ウェディング・シンドローム vol.1

 
騒動のきっかけは、たいていが女王陛下の突飛な思いつきである。
それを冷静な女王補佐官が程々の規模に押さえる。
その結果、守護聖達は安心して微笑ましい女王の企画を、楽しむことが出来る。
では、その順が逆であれば?
きっかけが冷静沈着なる補佐官殿であったとしたら。
女王の好奇心とバイタリティは、その思いつきを収拾がつかなくなるほど、あおり立ててくれるだろう。
これはその一つの実例である。
 
 
ある日のことである。
珍しく女王補佐官ロザリアは、オリヴィエの部屋に届けられた最新モード雑誌を前に、
なまめかしいため息をついていた。
「どうしたの?やっぱり女の子だねぇ。最新ファッションがうらやましくなった?」
ちゃかしながらオリヴィエがロザリアの眺めているページを後ろから覗く。
「あ!駄目ですわ!」
慌てて閉じたがもう遅い。
夢の守護聖はしっかりと見てしまった。ロザリアがうらやましげに眺めていたページ。
それは、最新の美しい「ウェディングドレス」の特集記事だった。
 
 
ロザリアは恥ずかしそうに頬をピンクに染めてうつむいている。
「ロザリア…」
オリヴィエはお姉さんのような笑顔で、その肩をぽんとたたく。
「恥ずかしがる事はないさ。女の子が花嫁衣装に憧れるのは当然のこと。
ましてやあんたは、決まった相手もいるし…、興味がない方がおかしいって」
 
 
完璧なる女王候補であったロザリアが、恋を選んで補佐官となる事が決まったとき、誰もが衝撃を受けたものだ。
だが、彼女にとっては、そして相手にとっても、それはそれほどに大事な恋であったのだ。
実際、彼女と恋仲になってからのかつての暗黒魔王殿は、最近では、実に(朝議に遅刻せずに出席する程度には)前向きになっている。
「いっそどうだい?これを機会にさ、仮の結婚式でも挙げちゃえば?」
軽く言った言葉に、ロザリアは意外なほどに強く否定した。
「それは駄目ですわ!だって、わたくし…」
ああ、とオリヴィエも思い出して頷く。
「やっぱり、そこまでは駄目か」
「そこまでは、出来ませんわ…」
うなだれるロザリア。それは、やっぱり先の女王試験でのことに起因する。
 
先の女王試験の時、ロザリアには相性100の親密度200の守護聖が3人いた。
一人はこのオリヴィエ。堅苦しいほどに生真面目なロザリアの心をほぐす、色恋抜きの完全な親友。
残りのうちの一人は、地の守護聖、そしてもう一人は暗黒魔王…、と思いきや、実は風の守護聖だったりした。
すでに2人とも、第2段階まで恋愛イベントを済ませ、どっちが先に告白するか!
という段階まで進んでいたというのに、ふたを開けてみれば完璧な女王候補に恋を選ばせたのは
相性99にして親密度187の闇の守護聖。
しかも恋愛イベント第一段階が過ぎただけの、ロザリアの方からの告白!で成就した恋だったのである。
 
地と風の守護聖が、自分達も夢殿と同じ立場だったのだと知ったときの衝撃の大きさは、
今でも気の毒すぎて誰も話題に出来ないほどだ。
その2人を前に、自分と他人との結婚式など、見せられない、と気遣うのも当然だろう。
しかし。
 
 
一度目についた白いドレスの誘惑は、なかなかにロザリアを解放しない。
誓いのキス、指輪の交換、長く引く裳裾、白いレースのベール。
そして次の花嫁へのブーケ…。投げられる花束…。
ロザリアの中に、ぱっとひらめく物があった。
「オリヴィエ!話を聞いてくださいます?」
30分後、女王の居間では、計画を話す補佐官と夢の守護聖、そしてそれを聞いて、もう好奇心ではち切れそうにわくわくしている女王の姿があった。
 
「模擬結婚式を執り行います」
翌日、守護聖一同を集めた女王は、そうにこやかに宣言した。
また何をしょうもない事を〜、という密かなつぶやきの中、ロザリアが進み出る。
「皆様、あきれたことを、とお思いかもしれませんが。実はこれはとても大切な事なのです!」
ロザリアは蕩々と語りだした。
「皆様は比較的お若くして、この聖地に参りました。ジュリアス、クラヴィスに至ってはまだ幼児期の段階…、
つまり、普通の人であれば、成長に応じて自然に知る人の社会の仕組みについて具体的な経験が
無いに等しいという事です。夫婦というのは、社会を構成するもっとも小さな単位であり、そしてもっとも大切な物です。
 
人は大きくなれば、自分であれ、他人であれ、「結婚」というイベントを通して、人は自分一人だけではなく、
社会や多くの人との関わり合いの中で生きている、という事を知る筈です。
ですが、あいにく、私たちや、守護聖の皆様は役目を果たすうちにはそう言ったイベントには
無縁になりがちです。私たちは、ここで身近に使える者達の一大イベントである結婚式にも、立場上、
おいそれと簡単には臨席出来ません。
人として学ばなければならない事であっても、今のままでは知ることが出来ないのです!」
 
どこか論点がずれてる。当然だ。ロザリアのこの演説は、先に結論ありき、の話なのだから。
しかし守護聖一同、握り拳を作って力説するロザリアを、誰も止めることが出来ない。
 
 
「このままでは私たちははっきり言って、ただの世間知らずです。人々の心を理解するためにも、私たちは「結婚式」について知らねばなりません。そのための勉強会としての「模擬結婚式」です。皆様、ご協力くださいませ!」
そう、力強く言い切ったのち、ロザリアは早口で付け加えた。
 
 
「幸いにして、ちょうどよいモニターカップルがおります。この結婚式の主役である、花嫁、花婿役はリュミエールとオスカーにお願いいたしますわ」
 
突然のご指名に、向かい合うようにして立っていたオスカーとリュミエールは同時に一歩前によろけ、ロザリアに向かって何か言いたげな視線を向けた。
ロザリアは下心を隠し、にっこりと伝える。
「大丈夫です。他の方の役割につきましても、ちゃんと考えております。
衣装に関してはオリヴィエがちゃんと用意してくださいますもの」
「任せて〜、もうドレスのデザインは出来てるからさぁ」
明るくオリヴィエがロザリアに調子を合わせる。
 
「そうではなくて…、その、花嫁、花婿役が私とオスカー…、という事は、どちらかが女性役という事になるのでは?」
しどろもどろのリュミエールに、誰かが「オスカーのドレス姿は見たくない」と呟く。
はい、ごもっとも。誰もそんなことは期待してませんって。
期待されてるのは、当然のごとく、美しい白の衣装を身にまとった花嫁、リュミエール…。
 
「うわ〜…、僕、一番上のお姉さんの結婚式、出たことがあります。ものすごく綺麗でした。
結婚式って、本当に女の人を一番綺麗に見せますよね!リュミエール様のウェディングドレス
姿って、きっとものすごく綺麗だと思います!」
「うん、俺もそう思う!リュミエール様にウェディングドレスって、最高に似合うと思います!」
正直者のお子さま、マルセルとランディの2人が、リュミエールのためらいなど無視して、もう決まった事のようにはしゃぎだした。
 
「ル…、ルヴァ様…」
助けを求めてリュミエールは地の守護聖の方を見る。
「はあ、結婚式…、その土地土地によって、形式はいろいろあるんですよねぇ」
駄目だ、ルヴァはすでに結婚式という習慣についての、知的興味の虜である。
「ジュリアス様…」
さすがにジュリアスは眉間にしわを寄せ、模擬結婚式などをわざわざやる意義について考えているようだ。
しかし、そこで出た結論は。
 
「確かに、一個の人として結婚とは大切な節目の儀式である、知るのも無駄では無かろう!」
ジュリアス様〜、何故こんな事に限って、それほどまでに理解があるのです…。
リュミエールの嘆きをしってか知らずか、もう一人の当事者オスカーは、さっさと気持ちに折り合いをつけてしまったようだ。
「ふむ、確かに恋愛と結婚というのは大事なことだ。その具体的な仕組みについて知るのも、良い経験じゃないか?」
それはあなたがドレスを着るわけではないから…。思わず恨めしげな目で睨むリュミエール。
 
「いやです!」ときっぱり断るタイミングが見つからず、焦るばかりのリュミエールに、女王がにっこりと告げる。
「これは女王命令です」
陛下〜〜〜(泣)!
 
他の守護聖達が勝手に盛り上がりを見せる中、
「さ〜、採寸よ、採寸♪」
半泣きのリュミエールはオリヴィエに強引に引っ張って行かれてしまった。
(ドレスを着るのは、いや〜〜〜〜!)
リュミエールの心の叫びは、たとえ誰の耳に届いても無視されたであろう…。
 
続いてる