◆運命の輪 7◆
 
「あ、お帰り」
仕事を終えたゼネテス達がロセンのギルドに戻ると、リュミエが振り返った。
「よう、そっちの用は済んだのか」
ゼネテスが飄々と言って、片手を上げる。
その手に自分の手を小気味よくうち合わせ、リュミエはにっと唇をつり上げた。
 
「ええ、すっかりね。そっちも何事もなかったようね」
勢い込んで、ギルドの主に自分で退治の報告をしている、レオーネの方をちらっと見る。
それから、ゼネテスの頬をむにゅっとつまんだ。
「何か…あったみたいね。顔つきがなんか変」
「顔が変?このいい男が?」
笑って誤魔化そうとするゼネテスを、リュミエは睨め上げた。
「ごまかす気?だったら勝手に浮気したって決めつけて、そこら中に八つ当たりするわよ?」
 
まんざら冗談とも思えない脅し文句に、ゼネテスは苦笑しながら頭をかいた。
「お前さんにゃ、隠し事は出来ねぇなあ。ちょいと気になることがな…」
言いかけた背後から、報酬の入った袋を手にしたレオーネが得意満面で近付いてくる。
 
「よう、リュミエ、見ろよ、今回はオレがとどめを刺したんだぜ」
リュミエはちらりと男二人の顔を見比べ、ゼネテスの身体越しにレオーネを制止した。
「お疲れさん。でも、そっから先、こっちに来たら、馬に蹴られるのが趣味だって思うわよ」
レオーネがぴたりとその場に止まる。
「おい〜〜、仕事中、その気にならないんじゃないの?」
「その気にならなくても、キスしたい気になるときはあるの。親父さん、奥の部屋借りるね」
からかうつもりが、まともに返され、口を開けたきり呆気にとられてるレオーネの脇をすり抜け、
リュミエはゼネテスの腕を引っ張ったまま、ギルドの奥の個室に入って行ってしまった。
慌てた主が、閉まった扉に向かって声をかける。
「ラブシーンは宿に帰ってからやってくれよな。特別に今日だけだからな」
 
1人ギルドの中で固まっているレオーネに、その場に居合わせた他の冒険者達が口々に慰めの言葉をかけた。
「1人もんにゃ、目の毒だよなぁ」
「若いもんは抑えが効かなくて…いや、俺も若い頃は覚えがあるさ」
同情されまくった体で、レオーネは情けない顔で笑うだけだった。
 
 
◆◆
 
リュミエがゼネテスを連れ込んだのは、内密の依頼などを受けるときの小部屋である。
小さな机と、椅子が二つ三つ置いてある。
ゼネテスは椅子の1つに腰を下ろすと、自分を見つめるリュミエを情けない顔で見上げた。
「どうしたの?」
「お前さん、…あの戦に関わった兵や騎士から、自分がなんて言われてるか知ってるか?」
いきなり何を言い出すのかと思いつつ、少女は眉を顰めた。
「そりゃ、…知ってるわよ。表は『戦女神』『勝利の女神』。裏なら『鬼神』だの、『竜娘』だの、一番サイテーなのは『平原のならし屋』…私が通ったあとは、立ってる者は何もないんですってさ」
 
そう…実際、共に戦場に立ったもの、王都にいて噂だけ聞いたもの、立場はそれぞれでも、
彼女が敵に与えた損害の大きさは、武官達なら全て心得ている。
また、「女の子にしては使える」程度の腕で凌げるほど甘くない戦いであったことも、兵なら皆知っている。
知らないのは、剣や戦とはまったく無縁の、一部の文官や貴族だけだ。
『ノーブル伯』という名前だけで敵の矢や剣が逸れてくれると、そう本気で信じられる程の世間知らずのみ。
 
「あいつ…、騎士として参戦したって言ってたよな」
「レオーネ?ええ、それでロストールに戻ったって言ってたわ」
「そう…だよな」
ゼネテスは考えるように目を下に向けた。
リュミエは探るような目つきをする。
「レオーネは私を異名を知らなかった。だから、参戦したのも嘘じゃないかって思ってるの?」
黙っているゼネテスの耳を少女は引っ張った。
 
「あいて!」
「参戦してようがしてまいが、どっちでも良いわ。戦場での働きが誇張して伝えられるのは、よくあることだもの。
レオーネが私の戦いぶりを見て、噂は大げさだったんじゃないかと思ったとしても、無理はないでしょ?
だってそう見えるように振る舞ってたんだもの、違う?」
「本当に…そう思うか?」
「最初から疑ってる私にそれを聞くの?私は可能性を1つ口にしただけよ」
真っ正面から言い切る少女に、ゼネテスはしばらく圧倒されたように口を閉ざしていたが、やがて自嘲めいた
笑みを漏らした。
「…俺も最初からあいつを信じ切れずにいたと言うことか。こんな些細なことでおたついてるようじゃな」
「ゼネテスが言ったでしょ?私達は、人の言葉を無条件に信じられるほど、無邪気な良い子じゃない。
…打算抜きの好意を相手に期待できるほど、綺麗な場所に立ってるわけでもない。
彼の思惑は最初から判ってなかったの。それを承知の上で、ゼネテスは信用したいと思ったのでしょう?
だったら、少しくらいの疑惑でおたついてるんじゃないわ」
 
リュミエは勢いよくゼネテスの背中を叩いた。
「て!」
「しっかりなさい、ゼネテス・ファーロス。信用したいなら、したいで、それにも手順ってものがあるのでしょ?」
鋭い声にゼネテスは少女の顔をまじまじと見つめ、それから低く笑いながら立ち上がった。
「…お前さんなぁ、人が落ち込んでる時ぐらい、よしよしと優しく慰めてくれたって、バチはあたらんぜ」
笑いながら懐いてくる大男の頭を、リュミエは鬱陶しげに軽く叩く。
「何言ってるの。これくらいで慰めて貰おうなんて、図々しすぎる」
その言葉に、ますますゼネテスは笑いだした。
 
「ったく、つくづくお前さんは最高だな」
「お世辞言ったって、甘やかしてなんてやらないもの」
口ではそう言いつつも、リュミエは軽くゼネテスの頬に口づけた。
にやりと笑うゼネテスの表情は、いつものものに戻っている。
「…しゃあねえな。裏をとるか」
「依頼の裏はきちんととらないと、あとで泣きを見るわね」
「リベルダムでのお前さんみたいにな」
例の殺人ぬれぎぬ事件をほのめかされ、むっとしたリュミエは思いっきりゼネテスにひじ鉄を食らわしていた。
 
 
◆◆
 
小部屋のドアを開けると、衝撃があった。
「…あらら」
リュミエが気の抜けた声を上げる。
「お前ら〜〜、いきなりドアを開けるなよ」
レオーネがべったり尻餅を付いたまま、頭を抱えていた。
どうやらドアの外で中の様子をうかがっていて、外開きのドアが開くときに頭を打ったらしい。
「お前さん、この部屋の声は外には漏れないぜ…、もともと密談用なんだから…」
ゼネテスが呆れたように言うと、ギルドの主も、うんうんと頷く。
「俺もなぁ、そうこの兄ちゃんに言ったんだが…、若いもんの好奇心ってのは時に馬鹿みたいなマネも
するもんだ」
「あ、ひでぇ、親父さんだって、中の様子が気になるってうかがってたくせに〜〜〜」
ふてくされて言うレオーネに、ギルドの親父はばつが悪そうに大声で笑ってる。
ぶーっと子供のように膨れたあと、レオーネは片眉を上げて二人の方を向き合った。
「そんで?実際のトコ、ふたりっきりで何してたの?熱烈な??」
好奇心丸出しの質問に、ゼネテスとリュミエは顔を見合わせて笑う。
「そう、愛情込めて、熱烈に」
「思いっきり気合い入れられてたな」
同時に吹き出す二人に、レオーネは拍子抜けした間抜け顔で頭をかいた。
 
 
その後、ひらひらと手を振ってリュミエはまたどこかに消えてしまった。
すっかりなじみになった酒場で、レオーネはまたとんでもない注文をしてウェイトレスに呆れられている。
「この川魚の蒸し焼きは、蜂蜜かけてくれる?そんで、こっちのかぼちゃスープにはマスタード多めね」
こちらはまともな料理を頼んでるゼネテスはうんざり顔をした。
「お前…ひょっとして味音痴だったか?」
「え〜〜?おいしーのに。なんでみんなこの味が分かんないのかな〜〜」
ぶつぶつ言いながら相変わらずの健啖ぶりで料理を平らげる友人を、ゼネテスは苦笑いしつつ眺める。
それから世間話のような口調で、話しかけた。
「…なあ、お前、例の手紙って今どこに持ってる?」
その質問に、レオーネは飲みかけの杯をおろした。
 
「例の手紙って、俺の親父の?」
「そう、その手紙だ。身につけてるのか?」
レオーネは眉をしかめた。
「急にどうしたんだ」
「リュミエが言ってた。俺達がいない間、宿の部屋に泥棒が入りかけたんだと」
「な…」
思わず大声を出そうとした友人を、ゼネテスは押しとどめた。
 
「騒ぐな。ちょうどあいつが帰ってきた所だったそうだ。荷物を開けかけで、そいつは窓から逃げ出したらしい」
「…お姫様は捕まえなかったのか?その泥棒を」
声を潜めるレオーネに、ゼネテスは苦笑した。
「2階から飛び降りたやつをあいつが?殺す気ならともかく、生け捕りする気にはならんだろうさ」
「金目当てかもしれないじゃん…」
「俺達から金を盗もうなんて、命知らずはいない」
そう断言するゼネテスに、レオーネも認めるしかなかったようだ。
 
「あの証拠の手紙?お前にくれてやったとは思わなかったのかな」
「俺が手に入れてたら、そいつらはとうに処分の対象だ。お前が切り札として持っているとふんだんだろう」
「…」
少しの間、青年は爪を噛むようにして考え込んでいたが、やがて深い息を吐いた。
「手紙は隠してる。そう、切り札だから。…それだけじゃ駄目?」
「駄目だ」
厳しい顔でゼネテスは言いきった。
 
 
 
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