土の曜日、穏やかな昼下がり――
 
女王の私室を訪れたロザリアは、珍しくもテラスで優雅に読書を楽しむ女王陛下を見つけ、
おや?と美しい瞳を見開いた。
女王が手にしているのは、どう見ても、マンガでもなければミステリーでも、アクションでも、暴露本でもなかったからである。
 
ふっと顔を上げた女王の瞳は、僅かに潤んでいる。
普段、休みともなると、外に出たがる活動的な女王にしては、なよやかすぎるその表情に、
ロザリアは優しい声を出した。
「なにを読んでいらっしゃいましたの…?」
「ロザリア、これ…私、ちょっと、ううん、すごく、じーんときちゃって…」
そう言って女王が見せた本は、いわゆる悲劇の恋人達の定番「ロミオとジュリエット」である。
 
「私、感動しちゃって、もうどうにもならなくて…だって、すごいと思わない?であって僅か数日なのに、
命を懸けても良いと思えるまで、愛し合えるなんて…」
そう言ってアンジェリークはくすんと涙ぐむ。
ロザリアは柔らかく微笑むと、ふわっと女王を包むように抱きしめた。
 
「あなたにだって、きっといつか、巡り会えるわ…なによりも大事と思える人が…」
「そうね…ロザリアが幸せそうなのは、やっぱり恋人がいるから…?」
ふわんと微笑み返したアンジェリークが、そっと視線をロザリアから外し、立ち上がる。
 
「そう…そうよね…やっぱり、私に足りないのは…恋…」
背中を向けたアンジェリークの物悲しげな様子に、はっとしたロザリアが手を伸ばしかける。
「そう…そうなの…かけているのは…やはり」
アンジェリークはぐっと拳を握りしめた。
 
「そうなのよ!この世界にかけているのは、やっぱり、恋よ、潤いよ!いくらこの世界の管理人が、
『がさつで筋肉好きのやおい好き』でも、もともとここは、乙女の夢と希望を叶えるための世界よ!
きらきらのお花と星とハートが飛び散る世界の筈なのよ!
このままじゃ、やっぱり、いけないのよ!」
虚空に向けてそう絶叫するアンジェリークに、思わずロザリアはつんのめりそうになった。
 
「へ…陛下?誰に向かって仰ってるの…?」
ってゆーか、「この世界の管理人」って誰ですか?知らないふりをするのが、お約束ではないのですか?
とつっこみたくなるのを、真っ当な常識人ロザリアはぐっと抑えた。
そんなロザリアの心境も知らず、アンジェリークはなおも握り拳で空に向かって叫んでいる。
 
「そーよ!もともと、タイトルは『アンジェリーク』!私が主役、私がモテモテ、私が逆ハーレムをつくる世界の筈なのよ、それなのに、どうして、私が独り者で、ここはどこを見ても男同士のいちゃいちゃしかないの!?」
そーゆー趣旨の世界だからです、と思わず答えかけては、ぐっとこらえるロザリア。
 
「そんなの悲しい、悲しすぎるわ!独身というか、女に縁のない美形がゴロゴロいるのに、
私は1人で友人がラブラブしてるのを指をくわえてみてるだけなんて〜〜〜〜!」
 
そうゆう事を堂々と叫ぶから、独り者なのじゃないですか?というか、それが女王になるものの定めでしょうが、
と、ゲームシステムのお約束まで持ち出したくなる女王の叫び。
ロザリアは情けなくなりながら、女王に問いかけた。
 
「…つまり、結局、あんた、なにを言いたいの?」
「だから、これよ!」
アンジェリークはバン!と効果音付きで「ロミオとジュリエット」の本をさしだした。
「この世界にかけているのは、この悲しくも美しい、愛の世界よ!管理人なんかに任せておいたら、
ここは乙女の花園どころか、筋肉のたまり場になってしまうわ!ここは、宇宙の女王たる私が、
世界を正しい姿に戻すべきなのよ!」
「つまり…またコスプレ大会をしたいのですね…」
 
げっそりと疲れ果てたロザリアの台詞に、女王はブリッコスタイルで笑った。
「うふ♪さすがはロザリア。私の考えを誰よりも理解してくれているのね」
わからいでか…と思いながら、ロザリアは、「…で、ヒロインは陛下がなさるのですか…?」と訊いた。
 
「え?なんで私が?ヒロインはリュミエールに決まってるじゃない〜〜〜♪」
即答するアンジェリークの笑顔。
所詮、女王はここの管理人の分身なのだと、つくづく納得してしまうロザリアだった。
 
★★
 
 
「コスプレ大会はけっこうですが、その前にクリアしなければならない問題がありますわ」
あえて事務的な顔つきで、ロザリアが言った。
「問題って?」
ご機嫌で首を傾げるアンジェリーク。
 
「1つは、通常の執務の問題です。前回は、一同浮かれまくって忘れかけておりましたが、聖地でなにをして
いようとも、宇宙の運行が滞ることはありません。つまり、開催期間中も、執務は平日同様に執りおこなわれなければならないという事です。
これをいい加減にしてしまえば、前回の二の舞になってしまいますわ」
「前は…ジュリアスが凄いことになったのよね…」
「凄いことになりましたわ…」
 
思わずひそひそ話になるロザリアと女王。
前回のRPGイベント大会を開催したときは、通常執務が全てジュリアスに回ってしまい、
聖地中の浮かれ気分が治まった頃、ジュリアスは過労と眼精疲労でドクターストップがかかってしまったのだ。
 
「凄かったよね…げっそりやつれて、目の下にはクマが出来て、目の毛細血管が破れて
白目部分が真っ赤っか…」
「なまじ美貌が衰えない分だけ凄みがまして、まるでヴァンパイヤのようでしたわ…」
うんうんと頷くアンジェリークにロザリアが厳かに言った。
「今度はジュリアス1人に負担を押しつけるわけには行きませんわ」
「うん、そうね〜」
アップルジュースを一口飲み、アンジェリークは心得顔で答えた。
 
「でも、今回は舞台は宮殿だけですむと思うし、前回みたいに大がかりな事をするわけじゃないし。
出番がないときはみんな宮殿で待ち体勢な訳だから、その間に交代で執務をすればいいんじゃないかしら」
「そうですわね。それでは、これはクリアと…それからもう一つ、重大な問題がありますの」
「なに?」
アーモンドスライスをたっぷり入れたクッキーをかじりながら、首を傾げる女王陛下。
 
「こちらの方が問題かも知れませんわ。ヒロイン予定のリュミエールですが、前回の事がありますでしょ?」
「そう、それ!夢よもう一度!あの美しいラブシーンをもう一度!」
嬉しそうに言う女王に、ロザリアはため息をつく。
「あのあと、ショックで閉じこもって大変だったではありませんか。リュミエールの性格からいっても、
あのように目立つことは二度と嫌だと言いかねませんわ!」
 
アンジェリークは始めて深刻な顔つきになった。
「絶対嫌って言うかしら?」
「普段大人しくても、リュミエールの頑固さは誰もが知っていますわ。彼が本気で拒んだとき、それを女王命令でむりやり押し通します?」
「…」
アンジェリークは考え込んでしまった。
 
「…やっぱり、それは嫌だな…私だって、リュミエールに嫌われたくないし、悲しませたくもないもの…」
「事前に話をして、承諾を得てからキャスティングを考えるべきですわね」
女王は、こくんと頷いた。