4.
リュミエールが目覚めるその少し前――。
元サイノス付きの若い武官、クロスの案内で、オスカーはサイノス所有という城に向かっていた。
快調にエアカーを走らせながら、クロスは沈んだ顔をしている。
あの聡明でリーダーシップにあふれたサイノスが、守護聖誘拐などという大罪を無分別にも起こすなど、考えられなかった。いまでも間違いであってほしいと願っている。
しかし、今の状況でそれは口には出来ない。
後部座席でオスカーはむっつりと黙り込んだままだ。
沈黙が重苦しく、いっそうクロスの気を沈み込ませる。
 
そうこうしているうちに、クロス運転の車はダグラス山山頂にある城の前に辿り着いた。
正面扉は当然のごとく鍵がかかっている。
「おい、鍵は?」
オスカーがいらいらと言う。
「私は正面のキーは持っておりませんので、裏の格納庫からまいります」
クロスの後について、城の外れにむかう。シャッターの前でクロスはカードキーを差し込み、暗証番号を打ち込んだ。シャッターが開く。
 
オスカーは銃を取りだした。
城の警備兵から強引に借り受けたコルトパイソンは、手になじんでいるとは言い難いが、扱いに困ることはない。
オスカーが銃の安全装置をはずすのを見て、クロスは不安げに聞いた。
「銃が必要だとお思いですか?」
「相手がどうでるかわからん。備え無しで入る気にはなれんな」
ぶっきらぼうな返事に、クロスも銃を持った。中へ入るとがらんとした格納庫内に、
一台の車があるのが見えた。サイノスの専用車だ。
「来ていることは間違いなさそうだ」
オスカーがそう呟いた時、性別を感じさせない合成音による警告の言葉が格納庫内に響いた。
『ただ今この城への出入りは禁止されています。ただちに退去してください。
許可の無いものの侵入は禁止されております』
クロスは声を張り上げた。
「サイノス様付きの武官クロスだ。サイノス様に緊急のご報告を持ってきたんだ」
『クロス様、個体識別確認、例外はありません。ただちに退去してください。
10秒以内に退去完了がなされない場合、侵入者とみなし攻撃します』
抑揚のまったくない声が、冷たくカウントダウンを始めた。
「おい!」 
驚いたように叫ぶクロスに、オスカーは苛ただしげに怒鳴ると、内部に向かって走り出した。
「無駄だ、おい、城内に入るぞ!あいつは間違いなく此処に潜んでいるんだ、引き摺り出してやる」
 
オスカーの後についてクロスも走りだした。格納庫内は2階分吹きぬけになっていて、奥に2階部分に上がる階段が付いており、その先の細い通路はエレベーターと別の階段に続いている。
逆方向には細い廊下がついていて、そこは玄関ホールに続いていると、慌ててクロスが説明した。
「奥からは、直接、居住階に上れます」
「じゃ、あっちだな。走れ!」
『3、2、1、0』
カウントが終わると同時に、2人に向けてレーザーが撃たれた。
それを避けて、二人は鉄柱の陰に隠れる。
「どうしましょうか」
「死角にまわりこんで、センサーを破壊するしかないだろう」
「センサーの場所を確認できましたか?」
「人に聞いてばっかりだな、お前。この城の警備システムについて、お前の方が詳しいんじゃないか?」
「問答無用で撃たれるなんて、そんなプログラムされているとは思いませんでした」
「プロだろ、お前。なんとかするしかないんだよ」
泣き言めいた言い方のクロスにそう言って、オスカーは駆け出した。
素早い身のこなしでレーザーを躱しながら、一気に車の所まで行くとその影に潜んで辺りをうかがう。
クロスも飛び出そうとしたときである。唐突にレーザーが沈黙した。
不審げにオスカーもクロスも息を潜める。
問答無用でレーザーを撃ってきたものの、悔い改めて話し合いをする気になったのだろうか?
あいにく、サイノスはそんな無駄をする気はなかった。
 
エレベーターが開き、おりてくる人物に二人が同時に目を向けた。
「サイノス様」
クロスが声を上げて駆け寄ろうとした。
「馬鹿、危ない!」
とっさにオスカーが叫んだ。無表情にサイノスが手に持ったマシンガンを構える。
弾が容赦なく辺りに撃ち込まれ、オスカーは逃げてきたクロスを車の陰に引きずり込んだ。
「おい!自分の部下も殺す気か?」
サイノスはオスカーの叫びを無視した。
「貴方が邪魔なんです。オスカー様、貴方がでしゃばらなければ、私はとっくに此処から旅立てていた筈なんですよ」
2階の通路から狙いを定めたまま、サイノスが話しだした。
「何だと?」
「計画が貴方の為に狂いっぱなしだ。どうして邪魔ばかりするんです。いい加減おとなしくして下さい。
貴方は邪魔なんです。リュミエール様が未練をもたれる」
「リュミエールが何だって?」
「貴方がいるから聖地へ帰りたがる!貴方さえいなければ、あの方は私と一緒にくるんだ!
さあ、もう、邪魔しないで!」
 
声と同時に車に何十発と撃ち込まれる。
たちまち車は瓦礫と変わり、二人は転がるようにその場から逃れると、隅に積んであった箱の陰に隠れた。
「サイノス様、どうしてこんな事をされるのです?みんな心配しています。正気に戻ってください」
クロスが銃を持ったまま、涙声で訴えた。サイノスは優しげに囁く。
「私は正気だよ。クロス。主人を見る目が無かった事を悔やむのだな」
飛び出したクロスの足が撃ち抜かれ、彼はその場に転がった。
 
とっさにオスカーは潜んでいた場所から体を起こし、サイノスの方に向けて、全弾立て続けに撃ち込んだ。
火薬の臭いがオスカーの鼻を突き、排出された薬莢がコンクリートの床に落ちる音が、妙に大きく響く。
サイノスは弾を避け、手すりの影に身を潜める。
オスカーはその隙に飛び出すと、倒れたクロスを引きずって何とか玄関ホールに続く廊下へと逃げ込んだ。
柱の陰から窺うと、サイノスがこちらに照準をあわせているのが見えた。
オスカーはカラになった弾倉を取り替えながら、さてどうしたものかと考える。予備の弾はもうない。
 
位置的には、2階にいるサイノスの方が断然有利である。
こちらから撃とうと思えば、オスカーはサイノスの銃口に完全に姿を曝さなくてはならない。
(バズーカでも持ってきていれば良かった)
ミサイルランチャーでも何でもいい。一国の王だと配慮したのがそもそも間違いだ。
相手は守護聖誘拐の犯罪者だ。問答無用に吹き飛ばしてやればよかった。
リュミエールが息を切らしながら階段を下りてきたのは、そんな物騒な事を考えていた時だった。
 
「サイノス!」
声に驚いたのは、二人同時だった。
「リュミエール様!」「リュミエール!」
名前を読んだのもほぼ同時、・・・リュミエールは大きく通路の手摺りから身を乗り出した。
「オスカー!」
サイノスの気が反れる。一瞬の隙をついて、オスカーはその場から飛び出すと、サイノスに向けて発砲した。
外れた!撃ち込んだ弾はわずかにサイノスの髪を数本とばしただけで、背後の壁に穴をあける。
「この……
サイノスが銃口を向ける。
リュミエールは躊躇いもせず、身体ごとサイノスにぶつかり、銃を構える腕にしがみついた。
銃口が大きくぶれて、弾がとんでもない方向に飛んだ。
その隙にオスカーは有利な場所へと、移動している。
狙いが定まる。
……!」
焦ったサイノスは思わずリュミエールを振り払った。
軽い身体が壁に叩きつけられ、悲鳴も上げずその場に倒れる。
それを見た瞬間、オスカーの中で何かが切れた。
獣の咆哮めいた声をあげ、オスカーが突進してきた。
リュミエールに乱暴した男を殴り飛ばす、それしか考えられない。
サイノスは唇を噛んだ。何かが切れたのは彼も同様だ。大切な人を振り払ってしまった自分の行為が信じられず、今までの凶暴なまでの集中力はとぎれ、狙いを定めることが出来ない。
撃ち出された弾は、全く方向違いの壁に当たり、むなしく火花をあげる。
 
階段を上ったところで、オスカーは再び発砲した。
弾はサイノスの肩をかすり、衝撃で彼の持っていたマシンガンはあっけなく手すりを越えて階下に落ちる。
彼は倒れたリュミエールの身体を抱えてエレベーターに走った。
「待て!畜生、逃げるな!」
すぐ後までオスカーが迫る。間一髪で振り切り、エレベーターに飛び乗ったその時、リュミエールが身動いた。
閉まりかかる扉、その一瞬、リュミエールの手が小さく伸ばされ、唇の動きだけでオスカーの名を呼んだ。
「リュミエール!」
 
オスカーが飛び付いたその鼻先で、扉が完全に閉まる。後はいくらボタンを叩いても、うんともすんともいわない。
悪態を吐きながら、階段を駈けのぼる。
追いかけた城の屋上で、小型の飛行機が飛び去っていくのが見えた。
「畜生!」
オスカーは空に向かって吼えた。
たまらない無力感が込み上げていた。