◆ 悪い夢 ◆
 
王妃が作った手料理がテーブルに並ぶ。
「どうぞあなた、召し上がってください」
微笑む王妃に、国王が言う。
「席を変えよう、そなたがここに座りなさい」
「何を仰いますか、そこは国王陛下のお席です」
「いや、この国を統治しているのはお前だ。それとも、この席の料理を口にすることが出来ぬのか?それはなぜだ、毒を盛ったからだろう!」
激高した国王はフォークに突き刺した料理をむりやり王妃の口に入れる。
苦悶の表情の王妃が床に倒れ、口元から一筋の血を流して動かなくなる。
「やはりそうか、この反逆者め!私は自分の身を守ったのだ、夫を殺そうとした財悪人は、天の裁きを受けたのだぞ!」
国王は勝ち誇った笑い声をあげる。
その瞬間、夢が覚めた。
 
 
セルモノーは目を開けた。
午睡のベットの上に、西日が長く射し込んでいる。
ガウンを着込み、窓を開ける。
王宮は活気に満ち、滞ることなく人が動いている。
「わしが寝てようが何をしようが、変わらぬか…」
同じ王宮の一室では王妃が多くの人々へ指図し、難しい国政を決済しているのだろう。
「…ふん、誰が王かわからぬ…」
呟きながら、セルモノーはぐったりと安楽椅子に座り込む。
自分から何かする様子はない。
 
 
◆◆
 
 
「あなた、お茶は如何ですか?」
「いらぬ」
「あなたのためにわたくしがお茶菓子を焼いたのです」
「なおのこと、口にすることは出来ぬ」
「なぜその様なことを仰るのですか、わたくしが毒を仕込んだとでも仰るのですか?」
美しく頭の切れる王妃は悲しそうな顔をする。
夫に嫌われることを本気で悲しんでいるようだ。
「そう思うなら、お前が毒味をしろ!この私の前に置かれた菓子をお前が食べるのだ!」
夫は妻の口に菓子を押し込んだ。
喉をかきむしる妻がばたりと倒れ、動かなくなる。
王はその死に顔のおぞましさに吐き気を感じながら叫んだ。
「お前は事あるごとにわしを排除しようとしている!騙されるものか!お前はわしが死ぬのを待っているのだ、この、わしの国を己の物とするために!」
夫は妻の死体に罵倒し続けた。
今まで抑えていた鬱憤のすべてを吐き出し、喚きちらし、そしてそこで目が覚めた。
 
 
小さく絞ったランプの明かりが、夜の寝室に僅かな揺らぎを与える。
王は豪華なベッドの上で半身を起こし、脂汗を流して荒い息を付く。
 
「なぜいつもわしを殺そうとするのだ、王妃よ。わしは自分で自分を守らねばならぬのか」
王の夢は王の怯えの現れ。邪推の結果。
真実ではないことを王は考えようとはしない。
 
 
◆◆
 
 
「お前は何をしているのだ」
「花を摘んでいるのです」
穏やかな庭で、珍しく王は王妃に声を掛ける。
王妃はその両腕に美しい花を抱えている。
「この花びらを乾燥させて、王の枕に入れましょう。優しい香りが疲れを癒してくれます」
美しく微笑む王妃の腕の中の花びらが一枚風に飛ばされ池に落ちる。
王は何気なくその花びらの行方を目で追う。
花のまわりの集まった池の魚が、白い腹を見せて水面に浮かぶ。
「これは毒の花だ!お前はわしに毒の花の入った枕を渡そうとしたのだな!」
王妃は突然の糾弾に嫣然と笑う。
「国王陛下は何を仰っております。これはただの良い香りのする花でございます」
「嫌、嘘をつくな、それは毒だ!毒の花だ!」
「毒であれば、あなたも私もとうに倒れておりますよ」
笑う王妃の周りで風が吹く。
風に散った花びらが国王の全身にまとわりつく。
「ほら、良い香りでございましょう?」
息が詰まり眼が眩んできた国王に、王妃は笑いながらそう言う。
「わしは死なぬぞ!わしは国王だ、この国でもっとも貴い男なのだ!」
国王は花をつかみ取ると、笑う王妃の口にそれを差し込んだ。
笑顔のまま王妃は地に倒れ、動かなくなる。
セルモノーは笑い出した。
「どうだ!わしは勝ったぞ!おめおめとやられたりはせぬぞ!」
 
 
王が目覚めたのは昼も近い遅い朝。
ベッド脇には昨日ティアナが飾ってくれた花が置いてある。
甘い香り。
王は両腕で自分の身体を抱く。
「……わしは王だ…わしが王なのだ…」
国王は自分に言い聞かせるように何度も何度もそう呟いた。
 
 
◆◆
 
 
王の手の中には小さな小瓶。
無味無臭の毒が入っている。
「わしはやられぬぞ…やられぬぞ…」
お守りのように服のポケットにいれて握りこむ。
 
「国王陛下、昼食をご一緒に。料理を作ったのは、コックでございます」
王妃がしおらしげに言う。
国王は一つ息をすると、笑顔を作っていった。
「そうだな、たまにはいいだろう」
王妃は嬉しそうに微笑んだ。
運ばれてきた食事を共にとり、国王は給仕に言う。
「デザートは切り分けずに持ってくるように。わしが手ずから王妃に取り分けてあげよう」
王妃の頬がほんのりと紅潮する。まるで小娘のようだ。
国王は運ばれてきた冷たい菓子を小皿にとり、王妃の手に直接渡してやった。
「ありがとうございます…陛下にこのようなことをしていただけるなんて…」
王妃は嬉しそうに言う。
 
それは嬉しいだろう、と国王は内心で皮肉に考える。
国王を懐柔できたと思っているのだろう。安心させて何か企んでいるのだろう。
そうはいかない、そうはいかない――。
 
国王が見守る前で、王妃は菓子を口に運ぶ。
瞬間目が見開き、喉を手に当てた王妃が信じられない、と言いたげに国王を見る。
そしてすぐに床に崩れ落ちる。
声一つ立てず、王妃の息は絶えた。
国王は笑った。
 
「どうだ!先んじてやったぞ!わしが先だ、わしが先だ!」
国王は甲高い笑い声を上げ続けた。
そしてふと我に返る。
 
なぜ、夢が覚めない?
いつもであればもう覚めているのに。
床の上には、まだ血を流して目を開いたままの王妃の身体がある。
なぜ夢が覚めない。
 
 
食堂の扉を開けた侍女が悲鳴を上げ、侍従を呼びに走っていった。
その廊下を蹴る甲高い音を聞きながら、セルモノーの心中はめまぐるしく蠢く。
 
なぜ夢が覚めない。
なぜ夢が覚めない。
なぜ王妃の死体がまだここにある。
 
侍女の知らせを受けた秘書官が現れ、床に倒れた王妃を調べると、そっとその目を閉じさせた。
立ち上がり、そして蒼白の国王の向かって言う。
「妃殿下はなくなりました。毒殺と思われます。それで、どういたしましょうか?」
セルモノーは質問の意味が分からず、惚けた顔をする。
秘書官は慇懃に言い直した。
「妃殿下の死因は毒殺です。暗殺として公表し、犯人を捜しますか?それとも、このまま病死として葬儀をいたしますか?」
 
犯人を捜すか、病死にするか。
 
問われて国王は混乱した。
犯人はわしだ。探すのか?いや、それは駄目だ。では病死――そうだ、病死だ。無かったことにしてしまえ!
 
「び、病死だ――」
「それでは葬儀の準備をいたしますが、責任者はどなたを任命されますか?規模はどの程度で行いますか?葬儀の列席を請う使者を送る国々は?」
 
矢継ぎ早の質問に、国王はますます混乱する。
誰に葬儀の準備をさせる。あれの実家に――使者はどこの国に送る?
ディンガル、東方諸国か?
いや、あれらの国とはどの程度のつき合いがあったのだ?
 
突然食堂の扉が開いて使者が走り込んでくる。
 
「妃殿下に緊急のご報告が――東方で反乱が起きました!」
 
続いてもう1人走り込んでくる。
 
「大変です!妃殿下にご報告――アミラル周辺がモンスターに襲われて壊滅!」
 
「静まれ!妃殿下はたった今急の病で亡くなられたのだぞ!」
 
秘書官の言葉に、使者も警備の兵も女官達も一斉に声を呑む。
「国王陛下、ご指示を賜りたく」
次々ともたらされた悪い知らせに、青ざめた顔の秘書官が国王に言う。
「陛下、ご指示を」
 
女達が甲高い泣き声を上げて国王は頭痛を覚えた。
まとまった事が考えられない。
「陛下、ご指示を」
「陛下!」
人々が国王を取り囲み、次々という。
混乱した国王は答えを出そうとそれでも必死で考え、そしてたどり着いた結論に顔を輝かせた。
 
「王妃じゃ!王妃に言え!王妃ならば、すべてうまく取りはからってくれる!」
 
人々が一斉に鼻白んだ顔で押し黙る。
国王はその様子に荒く脈打つ胸を押さえながら、全身から体温が失せていくのを感じ取る。
 
これは夢だ。すぐに覚める。
わしがおらずとも、王妃がすべてをやってくれる。
すべての責任は、王妃が被ってくれる。
何度も自分にそう言い聴かせる。
 
ややあって、秘書官が困ったようなため息と共に告げた。
「妃殿下はもうおられません。お亡くなりになられたのです」
胸を押さえたまま死人の顔色で目を見開く国王に、人々が一斉に口を開いた。
 
「国王陛下、どうかご指示を」
 
 
 
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