清々しい朝の風景。
重厚な食堂の長いテーブル。
そこに乗せられた焼きたてのパン。コーヒーとワイン。スープと温野菜。
絵に描いたような朝の食卓の風景である。
家長の席に座るは黄金の髪も艶やかなその家の当主モンタギュー卿ジュリアス。
つまり、これもお芝居の一幕であった。

「ロミオよ。昨夜は遅く戻ったようだな」
厳格な当主は放蕩息子ロミオに向かい、貫禄たっぷりに告げた。
設定は舞踏会の翌朝。
キャピュレット家での一連の騒ぎについて聞きつけた父が息子を叱責するという、女王陛下考案のシーンである。
女王陛下曰く、「うっかりしてたらモンタギューパパの出番なんて無いままで終わりそうなんだもの」とのことらしい。当のモンタギューパパことジュリアスは出番など無ければ無い方がいいという考えだったが、女王陛下のご命令とあらばと文句など言うはずもない。
迫力たっぷりのパパぶりに、オスカーは緊張の面もちで起立する。
「は…いえ。さほどの時間でもありませんでした」
「報告せよ、と申しているのではない。食事中席を立つのは不作法である。着席せよ」
「は!」
オスカーがしゃちほこばった顔つきで席に着くと、向かい側に並んでいたマキューシオ、ベンヴォーリオ役のランディとマルセルがひそひそと声をかわす。
「なんか普段とかわんないね」
「うーん…ジュリアス様、ほんとまんまだから」
「そこ!食事中の私語は慎むように!」
「はい!」
すかさずの注意に年少二人は肩を竦めて食事をとるフリを始めた。そして耳だけで二人の芝居を追う。

「ロミオよ。昨夜のことは私もすでに聞き及んでおる。仇敵キャピュレット家の舞踏会に忍び込むなど、なんという軽率なことをしてくれたのだ」
「お言葉を返すようですが……父上。けして含むものなどがあったのではありません。たんに若者を集めての舞踏会という事に興味を引かれただけ」
「ほう、あの家の娘と何事かあったと聞いておるが、それは私が受けた報告が間違っていたと言うことか?」

あくまで慇懃モンタギューパパに副官さながらのモンタギュー息子のロミオ。
カメラクルーの後ろで女王は嘆かわしげに頭をふった。
「あちゃ〜〜この親子関係、配役ミスかな〜〜」
「あの二人らしいではありませんか」
にこにこと応えるルヴァ。そうかな?とつまらなそうに呟き、アンジェリークは芝居の行方を見守った。

「いいえ、父上が受けた報告に間違いはございません。あの家の娘の正体を確かめただけです。さすがはキャピュレットの一人娘。腹黒さは父親似です。まっとうにつき合うにはかなり難儀するかと存じます」
そのロミオ=オスカーの台詞に、ランディとマルセルはまたコソコソと言葉を交わす。
「オスカー様ったら、あんな事言ってる」
「なんかジュリエットと恋仲にならなきゃいけないって事は、すっかり忘れたフリみたいだ」
オスカーは年少二人を軽く睨んだあと、ジュリアスに向かい軽い咳払いをしてからきっぱりと応えた。
「このロミオ、けして軽薄な息子ではございません。モンタギュー一族としての道理はわきまえております。キャピュレットの娘は今後私の宿敵となりましょう。そのつもりでおります」

「宿敵だって…」
「うーん、なんだかなぁ…」
コソコソと目を見交わして呟きあうランディとマルセル。
オスカーはじろりと二人を睨んだ後、言いたいことはそれだけだ、と言った風に朝食のナイフとフォークを持ち直した。
だが、思案げに眉根を寄せたモンタギューパパ・ジュリアスは、厳しい目を上げるとロミオを睨め付けたのである。
「ではそなたは今後キャピュレットの娘へどのような対応をするつもりでおるのだ?」
「は?」
思わず間抜けな声を上げる息子ロミオに、厳格なモンタギューパパは毅然と教えを垂れるがごとく声を張った。

「相手がどの様な娘であろうと、すごすごと引き下がるのはモンタギューの家訓にあわぬ。ましてや相手は我が宿敵キャピュレット。そなたはこのモンタギューを継ぐ者としてこれを正面からうち破らねばならぬ。そなたにその策があるのか?」
「は!」
びしっと言われ、オスカーはきりりと表情を引き締めると立ち上がった。
「むろんです、ジュリアス様、ではなく父上!このロミオ、キャピュレット家の娘ジュリエットが何を企もうとも、正々堂々と対峙し、勝利して見せます!」
「うむ、良く言った。それでこそ我が息子だ」
満足げに笑うジュリアスに、オスカーは不敵な笑みをみせる。
「モンタギューの息子として、けして恥ずかしくない勝負をして見せましょう」

「これって完璧なにか違うよね」
「何かどころか全部違うよな」
すでに匙を投げたのか、年少二人は妙に冷静に呟き、黙々と料理を頬張る。
その傍らでは、完璧違う燃え上がり方をしているモンタギュー親子。
「見事キャピュレット家の娘の心を掴んでみるがよい!」
「は!必ずやジュリエットをたぶらかしてみせましょう!」

「はあ〜〜〜ストーリー通りに進みそうですね」
「ストーリー通りかな〜〜」
苦笑いする女王の隣では、微笑ましげにルヴァが目を細めていた。


★★★


場所が変わり、ここはモンタギュー家と同日同時刻設定のキャピュレット家。
こちらも一家揃っての朝食シーン。給仕をしているのは乳母リュミエール。
テーブルに付いているのは、キャピュレットパパのクラヴィス、ジュリエットのオリヴィエ、そして急遽キャピュレットママに扮したロザリア。

機嫌よさげな娘ジュリエットに、年下のママ役ロザリアが声を掛ける。
「機嫌が良さそうですわね。昨夜は何か良いことがありましたかしら」
「そりゃーもう!溜飲が下がるとはまさにこの事ですわ〜〜〜」
語尾にハートマークがついてそうな程にはずんだ声音でジュリエットが応える。
「……舞踏会では、何やらくせ者にからかわれたと聞いたが?」
からかうようなキャピュレットパパに、ジュリエットは高笑いで応えた。
「ほーほほほほ!確かにあれは不覚をとりましたが、やられっぱなしのこのジュリエットではございませんの!昨夜はあの色ボケ息子が私の寝室の窓の下に忍んできながら別の相手を口説いて居たところに偶然遭遇いたしましたの!
目に付く相手を片っ端から口説くあの恥ずべき軽薄男の言質を掴み、しっかりと尻に敷いてやる手段を考えている最中ですわ〜〜〜」
「……そうか…」
「そうですわ」

淫靡に微笑むキャピュレットパパに、ドハデに口に手を当てて笑う娘ジュリエット。
テーブルの側に立ちながら、リュミエールはふと悲しくなる。
(なにもあそこまで言わなくてもいいではないですか…。色ボケだの軽薄だの…オスカーはけしてその様な軽い人ではないのに…)
そう思いながら、リュミエールは昨夜、自分に語りかけてきたオスカーの優しい声音を思い出す。
(本当に強くて優しい人…いつでもわたくしのことを気遣ってくれて…)
ほんのりと1人頬を染める乳母リュミエールに気がつき、ジュリエットはさも可笑しげな含み笑いをする。
「あら〜〜乳母リュミエール?なんか嬉しそう?ひょっとして昨夜の軽薄色ボケ男に口説かれたのを真に受けてたりする〜?」
「……その様な言い方は止めてください…」
からかわれているのは判ってはいるが、リュミエールは悲しげに顔を歪ませた。今は冗談でもオスカーの悪口は聞きたくない。

結構本気で悲しそうなリュミエールに、ジュリエット=オリヴィエは少し決まり悪げな顔をするが、すぐに気を取り直してキャピュレットパパに向き直った。
「ご覧なさいませ、お父様!あの軽佻浮薄な男の戯れ言に、我がキャピュレット家の誇る清純派乳母がたぶらかされそうとしております!ここはキャピュレット家の名誉にかけ、守りきらなければいけません!」
ぐわしと握り拳を作るジュリエット。
「うむ、思うようにするがいい」
完璧面白がっているのか、完爾と頷くキャピュレットパパ。
(ああ、なぜこのような……というか…なぜ乳母を守るという話が出るのですか…)
すでに事の経緯に付いていけなくなっているリュミエールに、ロザリアは同情するかのような笑みで囁いた。
「……深く考えてはいけませんわ…すべては成り行きに任せるのが一番です」
成り行き任せで何とかなるのだろうか。
終わりの見えない娯楽イベントに、生真面目なリュミエールは密かに胸の奥で涙する。
(オスカー……このイベントは一体どこまで続くのでしょう…)

「……うーん…こっちもなんか違うような正しいような、微妙な展開〜〜〜」
再びモニターの向こうで呟く女王に、ルヴァはにこにことしながら意見を述べる。
「とりあえずみんなやる気が出ているようで〜〜よかったですね〜〜」
「良かったのかなぁ…まあ、いいや。良い方に考えましょう、良いのよね!」
可愛らしく首を傾げたあと、女王は1人納得して頷いた。
「ありがとう、ルヴァ!私、なんか変な方向に進みそうでこれでいいのかしら、ってちょっと不安だったんだけど、大丈夫よね!このまま突っ走りましょ〜〜〜!」

「「「突っ走るな〜〜〜〜!」」」
同時に叫んだのは、出番が終わっていた年少三人。
彼等の叫びを無視し、女王はにっこりと笑う。
「うん、大丈夫!これで正しいのよね!」

正しい筈がない!