呼ばれてもいいかも、なんて事を考えながら、
ロザリアはそれでも丁寧に女王に問いかける。
不意に女王は喜色満面の笑顔になった。
 
「うふふふふふ、今日は何日だか分かる?」
「4月の1日ですわ。それが何か?」
「4月1日って言ったら、あれじゃない、あれ!楽しみにしてたんだからぁ」
「…4月1日に何かありましたかしら?」
あくまでお嬢様で真面目なロザリアは、首をひねった。
(初代陛下の感謝祭でも、前陛下の記念日でも、守護聖のどなたかの誕生日でもないし…)
そのピンとこない様子に、アンジェリークは小悪魔めいた笑みを浮かべた。
「ロザリアったら、しらないんだぁ。今日はエイプリルフール、4月バカ。
年に一度、堂々と嘘をつける日じゃないの!!!」
沈黙。
にっこりとした女王と、目を見開いたままのロザリア。
ややあって、ロザリアの錫杖を握る手にぎしぎしと力がこもる。
「…どうしたの?ロザリア。バックにおどろ線を背負ってる…」
 
 
「どうしたのですって?エイプリルフール??そんなお馬鹿な話のために、あんた、今まで寝間着姿でぼーっとしてたって言うの?」
 
「ひ〜〜〜ん」
ロザリアの雷に、女王は頭を押さえて縮こまった。
 
★★
 
 
「ほら、さっさと着替えて。ああもう、髪はわたくしが梳かしてあげるから、あんたはさっさと食べてなさい」
「ほへぇ〜ん(ごめん)」
鏡の前で、ロザリアに髪を整えて貰いながら、女王はサンドイッチをくわえてもごもご言ってる。
「へもねぇ、おほひろいんだよ?へいふりふふーふ(でもねえ、面白いんだよ?エイプリルフール)」
「口にものを入れたまましゃべらないの!!」
オレンジジュースでサンドイッチを流し込み、胸をとんとん叩いて落ち着かせたアンジェリークは、
ご機嫌を伺うような調子で、ロザリアに説明を始めた。
 
「あのね、お嬢様なロザリアは分からないと思うけど、エイプリルフールって、庶民の間ではけっこう知られてる
楽しい習慣なのよ?何たってお手軽だし、お茶目だし」
「はいはい、それがどうしましたの?」
ロザリアはせっせと女王の正装のベールをなおしている。
「それがって、分からない?私の考えが」
アンジェリークはまじめくさった顔で、ロザリアを振り向いた。
「ねえ、聞いて。ロザリア。ロザリアから見たら、ただの庶民のお馬鹿な習慣かもしれないわ。
でもよく考えてよ。この宇宙の大部分は、その『庶民』なのよ?その庶民の娯楽を理解できないで、
バカにしてて、それでこの宇宙を司る女王がつとまるのかしら?」
大きな緑の目をこれ以上ないっ!てくらいに輝かせ、女王はロザリアの両手を握る。
その真剣な眼差しに、思わずほろっとしかけた女王補佐官。
だが。
 
「…女王陛下。もう、その手はくいませんわよ…?」
ロザリアはにんまりと唇をつり上げた。
「そうやって、いかにも宇宙のことを考えてます!って顔で!今までに何度わたくしやジュリアスを
丸め込んだことか!いい加減、わたくしだって学習いたしますのよ!
あんたがそうやって殊勝なことを言うときほど、本当の理由はただの自分の娯楽だってことが!!!」
頭上からの雷に、アンジェリークは嘘泣きしながら、誤魔化し笑いをした。(器用なことだ)
 
「あうん、さすがロザリア。バレバレなのね〜〜」
「当然です!あんたのうすいおつむで考えることなんて、このわたくしの前では通用しません!」
両手を握ってかわいコぶる女王に、ロザリアは仁王立ちでねめつけた。
アンジェは上目遣いに怒りマーク付きのロザリアの顔を見つめたあと、不意に横を向いてくすっと笑いを零した。
「何がおかしいの?」
当然、それを不審に思ったロザリアが問う。
「なんだかんだ言って、結局ロザリア、自信がないんじゃなの?私の嘘に引っかかったらどうしようと思って、
それが不安で反対してるんでしょ??」
ふっふっふっと勝ち誇ったようなアンジェリークに、ロザリアは柳眉をつり上げた。
 
「なんですって?あんたの嘘にわたくしが引っかかる?そんな事、本気で考えてるの?」
「だってぇ、それ以外、考えられないもの。たった一日、友達同士で引っかけあって笑い飛ばしましょう!
っていう心温まるお茶目な催しなのにムキになって駄目駄目〜〜なんて言い張って。
そうよね、ロザリアはお嬢様だから。こういうカル〜〜いジョークにはついていけないのよね」
うんうんと1人で納得している女王に、ロザリアの頭に血が上る。
 
「なんて事を言うの?あんたが出来るようなことが、このわたくしについていけない筈がないじゃないの!」
「本当にそうかな〜〜?口でなら、なんとで言えるもの」
「分かりましたわ!証明して見せましょうじゃないの!!」
「じゃ、エイプリルフール、遊んでも良いのね?」
ぱあっと顔を輝かせた女王に、ロザリアは自分が乗せられたことを知った。
(し、しまったわ…、わたくしとしたことがまたこの子の戯言にのせられて〜〜〜)
後悔先に立たず。
我が意を得たりとニコニコしている女王に、今更今のは取り消し!とも言えず、ロザリアはやけくそで決意した。
(こうなったら、絶対に、わたくしの方がこの子を引っかけてやるわ!)
 
 
朝議の席。
麗しく整列した守護聖たちを前に、女王はにこやかに宣言した。
「今日はエイプリルフール。皆様、今日一日、楽しんでくださいませ!!」