中庭に向け、大きく開け放たれた大広間のドア。
大広間は普段よりもいっそう華やかに飾り付けられ、生楽団がスタンバイし、長い裾を引きずる美しき乙女達が恥じらいながら、これまた美しく装った殿方をちらちら見ては、ひそひそと花が揺れるように微笑みあう。
見ているだけで心浮き立つような、そんな光景であるが、よくよく見れば、飾られたリボンや花々の間から、何台もの固定式カメラのレンズが無機質に光り、周囲をカラフルな風船のようにお色直しされた浮遊形カメラ「メダちゃん」がフヨフヨと飛び交っている。
本日は、ついに女王主催のコスプレ劇場のクランクインの日なのである。
当然、誰よりもテンションの高い主催者は、朝からひらひらと踊り回っていた。
 
★★
 
 
「うっふっふ〜〜準備万端。ステキすぎ〜〜。それでみんな、お芝居の流れは全部頭に入ってるの?」
金髪に鮮やかな生花を飾り、レモンイエローのドレスを着込んだ女王が、歌うようにスタンバイ中の守護聖達に問いかけた。
 
「俺は別にオスカー達を見つけてケンカ売ればいいんだろ?」
ティボルト役のゼフェルがむりやり撫でつけられた髪型をうっとおしそうにかき回しながら、面倒くさげに答える。
「ああ、ゼフェルったら。せっかく整えてもらったのに」
隣でマルセルが止めるが間に合わず、神を元通りのつんつんに戻してしまったゼフェルは、服装も普段と大差ないような軽快なシャツとスパッツに、あっさりと引っかけた長めの上着姿。
ただし、色合いなんかは、かなり渋めである。
マルセルはいつも通りにまとめた金髪を帽子の中にしまい、膝丈のチュニックに細身のスパッツ、色を合わせたショートブーツという出で立ちで、普段よりもボーイッシュな女の子、の雰囲気だ。
 
「そうだぞ、ゼフェル。大事な最初のシーンなのに、始まる前にもう髪を乱すなんて」
生真面目なランディはいかにも中世風ファンタジーに登場の少年っぽいシャツと細身のズボン、膝までのブーツという、有り体に言えば、ゼフェル同様、普段とあんまり大差ないかな〜という恰好。
それでも、色とか服の素材はやっぱり渋めに抑えられているので、きりっとしたランディの顔立ちを大人っぽく見せていた。
 
 
「ケンカを売るのは、あとあと。まずはね、舞踏会の雰囲気を楽しみましょうね」
にこーっと女王が花のような笑顔になる。
芝居がどうのこうのと言っておいて、結局はお祭りを楽しみたい!の部分に行ってしまう女王に呆れつつも、
そういう笑顔にはやっぱり弱い年少組は、お互いに顔を見合わせて肩を竦めた。
 
それを見守りながら、今日は出番のないリュミエールが普段の恰好のままで、穏やかに微笑んでいる。
「リュミエールもせっかくですから、エキストラで出演なさればよろしかったのに」
ビロードの菫色のドレスに身を包んだロザリアが言うと、リュミエールはしーっというように口元に指を当てた。
「…女性役で…などと言われますと困りますから」
くすりと微笑みながら言うリュミエールに、ロザリアも同意するように悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「そうですわね。そう仰いそうな方が、たくさんいらっしゃいますし」
 
今回出番無しは、他にジュリアスとルヴァがいるのだが、ジュリアスはしかつめらしい顔でモニター室にこもっており、ここには顔を出していない。(前回、セーブ係をやったのがクセになったらしい)
モニター室のたくさんの画面には、大広間に設置されたカメラからの画像がすでに流れ、裏方スタッフに
衣装を着た出演者達が入り乱れた様子がよく見える。
ルヴァも面白がってそちらにいるらしい。
 
オスカーとクラヴィスは、まだ自室にいるようである。
リュミエールは少しばかり不安げな面もちで、控え室のドアの方をちらちらと見ている。
と、そのリュミエールの肩を、ヒロインオリヴィエが綺麗にマニキュアした指で突っついた。
「うっふっふ、オスカーが心配?」
とたんにぽっと頬を染めたリュミエールに、オリヴィエの笑顔が優しさを増した。
 
「あいつ、拗ねてリュミちゃんに変に当たったりしなかった?」
「そんな事はしません…ただ、何やら無口になってしまって…」
リュミエールは俯いてしまう。
「はいはい、あんたも大変だねぇ…あんなやつのご機嫌まで気にしてさぁ…」
 
オリヴィエのセリフは一見親身に慰めているようだが、俯きながらのリュミエールの額にはめったに見られない青筋が薄く浮いている。
(…どなたのせいだと思っているのですか!)
それもこれも、女王陛下の「デート自粛令」を盾に取り、二人きりで食事をしたり、お茶を飲んだりという他愛のない時間を楽しんでいるときにもちゃっかり邪魔しに来るオリヴィエのせいではないかと、
なんとなく恨めしく思っているリュミエールである。
もっとも、オリヴィエはそんなところも楽しんでいる節があるので、リュミエールもあえて文句は言わないのだが。
 
(何はともあれ…このイベントが早く終わってくれることを祈るだけです)
綺麗に化粧をしてにんまりと訳知り顔で笑っているオリヴィエを軽く睨み、リュミエールはしみじみとため息をついた。
 
★★
 
 
ため息をついている男がもう1人。
言わずと知れた、主役の片割れのオスカーである。
いつもであればこんな派手なイベントで盛り上がらない筈がない炎の守護聖だが、ここのところ、かなり精彩がない。
そんなうらぶれた雰囲気も、オリヴィエに言わせれば
「恋に悩む男の苦悩がでてて、それなりにセクシー」
らしいのだが、この際、嬉しくも何ともない。
 
あらぬ方向を眺めてはため息をつき、下を見ては、ため息をつく。
仕事で外界に出ていると言うのならば、リュミエールに会えないのもなんとか我慢できるのだが、目の前にいて、
触れる程近くにいて、ちょっといい雰囲気で見つめ合って、さて、もう一押し、って時に限って邪魔が入るのが
続けば、大抵の熱愛中カップルは欲求不満に陥ってカリカリしてくるものである。
その通りにオスカーはカリカリしっぱなしなのだが、もういっぽうのリュミエールの方は困り顔をはしているものの、とくにイライラしている様子はなく、それもなんとなく落ち込む要因になる。
 
 
「リュミエール…俺がお前を愛するのと同じくらい、お前も俺を愛していてくれると思ったのは、
俺の自惚れか…?」
女官が見たら、その場で飛び付いて「私が慰めて差し上げます!」と言いたくなる程の切なさを込め、オスカーが
独白する。
女王やオリヴィエがこの場にいたら、「この実感がこもりまくった切なさこそが重要なの!」と躍りあがって喜ぶところだろうが、額を抑えて背中で憂いを訴えるオスカーの姿を目撃したのは、呼びに来た女官だった。
 
「あ、ああああ、あの、オスカー様、そろそろお時間ですので…大広間の方に…」
ドキドキとはずむ心臓に、声までひっくり返りそうになりながら女官が言うと、目眩がするような寂しげな目が一瞬こちらに向けられ、女官はその場で貧血を起こしそうになった。
 
さらに、妙に余韻の響くような口調で、「判った…ありがとう…」なんて言われてしまい、裏方スタッフだった女官は
本気で口から心臓が飛び出てきそうな程、鼓動が早くなってしまう。
多分この後は速攻裏方スタッフの控え室に飛び込み、他の女官達に向かい、このオスカーの様子を
微に入り細に入り身振り手振り入りで自慢するようにしゃべりまくった後、興奮のあまり卒倒してしまうのだろう。
それくらいに真っ赤っかな顔をしている。
 
それでもオスカーはそんな女官の様子に注意を払うこともなく、どこかうつろげな視線を上げ、
会場となる大広間へと足を運んでいった。
(もうなんでも良いから早く終わってくれ…)
落ち込んでいる恋人同士の密かな呟きはまったく同じだったりするのだが、今のところ、その声は誰にも届いてはいない。
 
 
女王アンジェリークの乙女の夢が爆発した愛のドラマは、これから開幕するのである。