ゼフェル登場の合図を受け、オーケストラは緊迫感あふれるリズム主体の曲に演奏を切り替えた。
ゼフェルことティボルトは、ちんぴらヤンキーのような肩をそびやかした歩き方で広間の中央にでると、クラヴィスとオリヴィエに並ぶ。
挑むような顔つきでランディとオスカーを睨みながら、口を開く。
「よう、クラヴィス…じゃなくて、なんだっけ?」
緊張感がぶっ飛んでオーケストラの演奏までがへなへなと失調した…。
 
「キャピュレット卿でしょうが!あんたから見たら伯父さんだよ!それくらい、覚えてからでてきな!」
思わず怒鳴るオリヴィエ=ジュリエットに、ゼフェルは悪びれない。
「おっさん、あんまり大口開けると、髯の剃り跡が目立つぜ?」
「この、クソがきは〜〜!この完璧に手入れされたつるつるのお肌のどこに、髯の剃り跡があるっていうのさ!レディに対して許し難い暴言だね!」
「レディってオカマのことか」
しれっとして言い放ったゼフェルの両こめかみを、額に青筋浮かべながら優雅に微笑んだオリヴィエが握り拳でぐりぐりとする。
「いて、いてーーーー!どこがレディだ!」
「クソがきの躾もレディの仕事なのさ。あんた、私をからかいに出てきたのかい?」
すっかり素に戻っているジュリエットの隣では、やっぱり素に戻ったクラヴィスがぼーっと立っている。当然、ずれまくった芝居を元の軌道に戻す気などない。
 
 
「ク、クラヴィス様…これではお話の筋が…」
「…ふ…さっきまでの1人芝居のような告白劇は、あれでも順調だと喜ぶべき進行だったのですね…」
「うふふ〜〜でも面白いじゃない」
幕の影でリュミエールとロザリアが嘆いている傍らで、女王1人がが妙に機嫌よさげである。
「…陛下は、ハプニングをお望みなのでしょうか…」
「どう見ても、そのようですわ」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら、ニコニコしながら幕の影から半身を突き出して広間を見ている女王の姿に、ロザリアとリュミエールはますます嘆かわしい気分に浸っていくのだった。
 
 
★★★★★
 
 
「えーと…ああ、そうだった。俺は別にてめぇと喧嘩しに来たわけじゃあ、ねぇんだよな」
「どう考えたって、違うよ」
ゼフェルは他人事のような顔をしているクラヴィスに詰め寄った。
「キャプ…キャプレット卿!」
「ちがーう!キャピュレット卿!」
すかさず訂正するオリヴィエに、ゼフェルは癇癪を起こしそうな顔つきになった。
「ああ、めんどくせぇ!おい、叔父貴よ!あそこで馬鹿ヅラ下げてこっちを見てんのは、あんたの仇敵モンタラギューの色ボケスケベ息子だ!此処であったが百年目、追い出さなくていいのか?」
「モンタラじゃなくてモンタギューだよ…色ボケスケベ息子ってのは、賛成だけどね」
オリヴィエも嘆かわしさ頂点といった風で、肩を落としたまま呟く。
「ふ…」
ようやく、クラヴィスが声を発する。
「確かにあやつはモンタギューの息子。だがそれ以上に見境なく女に手を出す危険人物…いっそこの場で成敗してすべての禍根をなくすべきかも知れぬ…」
クラヴィスは唇の端を上げ、静かな笑みを浮かべる。
「さすれば…今後の憂いはすべて取り除かれ、我が愛しき姫に万が一の毒牙が掛かることもあるまい…」
芝居とはいえ魔王の呪詛めいた台詞にキャストスタッフが一斉に青ざめて逃げ出しそうになる中、なぜかロザリアだけが頬を染めていた。
 
「クラヴィスったら…」
ほんのり嬉しそうに呟くロザリアに、アンジェリークは、はは、と困った笑い声をあげた。
「……ひょっとしてクラヴィス、ロザリアにロザリンデ役を振ったこと、密かに根に持ってた?」
「ありえます…オスカーに呪いを掛けずにいてくれて、本当に良かった…」
ほっとしたように頷くリュミエールの一言に、冗談のつもりだったのが本気で怖くなってしまった女王だった。
そして、芝居の当事者達は。
 
 
魔王めいた笑みを浮かべ悠然と立つクラヴィス=キャピュレット卿に、呪いを掛けられていたかもしれないオスカー=ロミオと、ランディ=ティボルトは当然の事ながら、こちらも青ざめているゼフェルとオリヴィエ。
「…しゃ、洒落にならない〜〜〜〜」
「…こいつって、やっぱり、やべぇ…」
ひくひくとしながら、ゼフェルは声を振り絞った。
「せ、成敗はいいけどよ…で、どうするんだ?」
びくつくゼフェルにクラヴィスはすでに満足したのか、あっさりと言い放った。
「…別にどうもしない…騒ぎでも起こせばともかく、今はそのつもりも無いであろうからな…放っておけ…」
そういって口元だけで微笑むクラヴィス=キャピュレット卿。
その気はなくても、やっぱり呪われそうな迫力のある笑みに一同が引きつっている中、クラヴィスはこれで役目が終わったとばかりにゆっくりと退場していった。
 
 
黒衣の長身が完全に広間から消えたのを見送り、その場の全員が一斉に深い息を付く。
「仕事で呪われてはたまらんなぁ…」
額にうっすらと滲んだ汗を拭いながら、オスカーはぼやいた。
「でも、浮気したりしたら完全に呪われそうですよね」
「浮気って、俺がロザリアとか?」
「いえ〜〜リュミエール様を裏切っても、何かわら人形を構えそうだと思って…」
「お前、冗談でもそれは洒落にならんぞ?」
明るく爽やかに言うランディに、オスカーはまた冷や汗が滲んでくる。
それよりも一同が完璧に素に戻り、なぜかBGMまで途絶えてしまい、広間は完全雑談の場と化してしまっていた。
 
 
「…恐るべし…クラヴィスの一言…」
「さすがは…クラヴィス様…」
感歎するように幕の影で呟く女王とリュミエール。ロザリアはクラヴィスが退場すると同時に、そそくさとその場から立ち去って行ってしまった。それに気がつき、女王はもう一言呟く。
「素早すぎるわ、ロザリア…」
「それはともかく、場が止まってしまいましたが…」
中断しているシーンに、リュミエールが心配する。
我に返った女王は、すちゃっとインカムを取り出した。これでオーケストラの指揮者にBGMの切り替えを指示していたのである。
「えーと、音楽音楽。何か賑やかなミュージック、ゴー!」
「賑やかでいいのですか?」
「いいの、いいの!とにかく、舞踏会のシーンのクライマックスなんだから!」
アンジェリークの指示に従ったオーケストラは、賑やかな円舞曲を演奏し始めた。
エキストラの面々はその曲に合わせ、ぎこちなくダンスに戻っていく。
突然回りで踊り出した人々に、守護聖4人は取り囲まれる恰好になっていた。
 
 
「お、なんでみんな踊り回ってるんだ?」
「あんた、芝居を忘れちゃいけないよ」
「てめえも忘れてるんじゃねえか」
オリヴィエにこづかれ、半分しらけきった顔つきでゼフェルはびしっとオスカーを指差した。
「って事だ、オスカーじゃなくて、ロミオ!」
「どういう事だ」
いきなりはしょりだすゼフェルに、オスカーは疲れた風に額に手を当てる。
 
「お前なぁ、もう少し芝居っ気ってものを出せないのか?こういう時はこう言うんだ。『憎むべきモンタギュー一族よ。例えキャピュレット卿が許したとはいえ、此処は貴様がきてい居場所ではない。清らかなるジュリエットを、その汚れた目で見ることは許さない。即刻立ち去れ!』とな」
朗々と述べるオスカーに、ゼフェルはうんうんと頷いた。
「よし、それでいい!立ち去れ!」
いい加減なゼフェルに、ランディはしかつめらしい顔つきになる。
「それでいいって…ゼフェル!お前、自分の役だろ?ちゃんと自分で言えよ!」
「んな、自己陶酔してるみてぇな台詞、言えるわけねぇだろ?」
「台詞は台詞!芝居なんだから、当然だろ?」
ロミオそっちのけで喧嘩を始めるティボルトとマキューシオの二人の頭上に、苛立ったジュリエットが鉄拳を喰らわした。
 
「どっちもお止め!」
「…ひでぇ、暴力ジュリエット」
「オリヴィエ様…俺は芝居をちゃんと進めようと思って言ったのに」
愚痴る年少二人に、オリヴィエも頭痛を感じたように手を額に当てた。
「…私、疲れた気がする…このシーンって、どうすりゃ終わるんだっけ?」
「えーと、ちょっと待ってください」
ランディがごそごそと上着の下から何かを取り出す。以前に渡されていたストーリーを抜き出した物だ。
「お前、そんな物持ってきてたのか?」
「ストーリーを忘れたら困ると思って、それで」
「まあ、何にせよ気が利いてるよ。それで?どれどれ」
4人はランディの持っていた紙を回し読みする。この時点で、すでに4人の関係はめちゃくちゃである。
 
 
「えーと、…とりあえずキャピュレット卿が去った後、ロミオは仮面を被ってるのを良いことにジュリエットにちょっかいだし、ティボルトは渋々我慢して、そしてジュリエットが母に呼ばれて退場して終わりなんだね…って、母って誰?」
4人は顔を見合わせた。ジュリエットの母親など、配役には入っていない。
というか、元々出たとこ勝負のアバウトな展開だったのだ。
元のストーリーを追っかけたところで、どうせその通りに進む筈がないキャスティングだったことを思い出し、唐突にゼフェルはオスカーの胸を押しやった。
 
「とりあえず、てめえはジュリエットをたぶらかすような事を言えばいいんだな。あとは喧嘩でも何でもして出てけばそれで終わりだ」
「お前の指示を受けるのも不本意だが、この場を終わらすのはそれが手っ取り早そうだ」
オスカーはにやりと不敵に笑うと、おもむろにオリヴィエ=ジュリエットの両手を握った。
「おお、愛しのジュリエットよ。あなたの瞳は太陽よりも眩しく、その美しさの前では暁を告げる女神ですら色を失う…あなたのその美しさでこの身が焼き尽くされ無きよう、今は去るとしよう…次はその麗しの容を直視しないようにサングラスでも持参するさ」
「びみょーに、馬鹿にされてる気がするねぇ…」
オリヴィエの額に怒りの青筋が浮く。
何よりもランディがオスカーの後ろで「オスカー様、ナイス!」と小声で言ってること自体無性に腹が立つ。しかも、自分の隣ではティボルトことゼフェルが無責任極まりない台詞を吐いてくれた。
「いや、次なんて遠慮するこたーない。その麗しのなんとかを連れて、さっさと消えちまえ」
「って、あんたね!」
ジュリエットがティボルトに向かって吠えたところで、ロミオとマキューシオは素早く身を翻した。
「では、さらばだ!愛しの姫よ!いつの日かの再会を願って!」
「さよーならーーーーー」
ランディの明るい声と共に、二人は退場していった。
 
「いつの日かって、あんた、今夜中に忍んでくるんだろうが!」
「うんうん、やな事は先に済ませた方がいいよな。夜なら、顔もはっきり見えねーだろうし」
「だから、あんた、いい加減におし…」
おちょくられっぱなしのオリヴィエの声に本気を感じたか、ゼフェルは素早くとびすさった。
「さーて、俺も行くか〜〜」
そのまますたたっとゼフェルも退場し、その場にはオリヴィエ1人が残される。
その周囲をまだ律儀に踊り続けるエキストラにまで気の毒そうな目で見られ、オリヴィエは目を据わらせると、毒に満ちた笑い声をあげた。
 
「ほっほっほ。揃いも揃って、よくもこの私を虚仮にしてくれたね。こう見えても私は呪いのプロ、キャピュレットの一人娘!先祖代々の技を見せてくれよう!覚えておいで、クソがきども!」
凍り付くエキストラを残し、ジュリエットは魔女めいた台詞と共に退場するのだった。
 
 
 
「……ねえ、リュミエール…キャピュレットって、呪いの家柄だっけ…?」
「いいえ、女王陛下…その様な事はございません…」
「ははは…なんか、私にももう先が読めなかったりして〜〜〜…」
愛の物語は一体いずこ?と言わんばかりの人間関係に、力無く無責任な笑いをこぼす女王。
そしてその女王に一抹ならぬ不安を感じ、穏やかな表情を青ざめさせるリュミエール。
そして、モニター室では、事の展開に呆れ果てたジュリアスとルヴァ。
 
「…なんなのだ…これは…」
「新解釈のロミオとジュリエットですねぇ…みんな、本当に個性的で…」
これを個性で片付けていいのだろうか。
真面目に考え込みながら、ジュリアスは自分の関わるシーンが殆ど無いことに、安堵のため息をつくのだった。