「ねえ、本当に良いの?このまま大陸を離れてしまって。」
青い髪を潮風になびかせながら少女は隣にいる「相棒」に尋ねた。
「ん?―ああ、この大陸も殆ど見て見て廻ったしな。そろそろ潮時だろ。」
潮風をその肌に感じながら青年は隣にいる「相棒」に答えた。
ここ、ワッシャー砦の港には二人の凄腕冒険者の姿があった。一人は「竜殺し」の通り名を持つ少女・リュミエ。
もう一人は――かつては「ロストールの守護神」と呼ばれた「剣狼」ゼネテスであった。
叔母のエリスとリュミエのことで決定的な決別をして以来、二人は暫く一介の冒険者として大陸中を旅していたが、それも今日で終わりであった。かねてからの約束通り、今から二人は他の大陸に船出するのだ。
「…そうじゃなくて」
言いにくそうにゼネテスの顔を見ながらリュミエが言う。
「いいの?このまま―エリス様やティアナ姫に会わなくて行ってしまっても。だって、もしかしたらもう二度と
この大陸には戻れないかもしれないんだよ?それに、噂だとエリス様は――」
「いいんだ。」
ゼネテスがリュミエの言葉を遮るように言った。
「お前さんが言いたいことは分かってる。だが、叔母貴とは遅かれ早かれこうなっちまう状態だったんだ。
お前さんが変に気を使う必要はないって事さ。」
「………」
ゼネテスにそう言われてリュミエは何も言えなくなってしまった。リュミエは先日、
あの後――ゼネテスがロストールを出奔した後、エリス王妃が心労で倒れてしまい、明日をもしれぬ命だと風の噂で聞いたのだ。さしもの「ファーロスの雌狐」も、頼りにしていた――娘婿にもと考えていた実の甥に裏切られたのがこたえたのだろう。との話が噂の最後に付いていた。
リュミエとゼネテスは、暫く黙ってこれから二人を新大陸に連れて行ってくれる船に、忙しそうに荷物を運び込んでいる船員たちの動きを眺めたりしていたが、ふいに遠くからリュミエの名を呼ぶ声が聞こえた。
やがてその声はだんだん近くなり、遂に走ってくる声の主の人影が見えた。
「リュミエー!ゼネテスー!!」
「ルルアンタ!」
リュミエが姉妹同然に育ったリルビーのルルアンタの姿を認めて駆け寄る。
「よかったぁ!出航に間に合って…酷いよ、リュミエ。
私に別れの挨拶も無しで他の大陸に黙って行こうだなんて…」
息を切らしながら、泣きそうな顔でそう詰め寄るルルアンタに申し訳なさそうに
「ごめんね、ルルアンタ。」
そう謝るリュミエの背後からゼネテスが声をかけた。
「よう!久しぶりだな、ルルアンタ。元気にしてたかい?」
「うん!ルルアンタは元気だよ!ゼネテスも元気そうだね!」
ニコニコとそう話すルルアンタにゼネテスはさりげなく尋ねた。
「でも、どうして俺たちがここにいるってわかったんだ?俺とリュミエが今日、この大陸
を出ることは誰も知らないはずなんだがな?」
――あっ!と、小さく叫んでリュミエはゼネテスを見た。ルルアンタに会えた嬉しさから今まで気付きもしなかったが、二人が今日このワッシャ−砦から旅立つことはルルアンタは元より、他の今までの仲間だった誰一人にも言ってはいなかったのだ。
「ああ、それならね…」
ルルアンタは何故今日のことを知ったのかを二人に話し出した――
リュミエとゼネテスがロストールを出奔して行方不明になってしまった後、ルルアンタは本来の踊り子として各地を転々としていた。そして行く先々で二人の行方を聞いてまわったが、すれ違いだったり、不確かな情報ばかりで二人の行方は杳としてしれなかった。
そんなある日、久方ぶりにロストールに戻って酒場で踊っていると、ギルドの親父がわざわざルルアンタを尋ねてきた。
「ルルアンタ、あんたに名指しで仕事が入ってるんだが…なに、簡単な仕事だ。
手紙をある人の所に届けて欲しいだけだ。」
既に冒険者としての仕事は殆どしていなかったので一回は断ったルルアンタであった
が、ギルドの親父が小声で言った
「実は、リュミエとゼネさんに関する依頼なんだがな…」
という一言を聞いて顔色を変えた。
「リュミエとゼネテスって…二人の事が何か分かったの?今どこにいるの!?」
「おっと、これ以上はあんたが依頼を引き受けて、尚かつ依頼主については一切詮索しないことと言う条件を
了承した場合のみ教えることって依頼主からきつく言われてるんでね。どうだい、やってみるかい?」
少しでも二人の消息が分かるなら…と、その依頼を引き受けたルルアンタにギルドの親父は、
ゼネテスとリュミエはもうすぐワッシャー砦から他の大陸に向かって旅立つので、彼らが出航する前にこの手紙を必ず手渡しで渡して欲しい…という依頼主からのメッセージを伝えると共に、ただの手紙の配達にしては考えられないくらいの多額の報酬を提示したのだ。
「それでルルアンタはここに来たのね?」
リュミエの言葉に頷くルルアンタを見ながらゼネテスは少し眉間に皺を寄せて言った。
「…するってぇと何かい?その手紙の配達の依頼主は俺達がここから船出することを
知っていたって事か…一体誰なんだ?その依頼主ってのは。」
「それは分からないけれど、ただとにかくこの手紙を二人に渡すようにっ…て。はい!
これがその手紙だよ。」
そう言うとルルアンタは一通の封書をリュミエに渡した。
「それじゃ、ルルアンタはヒルダリアさんの所に行って来るね。また後で出航の時に来るから!」
無事に依頼を果たし走り去っていくルルアンタを見送ると、リュミエはその場で封を切って中身を確認した。
そこにあったのは数枚の手紙のみであったが、その文字を一目見ただけで、リュミエはその手紙を書いた主が誰だかわかった。
「ゼネテス!これ、ティアナ姫からの手紙だ!」
「ティアナから?一体なんだ?」
ゼネテスはリュミエの後ろから手紙を覗き込んだ。
ティアナからの手紙――そこには次のようなことが書いてあった。
「 ゼネテス様、リュミエ様
突然のわたくしからの手紙でさぞ驚かれた事と存じます。
もしかしたらお二人がこの手紙を読んでいらっしゃる場所は
もう遠い大陸に旅立つ船の上なのかもしれませんね。
でも、こうして無事にこの手紙があなた方の手に渡ったと言うことはルルアンタさん
もこの大陸を去る前のお二人にお会いすることが出来たということですわね。
以前ゼネテス様が何時か海の向こうに行くとおっしゃっていらしたことを聞いておいたことが、
このような所で役に立つとは思いませんでした。あの一言でお二人がこの大陸で最後に行く所が港――それも人目に付きにくい、例えば海賊の砦であるという予測を立てることが出来たのですから。
さて、今回このお手紙を差し上げた理由なのですが…わたくしは、正直に申し上げてしまえばお二人のことを―ゼネテス様とリュミエ様のことを憎くないとは言い切れません。
ゼネテス様はお母様と国民の期待を裏切り、リュミエ様はわたくしから婚約者であるゼネテス様を奪っていかれてしまわれたのですから。
でも、このことは今までのわたくしを振り返ってみる良い機会となりました。あの日――ゼネテス様がこの国を出奔なさった時に、自分は今までいかに見るべき事から目をそらして生きてきたのかを思い知らされました。
これからは王女としてだけではなく、一人の女として、人間としても生きてみようと思います。
今はまだお二人に直接会ってお話しすることは辛いので、このような手紙という形を取らせていただきました。
でも、いつか再び笑ってお会い出来る日を楽しみに致しております。
ティアナ より 」
「そうか、ティアナが…な。ティアナも大人になったものだな…」
ゼネテスは感慨深げにそう呟いた。
「ちょっと残念?」
上目使いにゼネテスを見て言うリュミエに、わざとらしく考え込む振りをして
「ん〜、そうだなぁ…」
と、ゼネテスは答えた。負けじとリュミエはぷっとほっぺたを膨らませてゼネテスに背を向けたが、手にした封筒の中にもう一枚小さな便せんが入っていることに気が付いた。
「あれ?何だろう、これ。」
封筒の中から出てきた小さな便せんには、やはりティアナの字で次のようなことが書いてあった。
「 ― 追伸 ―
最近ちまたではお母様が心労から病に倒れて、明日をもしれぬ命だとか言う噂が飛び
かっているようですが、お母様はとても元気で今日も執務を執り行っていらっしゃい
ますわよ。どうも今回の噂の出所はお母様ご本人みたいですわ。
お母様はなかなか「しつこい」お方ですからきっと何か考えがあってこのような噂を
流布させているのだと思います。ですのでお二人はこの噂に惑わされることなく、
どうか心おきなく新しい大陸を目指して下さいませ。間違ってもお母様に同情してロス
トールに戻ってきてはいけませんわよ。 」
「…ゼネテス、これ…」
何とも複雑な顔をしたリュミエから追伸の手紙を受け取ったゼネテスは、ざっと目を
通して暫く黙っていたが、やがて大声で笑いながらリュミエの肩を抱いて
「さすがは叔母貴殿だ。いやはや、まったく…」
と言ったあと、不意に真顔で遠くの方角―ロストールの方を見ながら静かに話しかけた。
「この後、ティアナがどう生きるのか―母親のようになるのか、それとも又違った生き
方をするのか、それはティアナが自分で決めるだろう。俺達に出来るのは、せめて後悔しない道を選んでくれ、と祈ることだけだな。」
「そっか…うん、そうだね。」
ゼネテスの肩にもたれかかり、暖かな目でリュミエも同じ方向を見つめた。
暫くすると同じ所を見ていた二人の視界の中にはこちらに向かい歩いてくるヒルダリア
とルルアンタの姿が入ってきた。
「さて、荷物の積み込みは終わったし、風と潮が変わるからそろそろ出航したいのだけれど
そちらの準備は良いかしら?」
ヒルダリアがそう出航の準備が整ったことを告げるとゼネテスは拝み倒す真似をして
「ああ、俺たちゃいつでも良いぜ。1つよろしく頼むわ!」
と言い、リュミエは素直に頭を下げて
「ええ、本当によろしくお願いします。」
と言った。ヒルダリアはそんな二人を微笑みながら見つめて
「こちらこそごめんなさいね、本当なら私が送ってあげられれば良いんだけれど、今
どうしてもここを離れられない訳があってね。でも、今度の船長はウチの連中の中では
1・2を争う腕のいい奴だからきっと貴方達を無事に新しい大陸に上陸させるわよ。」
と、答えた。
「リュミエ…いよいよ行っちゃうんだね…違う大陸に…きっと、きっと帰ってきてね!」
リュミエに抱き付いて今にも泣き出しそうな顔でリュミエを見上げるルルアンタにリュミエは大きく頷く。
「私がルルアンタに嘘をついたことはないでしょ?」
「うん!じゃあ、何時までもリュミエが帰ってくるのを待ってるからね!」
泣きたいのを我慢して笑ってそう言うルルアンタをリュミエはぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だ、ルルアンタ。リュミエには俺という強い相棒もいるからな!」
ゼネテスがわざとおどけてそう言うのを聞いてルルアンタも泣き笑いの顔で
「そうだね。ゼネテス、向こうに行ってリュミエを泣かせたりしたら承知しないからね!」
と言い返した。
「おーい!そろそろ船を出すぞ!乗り込むなら早くしてくれ!」
甲板の上から船長が二人にそう声をかけて、ゼネテスとリュミエは船に乗り込んだ。
「よーし、帆を張れ!出航だ!!」
船長のその一声で船はその帆を翼のように広げ、そして―やがてゆっくりと二人を
載せた船は港を離れていった。
「ボン・ヴォヤージュ!!ゼネテス、リュミエ!」
「ボン…なんですって?ヒルダリアさん。」
去っていく船に向かいヒルダリアが大きく一声そう言ったのを聞いたルルアンタが、
その聞いたことのない言葉の意味を尋ねた。
「ああ、『ボン・ヴォヤージュ』と言うのはね、私達船乗りの間に昔から伝わる遠い
異国の古い言葉でね、『良い旅を!』と言う意味の言葉なのよ。これから長い航海に
出る人に、はなむけの言葉として良く送るのよ。」
「ふーん…」
ヒルダリアから言葉の意味を聞いて、小さく頷くとルルアンタも船に向かい手を振って
大声で言った。
「ボン・ヴォヤージュ!!ゼネテス、リュミエ!二人とも良い旅を!」
―良い旅を、そして、良い人生を―
二人なら何処に行こうときっと出来るだろうから…ルルアンタはそう思いながら船影
が遥か水平線に消えるまで海に向かって手を振っていた…
Fin.
御礼を兼ねた後書き――はい、「愚か者」後のゼネさんとリュミエです。旅立つ二人に幸あれ。
と真面目なコメントを書いたあとで、真面目にお礼です。ポコポコさん、ありがとうございました。(^-^)
「しみつ計画」とうっかり口を滑らせたのが運の尽き、「オリジナルにかえりたい〜〜」と泣いてる人から、強引にぶんどらせていただきましたの。ほっほっほ(闇笑い)しかも本来は個人的に下さると言うことだったのを、これまた強引に「アップしま〜す」
とアップする極道な私。(^-^)他人のキャラで創作書くのはさぞかし気の使う作業であったと思います。
本当にお疲れさまでした&ありがとうございました。(^-^)
|