◆運命の輪 2◆
 
 
カルラの侵攻により一時は荒れ果てたものの、ようやく港町として再建されつつある自由都市リベルダム――。
もっとも戦前に幅を利かせた武器商人達はなりを潜め、一般的な貿易の中継地、もしくは冒険者達の
拠点としての顔の方がより前面に出ての復興だが。
 
『クリュセイスの馬鹿なんかに、恩をきる必要はないわよ!』
第2次ディンガル戦時、ロセン解放戦線の面々の協力を受けるのと引き替えに、難民への援助が決定したときの
リュミエの嫌そうな顔を思い出し、ゼネテスはくくっと1人で思い出し笑いをした。
リュミエはちょっとしたお使いの報酬として、「市民暗殺犯」のぬれぎぬを着せかけられた事を、相当根に持っていたらしい。ゼネテスのお陰で、泥沼にはまらずにはすんだのだが、だからいい、という訳でもない。
援助の条件として、「リベルダム復興後の指導者に、旧リベルダムの中心人物は含まないこと」
という一項を強引に設けてしまったことでも、「ノーブル伯は執念深い」という評判を生んでしまった。
以来、敵に回したら恐ろしい人物リストのトップに「ノーブル伯」は上がってしまったらしいのだが、
それはまた別の話。
 
「何を笑ってるのよ…」
リベルダムの街路を足早に歩いていたリュミエが、振り返って憮然とした。
後ろを歩いていたゼネテスが、思い出し笑いをしていることに気が付いたのだ。
「いやいや、別に。さ、前を向いて歩こうぜ」
ゼネテスは笑いながら、リュミエの肩に両手をおいて前を向かせた。
「何かろくでもない事考えていたでしょう」
「とんでもない」
間髪入れずに応え、ゼネテスはリュミエを後ろから押すようにして歩き出す。
「ゼネテスが1人で笑ってるときって、たいていろくでもないのよね」
ぶつくさ言ってるリュミエを宥めながら、ゼネテスは酒場が並ぶ一角に足を踏み入れた。
 
 
◆◆
 
レオーネに指名された酒場はかなり判りづらい場所だった。
『リベルダムで待っている…、場所は…』
2階はベッドもない大部屋一室、というような木賃宿で、その下も当然それにふさわしい、
安酒専門の小さな酒場である。
中は仕事にあぶれた冒険者や、流れ者達がたむろしており、まともな感覚の女性ならまず中には入らない。
当然ゼネテスと共に入ってきたリュミエに、一斉に視線が集まった。
 
「おお、注目されてるねぇ」
「その為に連れてきたくせに」
要するに、雑然とした場所での目印代わりである。
口さえきかなければ、リュミエは外見上は清楚な雰囲気を持つ美少女だ。
当然、この場では目立ちまくっている。
「連れて来なきゃ来ないで、怒るだろうが」
目印代わりのリュミエを連れ、ゼネテスは酒場の中に飄然と入っていった。
 
レオーネ・フレリック。
ゼネテスが家にいた頃は毎日のように一緒に剣の稽古をしていたが、彼が家を飛び出したあとは
一度も連絡を取ったことがなかった。
その後、風の噂で彼の家が権力争いに巻き込まれ没落したことを知ったが、その時は彼の方が
所在不明でまるっきり音信不通になってしまったのである。
もう10年もあっていないが、すぐに彼と分かるだろうか?
 
こちらを遠巻きに伺ってる人々の間を抜け、あるテーブルの横を通ったときである。
突然リュミエの手が引かれた。
「ねーちゃん、いっぱいどう?」
フード付きのマントを着た、軽そうな若い男の声である。
そのまま自分の膝に座らせようと引っ張る男の頭を、リュミエは無言のままはたこうと思いっきり腕を振った。
男がのけぞり、弾みで頭を覆っていたフードが落ちる。
剣呑になったリュミエの表情に、間にわって入ろうとしたゼネテスに向かい、男は慌てて手を振った。
「冗談だって、冗談!ジョーダン!!」
そう言ってなつっこく笑う男の顔に、ゼネテスは見覚えがあった。
「お前、レオーネ…、か?」
「久しぶりだな、ゼネテス」
男は立ち上がり、大げさなほどに両腕を広げてみせる。
10年ぶりの再会だった。
 
◆◆
 
 
明るい茶色の長髪を首の後ろで1つにまとめ、同じ色の少し切れ長の瞳。
少年の頃はゼネテスよりも体格は良かったが、今はひょろりとした細身の長身の青年になっていた。
顔の印象は殆ど変わっておらず、少年がそのまま縦長になった、そんな雰囲気の優男だった。
 
口調や態度もむしろ軽いといった方がよく、河岸を変え、待ち合わせ場所よりも上等な部類の酒場に
はいってからは、しきりに給仕の女性達に声をかけまくっている。
リュミエは苦い顔でゼネテスを見た。
「…手紙読んだ限りじゃ、命の危険がどうとかで、もっとせっぱ詰まった状況だったはずじゃないの?」
「…ま、昔からこんな感じだったしな。おばさんキラーで、あっちこっちのご婦人方に可愛がられてたし」
ゼネテスも苦笑いしつつ、鼻の頭をかいている。
こちらには女性は近付いてこない。横のリュミエが睨みを利かせているからだ。
 
「な、ゼネテス。ここの払いはおごりか?だったら、この特別料理っての頼んでいいか?オレ、最近は
細切れ肉のスープと固いパンしか食ってないんだ♪」
メニューをみながら脳天気に笑ってる旧友に、ゼネテスは笑いながら頷いた。
「10年分のおごりだ。腹が破裂するまで好きなの食っても良いぞ」
「おお、気前がいいねぇ」
レオーネは注文を取りに来た女性に巧みにお愛想をいいながら、5人前くらいの料理を注文している。
 
「お前さんは?飯、頼まないのか?」
ゼネテスがリュミエにそういうと、彼女はげっそりした顔で応えた。
「…いらない。気持ち悪い。カボチャ詰めチキンの丸ごと蒸し焼きに山盛りニンニクソースと、シロップとジャム特盛りフルーツパンケーキと、唐辛子ピクルスをボウル一杯に、塩漬け干魚の唐揚げマリネ風なんて、
サイテーの組み合わせ…」
「デザートが蜂蜜煮の杏と砂糖漬けのリンゴか…、どういう舌だ…」
 
献立を1つ一つ並べ立てるリュミエにつられ、ゼネテスもそう言って頭をかいた。
注文を受けた女給も、その取り合わせに目を丸くし、ついでに「全部お一人で召し上がるんですか?」と
確認をしていった。
出てきた料理をばくばく豪快に食べてるレオーネの前で、リュミエは嫌そうに水ばかり飲んでいる。
「私、今度からこの人とは絶対、一緒にご飯食べないからね」
「お持ち帰りミートパイを買ってやるから、そう嫌がるなよ」
ゼネテスは苦笑しっぱなしで、リュミエの肩を叩いた。
 
綺麗に料理を平らげ、仕上げに上等の酒を一杯あおり、ようやく落ち着いたらしいレオーネは
機嫌良くゼネテスに向き直る。
「ご馳走さん!持つべき物は景気のいい昔なじみだね」
「満腹したかい。ならけっこう」
くっくっと笑ってるゼネテス、そしてその隣で憮然としているリュミエに、レオーネは順に目をやった。
 
「自己紹介が遅れて申し訳ない。んじゃ、こちらのレディが噂の『ノーブル伯』?」
差し出された青年の手を、リュミエはおざなりに握った。
レオーネは目を悪戯っぽく見開くと、くくっと笑った。
「オレ、なんか嫌われてるみたいねぇ。好みから外れてる?」
「人見知りするんだ。しつこく手を出すと噛みつかれるぜ?」
ゼネテスに引き寄せられ、リュミエは大人しく肩にもたれている。
 
と、それまで黙っていたリュミエが唐突に口を開いた。
「…ゼネテスへの用件ってなんだったの?ご飯をおごらせること?」
「んな訳でないでしょ、お嬢ちゃん。眠いのなら、お部屋に戻ったら?これからは大人の時間よ」
ふざけた物言いにリュミエが片眉を上げる。
ゼネテスは急いでリュミエの頭を宥めるように撫でると、レオーネに目配せした。
「いや、こいつは俺の相棒だ。俺への用件にはこいつも同席する。レオーネ、そろそろ説明しろ」
「昔なじみよりか、今の女か。まったく男の友情ってのも儚いねぇ…。場所、変えようぜ。ここは人が多すぎる」
レオーネは肩をすくめて立ち上がった。
 
 
部屋を取ったのは、普段の冒険者御用達の宿ではなく、商人が多く利用する高級宿である。
こういった場所は商談にも使われるので、他の宿よりも比較的壁が厚くて、戸締まりもしっかりと出来る。
当然のようにゼネテスの払いで部屋を取った男を、リュミエは相変わらず胡散くさげにみている。
「そう、おっかない目で睨まないでよ。大貴族様と違い、こっちはこういう機会でもないと、こんな立派なベッド
が使えないんでね」
レオーネは可笑しそうに笑うと、ツインのクッションのよいベッドの片方に腰を下ろした。
もう片方にリュミエとゼネテスが並んで座る。
レオーネは真顔になると、声を潜めた。
 
 
「手紙にも書いたが、マジでヤバイ。狙われてる」
「事情を説明してみろ。場合によっては力になれるかもしれない」
ゼネテスの言葉に、レオーネは頷いた。
「ああ、当てにしてる。だから手紙を書いた。俺の親父の事は知ってるか?どういう最後だったか」
「…いや、風の噂で聞いただけだ」
「だろうと思ったよ。その時お前がロストールにいて口添えしてくれたら、親父は助かったかもしれない。
…いや、嫌みじゃない。悪く思わないでくれ」
一瞬暗くなりかけたゼネテスの表情に、レオーネは手を振りながらにまっと笑う。
「世間知らずな親父も馬鹿だったんだ。でも、いまだに思う、なんで親父が責任をとらされなきゃなかったのか、
ってさ」
青年は今までとは違うぼそぼそとした口調で話し始めた。
 
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