◆ 簪 後編 ◆


峠道を下り終わり、市がたっていた寺が見えた頃になって急に蛇骨は立ち止まった。
あたふたと、慌てた顔で蛮骨の腕を掴む。
「なんだよ」
そう蛮骨が問うと、蛇骨は焦った声で訴える。
「戻ったらさ!煉骨の兄貴が待ってるじゃん!」
「待ってるなぁ」
蛮骨は飄々と答える。蛇骨はさらに焦って上擦った声を出した。
「捕まったら、書き取りさせられるじゃん!」
「……おまえ…忘れてたのかよ」
呆れて蛮骨が言うと、蛇骨はおろおろとしながらも、ねだるような猫なで声を出した。
「なーあ、大兄貴…おれ、今晩はその辺で夜明かししてていい?」
「帰らねぇのか?」
「だって、煉骨の兄貴まだ怒ってるかもしれないしさぁ…大兄貴、戻って様子見てきてくんない?」
「おまえ、人を使いっ走りに使う気か?」
少しばかり冷ややかに言ってやると、蛇骨はしょんぼりとなった。
「だめ?」
「だーめ、…と言ってやりたいとこだがなぁ…まあいいや。明日簪受け取ってから帰ってきな。どうせそろそろ次の仕事の話が聞こえてくるだろうし、用事すませとかねぇと動くに動けねぇから……って風に言い訳しといてやるさ」
「仕事の話がはいったら、書き取りもしなくていいよな?」
とことん書き取りを嫌がる蛇骨に、蛮骨は深いため息を付く。

「字くらい覚えといたってバチはあたんねぇぞ?」
「だってくねくねした線にしか見えねぇし…煉骨の兄貴が覚えてんなら、それでいいじゃん」
居直ってそう答える蛇骨に、蛮骨は苦笑するしかない。
「まあいい。じゃ、おれは戻ってるからな」
「うん、じゃ、明日なーー」
そう言って手を振って、蛇骨は今下ってきたばかりの道を戻っていく。
蛮骨は一つ息を吐くと、渋い顔でねぐらにしていた外れの小屋へと戻っていく。
「仕事の話来てればいいなぁ。そうすりゃ、煉骨だっていつまでも怒ってやしねぇだろうし」
ぶつぶつと独り言を零しながら、蛮骨は頭を掻いた。


◆◆◆◆◆◆◆


夜明けが近い頃、老爺は簪の最後の仕上げにかかっていた。細工の終わった玉飾りに脚をつけ、ほんの僅かな曇りや木屑も残らないように、丁寧に磨き上げる。
碧い玉に浮き上がる赤い蝶の形は、老爺にとっても十分に満足のいく出来だった。
「……見事な物でございますねぇ」
傍らでその仕事を見ていた弟子の男が感歎の息を付く。
「私も早くこのような飾りを拵えてみたいものです」
その言葉に老爺は難しげな顔になると簪を作業台へと戻し、男の方に向き直った。
「一つはっきりと言っておかなくてはいかないね。もうこんな風に注文客を連れてくるのは、止めてもらわなくては。私はもうこういった品を作る気はないのだよ。あくまで今回は特別だからね」
その言葉に、男は眉を潜めた。
「何を仰るのですか。せっかくこのような腕があるのに、なぜあんな味も素っ気もないような物ばかり作るのですか」
男は作業台の上にある二本の真新しい簪に見入った。鮮やかな碧の色漆から浮き上がる、くっきりとした紅い撫子と蝶。まるでそのまま風に花びらをゆらし、あるいは空に飛び立っていきそうな美しい造形だ。

「私は早くこのような飾りを作りたいのです。誰にも真似の出来ない色合いの漆を合わせ、彫刻の技を手に入れ、都の方々や大名家の姫君の髪を飾る物を作り上げたい」
熱っぽく語る弟子に、老爺はわがままな子供を見る目で語る。
「そんな方々の飾りを作ったからなんだというのだね?今は戦の世だ。たとえ金子を蓄えようと名声を得ようとも、そんなもの、ただ一度の戦で失われるような儚い物ではないのか?」
老爺は弟子の若さを危ぶみ、諭すような口調で言った。
「ただ衣食に困らぬ程度の稼ぎでよいではないが。わしらの作る櫛を欲しいという者達は、野にいくらでもおるではないか。わしはもうこのような贅沢品を作る気はないよ。孫のために作る、これで終わりだ」
くるりと背を向け作業に戻った師匠に、弟子は食い下がる。
「お待ちください。師の仰ることは確かに正道と存じます。ですが、――技は私にお伝え下さるのでしょう?師お一人の代で終わらせるなどという事はないのでしょう?」
「わしの代で終わりだよ。お前にはもっと別の技を伝えよう。野女とて美しい物を使いたいと思うもの。もっと使いやすく、丈夫で、美しい拵えの物を――」
「その辺の女に使わせるような安物を作る技など、いりませぬ!」
激高した弟子の声に、驚いて老爺は振り向いた。日頃、真面目で大人しいと思っていた男は目をつり上げ、憎々しげな形相で師匠を睨み付けていた。

「とんだ計算違いだ!私が欲しかった技は、姫君達が大枚はたいても手に入れたいと願うような技だ!せいぜいが安銭数枚で買えるような代物など作ったところでなんになる!その簪をご覧なさい!その美しい簪一本に、私が村で一日商って得た以上の値が付いているのですよ!」
喚き散らす男の顔に、老爺は恐怖を感じ始めていた。よく知っていたつもりの弟子が、まるで別人のようだ。
「あなたはいい。都で名人と謳われ、女達に引っ張りだこになり、さぞや華やかな暮らしを楽しまれたことでしょう!年をとって隠居生活にはいって悟ったことを言うのも良い。だが、わたしはどうなる?こんな山奥で醜女の顔を毎日眺めながら、あの面白くも何ともない道具を作り続けるのか?まっぴらごめんだ!」
「お前!」
老爺は仰天して叫んだ。この弟子は、妻になるはずだった娘を醜女と言い放ったのだ。
「何を今更驚くのです?まさか、この私が本気であの醜い娘に惚れたなどと思っていましたか?孫娘の婿になれば、きっとあなたが秘伝の技を私に伝えてくれるとそう思ったからこそです」
冷たく吐き捨てる男に、老爺は怒りで我を忘れた。その人柄をすっかり信頼し、不憫な孫娘を託せると、そう信じていた思いが全て裏切られたのだ。
怒りに震えながら掴みかかる老爺を、弟子は乱暴に払いのけた。
よろめいた老爺は棚にぶつかり、昏倒する。頭から血を流して動かなくなる師の姿に、男ははっとなった。大変なことをしてしまったと思い、全身が震えて止まらなくなる。

かたんと音が聞こえ血走った目を向けると、そこには細く開けた障子の影にへたり込んでいる青ざめた娘がいた。倒れた祖父の姿と、耳にした許婚の本音に動転したのか、強すぎる衝撃に何も考えることが出来なくなっていたのか、娘はその場から動こうともせず、面変わりしている許婚にひたと目を据えている。
その目に男はぞっとなった。自分を責めていると感じたのだ。
倒れていた老爺が呻いて僅かに体を動かす。
今となってはもう終わりだ――そう男は考えた。
ここにいたところで何も良いことはない。技を伝授されることもなく、無一文で放り出されるだけ。まとまらない頭の中でそう思ったとき、師がぶつかった衝撃で棚から転げ落ちていた華やかな飾りが目に入った。

美しい色漆、金銀を使った蒔絵。その輝きは今も失われていない――。

男は咄嗟に土間の隅に立てかけてあった手斧を掴んだ。
そしてようやく身体を起こしかけていた老爺の頭上に向かって振り下ろす。
作り物のように動かなくなっていた娘が、魂消る声を上げた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


峠道の途中、木の上で夜明かしした蛇骨は、ふと悲鳴を聞いたような気がした。
寝ぼけ眼できょろきょろしてみるが、声はもう聞こえない。
空耳だったのかと思いつつ木から降りると、坂道の上を見る。
「…目が覚めちまったなぁ…まあいいか。ジジイ、どのくらい仕事が進んだのか、いってみてやろうっと」
新しい簪の出来上がりに期待を膨らませつつ、蛇骨は浮かれた足取りで道を登っていった。だが、峠道を登り切った所にある職人の家を見たとき、蛇骨は妙な違和感を感じる。
その違和感の理由が判らず家に近付いた蛇骨は、強い血の臭いに眉をよせた。一気に板戸を引き開けて中にはいると、土間から登ってすぐの板の間は血の海になっていた。
俯せに倒れている老人。散乱する飾り気のない櫛。棚に納めてあったはずの、様々な華やいだ飾り物は跡形もなくなり、ひっくり返った作業台の上には昨日見たはずの撫子の簪も、それから蛇骨が頼んだ物も見あたらない。

「……ありゃ…野盗でも襲ってきたのかな…」
蛇骨はしかめ顔で頭をかくと、老人の側にしゃがみ込んだ。
斧で頭を割られ、確かめるまでもなく絶命してる。
血の付いた足跡が板の間の向こうの部屋まで続いていて、蛇骨はその足跡を追った。障子で遮られた小さな部屋と、そして台所。そこも血だらけで、顔に痣のある娘が倒れている。逃げようとしたところを背後から襲われたのか、俯せの背が大きく叩き割られていた。
「弟子はどうしたのかなぁ…」
蛇骨はぼんやりと言った。台所の勝手口にかかっていた竹簾が引き毟られたように落ちていて、それにも血の跡がある。そしてべったりと残っていた血の足跡は、その辺りから消え、ただ微かな線だけが先に続いていた。
「素足で暴れまくって、で、履き物を履いて外へ出た。外へ出るときつんのめって簾に掴まって落っことしてそのまんま逃げてったってとこかな…ふーん」
つまらなそうに目星をつけると、落ちた竹簾を踏んで外へ出る。
血の線は家の裏手から山を抜ける小道に続いている。

あの二人を殺したやつが、蛇骨の簪も含めて金目の物を洗いざらい持って裏の小道を逃げていった。
そして、逃げていったのは、おそらくあの弟子だろうと蛇骨は思う。
もしも賊に襲われたのなら、若い男は一番最初に殺されるだろうし、生き延びたのなら里へ助けを求めに走るだろうが、里に続く道筋では自分が野宿をしていた。
人が通ったのなら気が付くはずだが、あいにく昨夜は誰も通らなかった。

「おれの簪も……持ち逃げしてったんだろうなぁ」
迷惑そうにそう呟くと、蛇骨は山道を走り出した。


◆◆◆◆◆


街道にある関所を避け、男は山道を進んでいた。背には師の家から持ち出した飾りを詰め込んだ葛籠。これを持って、この先にある町に行くつもりだ。
行商に行っているうちに馴染みになった女が居る。透けるような白い肌に紅がよく似合う美しい遊女だ。この持ち出した高価な品々を売り払って得た金で身請けし、一緒に何か商売を始めるつもりだった。
幸いなことに、多少なりとも手に技がある。惚れた女と二人なら、ひっそりと地道に暮らすのも悪くはないと思った。

もう師匠達のことは考えないことにした。里に顔を出していたのは自分一人。師匠達の存在すら里人は知らないだろう。万が一、山に入った里人があの家のことに気が付いたところで、おそらく野盗か何かに襲われたと思うに違いない。それより先に山犬達が死骸を食い散らしてくれるかもしれない。とにかく隣国に行ってしまえば、罪に問われることなど無い。
息を切らしながら男は山道を急いだ。一刻も早くあの家から遠ざかりたかった。
この山道を登りきれば、あとは下るだけ。すぐに町に着く。
もう一頑張りだと、男は足を止めて荒くなった息を整え、葛籠を背負いなおす。

「ようやく追いついた」

その声に男は振り向いた。そこにいるのは、昨日彼が家へと誘った奇妙な形の男だった。唇を歪ませ、冷ややかな目で近付いてくる蛇骨に男は恐怖を感じたのか、後退す。
「な、何か用か…?」
「用ってさぁ、そりゃあるにきまってんだろ?お前が持ち逃げしたおれの簪、返して貰いに来たんだよ」
蛇骨が一歩進むと、男は一歩下がる。真っ青な顔ながらきっと睨み付けてるくる男に、蛇骨は薄笑いを零した。
「大人しそうなツラして大したもんだよな。師匠と許婚ぶっ殺して、洗いざらい持ち逃げとはさ」
「し、仕方なかったんだ!私は、飾り職人として都で独り立ちできる技が欲しくて弟子入りした。なのに、師は私に技を伝えないと言ったんだ!あの醜い娘を嫁にしてやるといったこの私に、技を伝えないとそう薄情なことを言ったんだ!だから!」
「だから?師匠が作った飾りもん持ち出して、金にする気だったのか?」
蛇骨は淡々と言う。目を血走らせ、口から泡を吹いて言い訳する男の顔は、蛇骨に興味を抱かせるものではなかった。
「……これくらい良いだろう…?私は、町に女が居る。美しい女だ。その女と二人で暮らすための足しにしたって……」
男は下手に言うと、引きつった笑いを漏らした。それに合わせ、蛇骨も歪んだ笑い顔を作る。興味も何も失った、ここにいるのはただの裏切り者。

蛇骨は綺麗事を言う気はない。
一度決めた女に操を立てろ、などと、そんな事を言う気は毛頭ない。
ただ、目の前にいる男は醜かった。己の保身のために師と許婚を貶める男は、ひたすらに醜い顔をしていた。

「そりゃーそうだよなぁ。誰だってさ、ぶっさいくなのよか、器量よしのほうがいいよなぁ。でもさあ、それっておれには関係ねぇよなぁ」
蛇骨は肩を竦めると冷たい目で男を正面から見据える。
「お前はさ?このおれの物になるはずの簪をかっぱらってったんだ。落とし前はちゃんと付けねぇといけねぇよな」
「そ、そんなつもりはなかった!お前様の物は今すぐ返す!返すから、――だから」
男は慌てて葛籠を降ろすと、中をかき回し始めた。手先が震えるのか、一度ならず葛籠の中の物を掴み損ない、なかなか蛇骨の簪を探し出すことができずにいる。
面倒くさそうに蛇骨は言い放った。

「自分で探すよ。おれはさあ、てめぇからなんか受け取る気にならねーっての。なんかさ、すっげー気分悪い。せっかく大兄貴が買ってくれた簪をさ、てめぇの手なんかで汚くしたくないんだってばさ」
その声音に顔を上げた男の目に映ったのは、光る軌跡。
次の瞬間、男は目の前が真っ赤に染まるのを見た。身体が燃えるように熱くなり、そしてすぐになにも感じなくなっていった。


◆◆◆◆◆◆◆◆



「おーい」
森の向こうから呼ぶ声が聞こえ、その声に聞き覚えのあった蛇骨は声を張り上げた。
「大兄貴ーー、こっち」
藪の間からすぐに姿を見せた蛮骨は、忙しなく葛籠の中の物を取り出している蛇骨に不審下になった。
「お前、何やってんの?」
「大兄貴こそ、なんでここにいるの?」
手を動かすことを止めず呑気な問いを返す蛇骨に、蛮骨は訳がわからないという顔になる。
「お前を呼びに来たんだよ。そしたら、じいさんも孫も死んでるし、お前もどこにいるんだかわかんねぇし、で、とりあえず血の後を追っかけてきたんだ」
そしてひょいと首を伸ばし、蛇骨の向こう側に倒れている男に目を向ける。
「そいつ、弟子じゃねぇか?」
「こいつがさぁ、持ち逃げしたんだっての。で、おれの簪もこの中にある筈なんだけどなぁ…」
ぶつぶつ言いながら葛籠の中のものを外へ放り出し続け、その一番下にあった物をようやく見つけだすと、蛇骨ははしゃいだ声を上げた。
「お、あったあった!蝶の模様だから、これだな!」
「ほー、いいじゃん」
蛇骨が手にした物に、蛮骨も感心した声を上げる。蛇骨はさっそく簪を髪に挿そうとした。それを蛮骨が止める。

「おれがやってやるからさ、ちょっと後ろ向けよ」
「おー、大兄貴。やっさしーーー」
「やっぱさ、おれがくれてやる物だし」
「なんだよ、女になんかやるときは、いつもこうやってつけてやってたのかよ」
「拗ねるなよ。他は全部、これとは比べ物にもならねーくらいの安もんだったんだからさ」
笑いながら蛮骨は、蛇骨の髪の程良い場所に簪をさしてやった。
少し離れてじっくりと眺めた後、蛮骨は満足そうに言う。
「おお、良いじゃん。似合ってる」
「ほんと?へへ…うれしーー」
誉められたことに気をよくして、蛇骨はにっこりと機嫌良く笑う。
一緒になって機嫌良く笑った後、蛮骨は自分が迎えに来た理由を思い出した。

「おっとそうだ。仕事が入った。今日中に発つからって煉骨が言うから、探しに来たんだった」
「仕事?煉骨の兄貴、おれのこと怒ってない?」
「すぐに帰らなきゃまた怒るだろうな。さて行くぞ」
「どんな仕事かな〜〜〜」
煉骨の怒りも解けたと知り、新しい簪も上々で、すこぶる機嫌の良い蛇骨は足取り軽く帰りかける。
その時、背後で小さな音がした気がした。振り向いてみるが、そこはさっきまでと別になんの代わりもない光景が広がっている。
血溜まりに倒れ伏している男と、蛇骨が放り出した飾り物。
そして蛇骨の物と同じ玉飾りに可憐な撫子の模様の簪。
殺された娘が、祝言の時に髪に飾るはずだった物だが、それを自分がいつ荷物の中から放り出したのか蛇骨は覚えていなかった。目にした覚えもなかった。

それは今、動かなくなった男の手の中に握られている。
いつの間に手にしたのだろう?と蛇骨は小首を傾げた。倒れたときは、何も手に持っていなかったのだ。
一撃でやりそこなったのだろうか。
まだ息があって、手元に転がってきた物を掴んだのだろうか。
そんな筈はない、と思う。
確かに手応えはあった。それに転がっている身体の手の色は、とてもついさっき息絶えた物とは思えない。
それなのに、なぜ握っているのだろう。
立ち止まり、死体をじっと眺めている蛇骨に、焦れた蛮骨が呼ぶ。
「おい、何やってんだ!早く行くぞ」
「あーー、判ってるって」
背後を振り向きながら蛇骨は蛮骨の後を追いかけた。何度振り向いても、男はやはり動いていなかった。
最初から動くわけがない。男は死んでいたのだから。
あの老人も娘も死んだ。そして、二人を死なせた男も後を追った。
男は娘になんの情もなかったのだろうが、娘の方はそうではなかったのだろう。

「あの簪って、つまりは死んでも離れねーってことかなー……」
「ん?何か言ったか?」
「いや、なーんにも言ってねぇよ」
ぽそりと呟く声を耳にした蛮骨に問われ、蛇骨は短く否定する。
風が吹いて、丈高い草が一斉にしなる。
蛇骨はもう振り返ることもせずに山を下る。
男の身体は草の影に飲まれ、見えなくなっていた。



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