その森の名は「人喰いの森」
おどろおどろしい名前だが、別に今回ねらって付けられたわけではなく、すでに数百年の歴史をもつ由緒ある呼称である。
ゼフェル曰く、「巨大陰険『できるんです』」
その森の仕組みを聞けば、なるほどと納得してしまうネーミングである。
 
一見自然の森に見えるそれは、上空から見れば完全な四角形をしている。
約5メートル四方ほどの正方形のパネルの組合せでできているのだ。
地表部分を木や岩、コケなどで完璧にカモフラージュされているそのパネルの地下部分は、最新テクノロジーの塊である。
動きをコンピューターで完璧に管理され、プログラムにしたがった「森」のパターンを組合せ、まったく違う森を作り上げることができる。
これを作ったのは、何代も昔の地と鋼の守護聖である。
当時の守護聖や、その他聖地の人々の娯楽のためにと、知恵と技術を絞りあって作ったらしい。
しかし、凝りすぎたのだ。
出来上がってみると娯楽の部分は完璧に抜けおち、まさに技術とアイディアを
見せ付けるだけの代物と化していた。
 
完全オートで30分おきに変更される森のパターン。
抜け出そうと道からはずれても、森のパターンは自動に変更され、その変更パターンは完全ランダムの
約3000!
ロマンチック気分で森の散策に訪れたまま出られなくなり、さまよいまくった挙げ句に捜索隊が駆り出され、
別れるカップルが続出し、ついには完全立入禁止の封印の地とされてしまった。
 
それを今回ゼフェルが現在の最新技術を駆使し、半日置き、一定順の6パターンと、分かりやすい形にプログラムを変更したのだ。
ご丁寧に地図まで添えられ、普通にいけば2、3時間程で中央のチェックポイントに到達、そこにある十字架に乗せられた髑髏型のスイッチをおせば、森は最終形態、中央を抜ける一直線の道が現われるはずだった。
ところがやっぱり、そこは勇者ランディだった。
地図を見た彼は警告を忘れ、思いっきり近道しようと木と木の間を通り抜けようとしたのだ。
みごとその行動はセンサーにチェックされ、森は動きだした。
そして地図は、紙切れと化したのである。
 
いくら歩いても森を抜けられない勇者たちに痺れを切らした精霊ロザリアは、仕方なしに最新パターンの地図を届けた。
しかし、それでもやっぱり勇者ランディである。
正方形の森の地図の向きを、いきなりランディは読み間違えしたのである。 
ふらふらになりオリヴィエが地図を取り上げた頃には、すでに時間切れで森のパターン変更が行なわれ、
第2の地図も紙切れと化した。
燃えるような怒りを氷のような無表情の下に押し込め、ついに精霊ロザリアはツアーコンダクターよろしく第3の地図を片手に、ご丁寧に通ってきたところを赤ペンでなぞりながら、勇者様ご一行を中心のチェックポイントまで
案内してきたのである。
 
「あ、見えたぞ!あれがそうだ!」
すでに夕暮近く、森の中で一泊野宿した他の面々は疲れ切っているというのに、その元凶たる勇者は元気いっぱいで十字架髑髏を指差した。
「ランディって…」
「ある意味すごく大物だよね」
マルセルが呟くのに、オリヴィエがぶっきらぼうに応じる。
駆け寄ったランディはさっそくスイッチを押した。
見事、地鳴りとともに森が動き、一直線の道が現われる。
 
「やったー!これでいよいよ最後の『町』で、次のダンジョンの情報を聞いて…」
「次はございません!」
最後尾で、ロザリアが冷たく宣言した。
「ここまで、予定以上に時間を取りすぎました。次におもむくのは、ラストダンジョンの魔王城です」
「えー?」
疲れているはずなのに、マルセルが思いっきりブーイングした。
ここまでたいした出番がなかったマルセルやルヴァは、次の場所での「城門の鍵」獲得に活躍するはずだったのだ。
「いたしかたありませんわ。さ、コレが第一の城門の鍵、こちらが第二の城門の鍵です」
ロザリアが無造作に、紫水晶の球と、黒水晶の球を差しだす。
はっきり言って有り難みもなければ、神秘性の欠けらもない。
 
「今夜はこの先の宿舎でお休みください。では明朝!」
つんけんとロザリアは、森の出口に待たせていた馬車に乗り込むと、さっさと引き上げていってしまった。
「この先の宿舎まで…、私達には歩いて行けって事だよね」
オリヴィエが憮然と呟く。
三人は、精霊を怒らせた勇者を暗に非難の目で見る。
「そう遠くはないよ!さ、頑張ろう!」
全然気付かないのが、勇者たる由縁だった。
 
 
『明日がようやくラストになりそうなの。皆、正装して準備していてね』
だだっ広い魔王城の広間。入口からもっとも離れた奥に置かれた魔王の玉座の裏の壁には、ワイドスクリーンが備え付けられてある。
愛らしい女王からの通信を、魔王城の住人三人は三者三様の面持ちで聞いていた。
すでに時間は遅い。それぞれ無言でプライベートエリアの私室に引き上げていく。
オスカーはクラヴィスを牽制するように、リュミエールを寝室の前まで送っていった。
 
「ようやく終わりですね。ほっとしました」
リュミエールがぽつんと呟く。オスカーから見れば普段と変わらない服装に見えるが、一応女装ということで、リュミエールはなんとはなしに落ち着かない日常を過ごしていたらしい。
オスカーは何となく複雑だ。寝室には入れないが(しつこく根に持っている)とりあえず同じ城で寝起きし、朝から晩まで一緒に過ごしているのだ。
真っ黒なお邪魔虫の存在さえ無視できれば、結構快適な数日だった。
だがリュミエールがそういうならば、オスカーだって終わりを喜ぶのにやぶさかではない。
…多少もったいない気がしてはいるが…。
 
「日常に戻った最初の夜に、訪ねていく」
そういって真っ白なリュミエールの額にお休みのキスをすると、リュミエールは真っ赤になりながらもオスカーの頬にキスを返してくれた。
それだけでもかなり幸福なオスカーだった。