◆運命の輪 4◆
 
 
「おや、新顔かい」
翌日、3人連れだってリベルダムのギルドに行くと、顔なじみのギルド番を初め、
中にいた冒険者が一斉に注目する。
「ちょっと新入り。腕試し用の適当な仕事、ない?」
けろりとしてリュミエが言うと、ギルド番の親父がげらげらと笑った。
 
「腕試し用?剣狼と、竜殺しに手紙配達なんて訳にはいかないだろうしな」
憮然としたレオーネがカウンターにずいっと身を乗り出した。
「あんま、見くびんないで欲しいね。これでもガキの頃はこいつと互角の腕だったんだ。『こいつら用』の
仕事でかまわないぜ」
苦笑しているゼネテスを指差しながら言うと、ギルド番はまたげらげらと笑う。
 
「そんじゃ、こんなのはどうだ?ノーブル間街道に出るって言うリッチ退治。ま、軽い仕事だろ?」
親父はレオーネを無視して依頼書をリュミエの方にさしだした。
期限、報酬額、詳しい出現地域の情報にざっと目を通したリュミエが、背後のゼネテスに目配せで確認する。
「ま、手頃だな。場所も近いし」
「これなら、日帰りできそうね」
 
リッチ退治という、本来なら最高難度の仕事を「手頃」と言いきる二人に、ギルド中の視線が集まり、
レオーネはパチパチと目を瞬かせた。
「あんたら、注目集めまくりだぜ」
そう焦って言うと、ゼネテスが気楽に笑った。
「あんたら、じゃない。お前さんもだから、「オレ達、注目集めまくりだ」だろ?」
ふっと口の端で笑うリュミエに、レオーネはむっとすると胸を張る。
「そう、当然、オレ達が注目集めまくりなんだ!」
 
◆◆
 
 
リッチが現れるのは、街道筋にある古い墓地跡だった。
闇の力が一掃されたあと、こういった強力な魔物が実体化することは減ったが、やはり戦場跡や墓地などでは
死霊が力を持ちやすい。
昼日中からグールやゾンビといった「生きた死体」がうろつき回っていた。
 
「この辺も戦場になったんだっけ」
「リベルダム陥落時に、小競り合いがあったらしいな」
呑気な会話を交わしてる二人に、剣を構えたレオーネがさけんだ。
「何ぼーっとしてるんだよ、敵が来たじゃないか!」
一応武器を持ち直しながら、ゼネテスは笑って前を指差した。
「何言ってる。お前の腕試しだっていったろ?援護してやるから、ほら、行ってきな」
声と同時にレオーネの剣がぼうっと赤く光った。「火」属性が剣に宿ったのだ。
レオーネが冷や汗をたらしながら、背後のゼネテスに向かって言う。
「…ひょっとして援護ってこれだけ?」
「大丈夫、大丈夫。ほれ、いきな」
友達がいもなく笑ってるゼネテスに、大きくため息をついたレオーネが、前方をきっと睨み付けて切り込んでいく。
 
見た目は優男だが、アンデッドを切り払っていく手際は見事なものだ。
右に左にと無駄のない動きで、あっという間に数体のアンデッドを土に戻していく。
「…やるじゃないの」
閃光の弓をもち、いつでも矢が放てる体勢のリュミエが、珍しく素直に称賛する。
「まあな、ガキの頃、腕が互角ってのは、大げさじゃなく本当だ。冗談抜きで相当使えるな」
にやにやしながらゼネテスがそういう。
やはり、友人を誉められると嬉しいのだろう。リュミエは肩をすくめて、聖なる輝きを放つ矢を一本はなった。
レオーネの死角から妙な動きで現れたタキシムが、額に矢を突き立てられのけぞった後、灰になる。
 
「妖気が強まった。出てくるかな」
次の矢をつがえながら、そうリュミエが言う。
「なわばりを荒らされたから、そろそろ出るだろうな。んじゃ、俺も行くか」
七竜剣をもったゼネテスも、あふれるような雑魚の群に切り込んでいく。
幼なじみ同士が背中合わせで戦う動きは、息が合っていてまるで舞を見るようだ。
リュミエは空気の流れを追うように視線を動かした。
妖気の流れ。リッチと直接戦うのはレオーネにやってもらうとして、やはり援護としての魔法封じは
リュミエの役目だ。
面倒くさいが、当分はちまちまとした働きしかリュミエは出来ない。
 
「力を抑えてくれ。魔法はロースペルとヒーラースペル以外は、出来るだけレオーネの前では使うな」
理由は判るが、正直、性に合わない戦法だ。
だからといって、格別反発する気もなく、リュミエはある一点に集中した。
墓地の中央、昔この一帯の神官を務めていた一族の墓だ。
そこから障気が一筋立ち上ったかと思うと、暗く光る目を持つリッチが実体化する。
 
「ほら、お前の相手だ。行け!」
数体のグールをまとめて払いのけたゼネテスが、レオーネに叫ぶ。
「おい、まてって!いきなりあんな大物か?オレ、魔法って嫌いなのよ」
ギルドでは大きな口をたたいたくせに情けない声を出す友人に、ゼネテスは苦笑しながらあっさり首を振った。
「援護はしてやるさ。どうしても駄目ってのなら、次からは手紙運びだな」
「ちぇーっ!…まさか、お前に殺される羽目になるとはなぁ」
まだ愚痴を言いながら、それでもレオーネはリッチに向かい走り出した。
 
自分に向かってくる者を認めた闇の魔導士の目が、不気味な色に光る。
と、レオーネは自分の傍らを何か違う空気が通り抜けたの感じた。
ぱしっと何かが張りつめたような感じがしたかと思うと、リッチの動きそのまま止まる。
「行け!魔法は封じられた!」
ゼネテスの声に後押しされるように、レオーネは剣に左手も添えると、続けざまに一気にアンデッドの身体を
切りつけた。
衝撃で後ろに飛んだ身体が、次の瞬間灰になってぱっと飛び散る。
それに併せるように、新しく動きかけていたアンデッド達が全て崩れて土に帰る。
 
レオーネはしばらくぼうっとしたように自分の剣を見つめていた。
「よう、お疲れさん」
ゼネテスがその肩をぽんと叩くと、彼は戸惑ったようだった。
「魔法がかけられる方が早かった筈なんだけど」
にっと笑ったゼネテスが、ゆっくり近付いてくるリュミエを振り返りながら言う。。
「援護するって言ってただろ?後ろで妖気の流れを探ってたんだ。実体化すると同時に、サイレントをかけた」
レオーネは信じられないといった風に目をむいた。
「オレのこと、嫌ってたように見えたけどな」
「嫌いは嫌いよ。でも仕事に私情は挟まない」
けろりと言って、リュミエは見せつけるようにゼネテスにもたれかかった。
 
 
朝、依頼を受け、夕方には完了の報告をしに現れた3人は、もちろんギルド中の称賛を浴びた。
「いい仲間が増えたじゃないか。これからもガンガン仕事をしてくれよ?」
ギルドの親父が遠慮なくレオーネの肩をばんばん叩く。
へらへらと笑いながら、彼もまんざらではない様子で頭をかいている。
「えへへ、誉められちまった。オレって自分で思ってた以上に強いじゃないの」
「さて、報酬が出たところで、お前の初仕事初成功でも祝おうか」
ゼネテスががしっとレオーネと肩を組む。
「よっしゃ、飲もうぜ」
そう言ったところで、レオーネはリュミエがいないことに気が付いた。
「お前の彼女、どうしたの?」
「先に宿に戻った。今日は落ち着いて飯が食いたいんだと」
「…だから、なんでそう飯に拘るんだよ」
自分のめちゃくちゃな料理の選び方に原因があるとは思いもよらず、そう憮然としているレオーネに、
ゼネテスはただ笑うだけだった。
 
◆◆
 
ロストール。
夜、急にエリスから呼び出されたツェラシェルは、そこにいた人物に驚きを隠さなかった。
「…ノーブル伯…、俺に用事があるのって…」
「そう、私」
エリスの執務室で待ちかまえていたリュミエが、肩をすくめるようにして笑う。
可憐な仕草だが、これに騙されるとあとで痛い目を見る。
それを承知しているツェラシェルは、気を許すことなく、慎重に言葉を発した。
 
「…なんのご用でしょうか?ノーブル伯」
「ちょっと調べて欲しいことがあるの。あなたが手紙を持ってきたレオーネ・フレリックについて」
「俺は手紙を頼まれただけです。それ以外に知ってることはありません」
「だから調べて、と言ってるんじゃないの。彼のこの数年の動向と、彼が言ってたことが本当かどうか、
簡単にでもいいから聞き込みしてきて欲しいのよ」
淡々と言うリュミエに、ツェラシェルは顎に手を当てて考え込むような仕草をした。
「報酬は出していただけるんで?」
「前金で2000。それから、使える情報だと判断したら10000」
彼にしてみれば落ちぶれ貴族の動向を調べるなど、さほど難しくもない。
ツェラシェルはにっこりと商売上の笑顔を浮かべると、いくつか調査の要点の確認だけをして部屋を出ていった。
当然、前金を懐にしまって、である。
 
男が出ていくと、控えの間からエリスが現れる。
「私の名をこのように使う者など、そなた以外には居らぬぞ」
「あっさり使わせてくれたくせに。これ、頼まれてたの」
礼代わりにリュミエがさしだしたのは、砂漠のサソリから抽出した毒である。
リベルダムの裏マーケットでは、サソリ、蛇といった毒が豊富に出回っている。
エリスは黒いビンに入っている物の匂いを確認し、にっと笑った。
 
「これが、そなたに供される食事に入っているのかも、知れぬぞ」
「入れたきゃ入れても良いわよ。でも、そんな事するほどお馬鹿じゃないでしょ」
これまたにっと笑って答えるリュミエに、エリスは声を上げて笑った。
「確かに。自分で自分の娯楽を減らすのも、馬鹿な話しじゃ。そなた以上に面白い者など、
そう何人も居らぬからな」
「あなたが忠実な共犯者でいる限り、私も忠実でいるわ。それじゃ、またあとで」
リュミエは口の中で転移の呪文を唱えると、さっとその場から消え去った。
人の気配が完全に消え去った室内で、エリスはなおも可笑しげに微笑んでいる。
「…確かに、この何年、これほどまでに楽しませてくれる者もそうは居らなんだ」
エリスはあの日自分の所へ直談判に訪れた少女の姿を思い出していた。
 
◆◆
 
『ティアナ王女は、ゼネテスと結婚する気はないって明言してるんでしょ。だったら、私にちょうだい』
開口一番にそう言ってのけた少女に、エリスは今までとは違った興味を覚えたものだ。
『ティアナとゼネテスの婚約は、政治的に意味のあることだ。当人同士がどうだからと言って、簡単に解消できるものではない。第一、ゼネテスはこの事を知っているのか?知ったうえで、そなたはここへ来たのか?』
言下に断らなかった王妃に、リュミエは手応えを感じたようだ。
 
『私はこれでもリューガ一族の伯爵位持ちで、戦争の英雄だわ。
政治的価値といったら、私だってそう低くないはずよ』
『一族?そなた、いつからリューガ家当主になった?小娘1人に恩を売ったからと言って、
私にどれだけ得がある。ゼネテスとの婚約を解消するという事は、我が娘に婚約者に去られた娘、
というレッテルを貼ることにも繋がるのだぞ?』
『得なら計り知れないはずよ。私がどれだけ現リューガ当主に影響力があるか、計算高い連中は知ってる筈。
現に私の所へ、山のようにお見合いの話がきているもの』
リュミエはにこりとした。
 
『私とゼネテスが婚約する。王家にファーロス家だけじゃなく、リューガ家も後ろ盾に付いたと、そう宣伝しても良いわ。私は役に立つ。名前上も実戦的にもね。その代わり、敵にしたらしつこいわ。実力でゼネテスを自分のものにするだけ。難しくはないわよ?私が一言言えば、ティアナ王女は婚約者を寝取られた女として、有名になるわ』
『そなた、私を脅す気か?』
エリスは凄みを込めてそう言った。
『いえ、どうせなら、ゼネテスが敬愛する伯母様に、喜んで認めていただきたいだけよ』
あっさりと受け流したリュミエが微笑む。
エリスはその度胸の良さに、思わず笑い出した。
 
『なるほど。確かにそなたは敵にするより、味方にした方がよさそうじゃ』
笑いながら少女を手招く。まるで畏れ下もなく近付いてきた少女の度胸に、エリスは改めて感嘆した。
『小娘のくせに、なかなかどうして楽しませてくれるものだ。良かろう、これは取引だ。私は喜んでそなた達の婚約を祝福しよう。そして、そなたは私に名前を貸す。そういうことだな』
『その通りよ。物わかりのいい伯母様で、幸せだわ』
 
◆◆
 
その時、リュミエはそう言って口元だけで笑ったものだ。
「さて、次は何をしでかしてくれるか」
心持ち楽しげに呟き、エリスは部屋を後にした。
 
TOP