ウェディング・シンドローム vol3

 
妙に吹っ切れてしまったらしいリュミエールが積極的に協力をしたため、と言うわけでもなさそうだが、
準備は滞りなく進み、いよいよ本日は大安吉日、結婚式本番の日である。
 
白のタキシードを身につけたオスカーは、教会の礼拝堂風に模様替えされた宮殿の広間で
うろうろと歩き回っていた。
リュミエールは水館からドレスを身につけ、オープンの馬車でクラヴィス(父親役)に付き添われて、この正面扉の前まで乗り付けることになっている。
広間は縦長に仕切られ、正面には祭壇、その横には銀の精緻な装飾を施した脚の長い燭台。
真ん中の通路には緋の絨毯、そしてその左右にはシルクの布を貼ったベンチがいくつも並べられていた。
 
年少組も、オリヴィエでさえ、今日は堅苦しい黒の礼服に身を包み、初めての経験に
好奇心を抑えきれずにいるらしい。一人だけ普段と同じターバンを身につけてるルヴァが、妙に浮いて見えた。
 
 
「落ち着かぬか、オスカー」
神父役を割り振られたジュリアスは、黒い衣装に白の肩掛けを付け、十字架をぶら下げている。
その姿は、背後の初代女王をかたどったステンドグラスにも負けないほどに荘厳だ。
そこへ普通の少女のような愛らしいピンクのドレスを身につけた女王アンジェリークと、シックながらどこか少女らしい蒼いドレスのロザリアが、興奮しながら入ってきた。
「うふふ、もうすぐ馬車が到着するわ!もうものすごく綺麗な花嫁さんよ」
「本当ですわ。一目見たら忘れられない程でしてよ」
 
 
列席者達がそわそわと扉の外に出る。
いきなり緊張してきたらしいオスカーが、意味なく胸ポケットのハンカチーフをいじくりながら外に出ると、
女王の言うとおり、ちょうど馬車が人々の歓声に迎えられながら、扉の前に横付けに到着した所だった。
時間を計っていたようなすんだ鐘の音が、高らかに聖地中に響き渡った。
 
2頭の白馬にひかれた馬車は、白いシルクのリボンと花がふんだんに飾り付けられていた。
黒い礼服を着た父役クラヴィスが、自ら手綱を操っている。
最初にクラヴィスがおり、そして花嫁に手を貸して馬車から降ろす。
守護聖達はもちろん、沿道を埋め尽くし、その後ろから付いてきた宮殿の使用人、その他に仕事をさぼってきたらしい各守護聖の館の者達が一斉に感嘆の声を上げた。
 
本当に美しかった。
顔を覆う繊細に透けるレースのベールすら、その美しさを秘密にする事は出来ない。
真っ白なドレスの裾を引き、花嫁は片手を父親(クラヴィス)に預け、そうっと馬車から降りると、緊張した仕草で正面に立つオスカーの方に顔を向けた。
手にしているのは、純白のカトレアをメインにした清楚にして華麗なブーケ。
ぼうっと見とれていることを隠す気もなく、オスカーは少年のような表情のまま、自分の花嫁の元へと緋の絨毯を踏んで足早に歩み寄った。
リュミエールも白い結婚衣装のオスカーを初めて眼にし、なんだか別の人を見ているような面もちで細い手をオスカーに預ける。
花嫁の手は、父から夫となる男の手へ。
婚姻の儀式の始まりである。
 
列席者一同がお行儀よく席に着く。壁側には正式な軍装をまとい、剣を捧げ持った騎士達が、広間のオブジェのように立ち並んでいた。扉は開け放たれ、その向こうからは人々が折り重なるように覗いてる。
祭壇前に立つのは、派手な金髪で目立ちまくりの、裁判官のような威厳をまき散らしてる神父ジュリアス。
並んで入場する2人に合わせ、パイプオルガンの音色が静かに広間に響く。
 
 
前に立つ2人に向かい、厳かに誓いを促す言葉を述べる。
「そなた達はこれより病めるときも健やかなるときも、力を合わせ、助け合い、生涯を愛し合い
共にすることを誓うか?」
「誓います」
「はい、誓います」
朗々としたオスカーの返事とは対照的に、感情が押さえきれないのか、かすかに掠れているリュミエールの声。
とても「ごっこ」とは思えない真剣な響きに、列席者一同様もしんと静まりかえっている。
 
白いスモックにベレーをかぶったマルセルが2人の前に結婚指輪を運んできた。
「指輪の交換を」
向かい合った花嫁花婿が、それぞれの左手の薬指にそっとプラチナの指輪をはめあう。
小さく震えるリュミエールの手を、オスカーは励ますようにしっかりと握った。
ベールに隠れたリュミエールが、かすかに微笑んだようだ。
「それでは誓いのキスを」
一瞬生つばを飲み込むお若い年少組に、オリヴィエがしいっと口の前に指を立てる。
一番前の席に陣取った女王が妙に嬉しそうに握り拳を作り、ロザリアは品よく頬を染めた。
 
オスカーは、そっとリュミエールの顔を覆ったベールを上にあげた。
俯き加減のリュミエールは、薄化粧を施され、緊張のためか頬が薄いピンクに染まり、
瞳がわずかに潤んでいる。
何か物問いたげにかすかに開いた唇は、今にも朝露を浴びて花開きそうな、艶めいた薔薇の色。
「リュミエール」
低く言って頬に添えられたオスカーの左手も、わずかに震えていることにリュミエールは気が付いた。
そうっと顔を上げると、間近のオスカーの冷たい色の瞳が、熱を感じさせる。
たとえ式自体は「ごっこ」でも、そこで交わされる誓いは真実。
互いの瞳にそれを確信した2人の唇がゆっくりと合わさる。
 
『永遠の愛を』
2人にとって、これはまさに真実の神聖なる儀式だった。
 
 
パイプオルガンの隣に並んだ聖歌隊の少年達が、祝福の聖歌を歌い上げる。
誰ともなく始まった拍手の音が、さざ波のように宮殿中に広がっていった。
 
 
人々が祝福の紙吹雪や花を蒔く中、幸せそうな花嫁と花婿が教会(広間)の外に姿を現した。
普段の穏やかなリュミエールからは想像も付かないほど、その微笑みは輝いている。
あでやかに微笑んだまま、リュミエールはぽんと花嫁のブーケを投げた。
 
青い空に綺麗な弧を描いた白い花束は、狙い澄ましたように青いドレスに身を包んだロザリアの腕に治まった。
わあっと仲間達が花嫁と花婿を取り囲む。
 
「オスカー様!俺、感動しました!」
「あー、綺麗でしたね」
「本当に感動しちゃいました」
「ふむ、結婚式というものは、なかなかに奥が深い物だな」
てんでに感想を述べる仲間達に囲まれ、2人はくすぐったそうな笑顔のまま、嬉しそうに寄り添い、時折目を見交わしては、2人の間だけで通じる笑みを浮かべる。
オリヴィエは満足そうにリュミエールに言った。
「うっふふ〜、結構気に入ってくれたみたいだねぇ」
「オリヴィエ…」
「これでもね、結構気にしてたんだよ。強引に事を進めちゃってさ。それであんたが不快な思いしちゃったら、どうしょうかって」
意外と真面目に言われ、リュミエールは傍らのオスカーを見上げるとくすりと微笑み「いいえ、よい体験だったと思います」と、呟く。
オリヴィエはその言葉ににっこりとした。
 
 
「そっか、よかった。それじゃね、ちょっとこれを見てくれる?」
がさがさとオリヴィエが広げたのは、奇妙な衣装を着た女性のピンナップだった。
黒い妙な形の帽子に白い布を回し、まとっている服も前合わせの衣装を何枚か重ね、そこに幅広の帯を締め、さらにその上に重そうな白い衣装を引きずるように着ている。
女性の顔も手も白粉で真っ白だ。
「なんですか?これは」
怪訝そうに訊くリュミエールの後ろから、オスカーも何かとその写真を覗き込む。
「これはね、次にあんたが着る花嫁衣装だよ」
はい?
「これはヤポン式、ツノカクシにシロムクって言うんだよ。男性はモンツキハカマ」
嬉しそうなオリヴィエに、リュミエールとオスカーの笑顔が青ざめた。
 
 
花嫁のブーケを受け取ったロザリアは、賑やかな輪から外れたところで、ひっそりと傍らに立つ闇の守護聖を見上げた。
「花嫁のブーケ、これを受け取ったものは次に幸せな花嫁になれる…、か?」
「はい」
心持ち笑みを含んだクラヴィスの言葉に、薄く頬を染めたロザリアが呟くように頷く。
女王がにこにこと近づいてきた。
「よかったね、ロザリア。うふふ、ね、ロザリア?ロザリアの時はブーケを私に投げてね」
「ええ、アンジェリーク…」
闇の守護聖に見守られ、花嫁に憧れるただの少女に戻った2人は、にっこりと目を見交わして笑うのだった。
 
 
オスカーとリュミエールの前では、ヤポン式についてルヴァが説明を始めている。
「え〜とですね。文献によりますと、まずは花婿の家が親族一同うちそろい、花嫁の家に干しアワビや昆布やらを婚約の印に届け、その後、花嫁側は新居で使う家具一式を用意して、町の人々に披露しながら運び込み、その後は、タタミの上にキンビョウブを立て、その前に花嫁と花婿が座り、その隣にはナコウドが座り、サンサンクドの杯を交わして婚姻の証とし、タカサゴヤを歌い、ドライアイスの煙の中、ゴンドラで天井から現れ、傘を持って花嫁と花婿が列席者の前を歩くそうです」
 
 
ルヴァ様、…その文献はきっとインチキです…。
訳の分からない説明に呆然とする2人の前で、全員が一斉にあれやこれやと話し出した。
 
「えっと、この間ビデオで見た結婚式は男性が「美青年コンテスト」に出場して、それを妙齢の乙女が選ぶんだそうです」
「地味婚って言って、ただ役所に届けを出すだけっていうのもあるそうだぜ」
「え〜、そんなのつまんない。やっぱり、村をあげてお祭りしてお祝いするのが楽しいよ!」
「古来は、花嫁、花婿共に一週間誰にも会わずに身を清めたそうだ」
「結婚まで互いにあったことがないっていうのもあるよ。赤い衣装に行列を仕立てて
赤い提灯を一杯ぶら下げて部屋を飾る」
「結婚の儀式を調べることは〜、その土地土地の風習や価値観を知る上でも、重要な意味がありますねぇ」
引きつってる2人にかまわず、一同、各国、各惑星、独特の結婚の儀式を再現しようと、
盛り上がりまくっている。
 
そこに、とことこと女王が乱入。
「フフフ、どれも面白そうね。順番に全部試してみようか」
 
 
(…これでは、私たちはあと何回、式を挙げればいいのでしょう…)
ふらぁっとリュミエールは目眩を感じた。
まるで夢の中を歩いているように、自分で自分の身体を支える事が出来ない。
「うわ、リュミエール」
慌ててオスカーが差し出した腕の中に、麗しい花嫁衣装のまま、リュミエールは倒れ込んだ。
『夢なら、さめてください…』
それを最後の意識に、リュミエールは現実から逃げ出してしまったようだ。
 
「ちょっと、大丈夫?」
それに気が付いたオリヴィエ達が、心配そうに覗き込むが。
(誰のせいだ、誰の!)ぷっつん!
堪忍袋の緒を切ったオスカーが、本音の本気で怒鳴った。
 
「責任者!いい加減にしろ!」
 
 
 
怒られたので、終わる。
 
碧霧さん〜、こんなのでいかがでしょう。(^^;;)