『月のない夜に男達が集う。
5つの心臓を手に、日頃の紳士の仮面を脱ぎ捨て、
獣の本能をあらわにした男達が、月のない夜、宝を求めて争いあう。』
 
オスカーがそんな言葉を耳にしたのは、ほんの偶然だった。
ある夜、月の無いのを幸いに、愛しい恋人の館へと向かっていたときである。
彼は頭から黒いマントをまとった何人もの男達が
一方向に向かって歩いていくのを遠目に見つけた。
 
見つけたと言っても月のない闇夜。
足音と囁きあう小さな声。
月のない夜には
その言葉に不穏な物を感じたオスカーは直ちにその人物を拘束しようと思ったが、
そのときはもう男は森の闇に紛れて見えなくなってしまった。
 
『月のない夜に男達が集う。
宝を求めて争いあう。』
 
いったい何のことだ?
この聖地でいったい何が起きている?
聖地の警備隊長を自他共に認める炎の守護聖である。
彼は翌日からさっそく調査を始めた。
 
 
という言葉なのだが、誰か聞いたことはないか?」
まずオスカーは自分の腹心とも言うべき、炎館に仕える騎士達に聞いた。
誰も答えない。しかし
見交わす目と目が明らかに怪しい。
こいつら、何かを知ってるな。
オスカーはピンときた。
これくらいあからさまに怪しい視線を交わしあってて、
全く不審に思わないのは、本を読んでる最中のルヴァか、
めちゃめちゃうわさ話とかに疎いリュミエールくらいだ。
「もう一度聞く、本当に心当たりのある者は居ないのか?」
これまたあからさまに「お前ら、知ってるだろ」というニュアンスを含めた
口調で聞くが、やっぱり騎士達は知らないと首をふる。
 
 
「本当か?」
だめ押しの質問。しかし、日頃炎様直々に鍛えられている騎士達である。
きりりとした視線を向けると「私たちのことをお疑いですか?」と、返してきた。
オスカーはぐっと来たが、黙るしかない。
いや、君たちはみな信頼に値する騎士達だ。時間をとらせたな」
いい上司というのは、こういうときにしつこく追求できないのが辛い。
絶対、こいつらは何か知っている)
そう思ったところで、こいつらは調査に使えない。
情報を握りつぶされるのがオチだ。
仕方がない。
 
 
「ああ、そう言えば、聞いたことがあるねぇ」
次にオスカーが聞いたのは、ひょっとしたら聖地一の情報通かもしれないオリヴィエのところ。
狙い違わず、オリヴィエは心当たりがありそうだ。
「でも、私も実際、それがどんな意味なのか知らないんだよ。
な〜んか、噂でそんな言葉があるらしいんだけど、
じゃ、意味は?となると誰もはっきりと言わないんだ」
「役に立たない奴だな」
ぼそりと呟いた一言に、オリヴィエは香水一瓶をオスカーの頭の上から振りかけた。
 
 
さらにその次にオスカーが訪ねたのは、ゼフェルのところ。
人気のないところで昼寝をする癖のあるゼフェルは、
聞く気はなくても内緒話が耳に入ってくる。
「ああ、言葉だけなら知ってるぜ。よく森の中とかで昼寝してると、
ぼそぼそとしゃべりあってる奴が居るんだ」
「それで意味は?」
勢い込んで訊くオスカーに、ゼフェルは面倒くさそうに答える。
「しらねぇって。俺が起きると、そいつらどっかにいっちまうんだから」
「そんな不穏な言葉を見過ごしにしてるのか?」
少しだけ、オスカーは咎める口調になった。
ゼフェルがオスカーをどう思おうと、彼は聖地の警備隊長。
いざ、任務!となると、実にストイックでまじめな男なのだ。
「仕方ねぇだろ?寝起きで音を立てずに動けるかっての!
そんな事を言うなら、いいんだぜ?大事な情報、教えてやんねーからな」
 
むかっときたゼフェルの台詞。
これは聞き逃せない。
「大事な情報?」
「ぼーっとしてたら、ぼそっと聞こえたんだよ。でもてめーは聞かなくても良いんだよな!」
オスカーは瞬間的に考えた。
ゼフェルは反抗期だが、嘘は下手だ。
それに今は情報が欲しい。
「3日前の、某酒場での喧嘩の黙認!」
うっ、とゼフェルはうろたえた。
こっそり聖地を抜け出し、遊びに寄った先で地元の悪ガキ連中と喧嘩になったのが、もうばれてるとは
思ってなかったらしい。
、言葉に二言はねえだろうな」
「情報提供者に不利になるようなことはしないさ」
「分かった
苦虫をかみつぶしたような顔のゼフェルの話は
 
「リュミエール!」
オスカーは聞くなりゼフェルの部屋を飛び出した。
「おっさん!約束は守れよな!」
返事もせず廊下の向こうに消えていく青いマントに、
ゼフェルはもうちょっともったい付けてやればよかったと、つまらなく思った。
 
 
オスカーは恋人の執務室に飛び込むなり、かってにプライベートエリアに入り込んだ。
執務室の机の前で仕事をしていたリュミエールは、血相変えて
自分の前を通り過ぎて隣室に行くオスカーに驚いた。
そちらは執務室に付属の居間で、執務の合間にくつろげるよう様々な物がそろっており、
お茶を自分で入れるリュミエールの部屋にはキッチンもついているのだ。
「どうしたのですか?オスカー」
リュミエールがおっとりと後を追うと、オスカーはその簡易キッチンで
食器用の戸棚の中をかき回している。
「どうしたんですか?」
馬から落ちて頭でも打ったのでしょうか?とのんびり考えながら
リュミエールは不思議そうにもう一度聞いた。
オスカーはばっと振り向くと、リュミエールに詰め寄った。
「スプーンだ!」
「はい?」
「ティースプーンの数はそろっているか?」
 
目がまん丸になったリュミエールの脳裏に、
(やはり頭を打ったのでしょうか?)
という言葉が浮かんだのは、当然だったかもしれない。
 
 
オスカーは別に、頭をうって急にティースプーンに恋心を感じるようになったわけではない。
ゼフェルの話とは、
『次の宝はティースプーン、実際にリュミエール様がご使用になった物
という内容だったのだ。
ゼフェル本人は何かの冗談かと思ってたらしい。
しかし、よく考えれば、これはリュミエールが使ったスプーンとかが(へたをすれば●●とか
××とかも?)どこかで遣り取りされている、という事ではないだろうか?
思い当たる節がないでもない。
リュミエール本人はめちゃめちゃ疎いが、実は彼は聖地の肉体派連中のアイドルだったり
するのだ。(最近は某主任筆頭の頭脳派陣にも広がりつつあるらしい)
きょとんとしたままのリュミエールの顔に、ふっとオスカーは正気に戻った。
しまった。これでは俺自身が変態のようだ
「い、いや、実はある人から聞かれたんだ。『L』のイニシャル入りの銀のスプーンを
拾ったんだが、お前のじゃないかと
なめらかな舌自慢のオスカーでも、恋人相手では意外と口べたになる。
自分でも馬鹿な言い訳だと思ったが、リュミエールは合点がいったようににっこりとした。
 
「ご親切な方がいらっしゃるのですね。ですが私が使用しているものにはイニシャルは入って
おりませんし、それに数もそろっております」
疑わないでくれてありがとう
脱力しつつそう思ったオスカーに、リュミエールはなにやら少し不思議そうな顔をした。
それから、ふっと何かに気がついたように呟く。
「オスカー…、なにやら、よい香りがいたしますが…」
オスカーはぎょっとする。オリヴィエにひっかけられた香水の香りがまだ残ってたらしい。
誤解されてはかなわん!と慌てて「オリヴィエにかけられたんだ」と言い訳してから、
理由を聞かれたらどうしようと考える。
最近、すっかり苦労性のオスカーである。
もっとも、ここで、即浮気!を疑うようではリュミエールではない。
あっさりとそれで納得してしまったようだ。
ほっとすると同時に、全く人の話の裏を考えたり、悪くとったりしないリュミエールの
無防備さに、『やはり俺が守ってやらねば!』なんて事を誓いなおすオスカーだったりする。
 
それから、ゆったりとリュミエールが入れてくれたカプチーノを飲んで
落ち着いた後、オスカーは腕組みをして考えながら、自分の執務室に戻った。
 
(やっぱり、自分で捕まえるしかないな)
 
『月のない夜に男達が集う』
 
月のない夜、オスカーは先日不審人物を見つけた辺りで待ち伏せをすることにした。