◆愚か者 2◆
 
銀竜の首飾り。
警戒心を無くした男たちは、それを持ち上げてゼネテスに見せびらかした。
 
「良いだろう?仕事の報酬にもらったのさ」
「そうそう、思いがけなかったよな」
いかにも駆けだし、といった雰囲気の男たちだった。
リュミエから力ずくでこれを奪えたはずがない。ゼネテスはさらに探りを入れた。
 
「いつの話だい?これくらい景気良く報酬だすような仕事がギルドにあったっけな?」
ギルド、ときいて、男たちはぎくりとしたようだ。
「いや、ロストールじゃないんだ。もっと田舎の方の仕事で、もらったのさ」
「そうそう、それで都会で金に換えようと思ってさ」
男たちが愛想良く、口裏を合わせる。
「田舎の方が金払いがいいのかねぇ。俺もそっちに行って仕事を探すかな?どこのギルドだ?」
さらに聞いてくるゼネテスに、男たちが顔を見合わせる。
どうやら、よほどやましい事で手に入れたらしい。
 
「…商売敵を増やせないな。それに、その依頼人はもうそこを離れたらしいし」
警戒した風で腰を浮かせかける。
「ちょっと待ちなよ。もう少し話を聞かせてくれや」
ゼネテスは飄々と、しかし凄みをきかせてそう言うと、すぐ隣に座っていた男の腕を掴んだ。
ようやく男たちは、ゼネテスが何かの意図を持って近づいてきたと悟ったようだ。
 
「離せよ」
振り払おうと暴れ出す。
ゼネテスはぐんと身体を乗り出すと、腕を掴んでいた男の身体を店の奥にたたき付けた。
残りの男たちが血相を変える。
「ゼネさん!」
「親父!扉を閉めろ!」
ゼネテスが怒鳴る。とっさのことではあるが、肝の据わった酒場の親父は扉まで走ると、ドアを閉めかんぬきをかけて、その前に立ちふさがった。
 
 
「この首飾りはな、俺が自分の相棒にやったもんなんだよ」
ゼネテスの声が低く鋭くなる。
「今朝まで首からぶら下がってたのを、俺がこの目で見てるんだ。もう一度聞く。どこで手に入れた?
答えられない口なら、一生答えなくともいいようにに俺が引き裂いてやる」
ゼネテスは震えている男の1人をテーブルに押しつけると、短剣を顔のすぐ脇に突き立てた。
 
仲間達は全員床に伸びていた。
ほんの一瞬の攻防。冒険者としての格の違いを思い知らされている。
男は震えながら白状した。
ある場所で人をとらえるための罠をかける。その人間を運び出したあと、その痕跡を残さないように始末を頼まれたのだと。
 
「その人間ってのは、どんなヤツだ?」
ゼネテスは怒りのあまり、かえって声が冷静になっている。
「…お、俺達は知らない。女に頼まれたんだ。婆さんがおびき出す手はずになってて、そいつが中で
全部やるから、俺達は後始末だけしてくれって!!」
泣きべそをかきながら、男がべらべらとしゃべる。
「その場所に案内しろ」
ゼネテスは強引に男を立たせると、追い立てるように店の外へと連れ出した。
残りの男連中をロープで縛り上げながら、店の主はごくんとつばを飲み込む。
あそこまで凄みを見せたゼネテスは初めてだった。
 
 
男がゼネテスを案内したのは、スラムから少し離れた場所にある荒れ果てた館だった。
男はここに人が入った痕跡を消すように依頼をされたらしいのだが、駆けだし冒険者だった彼らパーティーは
そこで欲を出した。
本来であればその場で見つけたものは全て壊すなりして、処分するはずだったのに、意外と上等な品であるのを見て、金に換えようとまとめておいたのである。
「ってえ事は、この館で見つけた道具はまだ全部持ってるんだな。念のためだ、俺に見せろ」
剣の柄でこづかれた男は、ヘロヘロと館の裏庭に行くと、その一番すみを掘り起こした。
 
ぼろ布にくるまって埋められていたものを掘り出し、ゼネテスは中身を広げてみた。
入っていたのは、わりと上物そうな大振りの香炉が数個。それから燃え残りの練り香。
匂いをかいでみたゼネテスは、それがいわゆる「しびれ薬」の類であることに気が付いた。
ゼネテスはぎりっと歯を噛みしめる。
 
この館におびき寄せられたリュミエは、おそらくこの香の煙に巻かれて動けなくなったのだろう。
そして目に付いたのは、リュミエが普段から腰につけている短剣。
町中なので、おそらくいつも身につけている弓や非常食の類は、持っていなかっただろう。
もう間違いはなかった。
その何者かは、リュミエを香で動けなくしてから、武装を外して身1つで連れ去った。
 
「お…、俺はもういいかい…?」
男が卑屈そうにゼネテスを伺う。
ゼネテスは、うっとおしそうに怒りの含んだ目で男を睨め付けた。
「いや、まだだ。お前に依頼をした女ってのは、どんなヤツだ?覚えていることを全部言え。
そいつは主犯格だったのか?使いっ走りか?仲間がいそうな事は言ってなかったか??」
矢継ぎ早の質問と、押さえきれない威圧感に、男は必死で思いだした。
 
女はマントで深く顔を隠していたが、声や布から覗く手はまだ若い女のものだった。
仕事にあぶれてフラフラしていたこの連中に声をかけ、「他言無用」としてかなりな高額を提示した。
依頼の内容を言う前に、彼らの出身や、彼等が始めてロストールに来た、という事をしつこく確認したという。
 
そして、女は二人いたらしい。
彼等が女に言われるままにここに来ると、中にもう1人の女がいて、すでに人が入っているらしい樽を
外の荷馬車に積み込ませたのだ。
そして女は二人揃って馬車に乗り込み、いずれとも知れず走り去っていった。
「そっちの女も顔は隠してたんだな」
「…ああ、だが、そっちも若いことは確かだ。マントから見えた目が似てたから、姉妹かな…、とは思ったが」
男は完全に観念したらしく、悄然と座り込んだまま素直に答える。
 
 
リュミエはこのロストールではいろんな意味で有名人だ。
ロストールを拠点にする冒険者は、まず顔を知っている。
つまり女はわざわざ「リュミエの顔を知らない手駒を捜していた」という事だ。
この一件だけでも、相手は内密にリュミエの身柄を確保したかった、という事がわかる。
まさかその相手が報酬だけでは満足できず、証拠品を山と残すとは考えなかったのだろう。
ゼネテスはぎりぎりと歯がみした。
「馬車の行方、女二人の正体、おびき寄せる係りだっていうバーさん…。俺1人じゃ、手がまわらんな…」
自分も適当な冒険者を雇おうかとゼネテスが考えていたところで、誰かが近づく足音がした。
 
 
◆◆
 
「きゃっ!」
はじき飛ばされ、床にたたきつけられたリュミエが低く悲鳴を上げた。
ピシャンと浅く溜まっている水たまりに手をつき、リュミエは恨めしそうに天井を見上げる。
「やっぱり駄目か〜、エスケープもテレポートも使えない。外に出ようとする魔力が跳ね返されちゃう」
諦めきれず、もう一度脱出を試みようとして思い直した。
「魔力の無駄遣いは駄目だなぁ…。ほら、すぐに必要となる」
瞬間的にはなった水の魔法が、通路の影から襲いかかろうとしてきた大蜘蛛を叩きのめす。
「次から次とうるさい…。悔しいけど、やっぱり足で出口を探すしかないなぁ。でも、どこをどうきたのか、
さっぱり分からないし」
 
リュミエは歩き出しながら、辺りを見回した。
彼女がいるのは、どうやら地下水道らしい。
アーチ形の通路には、所々魔法を使ったら明かりが灯り、足首ほどの高さまで水が流れている。
広さは結構あるのだが、あちらこちらに道が交錯し、さらには立体交差にまでなっているらしい。
 
「どういう仕掛けなんだろう…。ここ、どこなんだろう…。私、ロストールにいたはずなのに」
訳が分から無いまま歩き続け、ようやく乾いた床を見つけた。
辺りをきょろきょろしながら気配を探り、近くにモンスターがいないことを確かめる。
「休めるときは、とにかく休む。体力、魔力は出来るだけ温存する。いざっていうときにばてないように…。
うん、まだ私は冷静だね。パニックになってない」
自分で自分に言い聞かせると、リュミエは膝を抱えて座り、目を閉じた。
徒労に終わった脱出魔法に費やした魔力を、少しでも回復させるために。
 
『すぐには終わらない』
戦いに明け暮れたこの数年の冒険者としての経験で、リュミエはこの戦いが長丁場になると感じていた。
 
 
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