木に叩きつけられたモンスターの身体が、枝に串刺しになる。
ぶらりと垂れ下がり、その身体を伝わって落ちる血の色。
血の色。
赤い赤い血の色――見た目は黒くて汚いのに、血だけは綺麗な赤い色。
「姉ちゃん、こっちは片付いたぜ」
冒険者として共に旅をする弟が傍らに寄ってくる。
「なんかさ――これだけあっさりと片付いちゃうと、相手がモンスターでもなんだか可哀想になるよ…さっさと逃げてくれればいいのにさ」
逃げちゃったら、血が見られ無いじゃない――。
「姉ちゃん、聞いてる?」
返事をしない姉に焦れた弟が少し大声で言う。
はっと我に返ったように、エヴァは目を瞬かせた。
「うん、そうだね…逃げてくれれば、こっちも手間が掛からなくていいし」
「だろ?今度から立て札でも立てて歩くか?逃げる敵は追っかけませーんって書いてさ」
チャカは善良な笑い声をあげる。
一緒に微笑みながら、エヴァは残してきた怪物達の死骸をちらりと見やった。
青い草に広がる赤い血。貧弱な草に大きな花が咲いたよう――綺麗。
頭の上から血が降ってくる。
だって上から襲ってくるから。咄嗟に剣を上に突き上げたの。
胸が大きく裂けて、血が噴き出した。
頭の上から雨みたいに降り注いだ。真っ赤だ。
髪の先から零れた滴が、肩の上にぽたんと落ちる。
温かい、すごく。
すぐに冷えてしまう、もったいない。
ずっと温かいままならいいのに。
前髪を伝って落ちた血が鼻の先を掠めて、それから手に落ちた。
手も真っ赤。落ちた血が小さく盛り上がって手の端から零れる。
とろりとしてる。
「姉ちゃん、真っ赤だ!」
「全部片付いた。血を拭いた方がいいぜ」
チャカはなんだか顔色が悪い。血が怖いのかしら、なんだか変。
鳥や兎を捌いた事あるのに。同じ血の色だよ、綺麗な赤。
ゼネテスが荷物の中から手ぬぐいを差しだしてくれる。これで顔を拭けって。
顔を拭うの?
エヴァは不満げに手ぬぐいを眺める。
拭い取るくらいなら、裸になって川で洗いたい。
水で濡れて薄まった血が全身を流れていくの。
とろとろと赤い水。
きっと綺麗。
私の身体を流れていくの、赤い水。
「おい、エヴァ。早く顔ふきな。真っ赤で気持ち悪いだろうに」
「あ、…うん」
エヴァは手ぬぐいで顔を拭った。
「その先に川があるから、洗った方がいいな」
ゼネテスが林の向こうを指差す。
そうね、だって髪も服も靴も全部赤いし。
拭いて布に移った血は綺麗じゃない。
べったりとただ布を汚しているだけの朱色。
掠れていたりして、ちっとも綺麗じゃない。
大きくて偉大な身体が消滅していく。
竜王の身体――神様の身体。
神様だから、血は出ないのね。光の粒みたいなのだけが、傷を受けた所から吹きだしてくる。
これが血なのかな、つまらない。
でも温かいの。
肌に触れたそこが、まるで発熱してるみたい。
身体の内側から熱くなる。気持ちがいい。
もっと降ってくればいい、神様の光の血。
気持ちがいい。
此処は神様が住む所。大陸の最後の神様が藻掻いている。
全身から光を吹きだして、まるで空気を入れた紙に穴が開いたみたいに、どんどんしぼんでく。
掠れて消えていく。
光の霧に覆われていくみたい。金粉纏って踊っているみたい。
ばたばたばたって踊ってる。
ちょっと滑稽だけど、肌に落ちる光の粒は気持ちがいい。
もっともっと踊ればいいのに。
そう思って剣を振るう。
痛いの?全然痛そうじゃない。大きく吠えて、叫んでるの?悲鳴?
さっきまで偉そうだったのに。
悲鳴の上げ方はその辺のモンスターと同じでおかしい。
消えていく。
大きな体。
偉そうな神様が消える。
神様も消えるんだ――剣を受けて、大きな悲鳴を上げて、消えちゃうんだ。
とっても簡単。
神様が死ぬのって、簡単なんだ。
神様が死んだら世界はどうなるんだろう。
変わらないよね、きっと。だって、他のモンスターや人間が死ぬときと変わらないもの。
血をまき散らして、悲鳴を上げて、藻掻いて藻掻いて消えてくの。
同じ。
ああ、気持ちがいい。
降り注ぐ神様の血。
此処は神様の住んでいた場所だから――命が直接触れて来るみたい。
綺麗。
気持ちがいい。
外に居るときより、ずっとずっと気持ちがいい。
もっとたくさん感じたい。
此処にいたい。
命と血は同じ。私に降り注いで、もっともっと、たくさんきて。
此処を出ていくの?みんな。
どうして?
こんなに気持ちがいいのに、どうして出ていくの。
いやよ、もっと居たい。
もっといるの、そうしたら、もっともっと気持ちがいいの。
もっと此処にいて。
もっと私を――気持ちよくして。
エヴァの手の中で、抜き身のままだったソルベンジュがゆっくりと持ち上がる。
血に汚されることのない闇の輝きを秘めた剣が、すらりとした冴えた輝きを増す。
待って、行っちゃ駄目。
此処で楽しみましょう、もっともっと。
だって、血は綺麗で気持ちがいい。
そう思うでしょ?みんな――。
金色の髪を持った首が、血の帯を引きながら宙を舞う。
エヴァの全身に降りかかる赤い血。
少女は身を震わせる。
首の無くなった身体を抱いた仲間達が、信じられないという顔で少女を見る。
少女は笑っている。
血にまみれた姿のままで。
剣を構えたまま、動けなくなっている仲間達の前に歩み来る。
待っててくれてるの?みんな。
そうよね、みんなで遊びましょう。
だって、此処はこんなに綺麗な場所。
微笑む少女に、仲間達は凍り付いた顔のまま、一度は収めた剣をゆっくりと抜いた。
そうよ、みんなで遊びましょう。
もっと楽しみましょう。
もっと気持ちのいいことをしましょう。
だって、血は綺麗。
綺麗な――血。
身体の奥まで濡れてくる。
気持ちがいいの――とても――いい。
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