◆狭間 3◆
 
 
男の目が開き、目の前にいるゼネテスを認めたようだ。
彼を盗賊の一味と思ったのか、男はさっと顔を青ざめさせ、もがくように後ずさろうとする。
ゼネテスは、しいっと指を立てた。
 
「俺は、リベルダムで雇われた冒険者だ。あんたを助けに来た。声を立てないでくれ」
マージの名前は出すな、とあらかじめ釘を差されていた。
自警団から頼まれた、とでも、適当に濁しておいてくれと。
名前を知られたらまずい因縁でもあるのだろう、と思ったが、その辺の事情を突っ込んで聞いているわけではないので、とりあえずゼネテスは、今現在の状況を軽く説明したうえで、「仲間が注意を引き付けているうちに、逃げ出さないとまずい」事を告げた。
男は戸惑っている。その通りだろう、こんな胡散くさげな男がいきなり「味方だ」と現れたら、自分だって疑う。
そう思ってゼネテスは、できるだけ愛想よく見えるような笑い方をした。ちょっと演技くさい気もしたが、ゼネテスの顔をじっと見つめていた男は、それでも彼を信用できる、と判断したらしい。
躊躇いがちに、拘束されて強ばっていた四肢を動かして見せた。
「ありがとう、君を信用する」
いかにもまっすぐに育った、品のいい青年だった。
箱入りボンボンにありがちの、人を見下したり、居丈高になったりする風はまるでない。
「判ってくれて、ありがとさん。そんじゃ、ま、行きますか」
ゼネテスは不敵な顔つきで笑うと、出口を指し示した。
 
 
◆◆
 
 
「お久しぶりだね、ディノ」
奥の部屋に通されたマージは、下品に飾り付けられた部屋の奥に座っている男に向かい、流し目をくれた。
奥にいるのは、やせぎすのどちらかというと、貧相な体格の男。
鋭い目つきと、尖った顎が、抜け目のない印象だ。
「おお、マージ、久しぶりだ、よく来てくれたな」
ディノは嬉しそうに両手を広げて、近付いてくる。
マージは密かに鳥肌が出たが、無理して意味ありげな笑い顔を作った。
「ちょいと話を聞いてさ。いまさらだと思うけど…あたしも一口かませてもらえないかと思って…」
色っぽい動作で肩にしなだれかかる女に、男はだらしなく頬をゆるませる。
「そう言うと思ってたぜ、お前が真っ当な良心を持ってるはずがないってな。相手はお前を捨てて、妹を選んだ
薄情な野郎だ…遠慮する筋合いはないってもんだ、そうだろ?」
「あんたの言うとおりさ。あたしはあの時どうかしてたんだ。気の迷いってヤツさ…」
色っぽい上目遣いに、ディノの顔はやに下がり、入り口に並んで見物している手下共に手を振って出ていくように合図をした。
「ああ、ちょいとまっとくれ…あんたの計画を詳しく説明して欲しいんだ」
懐に手を突っ込もうとする男を制するように、マージは言った。
「説明?いまさら、その必要はないよ。もう全部終わって、あとは権利書を受け取るだけだ。お前は立派な織物問屋の堅気の店の女主人になれるんだぜ?懐かしいだろ、お前にとっちゃ、古巣みたいなものだからな」
その言い方はマージの神経を逆なでした。
ぎっと睨み付けた女に、ディノは下品な声を上げて笑う。
「気に障ったか?そりゃ、障りもするよな。放埒が過ぎて家の身代ぶっつぶした不肖の娘としてはな」
不意にディノの目が残忍に光る。
態度の変化に気がついたマージが飛びすさろうとした瞬間、ディノは彼女の身体を乱暴に床に押しつけた。
「あいにくだったな。俺が今でもお前にぞっこんだと本気で思ってたか?おれは、これから、大商人の
ダンナになるんだぜ?テメエみたいなアバズレに媚売らなくても、気のいい、可愛い娘っ子がいくらでも
手に入るんだ。テメエなんぞにつきまとわれちゃ、いまさら迷惑なんだよ!」
吐き捨てるように言うと、ディノはギリギリとマージの首を締め付けてきた。
「ちくしょう…テメエなんか…に…まともな娘が近付くもんか」
爪を立てて暴れる女に、もともと体格の良くないディノは押さえていた腕が外れそうになる。
じたばたと振り立てた女の脚が鳩尾に決まり、男は潰れたような声を上げて転がった。
「馬鹿野郎が!身の程をしれってのさ!」
マージは捨てぜりふを叫び、そこから逃げ出そうとする。
だが、扉を開けたとたん、下卑た期待で中の様子を窺っていた男達が、一斉に彼女につかみかかってきた。
「放しやがれ!」
喚く女を、男達は扱いかねているようだった。
その頃になってようやくゼネテスに当て身を食らわされた見張りが、よろよろしながら、監禁していた男に逃げられた事を知らせに来た。
ディノの血走った目がつり上がる。
「このアバズレ!てめえ、その為にきやがったな!」
一瞬で事情を察した男の手加減無しの拳が、彼女の頬を殴り飛ばした。
吹っ飛んだ女を地下室に放り込んでおくように言い置き、ディノは手下共を従えて出てゆく。
マージは自分を引き起こそうとした男の手を払うと、ふてくされた顔で自分で立ち上がった。
「なれなれしく触るんじゃないよ。1人で歩けるんだから」
じんじんと痛む頬をさすり、ふらふらと歩きながら、マージは不思議とあっけらかんとした気分で思った。
(ゴメンよ、坊主。あたしが帰らなかったら、あんたの報酬もなしだね。でも、あいつは義理堅いから、
きっと礼金くらい出してくれる…。あいつだけは、ちゃんと町に連れて帰っておくれ…)
 
 
◆◆
 
 
砦から逃げ出し、麓の村までの一本道に出たところで、ゼネテスは砦の方を振り返った。
男は肩で息をして、道ばたにへたり込んでいる。
ゼネテスは持っていた水筒を男に渡し、もう一度砦の方を伺う。
マージが逃げてくる気配はない。
ゼネテスは渋い顔つきで、疲れ果てた様子の男に言った。
「ここをまっすぐいけば、村に着く。村には、冒険者ギルドの連絡所がある。そこに行って、リベルダムのギルドに
連絡とってもらってくれ。俺は、砦に戻る」
「ひ、1人で?行くのか?」
悪い人間ではないが、さすがに誘拐監禁されたあとで、森の中を1人で行動するのは恐ろしいらしく、縋るような
目つきになった。
「悪いが、二人で帰らないと依頼金がもらえないんだ。大丈夫だ、追っ手がきたら、戻るついでに俺がぶったぎる」
大きな剣をかざし、畏れげもなく言うゼネテスに、男もむりやり自分を納得させ立ち上がった。
「僕が雇い主でない以上、君に麓までの護衛を頼むのは、無理なようだね。わかった…君も気をつけて。
リベルダムで会おう」
あくまで人のよさげな男に、ゼネテスはつい失笑してしまう。
あのままでずっといられるのならば、善人も悪くないだろう、と思う。
いまさら、自分はあんな風になれないだろうとも思うが。
 
「さてと、10000ギアの姐さんを探しに行きますか」
道の向こうに男を見送り、ゼネテスは今来た所を戻りだした。
 
 
TOP