日の曜日。
宇宙に急な変化がない限り、女王といえども休息をとるその日。
 
女王の私室に入ったロザリアが目にしたのは、床に並べた本の山の前に座り込み、
それをどことなく寂しげに見つめる女王の姿だった。
普段の元気すぎるほど元気な女王には似合わぬその様子に、心配になったロザリアは、
自分も床の上に膝をつき、寂しげな女王の顔を覗き込む。
 
「陛下…一体どうなさったのですか…?」
その声にアンジェリークは顔を上げ、これまた信じられないような儚げな笑みを口元に浮かべた。
 
「ロザリア…、ちょっとこの本を見てくれる…?」
「この本ですか?………」
 
改めてずらりと並んだ本のタイトルと表紙に目をやり、30秒ほど固まったロザリア険のある声が、
室内に響き渡った。
「全部、マンガの本ではありませんか!」
さっきまでの心配げな眼差しを遠く窓の外に放り投げ、ロザリアは呆れきった説教口調でまくし立てた。
 
「陛下!よろしいですか?けして娯楽を持つな、とは申しません!ですが、陛下にはもっと先に学ばなければならないことが山のようにおありなのではありませんか?」
 
「違うわ、ロザリア!私が言っているのは奥付なのよ、これを見て!」
叱られた女王が、慌てふためいてならんだ本の最終巻の奥付の日付をみせる。
それを見たロザリアは思わずはっとした。
そこに記された日付は…彼女たちが女王候補として招かれたときより、すでに10年以上も経た日付…。
 
それを目の当たりにした瞬間、さすがのロザリアも何やら感慨深げになる。
自分達の感覚でいえば、この聖地にきてまだ数ヶ月なのに、主星ではすでにふた桁もの年が流れてしまっていたのである。
 
「もう…こんなに経ってしまっていたのですね…」
過ぎた時間を目の当たりにしたロザリアの胸に、かすかな痛みが走る。
覚悟していたこととはいえ、こんな形で目の当たりにすることは、まだ17才の少女には辛いことだった。
 
「そうなの…、もうこんなに経っていたのよ…」
女王は本を数冊持ち上げた。
 
「私が女王候補になって旅立ったとき、ちょうど第一巻が発売された頃だったのよ?それがいつのまにか完結して、コミックスも全部発売になってたなんて〜〜〜〜!!もうショックよ、ショック!!!先の展開を予想して、ドキドキするって楽しみがもう完全に無くなっちゃったのよ?こんな寂しい事ってないわ〜〜!」
郷愁が完璧に吹っ飛んだロザリアの目の前で、宇宙を導く神聖にして偉大な女王陛下は、
両手にマンガの本を抱え込み、子供のようにいやいやをしている。
ロザリアは、一分ほど硬直したあと、補佐官になって何度目かも判らない疲れ切った息を吐いた。
 
 
◆◆
 
「まったくもって、マンガの本を両手に抱えて嘆いているなんて、長い宇宙の歴史の中にも、そんな女王はあなた1人よね、きっと」
「そんなに言わなくたっていいじゃないの。乙女のささやかな楽しみだったのに〜」
「誰が乙女の楽しみですか。言っておきますが、私にとってこんなのは特殊例ですの。乙女なんてひとくくりに
言わないでくださいね」
言われっぱなしのアンジェリークが悔しそうに頬を膨らませ、それでもロザリアお手製のケーキと紅茶に舌鼓をうつ。あっさりと機嫌が良くなったのか、にっこりと笑った。
「おいし〜ロザリアって本当に何をやっても上手ね」
「当然でしょ?って、誉めたって誤魔化されませんからね」
つんけんというロザリアに、紅茶を飲み干したアンジェリークは肩を竦めた。
 
「私に言わせれば、お友達と次の展開を予想したりして楽しむのは、乙女の普通の姿よ?
それに、マンガだって馬鹿に出来ないわ。ルヴァの書庫にだって【マンガで見る宇宙の歴史】ってシリーズが
全40巻も並んでるんだから」
「内容が違いますでしょ?」
ロザリアの言い分はあくまでも素っ気ない。
 
「何を言うの!どんなマンガだって、想像力がなければ出来ないのよ?想像力は宇宙の創造に対する原動力にもなるの!よりよく、美しく、みんなが笑って暮らせる世界を想像することが、創造に繋がるのよ?」
アンジェリークは目を丸くしてそう言いたてた。
 
「それにね、想像は時間も場所もお金も必要ないわ。目を閉じれば、そこに広がる世界が疲れた心を一瞬にして夢の世界に飛ばし、癒してくれるの。そこでは私は普通の少女にも戻れるし、
勇ましい宇宙海賊にもなれるし、世界をつくる英雄にもなれるのよ!」
女王の瞳はきらきらと、文字通り星を飛ばしたようである。
一瞬にして夢の世界に飛んでしまったらしい女王に、ロザリアはげっそりとした顔で息を付いた。
確かにこのトリップの早さはただ者ではない。
 
「そう…たとえばこんなのはどうかしら?専制君主に姉を奪われた若き美貌の天才が、打倒帝国を近い、幼なじみと共に軍人として戦って、やがて新たな王朝を作り姉を取り戻すの。そう…たとえばこんな風に…」
 
うっとりとしたアンジェリークの脳裏に、身近な存在をキャスティングした一大スペースオペラが繰り広げられる。
 
豪華な金髪の若者ジュリアスが「宇宙を手に入れる」と、豪華に宣言し、赤毛の忠実な部下オスカーが「ジュリアス様、宇宙を手に入れてください」と傅き、優しく家庭的な絶世の美女であるジュリアスの姉リュミエールがひっそりと若者二人を見守る。きらびやかな宮殿に渦巻く陰謀、華麗で豪華な衣装、星の海!
確かに一瞬でヴィジュアルを完成させる女王の想像力は、現実的なロザリアの及ぶところではない。
 
「ああ…これこそ、宇宙を股に掛けたロマンよ!そしてジュリアスの前に立ちふさがるのは自由惑星の提督ミラクル・ルヴァ!彼の養い子でよくできた美少年にティムカ。そして、彼を慕う美しくて優秀な副官は絶対私の役所よね!」
 
「出典は【銀河英●伝説】ですわね…」
あってるんだかあってないんだか判らないキャスティングの上、年齢設定もバラバラじゃないの…、とロザリアはため息を付いた。ついでに言わせれば、女王のどこが優秀な副官だ…。
 
ずばり元ネタを言い当てられたアンジェリークは一瞬ぷっと膨れたが、すぐに気を取り直して次の妄想に移った。
 
「じゃあ、こんなのはどうかしら?不思議な力を持つ四兄弟。歴史講師の長兄クラヴィスに、美貌と毒舌の次兄オリヴィエに、口は悪いけど元気で前向きな三男ランディに、おっとりとした末っ子マルセル!彼等は竜王一族の転生で、やっぱり地上に降りた天敵と戦いを繰り広げるの。
そして、長兄には才色兼備で仙女の転生の従姉妹の恋人ロザリアがいるの!ああ、うっとりよ!」
 
「…【創竜●】ですわね…」
妄想の中でもクラヴィスの恋人という事で内心にんまりとしながらも、ロザリアはまたもやわざとらしいため息を付いた。
女王の最近の読書傾向がはっきりと判る、というものだ。娯楽としての読書が悪いとは言わないが、
その前に読んで欲しい資料や歴史書が溜まりすぎているというのに。
 
またまた言い当てられた女王はムキになって次の妄想を始めた。
 
「こんなのはどう?お城に到着する巨大な舞台設備のある飛空挺。劇団と見せかけて、その実体はある国の依頼を受け、その城の王女を誘拐しようとする盗賊団!芝居と見せかけてまんまと場内に進入を果たしたヒーローオスカーは、王女リュミエールに一目惚れ、そして、いつしか王女リュミエールも盗賊オスカーに惹かれてゆくのよ。そしてラストは女王となったリュミエールの前で、死んだと思われていたオスカーが芝居のさなかにぱっとマントを翻し、手をさしのべるの。『会わせてくれ、愛しいリュミエールに』そして二人は…ああ、感動のエンディングのハッピーエンド!!でも、ただ一つの問題点は、リュミエール姫のドレスのデザインなのよね、ちょっとあのまま着せちゃうと、凄いことに…」
 
「…陛下…ゼフェルから新しいゲームソフトを借りられましたのね…」
半分泣ける気分でロザリアはそう言った。
いくら妄想するにしても、何も衣装付きでリアルに想像することはないではないか。
それで言ったら、オスカーには尻尾が付いているのだろうか…、と思わずマニアックな心配をしてしまうロザリア。
 
すっかり元ネタがばれていることに不満な女王が、悔しそうに身もだえた。
「ずるいわ、ロザリアったら!どうして、私が読んでる本や遊んでるゲームソフトのこと、全部把握してるのよ!あ、ひょっとして…」
何かに思い当たったらしい女王がにやりと笑った。
「実はロザリアも、私と同じ趣味だったりして〜〜〜〜」
ロザリアがぷつんと切れた。
 
「だったら、本を広げたままうたた寝したり、ゲーム途中のまま、外へ脱走したりしなければいいのです!後片づけを誰がしてると思ってらっしゃるの!!!!」
 
頭上から落ちる雷に、思わず部屋の隅に避難してしまう女王。
ぎしぎしと錫杖を握りしめたロザリアが、真っ青になって壁に張り付いているアンジェリークに向かい、
美しくも恐ろしい笑みを浮かべてせまってくる。
 
「ロ…ロザリア…?バックに雷しょってない…??」
ロザリアは怯えた女王の台詞を完全に無視した。
「…では女王陛下…、今日はお休みの日ではありますが、さっそくその想像力を発揮して
いただけます…??女王陛下がいまだ目を通してくださらない書類が溜まっておりますの…。
これが溜まりすぎれば、下の者がどうなるか…とっくり想像してみてくださいませね…おほほほほほ…」
 
この微笑みが目の当たりにして逆らえるものは、たとえ女王といえどもいなかったりするのだ。
 
 
★★
 
 
数日後。
「ねえねえ、ロザリア。こういうのもロマンだと思わない?宇宙から飛来した巨大な寄生植物と、さらにそれに寄生する巨大生物。自然史センターに勤める若き研究員のリュミエールが、その巨大生物と戦う軍人のオスカーと
恋に落ちるの。勝ち目のない戦いに向かうオスカーをそっと見守るリュミエール…見交わす目と目!
ああ!言葉のいらない世界よ〜〜〜〜」
 
「そうですか…、今度は怪獣もののビデオ鑑賞をなさったのですね…」
 
目をきらめかせる女王からは、これでもか!というほどに前向きで逞しい、女王のサクリアがあふれ出している。見事に片付いた書類を満足げにチェックしつつ、補佐官は納得の境地で1人頷いた。
何はともあれ、守護聖をダシにした妄想が女王のバイタリティの原動力であることは確からしい。
彼女のサクリアを受け、人々は大きな夢を現実にするためにせっせと働き、日々を謳歌している。
その発展の様子が、すっかりデータとして現れているのだから、これはもう認めるしかなかろう。
 
ロザリアはきらっと目を光らせた。
「ご褒美に、女王陛下お好みの衣装による仮装舞踏会でも開きましょうか?」
「ホント?だったら絶対に「ベル●ラ」の世界ががいいわ!リュミエールとマルセルはドレス姿で、オスカーは軍服で決まりよね!うふ、ジュリアスに横ロールのカツラをつけさせたら、似合うかしら」
「けっこうですわね、それではすぐに衣装の手配をいたしましょう」
 
仕事の能率のためなら、守護聖をコスプレモデルにするのも厭わない。
乙女の妄想パワーは、間違いなく宇宙を支えているのであった。