「なんかいい儲け話はないのかい?」
裏町の酒場の片隅で挨拶代わりに交わされる言葉。
山師まがいの行商人。
ちんぴら同様の札付き冒険者。
一見こざっぱりとした真面目風の詐欺師達。
タバコの煙と酒の匂いと雑多な空気が立ちこめる場所で角つき合わせて情報を交換しあう男達で、店内は夜が明けるまで賑やかだ。
その中で静かに酒を飲みながら、ツェラシェルは人々の話にじっと耳を澄ませる。
「……の鉱山で妙な遺跡が出てきたらしいぜ」
「……の付近で旅行中の貴族がモンスターに高価な指輪付きの指を食いちぎられたそうだ」
「……の洞窟奥で黄金がたんまり出てきたらしいんだが、持ち出そうとすると呪いがかかるんだとよ」
「……の商人の未亡人が秘書がわりのツバメを探してるってさ」
いかにも胡散臭い話やどう聞いてもただの噂話にしか過ぎないようなヨタ話に混じり、たまに売れそうな情報や金になりそうな話もある。
ツェラシェルはそんな場所を日によって変えながら何ヶ所も回り、時には顔見知りの連中の口を通じたりして様々な話を集めている。
(今日はたいした話はなさそうだ)
そう見極めをつけてツェラシェルは立ち上がった。
ロストールとディンガルの戦争はひとまず片が付き、今のところとくに急いで調べなければならない話もない。
だが暇だからってのんびりしていて世情に遅れるのは情報屋としての沽券に関わる。
それにこういうときだからこそ、人に先駆けて儲け話を掴む事も可能だ。
ツェラシェルはそうやって毎日新しい情報を仕入れるために動き回っていた。
「旦那、今夜は上がりですか?」
不意に背後からから掛かる声に、ツェラシェルは振り返る。
「何だ、お前いたのか」
ツェラシェルは愛想の良い笑顔に僅かに侮蔑を混ぜて声の主を見やった。
まだ若いかけだし情報屋。何度か「自分だけが知っているとっておきのネタ」と自慢げに、ろくな確証もないいい加減な情報をツェラシェルに売りつけようとしては断られているというのに、こりもしない。
「良い情報が見つかったんですよ」
「どうせまたガセネタだろ?」
「今度は本当ですって」
若い情報屋は目深に被った帽子の縁の角度を、粋だと信じている手つきで直してみせる。
見かけだけはかなりの情報通のようだ。むろん、古参の裏街道を歩く連中には相手にされていない。
「一攫千金か楽しい冒険を夢見ている馬鹿な若い連中に売ってやれよ」
「信用が無いなあ」
情報屋はニコニコしながら片手を上げると、傍らに来た酒場の女に追加のエールを注文する。
「俺の奢りですよ。飲み終わるまでで良いから、ちょいと話を聞いてくださいよ」
ツェラシェルは仕方ないなぁといった顔つきで席に着いた。
「少しだけだぞ」
「判ってますって」
情報屋は今度は気取った角度で頬杖をついた。
いちいち恰好つけるところがうさんくささに拍車を掛けている事にも気が付いていないようだ。
情報屋は上着の内側から古い封筒を取り出した
「こいつはある筋から手に入れたんですがね」
(ある筋ときたか)
持って回った言い方だとツェラシェルは可笑しくなった。
たいした内容ではないがとにかく拾ってくる情報量だけは多いので、その内とんでもない大ネタを拾う可能性がないとは言えないが今のところは期待薄だ。
とりあえず男が出した書類を手にし……そこでツェラシェルの顔色が変わった。
封筒を閉じる封蝋に押されていた印は間違いなくディンガル皇帝のものだったのだ。
顔を上げたツェラシェルに若い情報屋はにやりと笑うと、「中をご覧なさい。もっと驚きますよ」と告げる。
確かに中に収められた数枚の書類は、どれも驚きのものだった。
中から出てきたのは古い入り組んだ坑道の地図と手紙。
署名はバロル以前の皇帝のもので、そこには愛人に生ませた隠し子のためにディンガルの財宝の一部を坑道に隠したという事が書かれていた。
ツェラシェルは声が震えそうになるのを抑え、平静な声を出す。
「でも古い手紙だ。宝はとっくに隠し子の手に渡ったんじゃないのか?」
「それがね、旦那。この手紙は愛人の元へ届けられる前に、時の皇后の手に渡ったんですよ。で、皇后は自分の知らない愛人と隠し子の存在に怒り狂い、部下に命じてその親子を国外に追放してしまった…。手紙は皇后の私物の中に紛れたままだった…てわけですよ」
「そんな物がどうしてお前の手に渡ったんだ」
こんな駆け出しが手に入れるには大きすぎる獲物だ――疑う方が当然というものだ。
その疑問を敏感に感じ取ったのか、若い情報屋は気取った顔つきで肩を竦める。
「それはそれ。俺だけの伝手ってやつです。いくら旦那でも教えられないなぁ」
生意気な――そんな思いがツェラシェルの表情に出た。
情報屋はにこにことすると、ぐいっと顔をツェラシェルに近づける。
「旦那を信用してるからこそ、このネタを持ち込んだんですよ。信用できるかどうかはこの地図の場所に行って見りゃわかります。古い話だから、他のやつが偶然見つけたって事もありえますしね。とにかく、旦那に確認して欲しいんですよ」
「なんで俺なんだ?」
疑い深げに聞くツェラシェルに、情報屋は、まったく当たり前な顔で笑った。
「そりゃ、旦那に一番に知って欲しいからです。俺の情報は確実だ、信用できるって事をですね」
◆◆
地図に載っていたのは、今ではもうとっくに廃坑になっていた坑道だった。
昔はどうやら金か銀がかなり豊富に出ていたらしく、坑道は曲がりくねって地下深くまでかなり長く続いている。
カンテラやロープなどをしっかり用意してきたツェラシェルとは裏腹に、若い情報屋はぴらぴらとした普段の恰好そのままでやってきた。
「お前なぁ、準備位してこいよ」
「あー、そんなに準備が必要だとは思わなかったなぁ。松明とかロープとか坑道の中を探せば落ちてるかと思ってたよ」
お気楽なことを言う情報屋にツェラシェルは顔を顰めながら、改めて確認を取る。
「お前、このネタは他に話してないんだな」
「信用ないねえ、旦那。旦那に最初に知って欲しいって言ったじゃない」
へらへらとしている男に、ツェラシェルは内心で胸算用をする。
――信憑性は薄いが、万が一本物だったら――。
自分の財産にするもよし、どこかの王様に地位と引き替えの交渉をするもよし――。
こいつには幾分かの分け前をやって黙らせてしまおう。どうせこいつ程度では相手に軽く見られるのがオチだ。
手紙は古い割に保存状態は悪くなかった。
ずっとどこかの箱の底に仕舞われっぱなしだった可能性は高い。
坑道もすっかり寂れきっているし、改めて誰かが探るような場所ではない。
ツェラシェルは手元の地図を確認しながら、足早に坑道の中を下りていく。
「旦那ーーー、ちょっと待ってくださいって」
情報屋は脳天気な声で大きな声を出した。
町の中を歩くような短靴で来たので、足場の悪い坑道後に難儀しているらしい。
「そんなだからお前はいつまで経っても駆け出しなんだよ」
ツェラシェルは吐き捨てるように言う。
これだけの大事な書類を簡単に人手に渡すあたりも、不用意としか言い様がない。
もしも財宝があったら――この軽い男はあっさりと吹聴して歩きそうだ。
ツェラシェルの中で男の評価がどんどん下がっていく。
「旦那ー、休みましょうってば」
「休みたきゃ、かってに休め」
「真面目だなー、旦那」
男は渋々といった風について来る。
自分が見つけてきたネタだというのに、自分から探す気はないのかとツェラシェルは苛ついてきた。
しつこくぶつぶつ言い続ける男を無視し、ツェラシェルはついに地図に描かれた場所へとたどり着いた。
坑道の最下層のそこは崖っぷちになっており、下は地下水脈が通っている。
その崖の中程に横穴があり、宝は底に隠されたというのだ。
実際に見ると崖は垂直に近く上からでは穴があるのか確認できない。
「下りてみるしかないか…」
ツェラシェルが呟くと、後ろで情報屋は不満そうな大声を出した。
「ここを下りて調べるってんですかい?」
「当たり前だ!ここで眺めてたって1ギアの得にもならんだろうが」
「地図をどっかの金持ちに売っぱらいましょうよ。そうすりゃ、相手がかってに冒険者なりなんなり雇うでしょうが」
「馬鹿言え!本当にあるかどうかも判らない財宝の地図に、高値をつける馬鹿がいるか!」
ぐずぐず言っている情報屋に、ツェラシェルは完全に腹を立てた。
ロープを伸ばすと適当な杭に結びつけ、逆を自分の身体に結びつける。
「旦那、危ないですよ」
「楽したければ、商売替えをするんだな」
ツェラシェルは冷たく言ってロープを伝って崖を下り始めた。
上では情報屋がしゃがみ込んで下を覗き込んでいる。
(どうしようもないヤツだ)
ツェラシェルはムカムカと腹を立てながら慎重に下っていく。
下から水が弾ける音がした。ふとそちらに目をやると。
「うわあああ!」
ツェラシェルはロープに掴まったまま悲鳴を上げた。
地下の水脈の流れを弾いて、巨大な魚がツェラシェルの身体めがけてジャンプしてきたのだ。
幸いにして魚はツェラシェルに届く前に水面に落ちたが下から顔を出して上を伺っているのが、はっきりと見える。
開けた大きな口はそのままツェラシェルの身体を丸飲みできそうな程で、まるで鮫のような鋭い歯がびっしりと生えている。
「旦那ーー、だから危ないって言ったのに」
「馬鹿野郎!こんなのがいるなんてのは言わなかっただろうが!早く引き上げてくれ!」
ツェラシェルはロープを伝わって登ろうとするが、手に汗がじっとりと滲むせいかうまく登ることが出来ない。上で下を見ているだけの男に、もう一度ツェラシェルは怒鳴った。
「早くしろって言ってるだろうが!」
情報屋はくすりと笑うと、深く被っていた帽子を取った。後ろで一つに束ねた長い金髪が露わになる。
「旦那、そういや、俺、ちゃんと自己紹介してましたっけ?」
「こんな時に何を言ってる!」
焦りの響きを滲ませる声に構わず、情報屋はにっこりと端正な顔に微笑みを浮かべた。
「俺の名前はね【ツェラシェル】っていうんですよ」
ツェラシェルはぎょっとして崖上の男を見た。上にいる男の表情は影になっていてよく見えない。
「あんたさー、俺の名前使ってある人に情報売ったでしょ?」
「何だと…?」
汗でロープを掴む手が滑る。下で魚がジャンプする音を聞き、ツェラシェルは全身が冷たくなるのを感じた。
「お陰でえらい迷惑を被ったんだよ、俺のスポンサーさんに都合の悪い情報だったらしくてさ…誤解を受けてえらく責められちまった」
「何のことだ…?」
ツェラシェルの声が震える。
【ツェラシェル】は脳天気に聞こえるほどの酷薄な声で言った。
「別に誰に売ったっていいけど、俺の名前でやられると参るね。何しろ信用商売だ、あんたも知ってるだろ?はっきり言ってむかついたんだよな、俺は」
「おい、助けてくれ!引き上げてくれ!」
鳴き声混じりのツェラシェルに、【ツェラシェル】は冷たく言い放つ。
「あんた、迷惑だっていったろ?俺にとんでもない面倒かけてくれたんだ。責任はとってくれよ」
「あんたの名前を名乗ったんじゃない!俺の本名は本当にツェラシェルって言うんだ!本当だ」
ツェラシェルは必死で言い募った。
「本当の名前かどうかは関係ない。ツェラシェルはな、一人いればいいんだよ」
長い金髪のツェラシェルは短剣を取り出すと、あっさりとした手つきで刃をロープに当てる。ツェラシェルは甲高い悲鳴を上げた。
「助けてくれ!俺は本当に――」
最期まで言い切る前に、水面に向かって落ちていったツェラシェルの身体はジャンプしてきた魚の口の中に消えた。
しんとなった坑道内で【ツェラシェル】は立ち上がると、哀悼を示すように帽子を水脈に投げ込む。
そして笑いながら静まった水面に向かって呟いた。
「その手紙と地図はさ、冥土の土産にくれてやるよ。どうせ、偽物だしな」
茶色の髪を持つ中年の情報屋「ツェラシェル」は、その時を限りに姿を消した。
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