◆運命の輪 5◆
 
3人に増えたパーティーは、比較的順調な滑り出しだった。
仕事に関しては問題は全くない。
救出、護衛、退治と、リベルダムを中心にあちこち移動しながら仕事をこなしていく。
 
時折、ゼネテスとリュミエは後を追うような視線に気が付いたが、それはそれ以上何もする様子はなかった。
「…あれ、レオーネを狙ってるって連中かな」
「さて、襲ってくる気配はないが、俺達がいるからか?」
ロセンに宿を取った夜、リュミエの1人部屋でそう話し合った。
レオーネは隣室で剣の手入れをしている。
リュミエは手を口元に当て、きょろりと視線を泳がせた。
そういう仕草は、何か隠しているときのリュミエのクセである。
 
仏頂面顔のまま、部屋の中を歩き回っているリュミエの腕を掴むと、ゼネテスは強引にベッドの上に座らせた。
「お前さん、なんかやましい事があるな」
笑いを含みながらそう追求すると、リュミエの方も笑いながら答える。
「最初からやましさだらけよ。ゼネテスの大事な親友を、私は疑いまくってるんだもの」
苦笑しているゼネテスの顔を押しのけるようにして、リュミエは立ち上がった。
 
それから、またきょろりと視線を泳がし、ゼネテスに向き直る。
「隣、戻ったら?」
「つれないねぇ、追い出すのか?」
「そのうちに、ベッドに連れ込んだげる。そのうちにね」
笑いながら屈み込むゼネテスに軽く口づけし、リュミエは追い払うような仕草をした。
やれやれと肩を竦めながら、ゼネテスはあっさりと部屋を出ていく。
 
一人きりになると、リュミエはベッドの上に身体を放り出すようにして目を閉じる。
壁越しの気配を感じ取るように、意識が広がっていった。
 
◆◆
 
「お?お早いお戻りじゃないの。今夜は戻ってこないかと思ってたわ♪」
隣室に戻ると、いきなりこの台詞である。ゼネテスは頭をかいた。
「お前らなぁ、二人して俺を邪魔にしてないか?」
「おや〜〜隣から追い返されたの?可哀想に〜〜〜」
全然そんな事思ってないような口振りで、レオーネは笑いながら剣を鞘にしまった。
 
「オレが加わってから、そろそろ一ヶ月になるか?その間、ずっと別々な夜なんだよな。ああ、お気の毒に」
笑いながら手を組み合わせてそんな事を言うレオーネの頭を、ゼネテスは一発こづいた。
「お前さんなぁ。誰のために男やもめ生活してると思ってる」
「隣同士の部屋なんだから〜〜そんなに神経質にならんで泊まってくりゃいいじゃないの。ひっでぇ〜〜」
両手で頭を抑えながら、レオーネは大げさに痛がるふりをする。
「それともさ〜〜なんなら、一緒にナンパに行く?自慢じゃないが、オレもてるんだぜ」
思わずゼネテスも笑ってしまう軽さで、レオーネが身体を乗り出した。
「自慢してるじゃないか。遠慮しとく、俺はまだ命が惜しいんでね」
「お前〜〜惚れてるんだね、彼女のために貞操守ってるんだ」
しみじみ感動したように頷く友人に、ゼネテスは脱力した顔でベッドに寝転がった。
不意にレオーネはにまっと笑うと、思いっきりゼネテスが寝ているベッドのシーツを引っ張った。
 
「おわ!」
突然のことでベッドから転げ落ちそうになったゼネテスが、思わず声を上げる。
レオーネは、彼の下から引っぱりだしたシーツを闘牛のマントのようにひらひらさせながら、言った。
「隣、泊まってきたらいいじゃん。なんかあったら、声を出すし、お前らが来てくれるまで簡単にやられないって。
やっぱ、友人の恋路を邪魔するのは気が引けるしなぁ」
「お前、そんな事言って1人で遊びに行く気じゃないだろうな」
胡散くさげに言うと、レオーネはくっくっと笑う。
「いい子にしてるって。じゃ、ほらほら、さっさと行きな」
これまたシーツで追い払うような動作をされ、ゼネテスは思いっきりため息をついた。
「あっちでもこっちでも邪魔にされ、可哀想な俺」
ぼやくゼネテスにまったく頓着無しに手を振ると、にっこり笑ってレオーネは扉を閉めたのだった。
 
◆◆
 
瞑想に近い状態で目を閉じていたリュミエは、ドアをノックする音で我に返った。
そこにはさっき追い出したばかりの顔が所在なげに立っている。
「あっちでも追い出されちまった」
そういう顔が妙に子供っぽくて、リュミエは笑いながらゼネテスを部屋に入れてやった。
「ちょうど良かった。呼びに行こうかと思ってたの」
そう言って視線を泳がすリュミエに、ゼネテスは「ろくでもない事」を考えてるときの表情になる。
「へえ、なんの用で?」
「拗ねたような声出さないの。ベッドに連れ込むために、決まってるじゃない」
そう言って首に腕を回してしなだれかかるリュミエを、ゼネテスは抱き上げた。
「大胆だねぇ。役得だ事」
「たわけ」
ベッドへ横たえられる直前、音を出さないようにリュミエはゼネテスの頭をはり倒した。
 
 
◆◆
 
 
扉越しに、室内の気配が聞こえてくる。
ベッドのきしむ音と、掠れた女のあえぎ声。
感極まったような細い叫び声を最後に、音がぴたりと止まる。
しばらくその場に留まり、完全に音が消えたことを確認すると、「それ」は扉の前から静かに動き出した。
廊下の突き当たりの窓を開け、数人の男を招き入れると、「それ」はまた扉の前にとって返す。
「それ」は男達と短く言葉を交わした後、後ろに下がり姿をくらました。
男達が扉の両側に張り付き、1人が合図と共に扉を開けた。
ざっと男達が室内になだれ込む。
情事の後、おそらく寝入ってしまっただろう二人にとどめを刺すために。
ところがそれは大きな過ちだった。
 
 
先頭の男が突然風の固まりになぎ払われ、廊下まで吹っ飛んだ。
ついで、後から来た男も顔面を強打され、その場でのけぞる。
「深夜の訪問にノックも無しとは、お行儀悪すぎだぜ、お客さん」
可笑しそうにそういうゼネテスは、まったく普段通りの格好でにやりと笑ってる。
男達――全部で4人――は狼狽えたようだ。
「話が違うとでも言いたげね。勘違いは誰にでもあるのよ」
扉の影から現れたリュミエも、衣服に乱れはない。
剣先を急いで自分に向けた相手に向かい、わずかな仕草で魔法を放った。
小さいが鋭いつむじ風に全身を打たれ、壁に激突したきりその男は動かなくなる。
 
「おい、殺すなよ!誰に頼まれたか吐かせないと」
そういうゼネテスはつかみかかってきた男を、勢い余って窓の外に投げ飛ばしていた。
「…おっと手が滑った」
急いで窓の下を見ると、鎧戸を突き破った男が外の路上に伸びていた。
「ここ2階だよ。死んでない?」
「いや、ひくひくしてるな。…ってホッとしてる場合じゃないか」
確かにその通り、最初に魔法で廊下に飛ばされた男が逃げ出したらしく、路上でふらついてる男を抱えて
すたこらと道の向こうに逃げていった。
 
リュミエは室内を見た。
魔法で壁に激突したのと、ゼネテスに顔面殴られたのとが2人、伸びている。
「二人いたら十分かな…、あ、1人だ…」
息を確認したリュミエがそう呟く。
壁に激突した男は弾みで舌を噛んだらしく、すでに絶命していた。
手にはよく鍛えられたショートソードを握っている。
 
「しょうがねえなあ。こっちは朝になったら憲兵に任せよう。んじゃ、こいつか…」
ゼネテスはもう1人の方に活を入れて、意識を取り戻させた。
顔面殴打で鼻血を流れさせたまま、男は自分を見下ろす二人に縮こまる。
「よう、当てが外れたようだな」
磊落なゼネテスの隣では、冷ややかな少女が冷たい視線を投げてくる。
男は自分がはめられたことを知った。
 
◆◆
 
「…てっきり、いい気分で寝入ってると…」
憎々しげな男の言葉に、リュミエはその頭を軽く蹴り飛ばした。
「仕事中にさかる馬鹿がどこにいるの。素人じゃあるまいし」
少女の声は、固形になって突き刺さりそうなほどに冷たい。
「なんのつもりで押し入ったの?さっさと応えて」
け飛ばされて床に倒れた男の頬を、リュミエは死んだ仲間のショートソードでぴたぴた叩いた。
男が冷や汗流して少女の顔を見る。
 
「な、おっかねえ女だろ?聞かれたことに応えないと、間違いなくお仕置きされるんだぜ」
共犯者みたいな顔でゼネテスが、男の耳元でぼそぼそ囁く。
男は本能的にそれを悟ったのか、蒼白のままで何度も頷いた。
「人を拷問係みたいに〜〜〜」
少女が不満げに膨れる。
二人の顔を交互に眺めていた男は、ここは逆らっても無駄だと思ったのだろう。
何か言いかけたその時、窓下で何かが爆発する音がした。
急に外が悲鳴やら叫び声やらで騒がしくなる。
思わず二人の視線が窓の方に流れた瞬間、男は脱兎のごとく逃げ出した。
「あ…」
緊張感のない声を上げ、リュミエが魔法を、ゼネテスが後を追おうと動きかける。
だが部屋の外へ出ようと扉に手をかける寸前、男の目の前で扉が外から開き、刹那――
 
「うわ…ああ」
男は袈裟懸けに切りつけられ、血しぶきを上げて後ろに倒れた。
「ゼネテス、リュミエ、無事なのか?…て…」
男を一刀で斬り殺し、室内に駆け込んできたのは、隣室にいたはずのレオーネである。
思いがけずに動きの途中で止まってしまった二人を目にした彼は、構えていた剣先を下に向け、
室内をきょろきょろ見回した。
「…あれ…?オレ、ひょっとして、ものすご〜〜く無駄な事した?」
ははは〜〜と誤魔化すつもりなのか軽い笑い声をあげる青年に、リュミエは思いっきり皮肉めいた声で告げる。
「無駄どころか、邪魔してくれたわよ!」
レオーネは口を閉じてしゅんと下を向いてしまった。
 
 
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