定例会議の朝。
厳格そのもののジュリアスの報告を、これまた威厳たっぷりに聞き終えた女王陛下は、
慈愛に満ちた笑みをうかべ、守護聖達の労を労う言葉を告げた。
ここまでは、完璧である。
なんとなく安堵の気分で一礼をしたジュリアスは、続いて告げられた言葉に、多大なショックを受けた。
ショックのあまり、後ろによろける、という事までしてしまった。
女王が告げた言葉は――
 
「第2回、RPGイベント大会を開催します」
 
実に爽やかに、かつ、慇懃な女王の宣告に、守護聖達の反応は見事に2つに分かれたのである。
1つは、ジュリアスを初めとする常識派。
さーっと青ざめ、いかにも聞かなかったふりでそこから立ち去りたい、という表情を浮かべた。
もう一つは、面白そうだと色めきだった年少組の面々。
だが、せっかく「よっしゃー!」と張り切った年少組も、発表されたタイトルに、一瞬にして常識派の仲間入りをした。
 
「今回のタイトルは『ロミオとジュリエット』、ビデオ撮影をメインとした、愛の物語を演じていただきます」
 
「えーーーーーーー???」
不作法に上げられたゼフェルのブーイングに、なんとかショックを押し隠したジュリアスが窘めた。
「ゼフェル、女王陛下の御前である、控えよ」
そう言いながら、ジュリアスは女王に真剣な面もちで向き直った。
 
「陛下…また、イベントとは…一体…」
「うん、安心して!今回はね、ジュリアス1人に負担が行かないようにって、これでも考えたの!
前回みたいに全員が宮殿から出払うんじゃなくて、宮殿を舞台にしてね、アドリブ中心は変わらないけど、
生中継じゃなくて、最終的にビデオ編集で完成、って形にすることにしたから。
だから、出番のない人が全員交代で仕事できるから。
これならジュリアスも安心でしょ?」
 
にっこりと微笑んで小首を傾げる女王の言葉に、うっかり頷きかけたジュリアスは、違う考えに思い至り、
また顔を青ざめさせた。
 
――ビデオ編集…?それでは…ひょっとして、後世に残るかも知れないではないのか?
この聖地内でこれほどのふざけたイベントを催す女王(もちろん、守護聖達も)が存在したという証が!――
1人ショックを受け、またもやよろけたジュリアスをオスカーが支える。
 
「ジュリアス様!気をお確かに!このオスカーがついております!」
「う、うむ、オスカーか…」
たが、このオスカーもいざとなったらなにをするかわからん、というか、リュミエール抱えてどこに消えるかわからん、という点は前回で証明済みである。イベント中は当てにしない方がいいかも知れない…と、冷静に分析してしまうジュリアスだった。
 
そんなジュリアスの葛藤を無視し、通常の報告を読み上げるのとまったく変わらない口調で、
ロザリアが配役の発表を始めた。
 
「まずは…主人公ロミオとジュリエットの父で、対立する2つの家の家長です。
モンタギューは、ジュリアス。キャピュレットはクラヴィス…」
 
なんとなく、納得のいきすぎる配役であるが、とりあえず、これで、全員がどんな配役になるのか、予想がついたようだ。
 
「ヴェロナの太守には、女王陛下。そしてわたくしは、ロミオの最初の恋人、ロザリンデとなります」
淡々と続けるロザリア。
「ロミオの友人、マキューシオにランディ。ロミオの従弟、ベンヴォーリオにはマルセル。ジュリエットの従弟、ティボルトにゼフェル。ロレンス神父にルヴァ。それから、ジュリエットの婚約者となるパリスは、
ジュリアスの2役という事で、お願いいたしますわ」
にっこりとして目線を向けてきたロザリアに、ジュリアスは顔を顰めた。
「何故、私が二役なのだ?」
「モンタギューの出番が、殆ど無いからですわ」
ロザリアは、にっこりとあでやかに微笑みながら、冷酷に告げた。
さて、残るは年中組の3人である。
 
ジュリアスとクラヴィスの役回りに、誰もが3人の配役に同じ予想をつけたようで、オスカーはとろけるような笑顔でリュミエールの手を取った。
「…リュミエール…女王陛下がこの配役にたくした思いが、お前にも判るだろう…、悲劇ではない、幸福に終わる愛の物語を演じてみよう…」
大人しく手を取られたリュミエールは、一瞬、感動したように目を瞬かせた。
しかし、次の瞬間、そっと手を放すと、悲しそうに目を伏せてしまったのである。
 
「リュミエール、どうしたんだ?」
人前だというのに、堂々と抱き寄せようとするオスカーに、オリヴィエが呆れの鉄拳を食らわした。
「みっともないねぇ、ロザリアの話が終わるまで、待てないのかい?」
「ふん、恋人同士、今から気分を盛り上げておいてなにが悪い」
「そんなの、話が終わってから、ゆっくりと二人っきりですればいいじゃないか!(独り者の)陛下の御前で、
ちょっと配慮がたらなすぎるんじゃないのかい?」
「う…」
さすがに反省したのかオスカーが大人しくなる。
それにやっと安心したように、リュミエールはそうっとオスカーから離れ、オリヴィエを挟むような位置に立った。
それを待っていたかのように、ロザリアの落ち着いた艶のある声が、最後の配役を発表する。
 
「ロミオはオスカー。そして、ジュリエットはオリヴィエにお願いいたしますわ」
 
立ち並ぶ守護聖の一部に、まるで雷の直撃を受けたかのような衝撃が走った。
「そして、リュミエールは、ジュリエットの乳母役。以上です」
一瞬、静まりかえったあと、期待していた分だけショックもひときわ大きかったオスカーが、猛然と抗議を始めた。
 
「恐れながら女王陛下!何故、ジュリエットがリュミエールではないのですか!」
「なによ、あんた、私じゃ不満だっての?」
あまりにもストレートなオスカーの台詞に、額に青筋浮かべたオリヴィエが突っ込む。
「当然だ!」
間髪入れず答えたオスカーの額にも、くっきりと青筋が2つ3つほど浮かんでいた。
リュミエールガこらえきれず、俯いたまま横を向く。
 
「私だって〜〜ヒロインは絶対リュミエールのつもりだったのよ。でも本人が『絶対嫌!どうしてもというなら、髪を下ろして尼になる!』なんて言われたら、それ以上、無理言えないじゃないの」
女王の不満げな言葉に、オスカーはぱっとリュミエールを見た。
リュミエールは目をそらしたままである。
そんな恋人の手を、オスカーは握りしめると、いかにも哀れな様子で訴えた。
 
「…リュミエール…何故だ?何故、尼になるなどと…俺との恋人役は、お前にとってはそれほどまでに厭わしい物なのか…?」
すでに演技のはいってるオスカーである。
 
「わたくしは尼になるなどとは…ただ…ただ」
リュミエールは一瞬口ごもった。
別に「尼になるには、髪だけではなく、××も切らなくては…」などという、
お下劣なツッコミを考えてたわけではない。
ただちょっと断りの理由が言いづらかったのである。
いくらなんでも「前回みたいなさらし者になりたくない。それには、オスカーと接触する役を拒むのが一番だから」
なんて理由は、恋人には言いたくない物なのだ。
 
「尼になると言ったわけではありません…ただ、どうしてもと仰るのならば、髪を切り、衣服を改め、けして女性と見紛われることの無いよう、立ち居振る舞いも変えると、そう申し上げただけです…」
「何故だ!何故、そうまでして、この役を嫌がるんだ!」
普通、女性役をふられたら、嫌がるものである。
 
躊躇っているリュミエールに、オスカーはなおも訴えた。
「何故だ、リュミエール…俺と一緒にいるのが、嫌になったのか?」
「いえ、そんな事はありません」
ぱっとリュミエールは顔を上げると、悲しそうなオスカーの手を取り、そっと頬に添え、囁く。
 
「そうではありません…あなたが嫌なのではありません…ただ、――ただ、どうしてもわたくしは…
人前で二人だけの秘め事をのぞき見られるような真似は、もう2度としたくないのです…」
 
じゅうぶん人前でいちゃいちゃしてるじゃないか――という、おそらく一人や二人ではなく同じ意見を
頭に浮かべた仲間達を前に、リュミエールはようやく、そう理由を告げたのである。