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 始まりは聖地に届いた一通の招待状。惑星グランブル−の王位継承式。
 水の守護聖リュミエールは、そこに懐かしい人の名前を見つけ、しばし記憶を探る。
(あの子が無事に王位を継ぐ)
 華やかなパーティー会場の隅に連れ出され、とり残されて不安げに小さくなっていた少年の姿が浮かぶ。
(直接会って、お祝いを言いたい。よく頑張りましたねと、誉めてやりたい。自分の口で)
 出席の意向を女王補佐官であるロザリアに伝えるため、リュミエールは席を立った。
 
 
 かつてグランブルーの王族から水の守護聖が輩出されたことがある。その関係から、グランブルーでは王位継承式の度に水の守護聖へと招待状を送るのか慣例になっている。無論出席するかしないかは守護聖が決めることで、時の流れの都合上、出席した数ヵ月後にまた招待状が届くという事もありえる。
 どうするかは、ほとんど守護聖の気分次第だ。リュミエールが初めて招待状を受け取ったのは、彼の感覚で言えば一年経つか経たないかといった程度の前である。
 断ってもいいのだが、今度王になる少年・・すでに青年だが・・とは、前回すでに顔見知りであり、彼を非常に慕ってくれていた。ぜひ、祝ってやりたいと考えたのも当然だった。
 
 ロザリアの部屋へ行くと、すでに先客があった。クラヴィスである。前回の試験以来、個人的にロザリアと親しくなったのは、もはや聖地公認の事実だった。
「あ、いらしていたのですか?クラヴィス様。それでしたら出なおしてまいります」
 一礼して、退室しかけたリュミエールをロザリアが止めた。
「何か用事があったのではありませんか?かまいませんから、おはいりください」
 目で伺うと、クラヴィスがうなずく。リュミエールは中へ入って、招待状を見せた。
「これに出席されるのですか?」
「そのつもりなのですが、よいでしょうか?」
「慣例になっていることでもありますし、貴方がいいのであれば、とくに問題はないと思います。女王陛下には私の方からご報告申し上げますが、いつお発ちになりますの?」
「明朝出発しようかと思っておりますが」
「分かりました。急なことでもありますし、ジュリアスにも私から」
「お願いします。ロザリア」
 有能な女王補佐官がてきぱきと話をまとめ、話を終えたリュミエールがクラヴィスに退室の挨拶をした時。
「あれに連絡はしたのか?」
 突然言われて、リュミエールは思わずどきりとした。
「あれ……とは、あの……
「あれも今、新宇宙の視察で此処を留守にしているようだが」
 あわててロザリアを伺うと、彼女はニコニコしている。
どうやら、彼ら同様、リュミエールの方も公認になりつつあるらしい。
 リュミエールは頬を赤らめた。
……未だです。伝言を残していくつもりですが……
「そうか」
 リュミエールは早々にその場から逃げ出した。
 
 
(いつのまに広まってしまったのでしょう……
 自分の館へ戻った後、リュミエールは自分と違い、恋情を表に出すのを厭わない恋人を思い出し、顔が熱くなるのを感じた。
 炎の守護聖オスカー。
 徹底したフェミニストで女性好きだったはずの男が、いったいいつから同性であるリュミエールに恋心を抱くようになったのかは知らないが、ふと気が付くと、彼はリュミエールの傍らにいて、堂々と宣言していた。
(俺はお前に惚れている)と。
 最初は困惑し、迷惑だとしか感じていなかったリュミエールだが、最後には彼の熱心さにほだされた、といっていいのだと思う。実際自分が口説かれる立場になってみると、彼は信じられないほど、熱心で、情熱的で、忠実だった。 そして、本音の恋には、慎重といっていいほど、純情だった。
 
 リュミエールが彼を受け入れてから、しばらく経つが、実は今だにキス以上の関係はない。性的経験のないリュミエールを慮っての事だと思うが、感嘆すべきは、その後一度も女性を口説いていないということだろうか。
 口の悪いゼフェルなど、「あの、おっさん。どっか身体悪いんじゃねーの?」などど、堂々と言ったりもするのだが。
 荷造りしていた手がいつのまにか止まっているのに気がつき、リュミエールはまた顔を赤らめた。
(忘れないで、メールを作っておかなくては)
 
 
「報告は以上です、詳しいことは王立研究院の方から報告書が提出されることになっております」
「うむ、ご苦労であった」
 ジュリアスに報告をすませ、オスカーはほっと笑顔を見せた。一礼して退出しようとしたとき、ジュリアスがついでのように声をかける。
「リュミエールが惑星グランブルーの王位継承式出席のため、2日前から留守にしている。そなたと入違いになったようだな」
「え?」
 オスカーは思わず振り向いた。一番に会いに行きたいのを堪えて、報告にきていたのだ。
「予定では聖地の時間で、一週間となっている。そなたもそのつもりでいるように」
……ハイ」
 がっくりと肩を落とし、トボトボと宮殿の廊下を歩く姿は何とも物悲しい。(土産物も、土産話も、たくさん用意してきたのに……
・・・お前の喜ぶ顔が見たい、その一心で。 帰ってくるのを、出迎えてもくれないなんて、そんな。もともと俺が強引に口説いたようなものだし、実はこれ幸いと逃げ出したとかなんとか・・・・。
 どんどんと考えが暗い方へと向かう。これも恋する男のいじらしさ・・と独りで浸りながら、私邸へと帰りつく。
「お帰りなさいませ」
 「うむ……
 出迎えの執事に気のない返事をしたところで、執事が告げる。
「リュミエール様から、立体メールが届いております」
「本当か!」
「ハイ、お部屋の方へお持ちしておきましたが」
「わかった、ありがとう」
 一目散に駈けてゆく主人の後を眺め、執事が首を振った。
「オスカー様もずいぶんとお可愛らしくなったものだ」
 
 
 部屋へ行くと、銀盆の上に間違いなくカード状のメールが乗せてあった。専用の立体ディスプレィにセットし、スイッチを入れる。チラチラと光が舞い、その中に掌大の人影が浮かび上がった。
『オスカー』
 小さな像が小首をかしげ、彼に呼び掛ける。うっすらと背後が透けて見える小さな画像は、清楚な美貌とあいまって妖精のように見えた。
 
『お帰りなさい、オスカー。直接出迎えて上げられなくて、すみませんでした。……怒っています?』
「俺が怒っているわけないだろう」
 弾んだ声で映像に返事をしてしまうあたり、確かに執事の感想は正しい。
『急な事でしたので、相談もできませんでしたけれど、……今度王位に即く子は……もう子供ではないのですが、以前訪問したときの知り合いなのです。ちょっと複雑な経緯で、ずいぶんとつらい思いをしていた子供でした。私を慕ってくれて、別れるときは、本当に心配だったのです』
「知り合いの子供か」
『無事、王位を継ぐまで、本当に苦労した事と思います。私はどうしても、もう一度会って祝福してあげたいと思っていました貴方には不快な思いをさせてしまったと思いますけれど、そういう事情なのです。詳しい事は戻ってからお話しますが、どうぞ許してください』
 映像のリュミエールが髪を揺らして微笑む。オスカーは許すも許さないもない。
 
「まったく、お前は。俺が惚れているのを知って、そんな事を言うんだな」
 オスカーは苦笑した。リュミエールは小首を傾げたまま、笑みを浮かべて続ける。
『戻ったら、貴方のお話も色々と聞かせてください。楽しみにしています。それから、こちらで何か貴方に似合いそうなものを見つけたら、お土産に買って帰ります。待っていて下さいね』
「ああ、わかった」
『それでは、また』
 にっこりと微笑む残像を残し、メールは終わった。
 オスカーはまた最初からかけなおす。再び映像が浮かぶ。
「待つのはもちろんだが……俺は本当に寂しかったんだぞ、解っているのか?」
 同じ話を繰り返すリュミエールの映像に愚痴をこぼしつつ、オスカーはその端正な姿に見入る。
「早く帰ってこいよな」
 映像の妖精めいたリュミエールがにっこりと微笑んだ。
 惑星グランブルーからリュミエールの姿が消えたと連絡が入ったのは、それから3日後のことだった。