月のない夜、オスカーはそっと森の暗がりに息を潜めている。
するとあの夜と同じように、ひっそりと音も立てずに黒マントの男達が集まり始めた。
真っ暗闇の中、まるで見えているように器用に木々の間をすり抜けてゆく様子は、
彼らがここを通い慣れている証拠だ。
 
オスカーはそのままじっとそこで待ち続けた。
この暗がりでは、彼らに内緒で後を付けることはさすがのオスカーにも難しいだろう。
彼らが何をしているのか。
確たる証拠を手に入れるためにも、事が終わった帰りをねらおうと、
オスカーはじっと辛抱強く待ち続けた。
 
 
それから数時間後。
森の奥から、黒マントの男達がひっそりと戻ってきた。
集まるときとは別に、みな、それぞれ別方向に帰ってゆく。
オスカーにとってはチャンスだった。
一人ですぐ側を通り抜けようとした男の背後をとり、
一瞬で口をふさぐと茂みの中に引きずり込んだ。
 
 
男は何かを大事に抱えていたらしく、抵抗しようとしなかった。
しかも、間近に炎の守護聖の顔を見つけ相当驚いたのだろう。
地べたに尻餅ついたまま、全く動かなくなってしまった。
オスカーは容赦なく黒マントをはぎ取ると、ちいさなペンライトをその顔に当てた。
お前
見覚えのあるごつい顔。たしか、聖地の東地区あたりによく立っている警備兵だ。
「ど、どどど、どうしたのですか?私が何か???」
思いっきり後ろめたいのか、声が顔に似合わずひっくり返っている。
その胸には、なにやら後生大事に布にくるまれた四角い物をしっかりと抱えていた。
「何だ、これは」
「こ、こここれは、私物です!お目にかけるような物では」
声がワンオクターブ高くなった。ごまかし事の出来ない男だ。
「そうか、見られると困る物か」
オスカーはこわばってる男から素早くそれを取り上げた。
「あああ〜〜!見ないでください〜〜!」
「情けない声を出すな!」
ぱらりと布をとると同時に、男の顔は殆ど死刑囚並に青ざめる。
そしてその中を見たオスカーは
 
……なんだこれは」
いつもより低い、殆ど地をはうようなオスカーの声。
男の声は逆にひっくり返ってますます高くなる。
「あ、あの、それは
「何だと聞いてるんだ!」
殺気すら感じる声に、男は涙声で白状した。
「そ、それは、リュミエール様のお写真です!」
「そんなの見れば分かる!どうやって手に入れた!と聞いてるんだ!」
「はい、すみません!抽選で手に入れました!」
 
抽選、抽選、抽選
聖地ではなじみの薄い言葉だ。
しかし男が持っていたのは、間違いなくリュミエールの写真を張ったパネル。
それも公式発表の正装を着た物ではない。
 
ゆったりとした私服をまとい、ハープを手にくつろいだ微笑みは、
どう見ても私的な時間を写した物だ。
それも盗み撮りにしては出来がいい。
やや斜めから写された写真の中のリュミエールは、
全く撮られたことに気がついてないようではあるが。
 
「その抽選について、詳しく話してもらおうか」
オスカーの声には、抑揚が全く無くなっていた。
あからさまな殺気を感じながら、それでも男は必死に首をフルフルとふった。
「お許しください。口外しては、私はもう生きて行かれません!」
すがる口調だが、そんな物は関係ない。
オスカーは冷たく言い放った。
「そうか、言いたくないのか。役に立たない口なら仕方がないな。
この写真は没収!守護聖に対する反逆罪で辺境の王立研究院の掃除番に送ってやる!」
普通であれば、オスカーはこんな私情の入りまくった事は言わない。
しかし、リュミエール絡みであれば。
 
必ずやる。絶対やる!
男の未来は辺境の掃除番。
男は涙目になった。
「お話しした場合はどうなりますでしょうか?私の名が出ると、
本当に、命が危ないかもしれないのですが
「安心しろ。その点は俺が責任を持つ。それに腹ただしくはあるが、
協力の礼としてこの写真も渡してやろう」
「ほ、本当ですか!何しろ47回目の抽選で、ようやく手に入れた物なのです。
もう、これまでに何度失意のうちにとぼとぼと帰途についたか
「くどくど言うな。約束は守る」
それを聞いて、男はやっと覚悟を決めたようだ。
返してもらった写真をしっかりと胸に抱きしめ、声を潜めた。
「次の抽選日は●日です。そのとき、日暮れ前にここにいらしてください
 
 
約束の日。
待ち合わせ場所に現れたオスカーに、男は持ち物を一式渡した。
黒いマント。それから丸いプラケースが5個。
そのケースの中には、名前を書いた紙が入っている。
『東地区担当。ウンヘリ』いかにも運が悪そうな名前だ。
 
「これはどう使うんだ?」
「抽選に出る品は、毎回5つですが、内容はその場にならないと分かりません。
1つづつ発表になり、そのとき、それが欲しい物であれば
回されてきた箱にこれを入れます。1つに1個づつ入れてもいいですし、
1つに5個全部入れても良いですし。その都度抽選になり、当たった人は
その品を自分のものにできます
さしずめこのプラケースが『五つの心臓』という事か。
分かってしまえば、なんだか安っぽすぎる心臓だ。
 
男は日が沈むのを待って、オスカーを抽選会場となる森の広場に案内した。
すでに集まりつつある広場を前に、男はそそくさと逃げ出してゆく。
オスカーはばれないように顔を黒マントに隠すと、その集まってきた男達の中に
紛れた。
 
 
暗闇の中、黒マントを羽織った男達が後から後から詰め寄せてくる。
広場の中央には、舞台のような大きな木の切り株。
実際それはこの会合の主催者の舞台なのだろう。
机とマイク、そして四方を囲むように篝火が焚かれている。
まるで怪しげな集会だ。
馬鹿馬鹿しすぎてオスカーは笑い出したくなってきたが、
とにかくこのふざけた会合の主催者を捕まえるまではと、
おとなしく人混みに紛れたままで会が始まるのを待つ。
それにしても、これだけの人数が定期的に集会を開いているのに、
何の報告もなかったという事は、騎士や兵士の大部分が荷担していると言うことだ。
いったい誰だ。これほど大がかりなまねをしてくれるのは!
 
やがて、小柄な人物が2人、台上に現れた。
こちらも頭からすっぽりと黒マントをまとっており、顔や体つきは分からない。
そのうちの一人はアシスタント役らしく、舞台の後ろの方から何かを持ってきて
机の上に置き、また後ろに引っ込む。
 
机の前にたった人物は、最初の品を掲げ、マイクに向かって宣言した。
 
「ではこれから恒例の大抽選会を開催します!
まず最初の品は!昇進試験もこれがあれば怖くない!
光の守護聖ご愛用の羽ペン!誇りの加護つき〜!」
何人かが万歳するように両手をあげながら、舞台の前に置かれた
箱に向かって突進してはプラケースを入れる。
 
 
闇夜の大集会が始まった。