たくさんのモニターが持ち込まれた女王の居間。
ジュリアスはそっと席を立つと、しばしばする目に目薬を差した。
それから仕事疲れのオヤジのような仕草で眉間を軽くもむと、またモニターの前に腰を下ろす。
モニターチェックをしながら、大量の書類にも目を通す。
さすがは光の守護聖。
 
彼一人でいったい何人分の仕事をこなしているのだろう。
この場合、いくら賞賛されてもジュリアスはちっとも嬉しくなかった。
彼の手元に持ち込まれた書類は、守護聖9人分に加え、何故か女王補佐官決済分まで混ざっている。
 
何故か?理由は分かっている。
今現在宮殿にいるのは、ジュリアスただ一人だけだからだ。
 
本来であれば仕事の半分は受け持たなければならない筈の、もう一人の筆頭守護聖は、
魔王城でのんびりお茶を飲んでいる。
それも優雅なハープのBGM付きで。
何故それが宮殿のジュリアスに分かるかといえば、ちゃんと映し出されているからだ。
モニターに。
 
魔王城のだだっ広くて薄暗い陰気な広間。
その象徴とも言うべき、魔王の玉座にある不気味な山羊の頭骨飾り付きのテーブル。
そこには真っ白なレースのテーブルクロス。
清楚な白と淡い黄色の花が飾られ、手作りとおぼしき何種類かのジャムの瓶と、一口サイズのカップケーキ。
そしてかぐわしい香りの紅茶。
その机の上だけ、異次元のようなほんわかした空気に包まれている。
 
黒一色の魔王衣装に身を包み、クラヴィスはそこでゆったりとティータイムを楽しんでいる。
傍らにいるのは、淡い水色の衣装に身を包んだ麗しの姫君リュミエール。
ジュリアスでなくとも、「不公平ではないか!」と叫びたくなるほどうらやましすぎる光景だ。
実際に叫んでいる者もいるのだ。
別のモニターでは、黒一色の魔将軍殿が、某所で勇者様ご一行の妨害で憂さを晴らしている。
 
 
「何で俺だけこんな所によこされるんだ!おい、勇者ども!さっさとゲームオーバーになってしまえ!」
「あんた、台詞違うんじゃない?」
げっそりとした顔でオレンジと赤のストライプの衣装のオリヴィエがつっこむ。
ここは、「魔王城城門の鍵入手に必要な地図」入手の某砦跡。
勇者達を見下ろす崩れかけた石柱の上に立ち、オスカーはぶつぶつと威厳の全くない
脅しの文句を吐いていた。
 
 
「オスカー様じゃなくて、魔将軍!ここであったが百年目、姫をかえせぇ」
棒読み台詞のランディに、緊張感はいやが上にも盛り下がる。
「あんた、楽しい新婚生活送ってたんじゃないの?」
オリヴィエがちゃかすと、オスカーは真顔で怒鳴った。
「リュミエールの寝室から隠しカメラが4つも出てきたんだぞ!
おかげで俺は、完全出入り禁止だ!お休みのキスすら、額止まりなんだぞ!」
 
なんという慎みのないことを堂々と叫んでいるのだ
ジュリアスの嘆きなど知る由もないオスカーは、殆どやけっぱちのいい加減さで
「とにかくさっさと済ませるか、時間切れになるか決めてしまえ!いつまでもつき合っていられるか!」
そう叫ぶと、マントを翻してその場から退場。
愛馬にまたがり、義理は果たしたとばかりに、その場から駆け去ってゆく。
 
「今にみていろぉ」
律儀に叫ぶランディにマルセルがせかす。
「早く行こうよう。これが終わらないと、宿に帰れないよ」
「誰のせいだとおもってんのさ!あんたが疲れたの何のって毎日わがまま言うから、
予定がどんどん押してくんじゃないの」
「だって、疲れたものは疲れたんだもの」
一日動いては一日休む、マルセルのお子さま駄々っ子攻撃に、オリヴィエはうんざりと文句を言った。
 
「オリヴィエ様だって人のこといえないでしょう?毎日、衣装を決めるのに3時間もかけてるから、
出発はいつもお昼頃になるじゃないですか」
マルセルがふくれっ面で言い返すと、オリヴィエもムムッという顔で。
「私はそういう設定の役柄なんだよ。衣装道楽なんだから」
「ずるい〜〜〜」
「まあ、まあ」
にらみ合ってる2人にルヴァが宥めに入ると、すかさずオリヴィエのきつい攻撃。
「そういや、あんたも問題児なんだよね!徹夜で読書して朝になるとばてて動けなくなってる人!」
 
 
冷や汗たらりのルヴァは、ごまかし笑いでしどろもどろの弁解をした。
「え〜、いえ、適当なところで切り上げようとは思うのですが、ページを繰る事に、新たな興味がわきましてですね、そして次を読むと、また次に興味がという感じで、、はあ、本を閉じるタイミングが
活字中毒の人なら、「よ〜く、分かる!そのとおり、納得」と頷く理由だが、
普通の人なら言い訳にもならない理由。
当然のごとく、マルセルからは
「ルヴァ様ってば、僕には早寝早起きしなさい!っていうくせに」
というブーイング。
喧々囂々の話の中、ランディだけがさわやかに、
「みんな、さあ、行こうよ」
と砦の地下室の扉を開け、みんなを誘っている。
 
ジュリアスはその光景にめまいを感じた。
『全くそなた達は、何をやっているのだ!このメンバーに規律を求めた私が愚かであったの言うのか?』
メンバー決めはジュリアスの責任ではないのだが、それでも責任を感じてしまう、お気の毒なくらいの
リーダー体質。
幸い、ここにはジュリアス代理が到着したようだ。
 
「皆様!何を悠長に遊んでらっしゃいますの?ここが終わらなくてはいつまで経っても先に進めませんのよ?」
精霊の杖を振り回すロザリアが、問答無用で勇者様ご一行を地下に追い立てる様子が
モニターに映し出されていた。
「全く、ご自分の仕事は責任を持って果たしていただきたいものですわ!」
柳眉を逆立てた怒り顔も美しい、生真面目な女王補佐官。
 
『全くそなたの言うとおりだ。ならば、早く戻ってそなたの分の書類を整理してくれ』
と、密かな期待とともにモニターを見つめるジュリアスの目の前で、生真面目な補佐官殿は、
「さて、今度は女王陛下とゼフェルね。予定が押した分、どこかで時間を合わせないと。
あまり仕事をおろそかにするわけには、いきませんもの!」
全くだ、その通りだ。頷くジュリアスは内心で涙をこぼしそうになる。
しかし、補佐官殿の行き先は宮殿ではなく、いつのまにか人数の増えた華やかな魔王城のお茶会の席だった。
 
「リュミエールのハーブティーって本当においしいわ。お代わりくれる?」
「ありがとうございます。女王陛下」
優雅にお茶を楽しむ女神と姫君。
 
「だからさ、予定が押してるから、その分一気に距離を飛ばして、そんでこの城のこことここを改造して
勝手にするがよい」
うっそりとした黒の魔王殿と、薄汚れたジーンズ姿の技術監督ゼフェル。
 
「あ〜ロザリア。遅かったわね。お茶どうぞ〜」
「陛下、打ち合わせが」
「だから、ここがこうなって、ああして、こうして
はっきり言って訳の分からない組み合わせだ。異様な魔王城の広間は、ますます異様な雰囲気に
なっていく。
そして、そこに乱入する黒の魔将軍。
姫君にカプチーノをいれてもらって、でれっとしている。
 
 
何故に敵の本拠地の方が賑やかで楽しげなのだ?
すっかり社交場と化している魔王城の暗い広間。ジュリアスは怒りを持ってモニターを睨み付けた。
宮殿で一人吉報を待つ王のまわりは、無味乾燥なモニターと書類の山。
傍らにいるのは無言で出入りしては機械の作動チェックと、大量の書類を運ぶ秘書官役のエルンスト。
潤いのかけらも感じられないではないか。
それでも「こんなのやってられるかぁ」と切れる事も出来ない、忠実な職務の鬼、ジュリアス。
彼はエルンストからのお裾分けの「目に優しいブルーベリー濃縮エキスドリンク」を、一気にあおった。
人は足りずとも、仕事は片づけなければならない。
疲れた目と右手に鞭をうち、ジュリアスは果敢にも大量書類と、目眩がするモニター群に立ち向かってゆく。
 
がんばれ、ジュリアス。
負けるな、ジュリアス。
クライマックスは、もうすぐそこまで来ている!かもしれない。