「リュミエール、お前が自分を責める必要など何もないんだ!」
「いいえ、あなたがなんと仰ろうとも、わたくしは自分自身の傲慢さが許せません」
「お前が傲慢だというなら、世の人間は全部お前以上の傲慢さだ。気に病む事なんてないんだ!」
「いいえ、他の方がどうであれ、わたくしは自分の醜さにすら気が付かなかった自分の愚鈍さが、
情けなくて仕方がないのです」
「お前が醜いなら、世の人間は全部お前以上の(以下略)」
 
 
リュミエールの私室のドアを挟んで、何時間同じ事を言い合っているのか。
廊下にすっかり根を生やしたオスカーに、水館の人々は気の毒そうに、お茶やら食べ物だのを
運んできてくれる。
夜になったらここへベッドも運んできてくれるのだろうか、とちょっと情けないことを考えつつ、
オスカーはちっとも成果の上がらない説得を続けていた。
別に何もこんなにムキにならなくても、月の曜日になれば、責任感の強いリュミエールは宮殿に
出仕するのだから、そこで改めて話をすればいいじゃないか、というのが、おそらくは水館の面々の
至極もっともな意見だろうが、オスカーにしてみれば「週末中、閉じこもり」というのが問題なのである。
 
 
(あの、あいつ等の、軽いジョークのせいで、俺の大事な週末が…)
と思わず低次元の恨み言を思ってしまうのは、やっぱり若い恋人同士ならでは、だろう。
なんといっても、いきなり出張を命じられて聖地を開ける事も多いオスカーとしては、いる時ぐらい、
時間の全てを費やしていちゃいちゃしたい、というところなのだ。
あの、全世界の女性の恋人にしては、かなり情けない姿だが、日頃のいちゃいちゃぶりを知っている
水館の召使い達は、都合の悪いところは見事に見て見ぬ振りだ。
オスカーは遠慮なくドアを叩き続けていた。
リュミエールもきっとドアの前に座り込んでるんだろうな、と思いながらの会話である。
 
「リュミエール、とにかく、顔を見せてくれ」
「わたくしのような愚か者が、一体どの顔であなたとお会いできるのでしょう…」
相変わらずの不毛な会話が続くが、ここまで続くと、これも新手のデートの形かと、
水館の面々は妙に微笑ましい目で見守ってしまう。
 
「オスカー様って、本当にリュミ様を愛していらっしゃるのね〜〜〜」
「何を不謹慎なことを…」
若い側仕えが妙な感動をしているが、窘める執事も苦笑いの表情だ。
「あのさ…取り込み中悪いんだけど」
柱の影に集まり、じーっと事の次第を見守っている水館の面々に、オリヴィエは目眩を感じながら声をかけた。
「これは、オリヴィエ様!いつおいでに…」
さすがに執事が慌てて姿勢を正す。
「いくら声かけても返事がないんで、勝手に入ってきたんだよ。…変わりは無し?」
「はい、朝からまるで変わり無しで…」
「あれはあれで、楽しそうだね…」
ドアを挟んで不毛な説得を続けるオスカーの周りは、廊下というよりすでに部屋のような状態になっていた。
クッションやらテーブルやらその他いろいろ。ベッドさえあれば、このまま泊まり込みも出来そうだな…
などと考えつつ、オリヴィエは心の中で腕まくり気分で気合いを入れた。
 
★★
 
「はい、オスカー」
「オリヴィエ!お前…」
「はいはい、文句はあとでね。私はリュミちゃんに話があるんだ」
「妙なことを言ってこじらせたりしたら、承知しないからな」
「判ってるって。私だって、この玉のお肌をくすませたくないしさ」
ドスの利いた脅しの文句を軽くいなし、オリヴィエはリュミエールの部屋のドアを軽く叩いた。
 
「リュミちゃん?私だよ。ちょっと謝りに来たんだ」
「オリヴィエが謝ることなど、何もありません…全てはわたくし自身の問題です」
落ち込んでる声が、すぐ側で聞こえる。
というと、やっぱりリュミエールもドアのすぐ内側に座り込みでもしてるのだろう。
 
(…なんか、このままでもけっこう楽しそうなんじゃない?)
ちょっとくらっとしかけたオリヴィエだが、わざと明るい声で呼びかけた。
「そうじゃなくてさぁ、私、ちょっと勘違いしてたんだ、夢占いの解釈。だから、本当はリュミエールの夢が
示唆してたのは、最初に言ったのとまったく違うことだったんだよ」
(本当か?)
(嘘だよ、最初から、全部冗談だったって言ってるじゃないか)
オスカーが小声で縋るように言う。うっとおしげに答えてやりながら、オリヴィエはリュミエールの返事を待った。
 
ややあって。
「…それは、どう言うことですか…?」
「だからね、解釈、間違えてたの。リュミエールの夢はね、不満というより、表に出せなかった欲求の現れ。
オスカーに人前でベタベタされると、なんか気になるとか、恥ずかしい、とか思ったりしなかった?」
 
少しの間のあと、蚊の泣くような声がドアの向こうから聞こえてきた。
「…そ、それは思ったことがあります…やはり、人前での行きすぎた愛情表現は…少し恥ずかしいかと…」
「何が恥ずかしいものか!アレくらい、全然控えめなものだぞ!俺に言わせれば、まだまだ思いを告げるには
足りなすぎるくらいだ!」
(あんたはひっこんどれ)
オスカーにもろにひじ鉄を食らわせておいてから、オリヴィエはうんうんと頷いた。
 
「わかるよ〜、その気持ち。この羞恥心のないバカと違い、リュミちゃんは本当にまともだから。
でもさ、内心では、もっとぺったりしてたいとか、いつでもオスカーに特別扱いして欲しいとかって思ってたんだよ。
1人でオロオロしてるってのは、結局行き場のない欲求が行き先を求めてたんだ。
だからね、リュミちゃん。隠れるどころか、思いっきりいちゃいちゃしてやればいいんだよ。
無理して押さえつけることないんだよ!」
「その通りだ!リュミエール、今すぐ、ここへ出てきてくれ!」
勢いづいたオスカーが耳元でわめき、オリヴィエは耳をふさぐと、ヒールで思いっきりオスカーの足の甲を
踏みつけた。
「…あんたね、私がここにいるの忘れてない?」
「忘れていたに決まってるだろう」
「間髪入れずに断言したね、この色ボケは…」
 
呆れきったオリヴィエを尻目に、オスカーはゆっくりと開くドアに釘付けだった。
中から、少し恥ずかしそうな、照れくさそうな表情のリュミエールがそうっと顔を覗かせる。
「リュミエール…」
いきなり口説きモードに入ったオスカーが、聞いてる方が恥ずかしくなるくらい甘い声で名前を呼んだ。
「オスカー…申し訳ありません…わたくし…、勝手に勘違いをして…困らせてしまって」
俯くリュミエールをオスカーは抱き寄せる。
「お前がなにも気に病むことはない…全ては、このうろ覚えの当てにならない知識を偉そうに
披露した夢の守護聖のせいなんだからな…」
こんちくしょーと思いつつも、せっかく丸く収まりかけた事を荒立てるのも大人げないと、オリヴィエは
無理矢理自分を納得させた。
第一、ここで自分が何をいっても、すっかりバカップル状態突入の二人に耳には入らないだろう。
 
(もう、勝手にやってちょーだい)
いちゃいちゃくすくすとたわいもない事を言いながら笑ってる二人に、すっかり呆れかえったオリヴィエは
ぐったりとした顔で玄関へと向かった。
玄関先では執事が待ち受け、慇懃に頭を下げる。
 
「主に変わりましてお礼を申し上げます。ありがとうございました」
「あんたが頭を下げることはないよ、確かに元を正せば、私の冗談のせいだしさ。
それにしても、この館の人たちもご苦労さんだよね…あんなのが根を下ろしちゃってさ」
冗談めかしてオリヴィエが言うと、執事は顔をほころばせた。
「オスカー様がお訪ね下さるようになってから、リュミエール様は見違えるほど、生き生きと楽しそうに
なられました。それだけでも、私ども一同、オスカー様がいらしてくださることに感謝しております」
「…いい執事だね、あんたは」
くすっとオリヴィエが笑う。
「あんたがついてりゃ、あの二人は安心していちゃいちゃ出来るわ」
 
微笑ましげに言われた台詞に、執事は苦笑しながら夢の守護聖を見送ろうと外へでた。
 
★★
 
庭の方から、急にけたたましい音楽が響いてきた。
驚く執事と共にそっちの方を向いたオリヴィエの脳裏に、やばーい予想が広がる。
(ちょっ…いくらなんでも、まさか…)
「何が起きたのでしょう」
急いで庭へ向かう執事のあとを、オリヴィエも追う。
そして、予想が的中したことを知った。
 
リュミエールの清楚な庭は、今や縁日状態。
並べてつり下げられた提灯には何故か昼間っから灯りがともり、、花々の隙間をぬうように、
たこ焼きやらフランクフルトなどの屋台が並び、その向こうに、紅白の幕を張った舞台まで出来上がっていた。
 
「――こ、これは一体何事ですか!」
普段慌てた所など見せたことのない執事が、仰天して叫ぶ。
それはそうだろう。
主の痴話喧嘩の行方を見守っているうちに、自分が管理すべき庭がすっかり見違えてしまったのだから。
 
真っ青になって冷や汗をかくオリヴィエの目に、窓を開けてこれもびっくり眼で
庭を見下ろすオスカーとリュミエールの顔が映った。
「あー、リュミエール!ちょうど良かった、準備が今終わったところなのー!」
舞台の袖で、カラオケをいじっていた浴衣姿の女王が叫ぶ。
 
「こ、これは何事なのですか?一体何が」
「え?いいのいいの、遠慮しないで受けとってー」
何を遠慮するのか、何を受け取るのか?
訳が分からず目を白黒させる館の主を尻目に、女王は1人満足そうに微笑むとマイクをランディに渡した。
マイクを握ったランディがマルセルと並び、頬を紅潮させてオスカーに手を振る。
 
「見ていてください、オスカー様!オスカー様への俺たちからの応援歌です!」
「応援?何を応援すると――」
「聞いてください、行きます!」
カラオケのボリュームが上がる。それに負けじと声を張り上げるランディとマルセル。
 
「ファイアー!」
 
どっかで聞いたことがあるような歌を背後に聴きながら、オリヴィエは何も知らなかったふりで館へと
速攻で逃げ帰ったのだった。
その後、当初の目的をすっかり忘れた宴会は、水館執事からの通報を受けた女王補佐官と光の守護聖が
駆けつけるまで、続いたという…。
 
★★
 
翌週、頭痛のために休んだリュミエールと、その看病という名目で休みを取ったオスカーは、
ゆっくりと週末のやり直しを楽しんだらしい。
そして――
 
「どうして?どうして、私が始末書と反省文書かなきゃないの?だって、リュミエールと
オスカーのためにやったのに〜」
「あの時点で、もう片は付いてたんだよ…なんで、私まで…」
すっかり騒ぎの首謀者にされた女王とオリヴィエは、ロザリアの監視の元、山のような反省文を
書かされたのだった。
 
 
教訓――冗談と、相談の相手は選びましょう。