その日、大道具係が忙しく走り回る倉庫の裏側で、頭を寄せて話し合いをしている三人の少年がいた。

「なんか、納得いかねー」
「うーん、…なんだかな…」
「二人はまだ良いよ。僕なんて……女官がいつだってどさくさ紛れにドレスを着せようとするんだ…僕の役って、一体何なの…」
「じじいどもは楽してる。あいつ等は好きかってやってる。オレ達は振り回されるばっかりだ」
「……オスカー様とオリヴィエ様、本当に好き勝手やってる。もう元ネタがどんなのだったか、忘れちゃったよ」
「忘れた方が幸せかもな…この後、俺とお前はあいつ等のために戦って、死体になるんだ」
「なんで?なんでそんな!いくら何でもあんまりじゃないかなぁ」
「……いつだってしわ寄せは僕らに来るんだ。僕らが子供だからって、こんなに振り回されて良いってわけないよ…」
「お、おい?」
「なんかオメー、目の色変わってるぞ…?」
「そうだよ!オスカー様達が好きかってやってるんだから、僕たちだって勝手にやって良いはずだよ!僕たちばっかりがシナリオに合わせてやる必要なんて無いじゃないか!」
「お…おい…落ち付けって」
「いや、こいつの言うことは正しい!オレ達だけが合わせてやる必要はないって!」
「おい、お前まで!」
「お前等、コケにされたまま終わりたくねーだろ?オレ達だってストレスたまっちまう。だからさ…ちょっと耳かせ」
金の頭、銀の頭、茶色の頭が輪を作り、人に聞かれないように潜めた声で何かを話し合う。
話し合いが終わったあと、三人の顔には晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。
 
★★★

舞台は変わって、公園内にあるちょっとした美術館のホールを改装した臨時教会。
そこにいるのは、聖書もどきの分厚い本を持ち、どこからどう見ても図書館に巣を作ってる学生さんにしか見えない神父もどきの地の守護聖。
結婚式を挙げる恋人達を本を読んで待っているうちに本格的に没頭してきたらしく、祭壇の上には予備の本まで積んである。
入り口に背を向けて本を読みふけっていた神父ルヴァは、勢いよく開いた教会のドアに心底驚いたのか飛び上がった。


「お〜〜〜待たせしました、神父様!いざ、このわたくしジュリエットとマイダーリンロミオとの結婚式を挙げてちょーだいな!」
「誰がお前なんかと結婚するか!」
自分よりも背の高い傭兵役宇宙軍軍人に両側からつり上げられ、殆ど中吊り状態で運ばれたという屈辱に、オスカーの目には本気の殺気が閃いていた。
「はい、皆さん、ごくろーさん。そいつ置いたら、もう下がって良いよ」
百戦錬磨の筈の軍人達も守護聖に無礼を働いているという自覚があるせいか、目線が空を泳いでいる。オリヴィエの許しが出ると同時に機械じみた動きで敬礼すると、見事に揃った駆け足でその場を退場していった。

オリヴィエは表情を無くした凄みのある目のオスカーに、相変わらずの華やかな笑みを見せた。
「まーやだ事。こんな美しい花嫁を前に、なんでそんなに不機嫌そうなのさ」
「どこが美しい花嫁だ。無理矢理連れてきやがって、こんな結婚は絶対に無効だからな」
「無効も何も、これは必要なシーンだしさ」
「俺の知ったことか。案山子相手に結婚してろ」
ギンと睨み合うロミオとジュリエット。
そこにひょろりと神父が割ってはいる。
「あー、では式を始めていいんですか?」
「何を聞いていた!結婚式なんぞあげん!」
八つ当たりで怒鳴られたルヴァは、きょとんとする。
「はー、では、このシーンは無し、という事ですか?それならそれでも良いですけど、では、私はこれで失礼しますね」
あっさりと帰りかけるルヴァの襟首をオリヴィエは掴む。

「ちょっとお待ち!なんで帰るの」
「式を挙げないなら、私の出番は終わりですから〜〜〜」
「このシーンがないと、先に進まないんだってば!あんた、ロミオとジュリエットの話読んだ?」
「あー、原作ですか?それがですね〜〜、先日ある国の古書が大量に手に入りまして、そちらまで手が回ってなかったんですよ。で、その手に入った古書というのがまた凄い物でして、2000年にも渡る三王朝98代の王の記録と、国の歴史と、周辺惑星の国土風物にまで言及した物で惑星の歴史の研究に大きく役立つものだと思いまして、さらにその中には……」
「……読んでないなら、読んでないってそれだけ言えばいいんだよ。つまり、原作の流れは知らないんだね……」
喜々として手に入れた書物の説明を始めるルヴァに、オリヴィエは額を抑える。
「そうなんですよ、なんと言ってもその古書がまた全200巻にも及ぼうかという膨大な量でして……」
「ああ、それだけ本があったら、こんなとこにいるより書庫に戻りたいな!それならこのシーンは終わりだ。手間を掛けたな、ルヴァ」
さらなるルヴァの説明を遮り、オスカーが勝手に終了宣言をする。
オリヴィエは柳眉をつり上げ、ついでに目と口の端もつり上げ、やる気満々の顔でオスカーを睨め付けた。

「勝手に仕切らないで欲しいねえ、ロミオ様?」
「勝手に仕切始めたのはそっちだろうが。ジュリエット姫?」
「煮え切らない男に任せていたら、ちっとも先に進みやしない。乙女の時間は短いんだから、優柔不断ヘタレ男が決断するまでにおばあちゃんになってたなんてごめんだからね」
「あいにくと、『No』の言葉を『YES』に勝手に変換してくれるような、変態脳内辞書の持ち主とは上手くやれる自信がないんだ。この結婚式を挙げるかどうか。俺の返事はまさしく『No』だ」
「あんたの返事なんて誰が聞いてる?これは定めなんだよ、ロミオとジュリエットは結婚式を挙げる。言葉の意味が分かってる?」
「判ってるさ、ロミオは愛するジュリエットと結婚した。でも名前が同じければ誰でも良いって訳じゃあない」
一歩も引かないロミオとジュリエット。
もしもこれがギャグアニメならば、背後に入る効果CGは絶対に落雷シーンか竜虎激突イメージだろう。
その緊張感あふれるシーンに1人取り残されたルヴァは、困り果てて何故か本を開いた。
「あー、それでは、結婚式を挙げるか挙げないか、決まったら教えてください」
睨み合うロミオとジュリエットに、やる気が全くない読書に夢中の神父様。
誰がどう見ても収拾がつかないこの現場に、ようやく着替えをすませたヴィクトールを従えた乳母ジュリエットが駆けつけたのだった。


ぱっと見た瞬間、事態が縺れに縺れまくっているのが判った。
リュミエールはその張りつめた現場の空気にたじろぐように背後のヴィクトールを見る。
「……リュミエール様。抵抗がおありだとは思いますが、ここは形だけでも芝居を進行させるよう、オスカー様を説得してください。どうせこの後はすぐにティボルトとマキューシオの決闘と、追放による別離。結婚生活など影も形もないのですから」
「そ、そうですね……とにかく、話を進ませなくては、このイベントは終わりようもない…」
リュミエールは両手をきゅっと胸の前で組み合わせると、前に進んだ。
当然、それに気が付いたロミオオスカーとオリヴィエジュリエットがそちらを見る。
リュミエールは緊張しながらオスカーの前に出ると、思い切って声を発した。

「お願いです、オスカー…ではなく、ロミオ様。ここは黙って結婚してください!」
「判った、今すぐ式を挙げよう」
あっさりと頷くオスカーが握っているのは、当然乳母リュミエールの手。
豹変ぶりにオリヴィエは呆れたため息を付き、リュミエールは冷や汗をかき、1人オスカーだけが涼しい顔をしている。
「主語」を抜かしてしまった自分の迂闊さにリュミエールは泣きたくなる気持ちを抑え、オスカーの手をそっと外した。
「……結婚していただきたいのは、ジュリエット様です…」
「それは断る」
きっぱり言い切りながら、またもや素早くリュミエールの手を握りなおす。
ますます事態を混乱させてしまったかと、リュミエールは後悔の嵐に吹き飛ばされそうな気分になった。