「おい、鍵は開いたか!」
薄暗い洞くつの片隅に、小さく灯りが揺れた。
ゼネテスは手にした大剣を振るい、ゆっくりと近付いてくる生ける死者達を凪払う。
その背後では、宝箱を前に、乏しい明かりを頼りに『ネズミ』が鍵をいじっていた。
「ま…まだ、もうちょっと…」
「急げよ、骸骨どもが集まってきた!」
ぐしゃっとしめった音がして、地面に倒れたゾンビの頭部が潰れる。
その音に、ネズミはびくりと怯えたように肩を竦ませた。
「あ、空いた…」
ピーンと軽い音がして、宝箱が空く。
中には、古い巻物が入っていた。今回の依頼の品だ。
「よし、脱出だ!」
「わ、判った――」
ネズミはゼネテスの傍らに急いでよると、エスケープの魔法を唱えた。
二人の姿が、地下墓地の奥深くからすっと消えた。
◆◆
「よし、依頼の品だな。これが報酬だ」
「あ、ありがとう――」
ネズミが嬉しそうにギルドのオヤジから報酬を受け取る。
その、押し頂くような動作にいらついたゼネテスは、さっさと背中を向けた。
「おい、俺は先に行ってるぞ」
「あ、待って…今、行くから…」
きょろきょろとオヤジとゼネテスの顔を交互に見たネズミは、慌てて後をついてきた。
ネズミとくんで仕事を受けるようになってから、数ヶ月が経っていた。
鍵開けの技術は確かだし、魔法も、戦力になるほどではないが、脱出魔法やちょっとした目くらましなどは、
こなせる仕事の幅をかなり広げさせ、ゼネテスにしてみれば、自分に欠けている部分を補ってくれる
実にありがたい相棒――であった筈だ。
にもかかわらず、ゼネテスは彼に横柄な態度をとることを、止められずにいた。
卑屈そうな上目遣い。
いつもビクビクとしている様子や、今回のように当然の報酬にも関わらず、まるでお恵みを頂くような態度とか。
1つ1つがゼネテスの気に障る。
ゼネテスにしてみれば、いつもどこかで「自分が拾ってやった」という、意識が抜けきれていなかったのだ。
自分自身もかなり相手に依存している、という事を、わざと無視していたと言ってもいい。
自分の弱さを認めたくなかった――というよりも、見せたくなかったと言うべきだろうか。
自分よりも明らかに格下な相手に。
かつては「絶対にそうありたくない」と、思い込んでいた状況そのままにゼネテスは落ち込んでおり、
しかも、その状態を自分自身で打破できずにいる。
様々な事に対するいらつきが、彼を、常に不機嫌な、余裕のない人間にしていた。
そして、当然のように、常に彼の後ろで機嫌を伺っているような、気弱な相棒に対する配慮や思いやりといった
物は遠くに追いやられており、――だから、ゼネテスはまったく思い至らなかったのだ。
自分以外の人間も、悩んだり、悲しんだり、悔しがったりするという、ごく当たり前のことに。
◆◆
「ゴメン――水無くなっちゃった」
「何をやってるんだ!」
ゼネテスは相棒を怒鳴りつけた。
「すぐに汲んでくるから、そこの湖から」
「急げよ」
慌てて木立の向こうに広がる湖岸に駆けていくネズミを、ゼネテスはしかめっ面で見送った。
仕事の選択はネズミが行っていたのだが、今回の仕事は、ある森の奥にある珍しい鉱石を取ってくる、
というものだった。
特別に難しい仕事でもなく、急げば一日で行って戻れる。
そんな簡単な仕事なのに、相変わらずろくな準備も出来ていないネズミに、ゼネテスは軽蔑混じりの
視線を向けている。
数分ほどして、手に水袋を提げたネズミが、息を切らして戻ってきた。
「ゴメン、…あの…」
「いいから、早く行くぞ!昼前にはたどり着きたいんだ!」
素っ気ない仕草で背を向けるゼネテスを、ネズミは悲しそうに見る。
しょんぼりと肩を落とし、やがて気を取り直したように、ネズミはゼネテスの後を追った。
それから程なくして、二人は目的の場所にたどり着いた。
依頼の品を荷物にしまい、疲れ知らずの頑健なゼネテスはそのまま踵を返そうとする。
息を切らしたネズミが、慌てて呼び止めた。
「ゴメン、ちょっとだけ、休んでいい?」
「すぐに帰れば、今夜は宿で寝られるんだぞ」
うんざりとした気分を隠そうともせずに言うゼネテスに、ネズミは縮こまるようにして座り込む。
「俺…疲れたんだ…今すぐに戻っても、きっと森の途中でへたばっちゃうよ。ここなら広いし、獣も
あんまり来ないし、ちょっと休んで弁当食べようよ」
小さい体をなお小さくしてそう言われると、さすがにそれ以上強引に出発することも出来ずに、
結局ゼネテスもその場に座り込む。
「ゴメン、…はい、水…」
ネズミが、さっき汲んだばかりの、新鮮な水の入った袋をさしだした。
ありがとうも言わずにそれを受け取ると、ゼネテスは一気に喉に流し込んだ。
水は、思いがけないほどに、身体に染み渡っていった。
自分では気が付かないでいたが、やはり身体は疲れていたらしい。
ほうっと息をついて袋を戻そうと腕を伸ばす。
ぐらりと視界が回った。
あっと思う間もなく、ゼネテスは自分の身体が急に重くなり、地面に向かって崩れていくのを感じた。
目の端に、驚いた様子もなく倒れる自分を見下ろすネズミの顔が写っていた。
|