「だからね、引きこもりなのよ!」
早朝から押し掛けてきたオリヴィエの真剣な訴えに、半分寝ぼけ眼のルヴァは私室のテーブルの前で
「はあ…」と気抜けしきった返事をした。
 
「何、ぼーっとしてんの、だから、一大事なの!」
「はあ、いい朝ですねぇ…」
かみ合わない返事をしておいて、ルヴァは熱いお茶をずずず〜と音を立ててすすっている。
「焙じ茶は、美味しいですねぇ」
「なに、まったりこいてんのさ!」
きーきー騒ぎながらテーブルをびしばし叩くオリヴィエに、ルヴァはようやく気が付いたように目をぱちくりさせた。
「朝ご飯はもうすませましたか?よかったらご一緒にいかがですか?」
「朝ご飯なんて、食べてる場合じゃないんだよ!」
 
 
30分後、食堂で、二人は揃って食後の濃いめの緑茶を頂いていた。
「美味しいですね、目が覚めますよ」
「夜更かしこいてるからよ。お肌に悪いんだから」
ルヴァにつられてまったりしていたらしいオリヴィエが、自分の一言で我に返る。
 
「そーよ、こんな所でシジミのみそ汁飲んで、のんびりお茶すすってる場合じゃないの!
私のお肌の危機なんだってば!」
「あ〜、相談事はリュミエールのことだったのでは…」
のんびりとルヴァが指摘すると、オリヴィエは髪を振り乱してわめき立てた。
「そうなんだってば!オスカーのやつ、リュミエールが顔を出してくれなかった場合、私の顔に特殊塗料で
落書きしてやる!って脅しをかけてきたんだよ!それで、夜中に派遣軍の技術センターに連絡して確かめたら、
確かにそういう塗料があるっていうじゃないの!」
夜中に慌てふためいた守護聖からの問い合わせがあったら、さぞや技術者は慌てただろうと、ルヴァは内心で
手を合わせた。
「ですが、いくらそういう塗料でも、何かしら、落とす薬品とかあるんじゃないですか?でないと、書き直しとかしたい場合、重ねるしか無くなりますし…」
「そうなの!で、きいたら、確かに中和する薬品は存在するって。ただし、もともとが宇宙基地とか、
戦艦の外壁使用目的の塗料だから、それを中和するっていうと強力すぎて、人間の肌への使用なんて
とんでもない、ボロボロになりますって…ボロボロよ、ボロボロ〜〜〜〜」
 
いつになく取り乱しがちのオリヴィエに、ルヴァは首を傾げる。
「はあ、ボロボロは判りましたが、別にそんなに心配する必要はないのでは?直接リュミエールに
昨日言ったことは冗談だ、と教えてあげたら、それですむことでしょう?」
「言ったよ、もう、とっくに!でもリュミちゃんったら。『あなたの仰るとおりだと、自分で考えて判りました』って…。
くああ〜〜〜、なんで、冗談は素直に信じて、今度は信じてくれないのよぉぉぉ」
「…リュミエールは、他人に関しては鷹揚ですが、自分に関しては、けっこう厳しいですからね〜…」
どうやらリュミエールの思考は完璧に「自分が悪い」方向に行ってしまい、ちょっと他が見えなくなってしまっているらしい。
うむむ、と唸ったルヴァは、打開策を見つけたように、ぱっと顔を輝かせた。
 
「女王陛下に諭して頂いたらどうでしょう!あなたはけして自分を責める必要はないんだって」
「そんな事、できるわけないでしょうが〜〜〜」
とんでもない、と言うようにオリヴィエがわめく。
「どうしてですか?女王陛下だって、リュミエールが落ち込んでいるのをみたら、きっと気になさいますよ」
「そりゃー、リュミちゃんに関してはそうでしょうよ!でも、その事でオスカーがわめいていることまで知ったら、
きっと、面白がってへんに引っかき回したがるに決まってる!陛下は、オスカーは『からかって遊び倒してもいい人』だと思ってるんだからね!」
 
言われればルヴァにも心当たりがある。
なんといっても、即位直後からしばらくの間、オスカーのことを「おじさま」なんて呼び方をしていた女王である。
どうやら、女王試験の最中にさんざん「お嬢ちゃん」と子供呼ばわりされたことの、意趣返しだったらしい。
オスカーの嫌がる顔を見て喜んでいたらしいのだ。(ロザリアに叱られて止めたらしいが)
 
「でもー、オスカーだって、いくらなんでも本気じゃないでしょう?そんな塗料を使うなんて…」
「甘い!リュミちゃんがらみのオスカーの辞書に、「分別」だの「見境」なんて言葉はない!
衛兵の間じゃ、『オスカーの許可無しでリュミちゃんに話しかけたものは、次の人事で辺境の穴掘り人足決定』
なんて噂がまことしやかに流されてるんだからね」
「そ、それは一大事!」
「そう、だから、私もまんざら冗談とは思えなくて心配で――」
「それでは、リュミエールの方から声をかけられた場合、許可無しの人は返事をしてもまずいのでしょうか!」
ずれた心配のルヴァに、オリヴィエが吠える。
 
「だー!誰がそんな事を問題にしている!問題は、私のお肌よ、お肌!」
問題はリュミエールの閉じこもりだったんじゃないかなー、なんて思ったルヴァだったが、
ヒステリックなオリヴィエに、さすがに突っ込むことは出来なかった。
 
 
☆☆
 
「とことん、信じられねー女だな…」
ホコリまみれで廊下を歩くのは、鋼の守護聖ゼフェル。
だが、歩く廊下はルヴァの地下書庫から一階に向かう廊下で、その後ろをちょこちょこと歩くのは
ふわふわのおろしたてワンピース姿の女王アンジェリークだったりする。
浮き浮きとスキップ気味で、
「何か言いましたか?ゼフェル君♪」
とゼフェルの小声のぼやきに突っ込みを入れる。
「何も言ってねーよ、まさか宇宙を司る女王陛下が、朝もはよから守護聖の館にゲームソフトを借りに来て、
その上、ここまで追っかけてくるなんざ、呆れて物も言えねーなんて、言うはずねーだろ」
「言ってるじゃないの、しっかりと!」
女王陛下は後ろから鋼の守護聖殿の首を締め上げた。
 
「だいたい、ゼフェルが悪いのよ。まさかルヴァの館に泊まるなんて、そんなに真面目にお勉強してるなんて、
思うはずがないじゃないの」
「別に勉強してる訳じゃねーよ!たまたま探してた資料がここでホコリ被ってるって聞いて、探してたら
徹夜しちまっただけだって」
「で、見つけられたの?」
「…みつかんねー…」
徹夜で成果が上がらなかったせいか、ゼフェルのただでも赤い目は血走っている。
勝手にきて勝手に探したのだから、見つからなかったと言ってルヴァに文句を言う筋合いはないのだが、
一言言ってやろうかと、ゼフェルはルヴァのいる食堂に大股で向かっていたのだった。
 
「文句を言うのも良いけど、約束のブツはちゃんとあるんでしょうね」
「2,3日まえに、他のと混じってちゃんと来てるさ。…ったく、あんなもん注文して、俺の趣味が
疑われるじゃねえか」
ゼフェルは頭をかきながら、ぶつくさ文句を言った。
「別にいいじゃないの。エ○ゲームに一本くらいや○いゲームが混じってたって」
平然と答えるのは、女王アンジェリーク。
「んなもん、おれぁ、興味ねーの!」
○ロゲームと言われ、ゼフェルは荒っぽい口調で否定した。
彼の最近の好みは、シューティングにウォーシミュレーション。
軟派系のゲームとは無縁の日々を送っていたのである。
 
「えー?別に隠さなくたっていいのよ?健康な青少年がHゲームの一本や二本、持ってたって不思議はないじゃないの」
「…おめー…『青少年』ってもんに、なんか偏見はいってねーか?」
女の子にあんまりさばさばと言われてしまうと、男の方がなんだか気恥ずかしくなってしまう会話である。
何はともあれ、そうやって食堂のまえに到着した二人の耳に、くだんの二人の会話が飛び込んできたのである。
 
 
★★
 
「とにかくですね、部屋に閉じこもった人間を外に出すにはですね、伝統的にいい方法があるのですよ」
「…部屋の前で宴会ってのは、却下だからね…」
「あー、なんで判ったんですか?」
「やっぱり、それ?私だってね、『天の岩戸』の話くらい知ってるよ!」
食堂では、相も変わらず実りのない会話が続いていた。
なんだか判らないが、とにかく面白そう!という事だけは、女王は直感で分かったのである。
 
「…おい、よせって!」
ゼフェルの制止も間に合わない。
好奇心の虜と化した女王は、瞳をきらめかせて、一気に扉を大きく開け放った。
 
「何?宴会って何?」
 
突然飛び込んできた女王の笑顔に、ルヴァとオリヴィエは逃げ出すポーズで固まってしまったのだった。