告げられた言葉に、オスカーは芝居じみた動作で左胸を押さえ、よろけて見せた。

「リュミエール…あの時のことは、それほどまでにお前の心に傷を残してたのか…?」
朗々たる美声で発せられる言葉に、思わずハンディカメラを回してしまうアンジェリーク。
そんなん、どこに隠してたんですか?というロザリアの疑問に、女王は小声で
「メイキングビデオ用に何か起きないかな〜と思って」としらっと答えた。

陛下…それほどまでに、この女王陛下の御代を「スチャラカなご一同様」と位置づけたいのですか…?
と、密かに男泣きするジュリアス。
悲喜こもごものメンバーをよそに、愁嘆場は続いている。
もうすっかり腰を落ち着かせ、見学モードに入ってしまった年少組を諫められる者は、誰もいなかった。

「リュミエール!」
オスカーは、悲しげなリュミエールの両手を、大きな自分の手で包むように握りしめた。
「判った、リュミエール。お前を悲しませるようなことは、炎の守護聖の名にかけてしないと誓おう。
お前のためなら、…どんな苦難の道も、あえて挑もう…。それが、俺のお前に対する愛だ…」
どこかでシナリオもらったのでは?と思えるほどの決め台詞である。
しかもポーズは、跪いていての「騎士が姫に忠誠を誓う」スタイルそのまま。

目をうるうるさせて感動しているランディとマルセルの横で、ゼフェルはじんましんでも出たのか首のあたりをぽりぽりとかき、目のやり場に困ったルヴァは、しきりに汗を拭いている。

その後ろでは、すでにげっそりやつれた風のジュリアスに、何故か怒気を含ませた目を細めているクラヴィス。
『人前で、なにをやっているのだ!』と、突然、常識に目覚めたようである。
ロザリアは、その恋人の様子に、ほうっとため息をついた。
(なんのかんの言って、クラヴィスはリュミエールに過保護なのだから…)

その、怪しい雰囲気をぶち壊す音が、広間に響き割った。
リュミエールの前に跪いたオスカーの脳天に落ちた、オリヴィエのかかと落としの音だった。


★★


いきなりの攻撃に、さすがのオスカーも頭を抑えてうめき声を上げる。
「オスカー、大丈夫ですか…?」
大丈夫なわけはない。
オスカーは辛うじてリュミエールに心配いらない、という風に手振りで合図すると、目をつり上げて立ち上がった。
「いきなり、なにをするんだ!」
「それはこっちの台詞だよ!」
怒鳴るオスカーに、オリヴィエも負けじと怒鳴り返した。

「この私が、わざわざ女装してまで相手役を務めてあげようと言ってるのに、ずいぶんと結構なことを言ってくれるじゃないか!苦難だって?こっちの台詞だよ、まったく!」
「お前はいつだって女装してるじゃないか!」
「こ・れ・は・私のポリシーに乗っ取ったファッションだよ。誰が、女装だって?」

綺麗にマニキュアされた指で、オリヴィエはぎりぎりとオスカーの口を横に引っ張った。
「ひゃ、ひゃめよ…(や、やめろ)きゃおぎゃきゅきゅれる…(顔が崩れる)」
「崩してやろうか、ほれほれ」
殆ど子供の喧嘩とかした二人をジュリアスは止めようと一歩踏み出したが、それを沈痛の面もちのロザリアが止めた。
ロザリアが情けなさそうに目を向けた方向では、女王がしっかりと年中組の喧嘩を撮影中なのである。

「…陛下…」
「…ここは諦めて、放って置いた方が良さそうですわ…」
ジュリアスとロザリアは揃って頭をふった。


★★



「あのね、私だって、あんたの相手役をやるくらいなら、乳母役をやってたほうがましよ。でもさ、リュミちゃんが
どうしても嫌だって言うし、女王陛下は絶対にイベントやりたいって言うし、仕方がないじゃないの。
それとも、年少さんにやらせる?子守の方が好きなら、それでもいいけどさ」
投げやりなオリヴィエの台詞に、オスカーが返事につまって年少組の方に目を向けると、
3人は揃って目をそらした。

「む…」
顔を顰めるオスカーに、オリヴィエは冷たく言い放った。
「ほら、ご覧。私がやるしかないんだよ。まったく、あんたの日頃の行いが悪いからこんな羽目に陥るんだ。
諦めて、反省おし」

おずおずとリュミエールが口を挟む。
「申し訳ありません…オリヴィエ、オスカー…わたくしの我が儘のせいで…ですが…」
責任を感じているらしいリュミエールの憂いに満ちた声に、打って変わってオリヴィエが優しく言う。

「気にすることはないよ。このバカの相手役が大変なことは、前回のイベントでよーっくわかってるから。
リュミちゃんみたいな子が、このバカと同じテンションで何かしようったって、それは無理があるってものだからね」
「ほう、では、俺の相手役ができると豪語するお前は、お前が言うところの馬鹿と同レベルって事だな」
「私は大人だからね、あえて、自分を道化役にすることだってできるのさ。真性バカとは、根本的に違うんだよ」
「誰が?真性バカだって?」
「炎の直情バカのあんたの事さ」

オリヴィエとオスカーの間に、激しい火花が散る。
ライバル同士の対決シーンのようなその迫力ある睨み合いに誰もが息を飲む中、一人女王だけは、
嬉しそうにビデオを回し続けている。
「…なあ、陛下さ…いつにもまして、ハイテンションじゃないか?なんかあったのか?」
ゼフェルがうんざりとした顔でロザリアに聞いた。
頬に手を当て、すっかり諦め顔のロザリアが、「多分、宇宙が平和だから…退屈なんじゃないかしら」と呟いた。

「退屈だからって、おい」
「女王陛下のパワフルなサクリアは、宇宙の辺境までもあまねく満たし、順調な発達を促してるの…。
だから、取り立てて早急に陛下のご判断を必要とするような事も無し…報告書を読むだけの毎日に飽きちゃって、それで、切れたんじゃないかしら…」
「ちょっと待てよ、て、事は。宇宙が順調で問題無しの時は、俺達にしわ寄せがくるって事か?」
「もう、覚悟を決めて、お守りに徹してちょうだい」
慌てるゼフェルに、ロザリアは投げやりにそう答えたのだった。


★★



「とにかく!これはもう決定事項なんだからね。いい加減に覚悟を決めて、うだうだこぼすのはお止め!
リュミちゃんが考え直さない限り、相手役が私だって事は、変わらないんだからね!」
美しくネイルアートされた指をびしっと伸ばし、オリヴィエはオスカーを指差した。
その言葉に、最後の期待を込めたオスカーがリュミエールを見つめる。
確かに一度は覚悟を決めた。覚悟は決めたが、やっぱり、「ひょっとしたら」の期待を捨てきれない。

責めるでもなく、頼むでもなく、黙って自分を見つめるオスカーの目に、リュミエールの決意もぐらっと揺れる。
(…そんな目でわたくしを見ないで下さい…頷く以外、何も出来なくなってしまいそうです…)
トクントクンと早くなった鼓動に、リュミエールはこらえきれずに俯いてしまった。
「…リュミエール…」
自分を呼ぶ、深くて優しい声。
この人を悲しませるようなことは、したくない…。
そう思い、無意識に頷きかけたところで、リュミエールははっと我に返った。

(これがいけないのです!こうやって、いつもいつもうっかり流されてしまうから!気が付いたら、今度は
どんな事になっているか判りません!前回のあの、カメラを目にしたときのショックを、オスカーと二人きりだと
思ったからこその思いの発露を、聖地中の人々に見られたと知ったときのあの衝撃を、忘れてはいけません!
あのあと数ヶ月、他の人の顔が見れず、羞恥と後悔に文字通りどこかの地下室にこもって消えてしまいたいと
願った日々を忘れてしまったら、また同じ事の繰り返しです!)

きっと覚悟を決めた瞳で顔を上げたリュミエールに、オスカーは「勝った!」と咄嗟に思った。
「リュミエール…」
両手を広げ、自分をかき抱こうとするオスカーの瞳をまっすぐに見つめ返し、リュミエールはそうっと手を挙げた。
そして、あげた手を「さよなら」するように小さくふった。
「オリヴィエ。イベントの間、オスカーをよろしくお願いいたします」
「よーし♪お願いされてあげよう!」

青ざめて崩れ去ったオスカーの笑顔と裏腹に、オリヴィエの勝ち誇った高笑いが広間に響き渡ったのだった。