男の姿が、気配もろとも消えて少ししてから、リュミエはゼネテスに向かい
「手…、力が入りすぎて、痛いよ」、と訴えた。
我に返ったらしいゼネテスが、「お、悪い」と言いつつ手を放し、…そのまま、ふらっと後ろにひっくり返る。
「やだ、大丈夫?」
大の字に倒れたままのゼネテスに、リュミエは慌てて膝をついて頭を抱き起こした。
「…俺も血が足りなかったんだ…。忘れてたぜ…」
膝枕をされながら、ゼネテスが苦笑しつつ言う。
「…んったくもう、こんな身体で、大立ち回りなんてするから…」
憎まれ口を叩くリュミエの目に、薄く涙がにじむ。
ゼネテスは下からそれに気が付いたのか、可笑しそうに言った。
「泣いてる顔なんざ、お前さんには似合わないぜ。俺はお前さんの、いっつも何かを睨み付けてるような
目が好きなんだ」
「だったら、泣かすような事、するな」
言うなり、リュミエはゼネテスの額を、ぺちっとひっぱたいた。
「…お前〜〜一応俺はけが人だぜ?」
情けない声を出すゼネテスに、リュミエはふくれっ面で答える。
「人の百倍くらい命根性汚いくせに!これっくらいで重病人面しないの!」
もう一度ひっぱたくと、ゼネテスは可笑しそうに肩を振るわせて笑い出した。
◆◆
辺りに人の気配の消えた小さな遺跡は、さっきまで死闘の舞台となっていたとは思えないほど、静かだった。
膝枕されて大人しく目を閉じているゼネテスの前髪を弄びながら、リュミエが少しばかり不安げな声で、訊く。
「…ねえ、怒ってない?」
「何が?」
目を閉じたまま、ゼネテスが聞き返した。
「最後の最後で、クチバシ挟んじゃった。決着の邪魔しちゃったから…」
「ああ、その事か…」
ゼネテスは目を開け、不安そうに見下ろすリュミエの顔を膝の上から見上げた。
「どっちかというと、止めに入ってくれて感謝してる。…あいつを助けてくれたからな…」
そう言われ、リュミエは困惑したようだった。
「別に助けた気はないよ?嫌がらせだったんだから」
「それでもさ。生きてさえいてくれれば、いつか、違う風に再会できるかもしれないだろ?」
再び目を閉じたゼネテスが、どこか懐かしげに言う。
「生きてさえくれれば、50年もたって二人ともじじぃになった頃、笑い話にできるかもしれん。
あん時は、なんであんなにムキになってたんだろ、若気の至りだなぁ、なんてさ」
「50年たっても、まだ、わけの分かんないこと言ってるかもよ?お前の方が老けるのが遅い〜なんてさ」
泣き笑いのような声で、冗談めかすと、ゼネテスも薄く笑いながら答える。
「そん時や、またお前さんに、啖呵きってもらうさ。いい女が付いてたから、いつまでもいい男なんだ、とかさ」
「…50年後も、私、ゼネテスと一緒にいるの?」
「爺と婆になって、くたばるまで、な」
こともなげに言うゼネテスに、リュミエは泣き出しそうな顔で笑った。
◆◆
いつにまにか、まぶしさを増していた陽の光に、リュミエは顔を上げて目を細めた。
夕暮れの落ちてゆく太陽が、遺跡全体を茜色に染めている。
眼の眩むような真紅に、リュミエはゼネテスの目の上に、影を作るように手をかざしながら、
独り言のように呟く。
「落ち着いたら、ノーブルに一度帰りたいね。今頃はきっと麦の穂が黄金の実りをつける。
私、あの光景、大好きだったんだ。夕焼けに染まった黄金の海が、風に吹かれて波打つの。
別に誰の畑でもかまわないけど、あの光景だけは守りたいなって、ずっと思ってた。
絢爛豪華に飾り付けられたお屋敷なんかの、何倍も美しいと思うよ」
リュミエの言葉に、ゼネテスはそっと目を開けたものの、まぶしさにすぐにまた目を閉じてしまった。
眠ったのかと覗き込むリュミエに、ゼネテスはこれも独り言のように、ゆっくりと穏やかに呟く。
「そうだな、それじゃ、そのうちに、ノーブルの夕焼けを拝みにいくか。お前さんご自慢の風景を案内してもらおう」
「うん、行こうよ、あそこにはチャカがいるし、家を守ってるはずだから――」
そう勢い込んでいった少女は、次の瞬間、ゼネテスが、気持ちよさげな寝息を立てていることに気が付いた。
「もう、いい気なもんだね。膝枕も結構大変なんだよ。ゼネテス、重いし、足はしびれるし」
再び、憮然としたリュミエがその額をひっぱたくが、もう起きる気配はない。
ぶつぶつ言いつつも、1つ息を吐き、苦笑いを浮かべて、視線を前に戻した。
真紅だった空は藍の色を濃くし、やがて夜空へと変わる。
この余計な明かりが何一つない静かな場所は、見事なほどの星空を見せてくれるだろう。
リュミエは静かに微笑むと、空気にとけ込むような声で、眠るゼネテスに語りかけた。
「少し休暇を取ろうか、ゼネテス。私、これでも、料理はけっこう上手いんだから、どこかで新婚さんのまねごと
するのもいいかもしれない。
どうせ、すぐに飽きちゃうだろうけど、また、どこかに行きたいって、そう思うまでの間くらい、のんびり、
ままごと楽しむのも悪くないでしょう。
疲れたら休んだっていいと思わない?立ち止まって後ろを振り向いたって、構わないよね。
ゼネテスが傷ついたら、私が癒して上げる…って、そう思うのって、自惚れじゃないよね」
そう言ってから自分の言葉に照れたのか、リュミエは肩を竦めて、ゼネテスの寝顔をじっと見つめた。
狸寝入りじゃないことを確かめ、ほっと一息ついた後、柔らかくゼネテスの頬を撫でさする。
「ねえ、ゼネテス。
私、いつも思っている事があるの。
私は別に『運命に選ばれた存在』だなんて、自分で思ってない。
誰になんて言われたって、私は選ばれたんじゃなくて、自分で選んだんだと思ってるから。
運命は定まってるものじゃなくて、私達が生きるために選んだ道の、積み重ねだと思ってる。
先がどうなってるかなんて、誰にも判らない。
ただ1つ言えることは、全てはどこかで繋がっているということ。
まるで大きな1つの輪をたぐるように、いつかは全部同じ場所に還っていくの。
泣いたことも笑ったことも、全部一緒に、運命の輪を紡いでいるの。
私達の道がどこへ行くか、レオーネの道がどこへ向かっているのか――決めるのは、運命なんて
不確かな言葉じゃない。
決めるのは、私達自身。
いつかまた、交わるかも知れない未来を望むなら、そこに向かって歩いていこう。
…一緒に行こう、ゼネテス。
二人でいるなら、どこにいたって息はできる。道はどこまでも続いているんだから」
訳の分からない言い訳――はあ、ぜえぜえ。思ってたより、時間がかかってしまいました…、何か見直すたびに、
納得行かない部分が出てくるんだもの…。(T^T)
でも、何はともあれ、今はこれで精一杯。頭の中真っ白で、言い訳のネタも出て参りません…。
少しでも楽しんでいただけたのなら、幸いでございます。それでは、これより逃亡させていただきます…脱兎!
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