◆運命の輪 3◆
 
 
「オレんちは簡単にいや、下級貴族って奴だ。ファーロス家傍流の傍流、辛うじて貴族の一員に引っかかってるって程度の家柄だったが、幸い、お前と歳が近いってんでお屋敷に出入りが許されてた。そうだよな」
「大人の思惑はしらんが、俺はお前さんを友人だと思ってたぜ。いいライバルだった」
そういうゼネテスに、レオーネは苦い顔で笑う。
「お前はそうだったさ。でも俺はお屋敷に上がるたびに、言われてたんだ。『お前はいずれゼネテス様の腹心の部下になるんだ。しっかりお仕えして可愛がってもらえ』ってお袋からな。
そして屋敷に行けば行ったで、お前んちの召使い達に影で笑われてた。『子犬が餌をもらいにきた』ってさ」
始めて聞いたのだろう。ゼネテスの眉がわずかに顰められた。
 
「昔話の愚痴をたれたかったの?だったら海の底ででも、1人で語ってたら?」
リュミエが露骨に不快を表した。
ゼネテスが何かを言う前に、レオーネが困ったように頭をかく。
「そうじゃない、悪い。要するに、オレんちはお前の所に親しく出入りしているおべっか使いみたいに回りから
思われたんだ。だが親父はそんなつもりは全くなかったんだ」
 
「ああ、知ってる。お前の親父殿は真面目な学究肌の御仁だった。王宮の司書を生真面目に務めていたな」
「上とは別に、いや、下の連中だからこそ、少しでも上に取り入っていい地位を回してほしがるってのは、
これは当然のことだ。親父は知らない内に、そういう連中の仲間って事にされてたんだな。
お袋が『息子がファーロス本家で可愛がられてる』って吹聴してたせいかもしれないが、結局足の引っ張り合いににその連中は負け、一族から追われそうになったとき、そいつらは親父が主犯だと言って責任逃れをしたんだ」
辛い話をレオーネは淡々と語った。
 
「親父は仕事も、わずかばかりの所領も全部取り上げられて、反逆者の烙印を押され、心労でぽっくりだ。
お袋も糸が切れちまったみたいに、親父の後を追った。ファーロスの御当主様はまったく知らぬふりだった。
ま…、お前が家を出たあとで縁が切れちまってたから、当然と言えば当然だがな」
 
ゼネテスは無言でそれを聞いている。ちらりとそれを横目で見上げ、リュミエもまた無言のままだ。
「お情けで一応爵位と騎士の称号、そして家だけは残してもらった。でも結局残った俺にロストールに居場所はなかった。そのまま俺は冒険者のまねごとみたいなマネで、糊口をしのいでた。
それが…あの戦争だろう?俺は拝み倒して騎士団の一員に加えて貰ってたんだ。お前と顔を合わせることは
なかったがな。おかげで俺は何年かぶりに自分の家に戻ってきた。荒れ果てた家に」
レオーネはここからが本題、とばかりに声を潜める。
 
 
「家の中は荒れ放題だ。何年も人が住んでなかったから、こそ泥とかが入り込んでても無理はないだろう。
だが俺は親父の書斎だけが、妙に荒らされてたのに気が付いた。本は全部ひっくり返されてるのに、
貴重な古書なんかは投げ出されたままだ。最初は価値を知らないこそ泥かと思ったんだが、…そこで気が付いた。何冊かの本の表紙は細工されてて、二重になってた。そこに何か隠されてたんだ。
俺は他の本も探して、そして見つけた。親父が、自分をはめた連中との間に交わした書簡だった。
そこには、親父が連中の企みを窘めるために出した手紙の控えと、連中の返事が入ってた。
親父が反逆なんてしてない証拠さ」
レオーネはおちつかなげに、握った拳に力を込めた。
 
「親父をはめた連中は、今回の人事異動で随分といい職に就いてる。かつて連中の上を行ってた奴らは、
へばりついてたお偉いさんが死んだり、更迭されたりで立場が逆転したんだ。いまさら、昔の古傷を
表に出して欲しくないって事だろうさ。オレは襲われ出したんだ」
大きく息を吸うと、レオーネは一気に言った。
 
「ゼネテス!オレは本当のところ、いまさら真実なんてどうでもいい。恨みも何もない。
平穏無事におもしろ可笑しく暮らせたらそれでいいんだ。頼む、力を貸してくれ!」
がばっと床に膝をつき、ゼネテスの足下にレオーネは手をついた。
慌ててゼネテスも床に膝をつく。
「おいおい、手を挙げてくれよ。もちろん俺に手伝えることなら、何でもしてやる。どうすればいい?
連中に証拠を突きつけて、少し締め上げてやるか?さいわい、こっちにゃ執念深さで有名な『ノーブル伯』
もいるんだぜ」
リュミエはぷっと唇を尖らせたが、口は挟まなかった。
その少女の顔つきを見たレオーネが、慌てて頭と手を同時に振る。
 
「いや、言っただろ?オレはもう連中に関わりたくないんだ。しばらくお前と一緒に行動させてくれ。
今をときめくファーロス当主の仲間だと知ったら、連中だって手を引くだろう。――オレに万が一のことがあって
お前が乗り出してきたら、それこそ身の破滅だから――」
レオーネは拝み倒すように両手を併せる。
「いや…俺もそのつもりだったから、お前さんがそれでいいというなら、かまわんが…」
ゼネテスはちらりと相棒の少女を見た。
リュミエは気むずかしげに眉を顰めていたが、反対する気もないのか、あっさりと頷く。
 
「言ったはずよ。ゼネテスの好きにすればいい。でも、食事は別にさせてもらうからね」
言われた言葉にレオーネは目を白黒させる。
「飯がどうしたって?」
ゼネテスは吹き出すのをこらえつつ、少女を促して立ち上がった。
「いや、こっちの話だ。気にするな。ちょいと席を外すが、お前さんはこの部屋を使っててくれ」
「もう一つとったのは1人部屋だろ?そっちを俺が使うんじゃないの?」
話がすんだところで気が軽くなったのか、青年がにやにやしながら意味ありげに言う。
「人の金でとった部屋に女連れ込まれたら、たまったもんじゃないわ。むさい男に見張られて寝る事ね」
皮肉たっぷりの少女の言葉に、レオーネは悪ガキみたいに、べっと舌を出した。
 
 
◆◆
 
 
「…お前さん、あいつの言葉どう思う?」
隣室に入るなりの質問に、リュミエは首を傾げる。
「私は、ロストールの貴族事情なんて知らないもの。疑う理由がないわ。信じる理由もないけど」
しらっと答える相棒に、ゼネテスは苦笑しながら頭をかいた。
「じゃ、お前さんはどう思う?あいつは信用できると思うか?」
「疑ってるの?昔なじみのことを」
「昔なじみだからって、無条件に言うこと全部鵜呑みにするほど、無邪気な良い子じゃないんでね。
…まったく残念ながら…」
リュミエは首を傾げるようにしてゼネテスを見上げた。
 
「…正直に言うわ。私は信用していない。彼の人格云々じゃなくて、何か裏があるのを感じるの。
彼は危険よ、レムオンと同じような目をしてる」
リュミエは今はもういない「義理の兄」の名を口にした。
「それもレムオンよりももっと毒々しい…、ぬめるような感覚。判るの、私の中の破壊神が同調したがってる。
彼は心の内に、破壊を切望するような何かを飼っている。それが何かは判らないけれど」
ぞくっと身を震わせた少女を、ゼネテスは抱きしめた。
「落ち着けよ。大丈夫、お前さんは見境のない破壊なんてしない。そんな悪趣味は持ち合わせてない」
 
くすっとリュミエが笑う。
「見境のある破壊は大好きよ。でも、今はしない。物を壊して回るよりも、こうしてる方が好きだもの」
ぎゅっとしがみついてきた少女の頭を、ゼネテスは笑いながら撫でる。
 
少しの間、黙って目を閉じたままそうしていたリュミエは、ため息を1つついて顔を上げた。
「それでゼネテスはどうなの?あの人、信用したいの?したくないの?」
その質問の仕方に、ゼネテスは困った顔で笑う。
「そう言われちまうとな。『信用したい』ってのが本音ではある。出来る、出来ないは別として」
「彼が本当に狙われてるのかどうか、証拠はないわ。自分で言ってるだけかもしれない。うがった言い方をすれば、――単にゼネテスの同情を引くために芝居をしている可能性もある」
「…その通りではあるが、…きついねぇ」
苦笑いをするゼネテスに、リュミエはにっと笑いかけた。
 
「だから私は信用しない。でも、ゼネテスが信用したければすればいい。悩む必要はないわ、ゼネテスがしたいようにすればいいの。あなたの背中を守るのは、私の役目だから」
そのあっさりとした言葉に、ゼネテスは一瞬唖然とした顔をする。
リュミエはさらにすまして付け足した。
「そのかわり、用心だけは忘れないで。ゼネテスがいなくなったら、私、それこそ見境無しに何を
するか判らないから」
笑いながら少女が、手の甲でぽんとゼネテスの胸を叩く。
「…んじゃ、世界の平和のためにも、俺は簡単にゃ死ねないね。判った」
頭をかきながらそうぼそっと応えたあと、ゼネテスはリュミエに耳打ちする。
 
「…それって…」
「…ま、いろいろ俺も考えることがあってさ。お前さんは、ちょっと不本意かもしれないが」
ゼネテスの妙な頼み事の意味は、何となくリュミエにも分かった。
それ以上何も聞かず、少女は頷く。
「明日になったら、とりあえずギルドで適当な仕事を探そう。当分は3人旅だ。ま、よろしく頼むわ」
そう言ったゼネテスに、少女はもう一度頷いた。
 
 
◆◆
 
 
ゼネテスは隣室に戻ると、明日から普通に仕事を入れるということをレオーネに話し、そうそうに灯りを消した。
レオーネがぶつぶつと言う。
「ちぇ、せっかくこれから、男同士の話ができると思ったのに」
「これからいくらでもできるさ。普段リュミエは遅くまで酒場にいないんだ。酒嫌いでさ」
「へ〜、気が強そうでも女の子だね。酒、弱いのか?」
「いんや、ザルのウワバミだ。だから酒は嫌いなんだと。酔いもしなきゃ、味もわからない。ジュースの方が
ましなんだとさ」
 
隣のベッドで笑ってるゼネテスの声を聞き、レオーネははあーっとため息をついた。
「言っちゃなんだがさ。お前、女の趣味、変わってないか?いくら何でも王女様から鞍替えしたのが、あれじゃ、
なんか…、凄いぜ」
「凄いってどこが」
面白がってるらしいゼネテスの声が聞こえる。
 
「どこが、ってどこもかしこも。気は強いし、目つきは悪いし、口は悪いし。いや、別にお前の恋人を悪く言う気は
無いんだが…確かにべっぴんさんなのは認めるし…」
言うだけ言ってから、わざとらしく取り繕う。
「酒場にいる間中、隣で睨みを利かせてたら、ちょいと他の女に色目を使う隙もないじゃないか…」
ぼそぼそとなおも言ってるレオーネに、ゼネテスは吹き出すように応える。
 
「そこが可愛いんじゃないの。レオーネくんったら、女心が判ってないのね♪」
「…そういう声だすのは止めてくれるか?マジで鳥肌だらけ…」
甲高い作り声でふざけたことを言うゼネテスに、本気でレオーネは嫌そうだ。
「ほんとに変わったな。お前。昔は暇があれば1人で眉間にしわを寄せてるような、暗いド真面目小僧だった
くせに。…なんつーか、軽いというか、いい加減というか…女の尻に敷かれて喜んでる男になるとは、
想像も出来なかったぜ」
しみじみと言う昔なじみに、ゼネテスは懐かしそうに笑った。
 
「あのド暗さは俺の汚点だなぁ。俺は今の自分がとことん気に入ってる。もちろん、「尻に敷く女」のことも
含めてな」
「…オレなら、もっと大人しくて、判りやすい可愛げのある娘の方がいいがねぇ」
レオーネは処置無し、と言いたげにベットの中で肩をすくめると、布団を頭まで被って寝たふりをする。
ゼネテスのくっくっと言う低い笑い声だけが、暗い室内に響いていた。
 
 
 
TOP