キャピュレット家舞踏会の間
 
キャスト ジュリエット=オリヴィエ ロミオ=オスカー マキューシオ=ランディ
ティボルト=ゼフェル その他=アンジェリーク
 
★★
 
キャピュレット当主にエスコートされ、華やかな金髪の巻き毛を持つ当家の姫、ジュリエットが人々の前に姿を現す。その初々しい美貌に人々は目を見張り、賞賛の言葉を惜しまなかった。
 
「綺麗…ジュリエット(オリヴィエ)様…」
「うむむ、…あの肩幅さえなければ…」
「あれだけ身長が高くなければ…」
「…男性でなければ…」
「…何を本気で頬赤らめてるの…?」
という会話が客に扮した人々の間から起こる。少々怪しげな雰囲気になりつつある頬染めたごつい聖地警備兵の前を平然と通り過ぎながら、オリヴィエは得意げに微笑んだ。
「うっふっふ〜〜みんな私のこの清楚な美しさに度肝抜かれてるのね〜〜〜」
「…確かに…いつもに比べれば、多少は見られるようになっているかも知れぬな…」
「あんたって…人のいい気分に水差す天才よね」
オリヴィエは隣の父親役クラヴィスの顔を呆れ顔で見た。
 
 
「あれ?クラヴィスってさっき退場したんじゃなかったっけ?」
「出番があるので、戻って参りましたの」
広間の隅でぶつぶつ言っていた女王の背後から、やっぱり戻ってきていたロザリアが答えた。
「わ、びっくり。ロザリアも帰ってきてたの?」
「びっくりではございませんわ。よく考えたら、わたくし、ここにいるだけで、顔が出ていないではないですか」
「その辺は編集で〜〜ロザリアはいるだけで存在感があるから〜〜〜」
「誤魔化しはけっこうですわ。さ、いよいよ、ロミオがジュリエットを見初めるシーンですわよ」
その言葉に、アンジェリークはその場から身を乗り出すようにして広間中央のオリヴィエを注目した。そして、アンジェリークのいる場所の反対側に、ランディとオスカーがいる。
「オスカー様、いよいよですよ!」
「うむ、これさえ乗り切れば…」
ランディのガッツポーズの励ましに、オスカーはまるで出陣を控えた騎士のように雄々しく立ち上がった。
 
 
★★
 
ロミオ(オスカー)は、広間に入ってきた美しい姫に一目で心を奪われた。
「あの女性は…キャピュレットの令嬢なのか…わがモンタギュー家とは不倶戴天のキャピュレットの娘…だが、あの美しさは何事なのだ…この私の心のすべてを掴み、虜にする…」
気合いの入ったオスカーが、気合いの入った台詞を感情込めて語る。
「ああ、ロミオ(オスカー)様…何てすてき…」
「あんな風に言ってもらえたら、もう死んでも良いわ…」
等々と女性陣のとろけるような囁き声が聞こえる中、ジュリエット(オリヴィエ)は立ち止まり、初めて気が付いたような顔でロミオ(オスカー)を見た。
 
「あそこにいるのは…?私をあのような目で見つめるあの貴公子は、一体どこのどなたなのでしょう…顔も見えぬ方だというのに、視線だけで私の心をざわめかせるあのお方は一体…」
初々しい乙女の風情でオリヴィエは顔を伏せる。
それを受けてオスカーはまた独白する。
「なんという風にも耐えぬ風情の儚き乙女よ。あのお方の顔を伏せさせるものなど、この俺がすべて取り除いて差し上げたら…」
 
 
熱演である。むちゃくちゃのりまくった熱演ではある、二人とも。だが――。
「オスカー、どこ向いて話してるのかしら…」
「オリヴィエ…顔を伏せて吹き出しそうな顔をしています…」
広間を飾り付ける幕の一枚の陰に隠れ、アンジェリークとロザリアは目を点にして息を付いた。
そうなのだ――突然訪れた恋心に苦悩しているはずのオスカーはなぜか壁の方を向いているし、楚々とした仕草で顔を伏せたオリヴィエは顔を真っ赤にして吹き出すのをこらえている。
「やっぱり、ああいう台詞って真顔でいうの恥ずかしい?」
「相手によるのではないかしら…」
ぽっと頬を染めて呟くロザリアに、アンジェリークは少し意地の悪い笑みを浮かべて肘で突っつく。
「ふーん、真顔で言われたことあるんだ」
「もう、わたくしのことはいいんです!ほら、マキューシオが動きましたわ」
 
 
マキューシオ(ランディ)がロミオ(オスカー)の側に立ち、辺りを憚るように声を掛ける。
(オスカー様…いくらなんでも壁向いて愛の告白は露骨ですよ〜〜)
(天井に恋しろと言ったのはお前だろうが)
(そんな事言ってませんってば。顔を向けないのは、やっぱり失礼じゃないですか?)
(愛の告白聞いて笑ってるヤツの方が失礼だろうが…)
 
小声でぼそぼそと言い合ったあと、マキューシオ(ランディ)はロミオ(オスカー)の腕を引きながら、友人の不用意さを責める言葉を口にした。
「ロザリンデのことはもういいのかい?それにしても、心変わりの相手が悪すぎる」
「(悪すぎるってのは同感だが)…美しいロザリンデ…だが、その美しさもかの人の美しさの前では、太陽の前の星、薔薇の前のペンペン草…蝶の前のありんこのようなもの…俺は今初めて真実の愛を知った気がする…」
「(なんか言い慣れた風ですね。どこかで誰かに言った口説き文句ですか、それ)真実の愛というなら、ここから早く出よう、ロミオ。これ以上、愛してはいけない人に心を奪われないように」
棒読みでそう言いながら、本気でランディはオスカーの腕を引っ張る。
ペンペン草だのアリンコに例えられたロザリンデ事ロザリアの視線がランディの背中にぐさぐさと突き刺さっていたのだ。
 
「(お前こそ、妙にすらすらと言葉が出るな。さては練習したのか?)もう少し待て、マキューシオ。俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、せめてもう少しあの美しさを目に焼き付かせてくれ」
「(マルセルが、どっかから恋愛映画のテープを山ほど持ってきたんですよ)駄目です、ほら、キャピュレット卿がこちらを見ている。きっと気が付いたんだ、騒ぎになる前に早く。(だいたい、焼き尽かせるも何も明後日の方ばかり見てるくせに、説得力がないんだから、もう〜)」
「(そんなの編集でどうにでもなるだろう…壁を見てようが、足を見てようが…まったく真面目なやつだ)後ろ髪を引かれる思いだ…麗しいリュミエール…」
「しかも名前間違えてるしー、それも編集ですか?」
「吹き替えをやるさ」
ランディの心配をあっさりとかわし、オスカーは堂々と広間中央へと足を進めた。
 
「オスカー、完璧に切れてる?」
「さあ、どうでしょう?そろそろティボルト(ゼフェル)の出番かしら?」
「ええ〜〜?もうちょっと舞踏会を楽しみたいわ」
「…あのね…」
わがままを言うアンジェリークをロザリアは無言で睨め付ける。
「はい、ごめんなさい、話を先に進めてください…」
ぺこりと頭を下げる女王に満足そうに頷き、ロザリアは広間の隅で面倒くさそうにぼーっとしているゼフェルの元へ行った。
 
「そろそろ出番ですわよ」
「やっとかい。えーっと、俺はオスカーに喧嘩を売って追い出せばいいんだな」
「ちょっと語弊がありますが、その通りですわ」
その返事ににやりとゼフェルが笑う。
「お墨付きであいつに喧嘩が売れるってのは、面白いな」
「ただし、本気の喧嘩はいけませんわよ。あくまで、正体を暴露して、この場にふさわしくないと言って追いだしていただければよいのですから」
「わーってるって、俺に任しときな」
一抹の不安に美しい瞳を曇らせるロザリア。ゼフェルを見送ったあと、ロザリアはふとリュミエールが側にいることに気が付いた。
 
「まあ…モニターを見ていたのではありませんの?」
「ええ…なんとなく、気になってしまって…」
リュミエールはあえかに微笑む。その笑みに僅かな苛立ちを感じとり、ロザリアは苦笑めいた微笑みを浮かべた。
「オスカーの演技が気になりましたの?」
リュミエールは困ったように瞳を揺らす。
「いえ…あの方は大抵のことならば上手くこなしますから…」
「では、何が…」
言いかけたロザリアを制し、アンジェリークは悪戯っぽい顔つきでリュミエールを見上げた。
「うふふ、オスカーがどんな口説き文句を言うのか、気になったんでしょう」
リュミエールは一瞬ぱっと頬を赤らめると、顔色を誤魔化すように口元に手を当てた。
 
「誤魔化さなくてもいいの。やっぱり演技でも気になるものね、恋人が他人に愛を告白するのって。でも安心して良いわ。オスカーの愛の告白って、告白というよりただの朗読だから…」
感心顔のロザリアと困惑顔のリュミエールに向かい、アンジェリークは腰に手を当てて力説した。
「いくら熱演だって、いくら熱い台詞だって、相手を無視してるんじゃ、朗読よ、朗読!あれじゃちーっとも色気がない!」
突然ご機嫌ななめになった女王陛下に、ロザリアとリュミエールは顔を見合わせた。