◆狭間◆
 
新米でもなく、かといってベテランという程、長いキャリアもなく。
それでもいっぱしに2つ名で呼ばれ、それなりにギルドでも一目置かれるようになった頃、ゼネテスの手へ一通の紹介状が渡された。
行き先はリベルダムの貿易商人の館。
ここで腕のいい冒険者を募集しているのだと。
 
◆◆
 
「ほう…『剣狼ゼネテス』、お噂はかねがね伺ってますよ」
館を訪ねたゼネテスに、ギルドからの紹介状を読みながら商人が愛想笑いをしながら世辞を言う。
(あいにく、それほど有名人じゃあ、まだないね)
身の程、という物をわきまえていたゼネテスは、苦笑混じりにそう思った。
 
ゼネテスはちょうど少年期を過ぎ、青年期への狭間の年頃だった。
幼さを残していた顔は、しっかりとした大人の男へと代わり、内面以上に落ち着いた雰囲気をかもしだしている。
そして張りつめた筋肉は、服の上からでもはっきりと逞しい身体を主張していた。
 
中年で太りじしの商人は、値踏みするようにゼネテスをじろじろと見回した。
居心地の悪さを感じながらも、ゼネテスは内心の動きを表に出さない。
駆け引きと、はったり。
仕事の交渉をするときの心構えは、すでに身につけている。
 
しばらく全身をじろじろと見回したあと、商人はにやりとした。
「腕の方は、ギルドの保証つき。確かに、立派な体格をしておられる。さて、気に入ったかな?」
最後の言葉は、部屋の奥の扉に向かって投げられた。
ドアが開き、そこから、女が1人入ってくる。
冷静ぶった仮面が外れ、ゼネテスは思わずその女に釘付けになった。
その表情に、女と商人が、くすりと意地の悪い笑みを浮かべる。
 
女は若く美しかった。
緩やかなウェーブの栗色の髪をひっつめるようにまとめ上げ、くっきりと整った目鼻立ちを見せつけるような化粧をし、唇にはことさらに赤い紅を引いていた。
そして、どう見ても、戦うためというよりも、敵を悩殺するのが目的、といったような際どいアーマーを身につけていた。
 
 
「本当の雇い主はね、こっちなんだ。私はスポンサーだがね」
商人が笑いながら、女を前にだす。
女はにやりと笑うと、つかつかとゼネテスの前に歩み寄った。
「ふうん…見かけ倒しって訳じゃ、なさそうだね。血の臭いがぷんぷんしてら」
 
けだるげな美貌から予想していたような、けだるげな話し方ではなかった。
むしろぱきぱきとした、はすっぱな物言いの女である。
若いといっても、自分よりゆうに5歳以上は年上だろう女を前に、ゼネテスは動揺を抑え、ふてぶてしく聞こえるように声をつくる。
「そりゃ変だな。これでも一応水を浴びてきたんだ」
「それで気の利いた返事のつもり?小僧っ子が気取ったって無駄さ。皮に染みこんだ血の臭いが、
ちょいと水で拭いたくらいでとれるかい?小僧っ子らしく、華々しい武勇伝でも自慢してごらん」
小馬鹿にしたように言った後、女はゼネテスの両肩に手を置き、質感を確かめるように腕の線をまさぐる。
「ふん、いい身体だ。最近は詰め物で見た目だけごまかすバカが多くてね」
女はにやりとすると、いきなり、膝でゼネテスの股間を蹴り上げた。
 
「わ!」
不意打ちで急所を蹴られては、いくらなんでもたまらない。
蹲まったゼネテスを見下ろし、女は腕組みをして、見下すように笑った。
「何油断してんだい?こっちはあんたを値踏みしてるんだよ?女相手だからって気を抜く男なんざ、
使いもんにならないってものさ」
「ちょっとしたサービスのつもりだったんだがな」
あっさりと言いながら立ち上がったゼネテスに、今度は女の方が驚いたらしい。
してやったり、といった顔で笑うゼネテスに、女は僅かに首を傾げ、にんまりとした顔つきをした。
 
「ひょっとして、玉なし?」
「いんや、大事に大事に隠してただけさ」
「へえ、まんざら、筋肉バカでもないんだ。ガード入れてる?」
「どっかのお姐さんに、暇つぶしで蹴飛ばされても大丈夫なようにな」
「暇つぶし?値踏みに時間をかけるのは当たり前だろ?見た目だけの中身カスなんぞ掴まされた日にゃ、
一ギア払うのももったいないってものだからね」
女の脚がさっと上がり、ゼネテスの膝を払うように動く。
今度はその動きを予想していたゼネテスは、女の脚払いをかわすと同時に、逆に女の腕をねじりあげた。
 
「あいた!」
「色っぽい声出しても無駄だぜ?買いたたかれるのは好きじゃないんだ」
「可愛くない坊主だね。小僧は少し抜けてたくらいが可愛がってやる気が起きるってのに。まあ、いいさ。
合格だ、あんたは使える冒険者だ」
その言葉に、ゼネテスは女の腕を放す。
瞬間、女の目がキラリと光り、素早く伸びた手がゼネテスの鼻っ柱を強く弾く。
「いっ!」
「お馬鹿さんだね。女が男にお仕置きしようと思ったら、いくらでもやりようがあるんだよ。油断大敵」
女は鼻を押さえて恨めしげな目をするゼネテスに、面白そうに笑った。
 
「まあいいさ。契約完了、あんたを雇うよ」
そう高飛車に言った女に、ゼネテスが不機嫌に言う。
「ちょいとまった。こっちも仕事の中身を確認させてもらう。捨てゴマ扱いは嫌だからな」
女は片眉を上げて肩を竦めた。
「内容は聞いてない?」
「全然、聞いてないさ」
 
「そうだったっけ?忘れてたわ。何しろ、あんたの前に6人も来てる。どいつもこいつもろくでなしで
説明するだけ無駄ってヤツだったんでね」
「あんたの態度に向こうが嫌気を差したんじゃないのか?」
「嫌気どころか、色気あふれさせたヤツばっかりだったよ」
けらけらとバカにしたような笑い声をあげる女に、さすがのゼネテスのむっとする。
その険悪なゼネテスの表情に、今まで黙っていた商人が口を挟んだ。
 
「さて、ようやく商売の話が出来そうだ…すわって下さい、ゼネテスさん。契約の内容は、私からお話しします。
マージも座りなさい」
ゼネテスは、ここでようやく女の名が「マージ」という事を知った。
 
◆◆
 
(くわせものの女だな)
鼻を鳴らして席に着いたゼネテスに、マージは赤い唇を歪ませ、挑むような表情をする。
こほん、と咳払いをして、商人が言った。
「仕事の内容は、彼女の護衛。無事に、彼女をここへ連れてくること。前金で500ギア、仕事を完遂してくれた
場合は、10000ギア…いかがですか?」
ゼネテスのクラスでは、一仕事2000から3000程度が相場である。10000は法外すぎるほどの値だ。
思いがけない金額の提示に目を見張ったゼネテスに、女はくすくすと笑いだした。
 
「そんなに難しい仕事じゃないわ。私と一緒に、ある盗賊の砦に忍び込み、誘拐された男を1人
連れ戻すだけ。どう、簡単でしょ?」
たいした事なさそうに簡単にいう女に、ちぇっとゼネテスは舌打ちをした。
(砦に忍び込んで大の男を1人救出?それのどこが難しくない?)
話の内容に苦い顔を見せる年若い冒険者に、女は小憎らしいほどにしたたかな笑顔を見せる。
 
やはり、うまい話というのは早々転がってはいないようだと、笑う女の顔を睨みながらゼネテスは深いため息をついていた。
 
 
 
 
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