その日は早朝からよく晴れていた。
鮮やかに大きな花火が、美しい宮殿にさらなる彩りを添える。
鳥は歌い、花々は咲き乱れ、まさにめでたき日にふさわしい良き日だった。
ライト王国(安直なネーミングだが、作者のセンスはこんなもの)の若きジュリアス王と、隣国アクア王国の王女リュミエールとの婚約発表の日。
宮殿の広間には多くの忠実なる臣下が集い、華やかなパーティーが繰り広げられている。
「ジュリアス王と、リュミエール姫、美しきお二人に祝福を〜」
原色の衣装に身を包んだ、城下でも評判の芸人オリヴィエがリュートをかき鳴らし、恋の歌を歌う。
楽団の奏でる音楽にあわせて踊る人々。
ワルツにあわせてフォークダンスを踊ってしまう人がいるのは、ご愛敬。
(男性の半分は、研究一筋の王立研究員)
白を基調に、碧と金のアクセントの衣装を着けたジュリアス王が、黄金の杯を片手に席より立ち上がった。(いつもと変わらない、というのは禁句)
「皆の者。今日の良き日をともに祝うことができたのを、神に感謝する」
威厳を持って杯を飲み干す。
大きな身振りを交えた浪々としたセリフ回しに、さりげに決まるカメラ目線。一日5時間、毎日舞台ビデオを見て研究した成果である。
ジュリアス王の第一側近役のエルンストが大きな扉の前に歩み寄り、人々に注目を促した。
「リュミエール姫のご入場です」
ジュリアス王がエスコートのために扉脇に立つと、重々しく観音開きの扉が開いた。
人々の本気の歓声があがった。
麗しきリュミエール姫の姿に。
「…ああ、なんて美しいんだ、俺のリュミエール」
「おっさん、鼻血たれてんぞ!」
2階の窓越しに広間を眺めて、陶酔に我を忘れている男が一人。
言わずとした「魔将軍オスカー」である。
舞台監督(肩書きがふえてる)のゼフェルが、差しだした布で顔を押さえ、眉をしかめてた。
「雑巾だぞ」
「汚れを拭き取るんだから、同じだろうが」
オスカーはむっとして雑巾を投げ捨てると、また広間に視線を戻した。
中ではリュミエールとジュリアスのダンスシーンである。
「あ、あ。ジュリアス様、そんなに体を引き付けて。ああ、リュミエール、肩に腕を回してる」
「ダンスしてんだから、当然だろーが!」
うっとおしそうにゼフェルが怒鳴った時、下にいるスモーク係からの連絡が入った。
「おい、おっさん。準備OKだ、いくぜ」
「おう」
オスカーはバッとマントを翻して、立ち上がった。
広間に流れていたBGMが止まった。
「あれは、誰だ!」
わざとらしく指差す男の声にあわせ、一斉に2階の窓に目を向ける。
そこに表れた黒騎士オスカー。
黒いプレート鎧に、黒いマント(内側は赤)。黒に銀のラインが美しいヘッドバンド。均整のとれた堂々たる長身に、りりしい美貌。
女性陣からの熱い視線と熱狂的な歓声が飛びかう。
「オスカー様ー!」「ステキー!」「私をさらってー!」
つい手を振って甘い笑顔を見せてしまうオスカーに、リュミエールが半眼で睨み付ける。条件反射的に弁解しようとあたふたするオスカーに、ヘッドバンドに取り付けたインカムから、可愛らしい声がきんきんと響いた。
『セリフ、セリフ!オープニングの見せ場でしょ?』
「へ、陛下?」
いつのまにか黒子衣装の女王アンジェが、こっそりとリュミエール達の後側に待機していた。「特等席だも〜ん・女王談」
「話の流れを止めないでよ〜、オープニングなんだから、こうもっと派手に!」
急かされ、オスカーは焦って、大きくマントを翻した。
「ジュリアス王よ。私は魔王クラヴィスの側近たる魔将軍オスカー!主人の命により、姫を頂戴しに参上した!」
「理由は!」
直ちに返ったジュリアス王の返事に、オスカーの顔が「?」になる。
「訳もなく我が婚約者を連れていこうなどとは言語道断!その不埒者のそっ首をたたき落とし、魔王とやらへの返答としよう!」
ジュリアスは右手をぴしっとのばし、オスカーをねめつける。
「い、いえ、ジュリアス様、このシーンは…」
シナリオでは「なに?」とかなんとか言って、姫から離れてこっちに脚を踏み出す段取りだ。それなのに左手は、しっかり姫の肩に掛かり、いかにも守ってると言わんばかりに離れない。
「馴々しく呼ぶな!我が精鋭たる部下が、今すぐそこに参る!控えおろう!」
完璧主義のジュリアスは、婚約者を守る王の役に完璧に入り込んでいた。
「ジュ…、ジュリアス様…」
リュミエールが困惑して名を呼ぶ。
その時ジュリアスの黄金の髪が、思いっきり後に引かれた。
むろん、話が止まっていらいらし始めた女王陛下のしわざだ。
(何をやってんのよ〜!お話が進まないじゃないの〜!)
(陛下…、いえ、ですが、男としてこの場合は…)
(男としてじゃなくて、RPGの場合、ヒロインはさらわれなきゃならないの〜)
(しかし…)
(い〜から!とにかくリュミエールから手を放すの〜!)
早口で言葉をかわすうちに、アンジェリークはだんだん切れかける。 その背後に見え隠れする黒のサクリアに、思わずジュリアスがビビった隙にリュミエールはその腕から逃れでた。
2階でまだもたもたしていたオスカーは、それを見た瞬間に華麗な鞭裁きでプラスチック・シャンデリアにとび移り、やっと話が動きだして安心した大道具係が、シャンデリアを移動させる。
意味もなくきゃ〜〜っと熱い悲鳴を上げる女性エキストラ陣。確かにその体捌きは見事である。
オスカーが床に飛び降りると同時に駆け寄ったリュミエールと、しっかりと抱き合う。
…それはどう見ても、さらわれる姫というより…。
「う〜ん、どう見ても結婚式から逃げ出す駈け落ちカップルよね。リュミちゃんも『きゃ〜』とか、『あれ〜』くらい、言えばいいのに」
「…」
のんきにパンチを飲みながらそう評するオリヴィエの横で、エルンストが何かを思い出すように額に指を当てていた。
「何?どうしたの?」
「…以前、どこかでこのような情景を見た覚えがあるのです」
「あら、意外と情熱的!エルンスト、駈け落ち経験あり?」
興味津々といった態でオリヴィエが乗り出すと、エルンストは軽く首を振った。
「いえ、私ではありません…。そう、以前、知り合いに「ビデオ鑑賞会」なるものの招待を受けた時のことです。そう、古い映画でした。結婚式の最中に若い男が乱入し、花嫁とともに逃げるのです…。恋愛映画の名作なのだそうですが…」
オリヴィエは乗り出した身を引いた。エルンストと恋愛映画。
はっきり言って、似合わない。
「そ、そう…、感動したの?」
恐る恐る問うオリヴィエに、エルンストは立て板に水とばかりに答えた。
「感動?とんでもありません。そもそも登場人物たちの心理が、私には理解できません!結婚式の最中に逃げ出すなど、残された花婿の精神的ダメージや社会的信用の失墜、また花嫁やその男にしてもその無責任、無分別の極みとも言うべき行動原理につき(以下、延々)」
オリヴィエはエルンストの両肩に手を置き、しみじみと言った。
「あんたらしい感想で良かった…」
オスカーは駆け寄ったリュミエールの腰をしっかりと抱き抱えると、またもや華麗な鞭さばきでシャンデリアに飛び乗る。再び回りから沸き上がる歓声。
シャンデリアが天井付近に引き上げられると、リュミエールがしっかりとしがみ付いてきた。
オスカーの高揚感は絶頂に達した。
眼下のジュリアス王にむかい、最後のセリフをふんぞり返った高笑いつきで投げつけた。
「さらばだ、ジュリアス王!姫はもらった。我が魔王クラヴィスの力を思い知ったか!はーっはっはっは!」
ジュリアスの額にビシッと血管が浮く。
「よくぞ言ったな。魔王クラヴィスの手下とやらの魔将軍オスカーよ」
低い地を這うような声音に、冷静に戻ったオスカーの血の気がすっと引く。
「私に対する侮辱の数々、忘れぬぞ。必ずや思い知らせてくれるゆえ、心しておくが良い」
眼光鋭く、ジュリアスがオスカーを睨んだ。
オスカーの背中を冷汗が伝う。
「こ、これはお芝居ですので、…その…」
思わずシャンデリアのうえから言い訳してしまうオスカー。
だがビシっと怒りの表情のジュリアスは聞く耳もたぬ風に、背後の衛兵たちに下知をくだした。
「あの者をとらえよ!」
「これはお芝居ですって!」
本気でびびったオスカーが、悲鳴のように言い訳をする。
その時服の袖に力がかかった。
リュミエールがしっかりと両手で握り締めていたのである。
「…リュミエール…」
呼ばれてあげた顔は、まんざら演技でもなく青ざめている。
すがるように涙目でしがみ付いてきた。
「…早くなんとかしてください。私、高い所は苦手なのです」
潤んだ声で、ぴっちりとしがみ付かれ、オスカーはまたもや慌てた。
怒ったジュリアスに、すがるリュミエール。逡巡はほんの一瞬。
オスカーは下で仁王立ちでこっちを睨んでいるジュリアスにビビりつつも、これで本当に最後の、退場の言葉を告げた。
「ジュリアス王!姫を帰してほしくば、魔王城までくるがいい!」
そしてリュミエールの視界をふさぐように、マントでその体を包み込む。
反動を付けて2階の踊り場に移動すると、大きなステンドグラス(当然セット。原料は飴だったりする)を舞台効果抜群にブチ破って、外へと飛び出した。欠けらが広間に雨のように降り注ぐ。
反射的な女性陣の悲鳴は絶好の効果音。
「追え、追えー!」
ジュリアスが大きく腕を上げて命令する。その鋭さに、衛兵たちが半ば本気で飛び出してゆく。
タイミングがずれたスモークが広間いっぱいに広がって人々の視界をおおい、女性達のざわめきを煽るように、勇ましいBGMが流れる。
「これ、これ!これぞ正しく旅立ちのテーマよ〜!」
両手を握り締めて大喜びのアンジェリークの首根っ子を、ロザリアががっしりと掴んだ。
「何を能天気な事をおっしゃってるの?せっかくの髪のセットが台無しではありませんか!いそいでお着替えを!」
「ロザリア〜!見た見た?オスカーがねぇ…」
「見ました、見ました!」
ロザリアは興奮している女王にいい加減に相槌を打つと、ため息をつきつつズルズルと衣装室へと引きずっていったのだった…。
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