「さて、女王陛下、こちらの衣装はいかが?」
華奢な身体に常にバイタリティ200%充電済みの女王を疲れさせる程の、眼が眩むようなドハデ衣装で登場した夢の守護聖は、今度はとっても無難な衣装でポーズを決めてみせた。
 
派手な金髪は一つにまとめ、化粧も控えめ、襟の高い胸の下で切り替えのあるゆったり目のドレスの色は、
ちょっと落ち着いた雰囲気のすみれ色。
同色の袖から覗く飾りレースは、これまたシンプルな白で縫い取りも無し。
 
「オリヴィエったら、こっちの方が断然綺麗じゃないのー!」
女王は手を打ち合わせると、無邪気に称賛した。
「うっふっふ〜〜じつはね、あの金色ドレスは、オスカーの衣装次第で着ようかと思ってたんだ。
あいつってただでも目立つじゃない?私の方が霞みそうになったら、一発あれで目を奪ってやれ、とか思ってね」「大丈夫ですわ、オリヴィエもそれだけでかなり派手、ですから…」
衣装部屋のテーブルの上にお茶のセットを持ち出していたロザリアが、年少組にカップを差し出しながら、
こっそりと呟く。
 
「そういやさ、年長さん達の衣装チェックはすみ?どんなの?」
と、自分もテーブルについたオリヴィエが、ロザリアからカップを受け取りながら好奇心丸出しで訊く。
「あら、あの方達は相変わらずですわ。デザイン画を見ただけで、すぐに決めてしまったそうですの。
なんの問題もなさ過ぎて、少々物足りないほどですわ」
「ジュリアスは白のローブに、クラヴィスは黒のローブ。ルヴァは神父さんというより、いつもの学者さんスタイル。
心配いらないっていえば、聞こえはいいんだけどね〜」
つまらない!とすっかり顔に書いてある少女二人に、男連中は苦笑いをするばかりだ。
 
「いっそさあ、おっさん達だけ、女王命令でタイツ着用、なんてのはどうだ?」
ゼフェルが悪気たっぷりの提案をすると、女王は嬉しそうに目を輝かせた。
「あら、それもおもしろそー」
「止めてくださいませ、そんな…」
クラヴィスのタイツ着用姿を想像してしまったのか、ロザリアが顔面蒼白で声を詰まらせる。
 
「あ、嫌だわ、そんな、真面目に受け取らないで。冗談だってばぁ」
オバサンくさい手つきで女王が宥めるように取り消すと、ロザリアは胡散くさげに睨む。
「半分くらい、本気で仰ってませんでした?」
「えーとね、ジュリアスのタイツ姿だったら、ちょっとバレエダンサーっぽくて見てみたいかなー、なんて…
ほんと、ちょっとだけ、そう思っただけだからね」
ニコニコと笑う女王の背後では、今度はジュリアスのタイツ姿をリアルに想像してしまったらしい
年少組が、三者三様の顔で青ざめる。
オリヴィエが場を取り繕うように明るく言った。
 
「あ、それで、オスカーは?リュミちゃんのは知ってるんだけどさ」
その言葉に、ロザリアもはっと気が付いたように、部屋の中を見回した。
「お二人とも、今日、試着しているはずですけど…ここにはいらっしゃらないようですのね」
「あ、オスカー様なら、もう終わったみたいですよ。俺達と入れ替わりに出ていきましたから」
ランディがそう言うと、ゼフェルとマルセルも揃って頷く。
 
「ま、どんな服だったか見た?やっぱり、タイツ?」
身を乗り出して聞く女王に、呆れ顔のゼフェルがぶっきらぼうに答える。
「着たとこは見てねえけど、女官が片付けるのを見た分には、ふつーの上着に細身のズボン、ってとこ
みたいだぜ」
「あらら〜、本当に地味だね。ひょっとしてさ、提灯ブルマの王子様スタイルで、ウケを狙うかなんて思ったけど」
「オスカー様はオリヴィエ様と違います!そんな、自分の身を捨ててまで、ウケを狙うはずがありません!」
そう言いきったランディは、オリヴィエの鋭い視線に慌ててとりつくろうとするのだが、
「あんまり衣装決めも積極的じゃなかったみたいですしね。やっぱり、お相手が…」
「不満だといいたいのかな?坊や」
続けての失言に慌てるランディの耳を、オリヴィエは綺麗にマニキュアした指で思いっきり引っ張った。
 
「そ、そうじゃないですけど…やっぱり、やる気というか、乗り気というか、そう言うのは、相手役によって
左右されるかなぁと…いたたたたたた!」
「もろに言ってるじゃないか。私が相手じゃ不満なんだって」
ギリギリと耳を引っ張られてランディが悲鳴を上げた。
まあまあ、と女王が割ってはいり、ようやく解放されたランディが涙目で耳を押さえている。
 
「ひどいです、オリヴィエ様」
「ものを考えないで喋る坊やの口が悪いんだよ!」
「それじゃ、リュミエールの衣装はどんなの?」
子供っぽい遣り取りに、可笑しそうに笑いながら女王がそう言う。
オリヴィエは気を取り直して答えた。
 
「別に、ふつーのというか、むしろじみーな感じの衣装だよ。髪をまとめるネットと、黒に近いグレーのドレスに
白の肩掛けかけて。でも、リュミちゃんが着たら、禁欲的で逆にいい感じ、かもね」
「そうか、地味なのか…ちょっと残念…」
あからさまにがっかりした様子の女王に、ゼフェルが呆れ顔で突っ込む。
 
「何期待してたんだよ。まさか、乳母役のリュミエールが派手派手ドレス着て登場したがるとでも思ってたんか?」
「そうじゃないけどさ…いっそ定番のメイドさんスタイルとかだったら、可愛いかなーとか、ちょっとだけ思ったの。
ちょっとだけよ、本当にちょっとだけ!」
冷たい視線で一斉に睨まれ、焦って言い訳する女王陛下。
 
「陛下…妄想のしすぎですわ…」
さっきのジュリアスタイツといい、なんとなく情けなくなったロザリアが涙ぐみ、ランディも遠い目で呟く。
「…オスカー様に教えたら、かなり悲しむかも知れませんね…リュミエール様にメイドスタイルなんて…」
「いや、あのおっさんなら、意外と発情して喜ぶかも…」
顰蹙発言に、今度はゼフェルが冷たい視線に睨まれるのだった。
 
 
★★
 
 
仲間達の好き勝手なよた話など知らない、噂の二人はというと。
 
 
「なんだ、せっかくなんだから、俺に衣装を着たところを見せてくれれば良かったのに…」
いきなり背後から耳元で聞こえた声に、リュミエールはぴくんと跳ね上がるようにして振り向いた。
1人で試着をし終え、ちょうど片づけの最中だったのである。
他に人がいるわけがないと思い込んでいたので、突然の恋人の声にリュミエールは心臓が踊り出しそうな程に
驚いた。
 
「オスカー!いきなり驚くではありませんか?」
「おや、俺はちゃんとノックしてから入ってきたのだがな」
「そ、そうでしたか?聞こえませんでした…」
「聞こえなかったろう…お前はちょうどドレスを脱いでいる最中で…いた!」
調子に乗ったオスカーの戯言に、リュミエールが手近なハンガーで思いっきりどついたのである。
 
「そう言う冗談は止めてください!わたくしは着替えが終わるまで、ずっと部屋の鍵をかけておりました!」
「わ、悪かった!実は驚かそうと思って、合い鍵使ってこっそり入ってきたんだ!ハンガーをおろせ!」
「いつのまに、執務室の合い鍵など造ったのですか!人のプライバシーをなんだと思っているのです!」
結局、もう一発ひっぱたかれから、ようやくオスカーはリュミエールから無断進入のお許しをもらう事ができた。
不服げなオスカーが、わざとらしいほど大きいため息をつく。
 
「…何も、服を脱ぐところを見せるのが初めてって訳じゃあるまいし、着替えを見せてくれたって…」
「何をぶつぶつ仰ってるのですか?」
今回の配役が決定して以来、禁欲生活に突入してしまったオスカーがしつこく愚痴をたれるのを、
リュミエールは呆れ顔で眺めていた。
 
「いくら悲恋の主人公役だからって、何も実生活でまで引き離されなくたって…」
「まだ根に持ってらっしゃるのですか?」
いつまでも文句を言っているオスカーに、なんとなく気が咎めてきたリュミエールがその顔を覗き込む。
 
「配役はもういい。俺だって、お前が嫌だというものを、何も強要したいとは思わない。
…だが、その後がいかん。いくらなんでも、叶わぬ恋に身を焦がす男のリアリティを出すために、
お前と過ごす時間を制限しろと言われるとは、誤算も誤算…これなら、俺も断れば良かった」
心底情けなさそうに言うオスカーに、リュミエールはちょっと可哀想になった。
 
別に日常的に顔を合わせて話をすることまで制限されているわけでなし、週末泊まりがけであうのを
ちょっと控えただけなのに、恋人にここまで恋しがられてしまうと、そんなにダメージのない自分がよほど冷たい人間のように思えてきてしまう。
「オスカー…」
そんな後ろめたさを誤魔化すため、というわけではないが、なんとなく、ごく自然にリュミエールは自分からキスをねだるような仕草をした。
思いがけないご褒美を貰ったように、オスカーの顔が喜色に輝く。
久しぶりのキスに、僅かな時間ももどかしい気分で二人の唇が近付く。
だが――。
 
 
「はい、おあずけーー!」
実にいいタイミングでかかった声に、せっかくのムードを台無しにされたオスカーとリュミエールは同時に
声の方を振り返った。
予想通りというか、そこに立っていたのはオリヴィエ。
二人のささやかなキスシーンを邪魔したオリヴィエは、デバガメの現場を見つかったという
罪悪感もなく、勝ち誇ったように言い放った。
 
「うっふっふー、いいよ、オスカー。そのせっぱ詰まった感じの顔、まさしく、ジュリエットに焦がれるロミオそのものだね。さー女王様命令だ。満足しないうちに、引き上げましょうねーーー」
「ちょ、ちょっと待て、オリヴィエ!貴様は後10秒も待てないのか、この悪魔め!」
鍵をかけ忘れた自分の迂闊さを恨みつつオスカーが悪態をつくが、オリヴィエは気にするそぶりもない。
 
「ほーっほっほっほ。なんと言われようと、だーめー。本番まで、あんたのその幸せと満足でゆるみきった顔を、
恋人恋しさで悲壮な顔つきにするってのは、これは女王陛下のご意志だからね」
実に楽しそうに高笑いするオリヴィエに引きずられながら、未練たっぷり残したオスカーが悔しそうにリュミエールの名を呼ぶ。
 
「くそう、リュミエール!例えどんな邪魔が入ろうとも、俺が愛しているのは、お前だけだ!」
「オスカー…」
恋人の変わらぬ愛の言葉にほだされつつも、
(ヒロインであるオリヴィエには、悲壮感はいらないのでしょうか…?)
へんに冷静にそう思ってしまう。
 
(なんだか、役作りのため…というのは、こじつけのような感じがします…)
すでに女王のお楽しみのツボがどこか違う方向を向いてしまっていることに、本気で嫌な予感を覚える
リュミエールだった。