配役が決まれば衣装決め。
なんといっても、これこそが最大の楽しみ、本音を言ってしまえば、いつもと違う恰好でうろうろしている
麗しの守護聖様方さえ拝見できたら、どんな大変な裏方作業も苦労が吹っ飛んでしまうわ!な女官達が
色とりどりの布やデザインブックを両手に抱え、廊下を走り回っている。
その活気づいた様子に、多分一番それを楽しみにしているだろう女王陛下は、スキップをふみながら
歩いていた。
 
「うふふふふ、宮殿中に一斉に花が咲いたみたいね」
『花が咲いてるのは、陛下の頭の中だけですわ』と、心の中だけで突っ込みを入れ、
ロザリアはこほんと咳払いをした。
「陛下のご衣装はいかがいたしますの?もう、お決めになりまして?」
「私はね、今回はシンプルでみんなの引き立て役に徹するつもりなの。濃茶のマントに濃茶の帽子。
片眼鏡なんてかけてみたいなーなんて、思ってみたりしてるのよ」
「まあ、お珍しい…」
 
女王の事だから、いくら厳格な太守役でも、まっピンクの衣装ぐらいは用意するかと密かに危惧していたのだが、
意外と今回は真面目にやるつもりらしい。
(今回は後に残そうというお心づもりのようですし、いくらなんでもあまりに非常識なことは出来ない、という事なのかしら…陛下も、ようやく大人になってくださったのですね…)
同い年でありながら、殆ど保護者同然のロザリアは、女王の成長具合に思わずほろりとしかけた。
もっとも、次の一言で、女王はやっぱり女王だった、と思い知るのだが。
 
「だからね、私、エキストラで舞踏会のシーンに出るから〜〜ドレスの早変わりってありだと思う?」
「一度にしておいてくださいませ…」
「やっぱり?じゃ、ピンクとオレンジとレモンイエローと、若草色と、どのドレスにしようかしら…」
そう思案げに呟く女王の言葉に、『一体何着造るつもりでしたの?』と、落胆のため息と共にクセになった内心での突っ込みを入れ、ロザリアは細い指でこめかみを押さえる。
ロザリアのため息の大半は自分に原因があるとの自覚のある女王は、そのロザリアの仕草に慌てて大切な補佐官の顔を覗き込んだ。
 
「どうしたの?ロザリア、頭痛?私、最近はちゃんと仕事してたわよね。困らせたりしてないわよね?」
「…いえ…なんでもございません…他の方の衣装の出来具合を見にまいりましょうか」
「本当になんでもない?いつも迷惑かけちゃってるけど、だからこそ、何かあったら遠慮なく言ってちょうだい」
そう真摯に言う女王の真剣な眼差しに、自然とロザリアの頬がほころんだ。
 
「判ってるわ。だから何かあれば、遠慮なく叱りとばしてるでしょ?」
ロザリアが微笑みながら言うと、安心したらしい女王は嬉しそうに歩き出す。
「うん、そうね…気が付かないことがあったら、いくらでも叱りとばしてね」
そう素直に言われると、お姉さん気質のロザリアは嬉しくなってしまう。
(手間ばかりかかる子だけど…だから、放っておけないのよね)
なんだかんだ言って、仲の良い二人なのであった。
 
 
★★
 
 
「ぜーったいに、嫌だかんな!」
衣装部屋本部、ともいうべき大部屋に入るなり女王の耳に飛び込んできたのは、不機嫌そのもののゼフェルの怒鳴り声である。
「どうしたの?そんな大声出して。女官が怖がっちゃってるじゃないの」
きょとんとした女王の声に、ゼフェルに怒鳴られて涙目になっていた女官が必死に訴えてきた。
 
「わ、わたくしはただ、この衣装のデザイン画をお見せしただけなのです〜」
ゼフェルの横では、なぜかランディも表情を曇らせ、マルセルもすねまくった上目遣いで女王と見つめている。
「こーんな、こっぱずかしいタイツなんて、履けるわけねえだろ!こんなの着るくらいなら、俺は
ロボット抱えて自爆してやる!」
「タイツ…いつものスパッツと対して変わらないような気がするけど」
そう言う女王に、ゼフェルは勢いよく首を横に振る。
 
「全然、違う!!!」
「女王陛下…恐れながら、俺もこの衣装はいやです…なんて言うか…恥ずかしいです」
「僕もー…ぴったりしすぎて、なんだか嫌だ…」
ゼフェルの隣では、ランディとマルセルも口を揃えて衣装への不満を訴えた。
デザイン画はちょっともこっとした感じの腰までの上着と、その下は確かにぴったりとして下半身の線が完全に
露わになると言う代物。
しかも足の両側で色が変わり、大事な部分には強調するようなひし形のあて布がついていたりする。
 
「…申し訳ありません、陛下…わたくしも、この衣装を着た守護聖達を直で見るには、抵抗がございます…」
ロザリアが背後で力無く言うと、女王は仕方なさそうにデザイン画をしまった。
「じゃ、仕方ないわね…男性陣はもっと普通っぽい衣装にしましょう。彼等の意見に沿った形で、
デザインを決めて下さいね」
女王の採決により、女官はまた別のデザイン画の資料をとりに部屋を出ていった。
 
「ありがとうございます、女王陛下!一時はどうなるかと思いました!」
爽やかに礼を言うランディに、女王は満足そうににっこりと答える。
「気にしなくていいの。やっぱりね、メインは女性用の衣装だから」
「…つまり、俺達の衣装なんて、どんなんでもかまわねーって事だろうが…」
「あら、いやね、ゼフェルったら。どんなのでも構わないって言ったら、さっきのぴちぴちタイツでも
いいって事なのよ?私はそれでも全然いいと思うんだけど?」
「それだけは、ぜーっていに嫌だ」
「でしょ?これでも一応気遣いしてるって事なの。好きな衣装を自由に選んでね」
 
励ますように肩をぽんと叩かれたが、ゼフェルはあんまり嬉しくなかった。
ランディとマルセルも、あんまり嬉しくなかったが、懸命な彼等は不満を述べたりしなかった。
(ま…いいや…変なこだわりで衣装を決められるよりかは…)
こだわりタイツよりは、こだわらない適当な衣装の方がマシ。
そんな風に割り切れる年少組は、ちょっとだけ大人の階段を上ったようだった。
 
 
★★
 
 
さて、大部屋の奥の壁はそれ全体が鏡となっており、その前は布で試着室のようにいくつかに分けられている。
その一つの布が跳ね上げられ、中から登場した極彩色の固まり、もとい、今回のヒロインの姿に
さすがの女王も目をまん丸くし、あげくにお行儀悪く指差しして大声を上げた。
「どうしたの、オリヴィエ!これから巡業?」
 
「…誰が巡業…?私は、どさまわりの芸人かい?」
徒っぽく言って、オリヴィエはくるりとターンを決める。
とたん、オリヴィエの半径2メートル以内の物をなぎ倒す勢いで、ドハデな色に染め分けられた毛皮のショールが
広がった。
ちかちかする色の洪水に、女王アンジェリークの頭もくらくらしてきて、思わず見当違いのセリフが漏れる。
「ひどいーオリヴィエったら!せっかくの動物さんの綺麗な毛皮をこんな赤だの紫だの金色だの、
すんごい色に染めちゃって!」
「安心おし、これはフェイクファー」
「偽物なのか、良かった…って、そんな話じゃないと思うけど…。下に着てるのもすごいね…」
 
女王がぴらりとショールをめくると、その下から現れたのは、なぜか金色の地に、錦糸で縫い取りをしたドレス。
どっかの演歌歌手の勝負衣装か?と思われるくらいまばゆい。
「どうしたの?オリヴィエにしては、趣味が悪い…」
呆気にとられて声も出ないロザリアを尻目に、女王はずけずけと言った。
 
「やっぱり駄目かねぇ。僅か14才にして恋に命をかけた女の熱い業と熱情を表現したつもりだったんだけど」
「嘘つけー。せっかくだからって、普段自分でならゼッテーにつくんねーような趣味の悪い服を注文したんだろ!」
「自分のワードロープには、さすがに入れたくなくてね。でも、一度は派手さと目立ち具合だけを追求した服を造ってみたかったんだよ」
ゼフェルの嫌みたっぷりのツッコミにも悪びれなく答え、オリヴィエはけらけらと笑う。
 
「…その恰好…似合うだけになんか凄く疲れたわ…」
ほっほっほと笑うヒロインのたくましさに、一時的常識人になった女王は疲れ果てたように呟いた…。