宿の主の通報で、ロセンの憲兵隊が二人の男の死体を引き取りに来た。
話によると、この二人は町のいわゆるゴロツキで、金で荒事を引き受けたりしてたそうである。
騒がせ賃と、もう一部屋分の金をその場で渡すと、宿の主はリュミエに別の部屋を用意してくれた。
「はああ」
とりあえず、隣の2人部屋に移動し、リュミエは疲れたため息をつく。
「珍しくサービスしてやったのに。なんの収穫も無しか」
「そうそう、見物料が欲しいほどの熱演だったのにな」
軽口を叩くゼネテスをリュミエは睨み付けた。
「…なんの事だい?」
おそるおそる聞くレオーネも、ぎりっと少女に睨まれ大人しくなる。
「それよか、あなたは何してたの?」
唐突に問われた青年が、きょとんとする。
「隣であの大騒ぎよ。いくら扉をびっちり閉めてたって、音は聞こえた筈。何してたの?
怖くて震えてた…、なんてまさか言わないでしょうね」
遠慮のない少女の言葉に、レオーネはさすがに不快そうに眉を顰めた。
「震えてたわけじゃない…、ただ…」
言い訳しかけ、ゼネテスの顔を見てもごもごと声を低くする。
「…部屋にいなかった…」
「お前!遊びに行ったな!」
ゼネテスはレオーネの首をがばっと小脇に抱えると、その頭のてっぺんをぐりぐりと拳でこづいた。
「いい子でいるって俺を追い出したくせに!」
「…自分ばっかいい思いして〜〜〜!!かわい子ちゃんにご無沙汰なのは、オレだって一緒よ〜〜。
騒ぎを聞きつけて、すぐに戻ってきたじゃないの〜〜〜。あの子、可愛かったのに〜〜〜」
「聞く耳持つか!」
ぐりぐりとレオーネの頭をこづいているゼネテスに、しょうもない泣き言をほざいているレオーネ。
リュミエは馬鹿馬鹿しくなってきたらしい。
「アホらし、私、もう寝るわ」
脱力しつつそういうと、汚された部屋から持ってきた荷物を片手に部屋から出ていこうとする。
レオーネは慌ててゼネテスを突っついた。
「おい、部屋まで送ってやれよ」
「いらない。馬鹿が移るから」
冷たく応え、リュミエは派手な音を立てて扉を閉めた。
レオーネが息をつく。
「…おっかねーねーちゃん。「馬鹿が移る」だってよ」
そう言ってゼネテスの顔をまじまじ見ながら、にまっと笑う。
「馬鹿だ、馬鹿。お前が馬鹿だとさ」
「アホタレ、二人まとめて馬鹿扱いだ」
互いに「馬鹿」の押し付け合いをした後、二人同時にため息をつく。
「…わりい、彼女の言うとおり、めっちゃ余計な事しちまったな」
「いいさ、しちまった事をうだうだ言っても始まらない。その辺はあいつも判ってる。しつこく責めたりなんぞせんから、安心しな」
「あいつら、オレを追っかけてきた口かな」
「…俺達を先に殺ってから、お前をじっくり始末するか?まあ、筋は通ってるな」
ゼネテスは頭をかいた。
「いいタイミングだ。連中は、俺とリュミエがやることやって、惚けた所を狙う気だったらしい」
「やってなかったのか?」
「一応、今は『護衛』中だからな。仕事中はその気にならん」
「んじゃ、オレの心配も余計だったんだ…」
レオーネは深いため息をつく。
「オレってやっぱりトーシロなんだな。自分が危ないって判ってても、欲情しっぱなしだ」
「色ボケは程々に、ってこったな」
ゼネテスは苦笑しながら、うなだれたレオーネの背中を叩いた。
◆◆
翌日からはまた、何事もなかったかのように旅が始まる。
妙にしゃきっとした顔つきのレオーネに、リュミエは眉を潜めた。
「どしたの?あれ」
「心を入れ替えたらしい」
ひそひそ話をしている二人に、レオーネは脳天気に笑って手を振る。
「ほらほら、早く行こうぜ。今日はグリフォンの巣の撤去だろ」
苦笑すると、ゼネテスはぽんとレオーネの肩を叩いた。
「今回の仕事は、お前さんメインで行く。頼むぜ」
へ?という顔をする友人に、ゼネテスは武器属性の関係でグリフォントは相性が悪い、と笑って答えた。
「お前のおっかねーねーちゃんは?オレ、信用無くしてないの?」
おずおずと聞くレオーネに、ゼネテスは大口を開けてからからと笑う。
「お前さんなぁ、『おっかねーねーちゃん』なんて、聞かれた方がおっかないぜ?ま、安心しな。
今日はあいつは別口の用だ。フゴーの取引の護衛だとさ」
「…お前らバラ売りもしてたのか…」
妙な関心の仕方をしているレオーネと肩を並べ、ゼネテスはロセンの門に向かって歩いていく。
後ろから見ると、まるで少年同士がじゃれ合ってるようだ。
リュミエはその気安い雰囲気を少し離れた雑踏の中から眺め、肩をすくめた。
「強力なライバル出現ですなぁ」
からかう相手に、リュミエはぎりっと睨みを利かせた。
可憐な容貌とは裏腹に、この少女の場合、睨まれると心底怖い。
駆け引きなら慣れたもんだ、のツェラシェルもすぐに軽口を閉じる。
「ああ、いやいや…こちらが『レオーネ・フレリック』のここ数年の動向を記した報告書です」
おそらくエリス王妃相手の報告より緊張してるのだろう。
ツェラシェルはびしっとした表情で、何枚かつづられた紙の束を少女に渡した。
「…権力争いで落ちぶれたとか、その後放浪したとか、そういうのは確かなんだ」
ぱらぱらと紙をくりながら、リュミエは男に尋ねる。
「そうです。レオーネはいざこざのあと、数年間姿をくらまし、この前の戦争直前に戻り、その後また姿をくらましました。裏で名前が流れたこともないので、名前を変えていたか、本当に小さい仕事だけしていたか…」
「ねえ、その手紙がなんであなたの所に伝わったの?」
ページをめくりながら、リュミエは何気ない風に訊いた。
「特別知り合いでもないのなら、なんであなたが手紙を運ぶことになったの?行方が判らなかったんでしょ?」
報告書から顔を上げたリュミエが、静かに、だが凄みのある目つきでツェラシェルを見つめる。
さすがに食えない女だ、と思いながら、男は息を吐いた。
「実際に手紙を預かったのは、俺じゃなくて妹です。ある貴族を通じて頼まれたんです」
「その貴族って、この報告書に名前が載ってるやつの1人ね」
「…そうです」
渋々といった風に白状したツェラシェルから目をそらし、リュミエはもう一度書面に目を落とした。
報告書に載っている貴族数名の名前。
それは、いわゆるレオーネの父を生け贄の羊とし、自らは現在要職についている貴族。
それと同時に、戦争直前ロストールに戻ったレオーネが、接触を持った貴族の名前。
◆◆
「それ!目的のお相手出現だ!」
ゼネテスのかけ声と同時に、レオーネの剣が鈍い色に光る。
グリフォンの苦手とする土の属性が宿ったのだ。
絶妙のコンビネーションで、ゼネテスがその回りの邪魔な小物を切り払う。
「えいや!」
気の抜けた気合いの声と共に、レオーネは自分に向かって急降下してきた巨大な獣をぎりぎりのタイミングでかわし、すれ違いざま、その頭部に剣をうち下ろした。
凄まじい咆吼を上げ、手負いの獣が地を這うようにしてレオーネに襲いかかる。
その鋭いくちばしが、レオーネの脇腹を抉る。
「くそ!」
援護しようと、ゼネテスが駆けてくる。
レオーネはその姿を目の端でとらえ、舌打ちすると剣をグリフォンの翼の付け根に突き立てた。
暴れるのもかまわず、そのまま一気に翼を切り落とす。
もう一度襲いかかってきた獣の顎から頭に向かい、レオーネは下から剣を突き上げた。
ゼネテスがその場に駆けつけたときは、グリフォンの傾いだ身体が完全に地に落ちる寸前。
「おい〜〜やったぜ」
倒れたグリフォンの身体に足を挟まれたレオーネが、脇腹の傷を抑えて力無い凱歌を上げていた。
暖かいキュアの光がレオーネの傷を癒していく。
「ほえ〜、お前、魔法も使えたんだ」
「これくらいのスペルは、冒険者必須だろうが」
やたらと感心している友人に照れくさそうにゼネテスは言った。
「オレももっといろいろ覚えなきゃ駄目だな、いつまでも半端物でいられないな」
しみじみと考え込んでるようなレオーネに、ゼネテスは首を竦めた。
「お前さん、まじに冒険者する気か?」
「そうだな、なんかやれば出来そうな気がしてきた。まあ、確かにいろいろと覚えなきゃない事は、ありそうだがさ」
まんざら冗談でもなさそうなレオーネの顔を、ゼネテスはしげしげと眺める。
その顔つきに、レオーネは思いっきりしかめっ面をした。
「なんだよ、オレじゃ、つとまらないって言うのか?」
「いや、お前さんの腕なら、十分だ。すぐに名が売れるだろうが…」
ゼネテスは言葉を濁した。覚えている限り、レオーネは昔から騎士希望だった。
軽い口振りや態度と裏腹に、剣の訓練は真剣そのもの、今の腕前を見ても、ずっと鍛錬を続けていたことは
すぐに分かる。
「…いや、もったいないと思ってさ。お前の腕なら、王宮付きの騎士だってつとまる…。
ごたごたが落ち着いたら、正式に推挙する気でいたんだ」
「ロストール軍総司令で、冒険者やってる奴に言われたくないね。オレも最初はそれを狙ってはいたがさ、
なんか、こういうのもいいな〜〜と思ってさ…」
レオーネは草の上に寝っ転がってのびをした。
木漏れ日が中天より差し込んでいる。
「腕1つで、大陸中に名前を轟かせることもできる。…宮仕えで、上の思惑にビクビクすることもない。
自由に、どこへ行って何したって、自分の気持ち1つだ」
「そのかわり、保証は何もないぜ。冒険に行った先でくたばった処で、墓をつくってもらえるのはほんの一握り。
生き残った仲間がいなけりゃ、どこで死んだのか、それすらも闇の中だ」
「でもお前は選んだんだろ?そんな生き方を、さ」
そう言われてゼネテスは言葉に詰まった。
安定より自由を。不安定な生き方を選んだのは、間違いなく自分自身だからだ。
「オレも自由に行きたいよ。気の合う仲間と一緒に大陸の果てまでもさ。…そう、行きたい」
レオーネは何かを思いついたように、がばっと体を起こした。
「行こうよ、ゼネテス。オレと一緒に組まないか?」
唐突な申し出にゼネテスは目を丸くするが、レオーネはいかにもいい思いつき、と言いたげにまくし立てている。
「お前の彼女、…悪く言う気はないさ。女の子にしちゃ、腕は立つし、魔法も弓も大したもんだ。
でも…、やっぱり女の子の腕だろ?いざって時、お前と背中合わせで戦えるかどうか、見てて不安な気もする。
結局貴族のお姫様なんだし、…いつまでも外を駆けずってるわけにはいかないだろ?
…彼女が家に落ち着いて、それからでもいいから。お前が旅に出るときは、オレを連れて行って欲しい」
レオーネは立ち上がり、まだ草の上に座ったままのゼネテスを見下ろしていった。
「すぐに返事をくれなんて言わない。オレだってまだごたごた抱えてるし、彼女だってまだ若くて、
落ち着くのなんてとんでもないって思うだろうし。でも、いずれ、赤ん坊とか出来たら、家に入るしかないだろ?
その時は、今言ったこと考えておいてくれ」
レオーネはさばさばした顔で、森の外へと続く道を歩きだした。
少し遅れて立ち上がり、ゼネテスはその後ろ姿を辛そうに見つめる。
「…お前…」
呟くゼネテスにレオーネは気が付かない。
彼は、自分の一言が『信じたい』と願い続けてきたゼネテスの心にひびを入れたことに、
まったく気が付いていなかった。
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