しばしの休憩あと・・・・・
中庭、勇者の旅立ちのシーン。
 
「と、言うわけである」
膝まづく勇者ランディと案内役の芸人オリヴィエを前に、背後に側近エルンストと、賢者ルヴァと妹(?)魔法使いのマルセルを控えさせたジュリアス王が、重々しく話を締めくくった。
「はい、ジュリアス様。で、何が『と言うわけ』なんですか?」
明るく問うランディの頭を、隣のオリヴィエが思いっきりどついた。
「あんたってば、段取りって物をなんだと思ってるの?この場合、全部の説明が終わった事になってんのよ〜〜!」
「あ、あ、そうなんですか。説明、説明。あ、そうでした!『婚約パーティーの最中に、ジュリアス王が、お姫さまを攫われた』んでしたよね!」
納得し、明るくさわやかに内容を説明してくれるランディに、ジュリアスの顔がピキッと引きつる。
 
芝居とはいえ、おめおめと目の前で「婚約者」を攫われるなど、はっきり言ってプライドズタズタの言語道断な不手際である事には変わらない。
思わずピクピクするジュリアスの額に、オリヴィエが引きつった愛想笑いを浮かべる。
エルンストがシナリオ通りに話を進めてくれるのが、まったく持ってありがたい。
「勇者ランディには、その手助けにとの王のお計らいにより、城付きの賢者ルヴァと、その妹マルセルがご同行します。そして、女神さまよりの祝福のお言葉が送られます」
少々、結婚式の司会のように聞こえなくもない。
忍の一字で芝居を続けるジュリアスの前に、ようやく出番の回ってきたアンジェリークが軽やかに進みでた。
そして、右手を突き上げ、開口一番。
「ヒーローに、なりたいかー!」
聞き覚えのあるフレーズに、つられた勇者一行様が
「オォー!」
と右手を挙げて返事をする。
「魔王城に、行きたいかー!」
「オォー!」
聞いていたジュリアスはクラクラしてきた。はっきり言って、謹厳実直がモットーの彼には、そろそろこの異様なノリは神経の限界だった。
「みんな、頑張ってねー!」
「はい!」
元気良く駆け出してゆく勇者一行を眺め、ジュリアスはこれで解放されると、心の底より安堵したのだが
ところがそうは問屋が卸さなかった。
 
自分の私室に戻り、ほっと一息吐いたジュリアスをロザリアが呼びにきた。
「陛下が大切なお願いがあるので、居間までいらしてくださいとの事です」
執務室ではなく、プライベート空間である居間、という所に、ジュリアスは何かイヤ〜なものを感じる。
案の定、ロザリアとともに訪れたその部屋には。
「なんですか!これは!」
「モニタールームをね、ここに設置したの〜」
呆気にとられたジュリアスの目の前でにこにこ微笑む女王。
彼女のピンクの内装が可愛らしい居間は、今や所せましと分割モニターが置かれ、部屋の正面には、壁一面のワイド画面まで置かれていた。
王の第一側近エルンストは、女王専属オペレーターに早変わりし、次々と聖地中に置かれたカメラの作動情況を調べていた。
 
「わ、私に何をしろとおっしゃるのですか?」
聞きたくないが聞かなくてはならない。そんなジュリアスの苦悩も知らず、女王はうれしそうに告げた。
「私とロザリアはまだお役目があるでしょ?だから私達がいない間のモニターチェックと、お話の進行情況を見ていて頂戴?」
いわゆるセーブ担当ね!と、彼女は小首を傾げて勝手に納得している。
口をパクパクしているジュリアスを尻目に、モニターを見ていたロザリアが女王を呼んだ。
「陛下!フィールドカメラが、オスカー達を発見しましたわ!」
 
 
場面は変わって、こちらは馬で城を脱出したオスカーたち。
人気のない草原まで一気に駈け通した所で、オスカーは馬を止め、ぐったりと疲れたようなリュミエールを支えおろした。
大丈夫か?高い所が苦手なんて知らなかった。恐い思いをさせてすまなかったな
膝が笑っているリュミエールの体を支えるように、オスカーは草の上に静かに座らせた。
鳥の声しかしない静かな場所に、ほうっとリュミエールも体の力を抜いて凭れてくる。
「貴方のせいではありません
健気に青ざめた顔をあげ微笑むリュミエールに、オスカーはたまらない甘やかな思いを胸に感じる。
「無理をするな、顔色が真っ青だ
そう言って、リュミエールの頭を自分の肩に寄せるように抱き締めると、彼は小さく呟いた。
匂いが
「え?」
 
オスカーが聞き返すと、堰を切ったようにリュミエールが訴える。
「昨夜、本番前だというので、突然オリヴィエがあらわれて肌の手入れをしてくれたのですが、オイルに、エッセンスに、クリームにパックにと、何やらわけの分からないものを大量に塗られ、今日になっては、下地とやらの化粧水に乳液に、ファンデーション、パウダー、チークにアイシャドーに、アイライナーに、マスカラに、口紅。はては香水にヘアスプレーと、私はデコレーションされるケーキの土台になったような思いがしました!」
ぐったりとリュミエールがオスカーの肩に顔をうめる。
「そ、そいつは気の毒に
としか、オスカーには言いようがない。
「それらの匂いが渾然と交ざり合い、私、酔ったようで
 
たしかにハーブオイルやハーブティーの調合まで自分でしてしまうリュミエールの嗅覚は、繊細で敏感だ。
いくら最高級品とはいえ、人工的な香料の洪水に、気分が悪くなってしまっても無理はないだろう。
オスカーは宥めるように背中を撫でながら、優しく言った。
「城に入ってしまえば、その衣装を脱いでゆっくりと休める。俺が風呂の支度をしてやろう。おまえの好きなハーブを浮かべた風呂でゆっくりとし、その後は俺がおまえの好きなハーブティーを煎れてやる。心身ともにゆっくりとリラックスできるように
甘い優しい恋人の言葉を耳元で直接ささやかれ、リュミエールの青ざめた頬に、ぽっと血の気が戻ってくる。
オスカーは白い恋人の耳たぶや首筋に、ついばむように口付けた。
擽ったいです、オスカー
本当に擽ったかったのだろう、リュミエールが身を捩るようにしながら、くっくっと鳩のような笑い声をあげた。
するとかすかに汗ばんだ首筋から、リュミエールの甘く清しい体臭が、ふわりとオスカーの鼻孔をくすぐる。
体温を感じさせるその香りは、まさに芳香と呼ぶにふさわしい芳しさ。
思わずもっと深く口付けようと、頭の角度をかえたオスカーの目に、見てはならないものが飛び込んできた。
 
高さは・・・・そう、座っているオスカーの目線より少し高いぐらい。
距離的には、オスカーが腕を伸ばして、届くか、届かないかといったくらいか。ちょうどリュミエールの背後にふよふよと浮いている物体。
それは。
フィールド用浮遊カメラに間違いはなかった。
 
 
思わずオスカーはその人工的な視線と見つめ合う形になってしまった。
動きを止めたオスカーに、リュミエールが不審そうに上げた顔を自分の肩口に押しつけ、彼はレンズを睨み付ける。
(なんでこんな位置にいるんだ?どう見てもアレは、俺達をズームアップで映していたとしか思えないぞ?別に内容とも何の関係もないこんなシーンを)
オスカーは不意にひとつの事に思い当った。
その疑いを裏づけるように、カメラはいかにも後ろめたい動きで、こちらにレンズを向けたままフヨフヨと、後退するように遠ざかってゆく。
(覗き
オスカーは引きつった顔のまま、自分の考えに確信を持った。
「オスカーどうしたのですか?」
ゆるんだ腕から、ようやくリュミエールが顔を上げる。
オスカーは引きつったまま、恋人にむかって叫んだ。
風呂は後だ。最初にお茶!俺が部屋を調べおわるまで、絶対に靴下一枚脱ぐんじゃないぞ!!」
何が何やら分からなかったが、リュミエールはオスカーのその真剣な物言いに、きょとんとしたまま何度もうなずいていた。
 
 
「鋭いわね、ばれちゃった!」
モニターを見ながら呟く女王の言葉に、耳聡いロザリアが反応する。
「どういう事ですの?まさかプレイベートルームにまで
「イヤん、リュミエールの寝室だけよぉ。だって、顔とか手とか、出てる部分も真っ白でしょ?体はもっと白いのかな〜って、思っちゃって」
顔の前で両手をパタパタさせながら、アンジェが言い訳をする。
「それにしても、悪趣味すぎます!私室にまでカメラを設置するなんて!」
「だって、どうしても知りたかったのよ〜。○○○も水色なのかな〜って、そう思わない?」
上目遣いに訊いてくる女王に、ロザリアの顔が真っ赤になった。
「な、なんて事をおっしゃるの?○○○の、○○○の色なんて、そそんなはしたない!」
おもわず大声で連呼してしまうロザリアに、アンジェリークは小悪魔のような悪戯な顔をした。
「な〜に?ロザリアったら。私が言ったのは、オヒゲの事よ。オ・ヒ・ゲ」
剃りあとを見たことがないと、おかしそうに言う女王に、ロザリアの顔が真っ赤から真っ白になり、再び真っ赤になる。
そんな紛らわしい事をおっしゃるほうが悪いんです〜〜!第一、リュミエールはオヒゲなんて生えませ〜〜ん!」
勘違いの恥ずかしさから、ロザリアが日頃の慎みを忘れて大きな声で叫ぶ。 
アンジェリークは可笑しそうに、そんなロザリアをつっつく。
学生時代に戻ったような、無邪気な少女たちの戯れ。
微笑ましいといえる光景ではあるが、背後で聞いていたジュリアスは、諌めようと手を延ばした格好のままで固まっていた。
 
 
ジュリアスと、現女王達。そのジェネレーションギャップは、外界時間でいって、はっきり言って十年単位では追い付かない程にある。
しかもジュリアスは幼児のうちに聖地にきた。妙齢の女性に傅かれた事はあっても、同世代の少女との関わりあいなど、ないに等しい少年時代を過ごしてきた。
すなわち、「乙女」という存在に対する憧憬や理想を、今の年少組と比べものにならないほど、抱えたまま来てしまったのだが。
目の前で繰り広げられる乙女の実態は、その理想を真っ白に燃やし尽くしてくれるのに、十分なほどだ。
もはやころころと戯れる少女たちの会話に、割って入る事もできないジュリアスだった。
ノックもなしにドアが開き、ゼフェルが入ってくる。
「モニターチェック進んでるかー?おい、なにサボってんだよ」
不敬なゼフェルの女王に対する言葉にも、もはやつっこむ気力もない。
「ごめん、ごめん。そっち、おわった〜?」
女王がにっこりと聞く。
「こっちはいいけどよ〜。おい、勇者様ご一行、厩舎でもうトラブってるぜ?」
みると、たしかに厩舎で何やらもたついている。
「しょっぱなから何をしているのでしょう!私、さっそく行って、喝を入れてきますわ!」
ロザリアが立ち上がると、女王も思いついたように立ち上がった。
「じゃ、私、魔王城のほうを見てくるわ。クラヴィス、一人で退屈して居眠りしているかもしれないから」
「じゃ、オレ、最初の『町』の様子見てくらぁ」
同世代の3人が、さっさと結論付けて部屋を出ていこうとする。
ドアの所でアンジェリークは、無言のままのジュリアスの方を向き、可愛らしくおねだりポーズでお願いした。
「ジュリアス〜。それじゃ、後のモニターチェック、よろしくお願いね〜」
手をヒラヒラさせながら出てゆく女王を見送り、ジュリアスはしばらくの間燃えつきたまま、立ちすくんでいた。
ややあって、のろのろと椅子に座ると、中途半端に伸ばしたまま固まっていた右手を額に当てる。
台風が去った跡のように静かな室内には、エルンストがチェックを入れる密やかな作動音がするだけである。
 
 
リセット
 
ジュリアスの口内で消えた言葉は、エルンストの耳にも届かなかった。
 
まだ続きます(^^;;)…。