「何がどうなっているのですか?」

リュミエールの質問に一番最初に反応したのは、喜色満面楽しくて楽しくてどうしようもないといった笑顔の女王だった。

「これからね、ロミオとパリスがジュリエットの夫の座をかけて決闘するの。で、ロミオがパリスを倒して、その結果ロミオが町を追放という、本筋復帰をかけての展開なのよ」
「本筋復帰…ああ、では、これで話は進行するのですね…」
ほっとしたように小声で言うと、リュミエールは薄く微笑んで背後のヴィクトールを見た。
「……案ずるより産むが安し…わたくしごときが慌てる必要はなかったようです」
ようやくほっとしたらしいリュミエールの笑顔を曇らせるのは本意ではなかったが、ヴィクトールは険しい顔つきのまま目を細める。
「いや…それはそれでかなり良くない気もいたしますが…」
「……え?」
まだよく理解していない顔つきでリュミエールは、室内の人々を見回した。
当然、オスカーは剣呑で怒鳴り出す直前のような顔でヴィクトールを睨んでいる。
この混乱した状況で恋人が他の男に頼っているところを見たら、まず、大抵の男はこんな顔になる、というくらいに判りやすいヤキモチ顔。
その隣ではあまりにも軽い女王の説明に眉を寄せるジュリアス。
ニヤニヤ笑いのオリヴィエに、ほんの僅か面白げなクラヴィス。
リュミエールは自分が失言したらしいと気がつき、落ち着かない顔で押し黙る。
無言の面々の前で、困惑げに瞳をゆらした後、それからやっと気が付いたように口元を抑えた。

「それはつまり…オリヴィエを巡って、オスカーとジュリアス様が決闘する、という事なのでしょうか?」
「そうそう、飲み込みが早い!」
楽しそうに手を叩くオリヴィエをオスカーが睨む。
リュミエールは顔を曇らせた。
「……決闘シーンが必要なのは判ります。ですが、それはあまりにもむごいのではないでしょうか。オスカーがジュリアス様を尊敬しているのは周知の事実です。それなのに、芝居とはいえ戦わなければならないとは…」
一度言葉を切った後、リュミエールは女王に懇願する口調になった。
「たとえばわたくしもクラヴィス様と敵対せよ、と命令されましたら、例えそれが芝居であれ、苦しく辛い思いをすることでしょう…。オスカーもそれは同様であると存じます」
「う……そんな目で私を見ないで」
リュミエールのお願い視線というのは、ある意味聖地最強かも知れない。じりじりと追いつめられつつある女王に助け船を出したのは、意外や意外、オスカーだった。

「ちょっと待て!今の言葉は聞き捨てならん!俺とジュリアス様の事を、なぜお前とクラヴィス様の事に例えるんだ?」
子供のように詰め寄ってくるオスカーに、リュミエールはぽかんとなった。
「何を怒っているのです?」
「これが怒らいでか!お前、それほどクラヴィス様を尊敬しているのか?俺がジュリアス様を尊敬するほどに?こういっちゃなんだが、あのクラヴィス様のどこが尊敬に値する!」
「……本人の前であんな事言うか?」
呆れ顔のオリヴィエに、憤懣顔のロザリアが目を据わらせる。
「オスカー…覚えてらっしゃい…」
もっとも当のクラヴィスは面白がっているようで、口元をほころばせた顔でオスカーとリュミエールの遣り取りを見守っていた。


「オスカー、今はそんな事を言っている場合ではありません。あなたはジュリアス様と決闘したいのですか?」
「いざとなったら決闘も辞さない覚悟だ。俺とジュリアス様は、お前とクラヴィス様と違い、ベタベタと甘やかす関係ではないからな」
今度はリュミエールがむっとしたらしい。
「例え話で、なぜクラヴィス様が貶められなければいけないのです?」
「お前が変な例を持ち出すからだ」
簡単に言ってしまえばただのヤキモチなのだが、自分の事ならまだしも、敬愛する闇の守護聖まで侮辱されるのはリュミエールは我慢ならない。
それでなくても、いい加減ストレスがたまりまくってる昨今である。表に出して発散できなかった分だけ、リュミエールの方が深刻に煮詰まっているかも知れない。
柳眉を逆立てると、リュミエールは言った。
「あなたという方は……こんな時にまでそのような意地を持ち出して…。もういいです、あなたの本心はよく分かりました!」
切りつけるように言われ、オスカーがたじろぐ。
「もういいです。貴方にとって重要なのは意地を通すことであって、わたくしの事ではなかったのですね。心配して差し出口をしたわたくしが愚かでした。どうぞオリヴィエを巡ってジュリアス様と決闘でもなんでもなさってください!」
きっぱりと言って背を向けるリュミエールに、一瞬惚けた状態になったオスカーが我に返った。

「ちょっと待て!なんでお前がそんなに怒るんだ!」
「あなたが悪いからです、判らないのですか?」
「俺が何をしたって言うんだ!」
「何から何まで全てです!」
完全痴話喧嘩状態に突入したオスカーとリュミエールに、すっかり見学モードに入った女王が頬杖をついた行儀の悪い姿勢で感想を述べる。
「これってさ、…カメラ回したままでいていいのかな」
「いいのではないのか?」
答えたのはクラヴィス。
「なんか私影が薄いね、ヒロインなのに」
ぼやいたのはオリヴィエ。
「さっきまで目立っていたのですから、少しくらいよろしいのでは?」
もう完全に呆れムードのロザリア。
「悠長なことを。こんなみっともない遣り取りなど後世に残してしまうわけにはいきませぬぞ!」
至極もっともな進言をしたのはジュリアス。しかし、一番状況が理解できていないのも彼かも知れない。
ヴィクトールは女王陛下と守護聖という、宇宙でもっとも高貴なはずの方々の混乱ぶりを直視できず、すでに視線は外へと向いている。心の中では「ああ、いい天気だなあ」と現実逃避な台詞を呟いていた。

そうこうしている内にオスカーの旗色は悪くなるばかりで、一方的にリュミエールの「あなたが悪いのです」攻撃に追いつめられていく。
「じゃあ俺はどうすればいいんだ!」
もう何が理由で喧嘩になったのかも思い出せず、オスカーは懇願口調になった。
その言葉に、リュミエールははっと我に返って瞳を揺らがせた。
口元を手で多い、項垂れて呟く。
「わたくしはただ――一刻も早くこのイベントを終わらせたいだけなのです…」
だから、何でもいいからイベントを進行させてしまいたい、それだけなのだと、とぎれとぎれに訴えるリュミエールに、オスカーは心を決めた。
リュミエールの手を取り、安心させるように優しく笑いかける。

「お前の気持ちはよく分かった」

ぼーっと様子を眺めていた女王達が、目をキラリとさせて注目する中、オスカーは宣言した。

「モンタギューの息子ロミオはここに宣言する。キャピュレット家の令嬢ジュリエットとの結婚は破棄し、乳母リュミエールとの婚姻を求む!これで争いも何もなし、めでたしめでたしだ!」