聖地あげての大コスプレ大会開催。
それを明日に控え、関係者一同、最終チェックに入っていた。
 
「それでは、そっちは全部OKなのね?」
主催の女王アンジェリークが私室で小道具、大道具、総監督のゼフェルに問い掛ける。
「抜かりはねぇって、なんだよ、そのカッコ
 薄汚れたTシャツにジーンズという、いかにも裏方さんの格好したゼフェルは、目の前で無意味にクルクル回っている女王に質問した。
「うふふ、これ?女神さまの衣裳よ、可愛いでしょう」
 いつもの重そうな女王の正装を脱ぎ捨て、アンジェリークは実に嬉しそうに、ふわりと長い裾を翻した。
淡いピンクの薄絹を何枚も重ねた、ストンとしたシルエットのドレス。
 それのあちこちを同色のリボンや、細い帯でゆったりと結び、やわらかなドレープを作っている。
髪飾りも細い金の透かしが美しいティアラ。
ごく小さいが本物の色とりどりの宝石が、星をちりばめたようにきらきらと輝いている。
「これね、とっても軽くて、動きやすいのよ。いっそ、これを正装にしちゃ駄目?」
「駄目です」
間髪入れず返事をしたロザリアも、今日は精霊の衣裳をまとっていた。
 髪を長くおろし、プラチナを織りあげたヘアバンドをつけ、そこから薄いベールが長く裾を引く。
 衣裳は純白のマーメイドスタイルのドレス。膝下辺りから裾にかけて薄紫が広がり、縫い込まれた真珠が動きにあわせて、神秘的に輝く。
 彼女本来の気品と美貌が引き立ち、はっきり言って、こっちの方が女王といわれれば信じてしまいそうな程に、威厳に満ちていた。
「動きやすいのに〜」
「動きやすい衣裳にして、何をする気ですか?」
 呆れ返ったロザリアの返事。ひょっとして、(あの重たい衣裳は女王の拘束着か?)とゼフェルは内心で思った。
気を取り直して、女王は報告を求めた。
「モニター設置は全部終わってるのよね?」
ゼフェルのアシスタントをつとめる、派遣軍の技術者が答える。
「はい、各『村』の勇者達立ち寄り施設には、据え置き型。フィールド用にはリモコン操作用の浮遊カメラが設置されております。
これはすべての管理施設から操作、確認できます」
派遣軍の協力で、聖地のあちこちに臨時の「村」がつくられた。
 勇者たちに情報や宿を与えるための村の住民は、すべて聖地に仕えるもの達である。彼らも滅多に無い一大イベントに参加できることを喜び、すでにノリノリで中世風衣裳に身を包み、待機中であった。
 
「オープニング、オートイベント用の舞台設置は終わったのかしら?」
「最終チェック中だ、後でオスカーがリハーサルするって言うから」
「オスカー、のってたものね」
アンジェはくすっと笑った。
何しろ「ジュリアス王と婚礼前のリュミエール姫を掠いだす」シーンだ。
大義名分つきでリュミエールといちゃつける(?)のだ。
オスカーの張り切り具合が分かる、というものだ。
「衣裳合わせはおわったのかな
そわそわとアンジェリークが言い出した。
「覗きにいってみます?」
心得ているロザリアが、にっこりと促すと、思いっきり首を縦に振る。
「ゼフェルも行こうよ、みんながどんな格好してるか、気にならない?」
「あんまし、気にはなんねーけどな、見にいってみるか
口ではそう言いながら、ゼフェルもさっさと立ち上がる。
3人は連れ立って、衣装部屋にむかった。
 
 
「ほ〜ら、マルちゃん、動かないの。リボンが結べないじゃない」
「いらないです、そんなの。それより、口紅とってもいいですか?」
「リップクリームだってば、女の子の常識でしょうが!」
 夢の守護聖の執務室(臨時衣装部屋とかしていた)では、ドはでな原色の衣裳に身を包んだオリヴィエが、「女の子魔法使い」のマルセルにお化粧をしていた。
「お邪魔様〜」
明るく3人が化粧室に入ると、マルセルは悲鳴のような声を上げた。
「やだ、やだ。見ないでよ〜」
「きゃ、可愛い 」
 マルセルはライトグリーンのローブをまとい、髪は可愛らしく両側にお下げにして下げてある。同色のリボンが揺れ、ピンクのリップで艶々と輝く唇は、まるっきり女の子にしか見えない。
アンジェは嬉しそうに両手をたたいた。
「とってもよくお似合いよ!やっぱりいくら勇者一行っていってもね、潤いってものは必要よ」
「嬉しくないよ〜」
マルセルの感想はもっともだ。
「うげげ、なんだよ、そのカッコ!」
思わず一歩下がって叫ぶゼフェルの視線の先は、当然オリヴィエである。
「俺は旅芸人っていったんだ!ピエロなんて、よんでねーって!」
「あ、失礼ね。これはオートイベントで舞踏会に招かれた道化!って設定の衣裳なんだよ。安心おし!何しろ衣裳は山のように用意したからね。私は朝、昼、晩と一日3回着替えをする衣裳道楽の芸人なんだ」
 奇妙なカッティングの袖の先には、鈴がついていて、腕を動かすたびに音がする。大きな帽子を斜めに飾り、いつもより濃いめの化粧で、オリヴィエはあだっぽく笑った。
「すごいわ!オリヴィエ、そこまで自分の役の背景を考えたのね!」
「当然!やるからには、完璧に」
変な感動をしている女王陛下に、芝居がかった仕草でオリヴィエが一礼する。
 足首のアンクレットにも、小さな鈴がついており、シャラシャラと動くたびに音楽のように響いた。
ランディは見るからに「さわやかな青年勇者」の出で立ちが、はまりまくっていた。
(ちなみにオリヴィエの部屋ではルヴァ、マルセル、ランディが衣装会わせをしていた)
「どうですか?陛下。この衣裳は」
 革の胸あてに、篭手。マントに赤いバンダナをしっかりと結び、腰には長剣と背中に短弓。
「カッコいい〜、はまりまくりね!」
「そうですか?やっぱり、そう思いますか?」
 誉められたランディが素直に喜ぶ。実は一番安上がりな衣裳だったときいたら、さすがのランディもがっくりくるだろう。
「あー、陛下、ロザリア。よく来てくださいましたね。実はちょっとご相談があるのですが
 のんびりしたルヴァの声にそちらを向き、ロザリアはちょっと眉を顰めた。「ご衣裳はどうされたのですか?」
「え?着てますが、どうかしましたか?」
ルヴァのいでたちは、一見いつもと変わらないように見えた。
ターバンもいつもどおりだし、着ているものもいつもの深緑の長衣
「いえ、私の勘違いですわ、失礼しました」
ロザリアは素直に自分の勘違いを認めた。
 それは同じデザインで、材質(より軽く、動きやすく、かつ丈夫)を特注したものだったのだ。ルヴァ自身で特注したものらしいのだが、この辺り、オリヴィエ以上に自分の服装にポリシーがあるという事だろうか。
「それでご相談とはなんですの?」
気を取り直して聞くロザリアの前に、ルヴァは2冊の本を差しだした。
 片方は黒い皮張りに、金の装丁。もう片方は、茶色に黒の古語のタイトルと、不思議な文様が打ち出してある。
「これが何か?」
「いえ、賢者の小道具に、『予言の書』というものがあるんですが、どっちがふさわしいかと思いまして」
にこにこと訊くルヴァに、ロザリアは思わずつんのめりそうになった。
両方持てよ、おっさん
呆れて答えたゼフェルに、ルヴァは嬉しそうに言った。
「あー、良いんですか?実はこれは先日の旅の間に手に入れた、新書なんですよ。どちらもとても興味深くて、一冊しか持てないのならば、どちらを先に読もうかと悩んでしまいまして
「あ、そうそう、クラヴィスとジュリアスも奥に入るよ!」
長くなりそうなルヴァのセリフを、急いでオリヴィエが遮った。
「あ、そうなの?じゃ、見てこようっと」
「で、では、私も」
「俺も行くって」
あー」
 いつのまにか一人とり残されたルヴァは、軽く首を傾げながら、皆の後をおって奥の控え室へと向かった。
 
 
白を基調としたジュリアス王と、黒を基調とした魔王クラヴィス。
その対比は鮮やかではあるが、はっきり言って、
『いつもと大差ない』
というのが全員の意見だった。
「私は常に光の守護聖にふさわしい、誇りと威厳を示す衣裳を好んでいる。突き詰めれば王の衣裳も同様であろう」
 きっぱりと言うジュリアスの意見は正しいが、はっきり言ってそれではコスプレの意味がない。
 じゃ、ルヴァはどうなる?という疑問もあるが、普段は堅苦しく無愛想な二人を崩してみたい欲求が皆の間にあるというのも、紛れもない事実だ。
「ふっ、そう言うと思って用意してあるのよ〜」
急にオリヴィエが楽しそうに言った。
「王様の定番アイテム!これは是非付けてもらわなくちゃね」
そう言って強引にジュリアスに着せた衣裳は・・・・・・
はまりすぎて、思わず全員の血の気が引いた。
毛皮をあしらった王冠と、赤いマント。
 子供向けアニメなんかでよく王様が身につけているアレだが、ジュリアスがまとうとはっきり言って、「ミス・○ニバース。○○代表」そのものだった。
鏡を見たジュリアスの額に血管が浮かぶ。
(し、しまった〜〜!オリヴィエ、一生の不覚!)
(笑っちゃ駄目〜)
(似合うことは似合ってるのよ〜)
(ぬっ、脱がせ、アレ!)
(強引に着せといて、いまさら〜)
声なき声が飛びかう中、ぴーんと張り詰めた空気を破り、
ふっ
声の主は当然クラヴィスだ。
きりっと眉を釣り上げたジュリアスがそっちを睨む。
怒るな、似合っているではないか
「似合っておらぬと、そなたの顔に書いてある!」
そうか」
ジュリアスは一秒で、その似合いすぎた衣裳を脱ぎ捨てた。
ずんずんと部屋をでてゆくジュリアスを見送り、クラヴィスはオリヴィエに問い掛ける。
私にも定番アイテムはあるのか?」
はっきり言ってある。
オリヴィエはメイクも是非こんな風に!とちゃんと考えていた。
しかし彼はすかさず首を振った。
「いーえ、あんたはそのままで十分よ」
そうか」
口元だけで冷笑を見せるクラヴィス。
 はっきり言って、「笑うクラヴィス」そのものが、十分めずらしい見物だったし、またもや「はまりすぎ」の結果になった場合、「恐ろしすぎて、洒落じゃすまない」事になりそうな予感がしていたのだった。
 
 
最初の舞台となる大広間。
吹き抜けの2階の手摺りごしに、オスカーはもう一度シャンデリアの強度を確かめた。
ゼフェルから渡された鞭を巻き付け、力一杯ひっぱる。
 揺れはしたが、一見クリスタルガラス、実は強化プラスチック製のそれは、飾り一つ落とす事無く、重心を保っている。
 鞭も小道具の一つで、手元で長さの調節ができ、先端の強力磁石で、プラスチック・シャンデリアの鎖にしっかりと巻き付き、彼と、それからリュミエール姫の体重を支えきるのだ。
「大丈夫そうだな」
 軽い合金で出来た黒い鎧をつけ、これも漆黒のマントを纏い付けたオスカーは、大道具担当班に合格を告げた。
「当然です。どちらも重量200sまでは支えられるように、設定していますから」
胸を張って答える男に、オスカーはにやりと笑った。
「当然か、そうだな。俺だけならともかく、万が一にも設計ミスでリュミエールに怪我をさせたら、お前は自分で自分の身体の設計をやり直さなくてはならないからな」
笑えない冗談ですよ〜」
 本気でビビりだした男に、おかしそうな笑顔を見せ、オスカーは明日の手順をシュミレートしはじめた。
 まず、ジュリアス様とリュミエールのダンスシーン。それから、俺がこの窓から表れて、魔王の口上をのべる。
 それからスモーク。おれはこのシャンデリア(UFOキャッチャーのクレーン形式で動く)で、中央に移動。
 リュミエールを抱いて(想像するだけで興奮)、鞭を使って、シャンデリアに捕まり、そのまま2階に移動。
後は窓からでて、外のハシゴを使って、馬に乗って、取り敢えずの出番は終わり
 ブツブツと目を瞑って考え込んでいたオスカーは、まわりにいた大道具連中の視線が、2階へと階段を上ってくる美女に注目していた事に気が付かなかった。
ふっと気が付くと、傍らになじんだ存在感。
「オスカー?」
柔らかな声。
オスカーは思わず目と口を全開にしたまま、固まってしまった。
リュミエール」
 姫役なのだから当然なのだが、そこには長いドレスをまとい、薄化粧を施したリュミエールが立っていた。
 
 
こんなにも美しい存在があって良いものだろうか
芝居がかった衣裳のせいか、思考までも大げさになっていた。
それにしても、美しすぎるぞ
髪はゆったりとしたアップに結いあげてある。
そこにプラチナと真珠で小花をあしらったピンをさし、艶やかな光沢を引立てている。
 パットは入れたくないというリュミエールの要望で、胸の内側に布を縫い寄せた長衣を纏い、その上には、青と銀でたっぷりと縫いをいれ、分厚くなった胴着を重ねていた。
 顕になったしなやかな首筋から自然に丸みを帯びて見える胸元をすぎ、コルセットなしで十分の細い腰へ繋がるラインは、性を超越した美しさだ。
リュミエール、すばらしい
惚けたような恋人の賛辞に、リュミエールはほんのりと頬を染めた。
お化粧をしたのは初めてなのです、おかしくはないですか?」
 普段であれば、人前でべたべたするのを殊の外嫌うリュミエールだが、やはり聖地あげてのお祭り気分のせいか、いつもより甘えた口調で訊いてきた。
「おかしいだって?今のお前を見ておかしいなどと思うものは、きっとゴキブリやナメクジにしか愛を感じない、人外の感性の持ち主だけだ!」
 そう言ってオスカーは、恋人を他人の視線からおおい隠すように、大きくマントを広げその中にリュミエールを囲いこんだ。
いや、小鳥や蝶でさえ、お前の美しさを讃えるための歌も舞も惜しまないだろう」
甘い甘い蕩けるような声だ。
後にいた大道具連中が、居たたまれなくなるほどの。
耳元で直接聞かされたリュミエールには、もっときいた。
 リュミエールの頬の紅みが強くなり、真っ白な耳たぶまでがほんのりと桜色に染まっている。
 それは清楚な美しさに、悩ましい色香を添え、オスカーは思わず目の前の薔薇色の唇に口付けたくなった。
だが、しかし!
行動に移しそうになったオスカーの頭の中で、警戒音が鳴り響く。
 
ちょっと待て!オスカー!
時と場合を考えろ!
 いくらいつもより砕けた感じのリュミエールでも、この背後にいるギャラリーの目の前で口付けなんぞかましたら、当然口裂きの刑(ピアノも得意なリュミエールの指の力は、結構侮れない)を受けてしまう。
いまアレをあの力でやられたら(前にやられているらしい)、顔の形が変わってしまう。
その状態で明日の本番を迎えたりしてみろ!
俺のカッコいいシーンはすべてギャグでおわってしまう。
ああ、だが、しかし!
なんて美しいんだ、リュミエール!
 もし許されるのならば、いますぐ力一杯抱き止せ、体の隙間がなくなるほどに寄り添いあい、その美しい唇に百万回のキスの雨を降らしたい〜!
 
リュミエールは、目の前でめまぐるしく変わるオスカーの表情に、すっかり呆れ返った。
(何を考えているのか、バレバレですよ
でもその反面、嬉しくもある。
 熱愛中の恋人に、これほどまでに愛しく思われ、嬉しく思わない恋人など宇宙中探しても存在するはずがない。
リュミエールもそれは同様だった。
 青くなったり赤くなったり、自分の思考の迷宮にはまりこんでいるオスカーに、リュミエールはそっと掠めるようにキスをした。
 自分の動きは背後の人たちに分からない事をちゃんと知っているがゆえの、大胆な行為だった。
オスカーの表情がぴたりととまる。
恋人の行動に、すっかり打ちのめされたように。
 くすっとリュミエールは微笑むと、するりとオスカーの腕の中から抜け出し、逆にその腕に軽く手をそえてきた。
 そして、後で置物のようになっている大道具連中に向かい、にっこりと有無を言わさぬ笑顔でつげた。
「私はオスカーと明日の打ち合せをいたします。誰も控え室には来ないでくださいね」
無言のまま、置物が首降り人形に変わった。
 リュミエールはさっさと思考停止中の恋人の腕を引き、近いオスカーの控え室に引き上げてゆく。部屋に入り、中から鍵をかけてしまうと、そこはもう二人だけの世界。
 我に返ったオスカーが、思いっきり抱き止せ、存分にキスの雨をふらし、リュミエールもそれに応えた。
そして・・・・・・
 口付けだけでは収まらなかったオスカーが、ヒールによる足踏みの刑をうけて蹲る迄には、5分と必要がなかった。
 
 
「リュリュミエール
情けない声をだす恋人を置いて、リュミエールはさっさと控え室からでていった。
後ろ手にドアをしめ、少し拗ねたように呟く。
私がこの衣裳を脱ぐまで、待てないものなのでしょうか
 そう言ってから、彼は自分で自分の言葉に頬を赤らめ、足早に衣裳室へと戻っていった
 
 
いちゃっていいのかな