「皆、あれが魔王城だ!」
ビシッとランディが眼前の城を指先確認する。
背後から返事はない。
全員、ラストダンジョンを前にのびきっていたのである。
ラストダンジョンの魔王城は・・・・山のてっぺんにあった。
 
「うわ〜…何かおどろし…」
ゼイゼイしながら、マルセルがそう評する。
聖地の森のなか、辛うじて馬車が通れる程度の一本道を半日かけて登りつめ、
疲れ切った面々の前にそびえるのは。
夕暮の緋色の空をバックに背後に断崖絶壁をせおい、
蝙蝠が辺りを飛びかう要塞を想わせる石造りの堅牢な城。  
二重の門に守られ、窓が少なく、見張りの塔が多いその城は訪れる人を拒むような、
薄らざむい雰囲気を漂わせていた。
 
「…いかにも魔王城って感じよね…、さすが、闇の城…」
オリヴィエが真剣な顔で呟くと、ルヴァがなにげに訂正した。
「いえ、あれはですね。もともと炎の守護聖の館ですよ」
「うそ〜!どうみてもあれは陰気で、暗くて、人間不信の塊の闇の守護聖の城でしょ!」
頓狂な言葉を聞いて、ルヴァが苦笑混じりに説明した。
 
「この城の持ち主は、まだ発展途上の時代の封建領主だったんですね。戦が多い時代の人だったので、此処にきてもその頃の造りの城を建てたんですよ。当時の城は、要塞で当たり前だったんです。別に人間不信だった訳じゃないですからね〜」
その言葉どおり、城の周りは堀で囲まれ、城に入るためには城門前に巻き上げている橋を下ろすしかない。
「これが鍵穴ですね!」
ランディが元気良く、堀のこちら側にある台のうえの窪みに紫の球をはめこむ。
雰囲気たっぷりの鎖のきしむ音とともに、橋が架かる。
そうなると好奇心たっぷりに子供二人が橋の中に駆け込んでゆく。
 
「う〜、元気だね〜」
「まあ、でももうすぐ終わりですし〜」
ぐったりとオリヴィエとルヴァがその後につづく。
「あ、メダちゃんだ!」
マルセルが空中を指差して嬉しそうに呼んだ。この数日ですっかりお馴染みになった、フィールド用浮遊カメラが彼らを追ってくる。
球形で正面に大きなレンズをもち、内蔵の半重力システムでフヨフヨと浮いているそれは、マルセルの言うとおり空飛ぶ巨大目玉の雰囲気だ。
フィールドカメラ「通称メダちゃん」は、勇者様ご一行が魔王城の第二の城門を抜けるのを、
しっかりと写していた。
 
 
リュミエールはクラヴィスとともに、広間のスクリーンでその様子を見ている。クラヴィスは玉座の背の高い椅子に座り、その前にはお馴染みの水晶球を乗せた、山羊の頭骨を模った彫り物付きの机がおかれていた。
その傍らに純白の布を貼った椅子を置き、リュミエールはコントロールパネルの操作をしてカメラを切り替える。
画面が切り替わり、正面扉前まで来たランディ達から、画面は城の地下水路に待機中の魔将軍オスカーを写しだした。
 
正面扉は鍵がかかっている。ランディ達は、この水路から城内に侵入する手筈となっているのだ。
正式の黒い鎧をまとったオスカーが、帯剣し腕組みをしてじっとランディ達が来る方向をにらんでいるのは、何とも精悍で凛々しい姿だ。
時折、水路の天井についているカメラに向かい、手を振ってくるのさえのぞけば、(両手でVサインは止めろ…)
思わず見惚れてしまう格好良さである。
リュミエールは最初の衣裳に、今回は化粧なしの髪もゆったりと一ヶ所で纏めただけの楽なスタイルで、
その様子を見守っている。
傍らの椅子で黒一色の魔王スタイルのまま、一見瞑想、実は居眠りしているクラヴィスにため息を吐きながら。
 
 
「此処が入口だね」
地図担当のオリヴィエが、城の裏手側の茂みのなかに、地下水路への入り口を発見した。
「入ってみましょう」
ルヴァに促され、4人は順番にハシゴをつたって地下に下りた。
 
水路といっても、両脇にはきちんと歩道がつき、壁も天井もカラフルなタイル張りで歩くのには苦労ない。
地図によれば、水の流れにそっていけば、井戸のある厨房に辿り着けるはずだ。
「途中で、水門を操作して、水の流れを止めないと、行けないんだね」
「何箇所かゼフェルがいじって、直接は行けないようにしているんですよー」 
 
先頭を地図を持ったオリヴィエ、中央にルヴァとマルセル、最後がランディという並びで、
狭い水路の中を進んでゆく。
水門の位置は三箇所。この城の水源はもっと深い場所にあり、それをポンプを以て高い位置にある城の井戸まで押し上げている。
ゆるい坂になっている水路をポンプの勢いで遡り、途中でプールに落ち着いたのち、再び押し上げる。
その場所が三箇所。
 
水門を止めるというのは、このポンプを止めることだ。プールはコンクリートで出来た大きな箱型で、外からは中が見えない。脇に置いてある操作盤のバルブでポンプを止め、水が逆流しないように隔壁を閉める。
流れる水量はこの隔壁の開き具合で調節し、これにはレバー操作が必要になる。
いちばん高い位置にあるプールで水を止め、水路の底にある厨房につながる支流の中を通って、
城内に侵入する。
そのためにはいったん再下層部まで潜り、一番下のプールから順次水を止める必要があるが、今回案内役がオリヴィエだったので、それは実にスムーズに行なわれた。
 
「いつもこんな風なら、楽だったのにな〜」
マルセルがそんな憎まれ口をたたく。
距離は歩かされたが、些細なトラップやダミーの扉なんかはほとんど完璧に避ける事が出来たりしたので、一行はかなり気楽な気分だった。
 
そして第三の水門。これを閉めれば水の流れは完全にとまる筈だ。
だがそこに居たのは、最初に姫をさらって以来、する事が殆どなかった魔将軍オスカー。
カメラを気にしながら、勇者様ご一行を前に大見得を切る。
 
「よく来たな。だが、ここで終わりだ!姫は俺がもらった」
「アホか。もらったのは、魔王でしょうが」
間髪入れずのオリヴィエのつっこみ。だがオスカーは気にせず続けた。
「勇者よ!俺に勝てたら、此処を通してやろう!」
剣を抜き、ランディを名指しの挑戦に、思わずランディが自分で自分の顔をさす。
「え、俺?」
「あー、一騎打ちの申し込みですかー。なかなか礼儀正しい悪役ですねー」
「違います、ルヴァ様!普通は、勇者一行が一人のボス相手に、パーティー戦を挑むんです」
「それはいけませんねー。大人数で一人をというのは、いじめと一緒ですよー」
「でも、ゲームの世界はそうなんですよ」
ゲームの世界では、中ボス前にそんな話はしないと思うが、緊張感に欠けてるこのパーティーでは
こんなものである。
 
「で、俺が一人でオスカー様と戦うんですか?」
「ご指名だから、やっておいで。骨は拾ってあげるよ〜」
自分で自分の鼻先を指差しながら、焦りまくるランディに、オリヴィエが手をひらひらさせながら冷たく言った。
「でもさ、オスカー。いったん水門は閉じていい?でないと足場が狭すぎるでしょ?」
「なにか企んでいるのか?」
そう訊かれて、はいと答えるものもいる訳がないのだが。
 
「全然?よく見てご覧よ、この水路。深さはそれなりだけど、水の量はちょろちょろでしょ?下で止めてるから」
くっとオスカーは鼻で笑った。
「だったら閉める必要はない。この程度の深さなら、別に問題にもならない」 
オリヴィエは肩を竦めた。
「それじゃ、どうぞ。いっとくけど、提案を蹴ったのはあんただからね」
 
気になる物言いではあるが、オスカーはランディに向き直った。
水路の深さは人の背丈ほどあるが、現在流れている水量は、せいぜい膝くらい。
実際水の中で立ち回りをするのでなければ、さほど問題ではない。
水路の両側の歩道を結ぶ板をはさんで、おっかなびっくりのランディと、自信満々のオスカーが対峙する。
「ところでさ〜、ランディが負けたら、私達の雪辱戦ってあり?」
「私達じゃなくて、お前だけだろ」
オスカーが笑いながら答える。
確かにランディはすでに及び腰だし、後に残ったもので戦力になるのは、オリヴィエ一人だ。
 
「全員仲良く水に落とした後、外に放り出してやる。外からもう一度やり直すんだな」
「やっだー。あんた、マジでリュミちゃんとの新婚生活、続ける気ね〜。お父さんとは上手くやってるの〜?」
ランディは狭い足場で今一つ動きが安定しない。オスカーの突きだす剣の勢いを避けるのが精一杯だ。
オリヴィエの軽口に気を散らしながらも、オスカーは余裕でランディを押し戻してゆく。
そのオスカーの体が、完全に板の中央に乗った刹那。
オリヴィエは思いっきり水門を全開に開けた。
 
水量が少なかったのは、最初からそう調節してあっただけで、別にプールに蓄積してあった水の量そのものが少なかったわけではなかったのだ。
堰を切って大量に水が水路に流れこみ、飛沫が歩道にいた四人を頭からびしょぬれにする。
そして水路の上に渡してあっただけの板は水の勢いに弾かれ、
乗っていたオスカーもろとも水路の先に押しながされていった。
「うわっ!貴様、企んだな!」
「閉めようって言ったのに、聞かなかったのはそっちだよ〜ん!」
「畜生!汚いぞ!」
「さよ〜な〜ら〜」
 
足をすくわれた形のオスカーは、水の勢いに逆らい切れず、そのまま水路の先に流されていってしまった。
ひらひらとハンカチを振るオリヴィエに見送られながら。