◆ 空恋 4 ◆
 



その夜、蛮骨と煉骨はある武家の屋敷でもてなしを受けていた。
例の国境の川付近の守護を担当している武士の、上司に当たる上級武将の屋敷である。
本来なら傭兵である蛮骨達と膝つき合わせて飲むような身分ではないのだが、どうしても一度話したかった、という意向の上での招きだった。
だが酌や給仕をするのはかなり歳のいった女達で、若い侍女は座敷に入ってこない。得物も持ち込むのを禁じられ、せいぜい鎧通しを帯の下にしのばせている程度である。傭兵の人柄に対し、信頼を置いているわけではないのははっきりしている。その点は蛮骨達も当然の事と承知しているので、別段無礼とも感じない。どれだけ功を上げようとも、家柄のある家に生まれた武将は傭兵を格下のならず者としてみる。ましてや、雇われてから大戦もなく、蛮骨達は目に見えるほどの働きをしていない。
老女の酌で杯を受けながら、蛮骨は館の主を真意を測る目つきで見やる。
主本人はもともと豪快な人柄なのか、人殺し集団の首領を前にしても磊落な調子で話し始めた。
「そなた達のおかげで、今年の秋は十分に収穫も出来たし、冬の備えも出来た。領民にかわって礼を言う」
礼を言われる筋合いはない、と言いかけた蛮骨だが、続く主の言葉に煉骨と顔を見合わせた。

「あの川沿いは渡河に難儀することもないので、毎年のように収穫時期を狙っての襲撃を受け、逃げ出す領民が後を絶たなかった。砦を作ったり、傭兵を住まわせたりしてもみたが、殆ど効果がなかった。それがだ、七人隊が守りに入ったと知って以来、連中は足踏みするだけで川を渡ることもない。七人隊の名のなんと威力絶大な事よ」
主は称賛するように言った。どうやらあの一帯は長い間の頭痛の種でもあったようで、それが解消されたことでだいぶ気が楽になったらしい。
蛮骨は苦笑しながら頭を掻いた。
「……まともな戦にならなかったのは、おれ達が居たからか…」
名前が売れるのも善し悪しだな、と思う。戦が回避されたら普通の兵は喜ぶのだろうが、彼等は戦う事自体が好きだ。こうやってもてなしの場よりも、むしろ戦う場を用意してくれ、と言い放つ連中ばかりなので、いくら名前の効果を称賛されても嬉しくはない。
何気なく横を見ると、煉骨は難しげに眉根を寄せている。
煉骨は控えめに尋ねた。
「我々の前にも、傭兵を雇っていたのですか?」
「おう、中村党とか、いっぱしの名を名乗り、そなた達よりも大所帯の連中ではあったが、これがまた見事な見かけ倒しでな。さっぱり襲撃を防げずにうかうかと収穫した春麦の半分以上を持って行かれおった。ゆえに叩き出して、代わりにそなた等を雇い入れたというわけだ」
さも呆れた、と言いたげな息を主は付く。
「首領は大男でいかにも古強者、といった様子ではあったのだがな。所詮は田舎の地侍相手に威勢を振るうのが精一杯、というところだったのであろう。見た目では判らぬものだ」
話を聞きながら、煉骨は顎に手を当てて何かを考え込んでいるようだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

帰り道、何か考えている風の煉骨に、蛮骨は聞いてみた。
「さっきの話、何か引っかかることでもあるのか?」
「……おれ達の前に雇われてたって、連中のことなんだが…」
「そいつらがどうした?」
まったく見当が付かないらしい蛮骨に、煉骨は言う。
「ずっといくさ場にいた兄貴は知らないだろうが、聞く所によると例の盗賊連中が現れたのは、おれ達が雇われた時期と重なっている」
「おれ達が来たんで干された連中が、盗賊に早変わりしたってか?」
「別に珍しい事じゃあない。ただ、蛇骨が最初に襲われてから、その盗賊連中もすっかり影を潜めちまった。どう思います?」
「どう思うってなぁ。……つまりさ」
蛮骨は意味ありげな目をした。
「盗賊と、傭兵と、蛇骨を襲った連中は一緒って事か?」
「可能性はある。そいつ等はおれ達を恨んでるかも知れない。七人の中であいつが一番与し易いと見て、首を取ろうとしてもおかしくない」
「蛇骨が与し易いって?そう思う奴はよほど目が利かないんだな」
げらげら笑う蛮骨に、煉骨は皮肉っぽく返した。
「端から見たら、あいつはただの妙な風体をしたガキだ」
言われて、蛮骨は渋い顔になった。確かに、端から見ればそうだろう。

鎧で固めた面々と違い、蛇骨は薄手の鎧を小袖の下に着込み、ぱっと見ただけではそれほどの手練れには見えない。むろん、見る者が見れば全身に染みこんだ血の臭いすら感じ取れるだろうが、中途半端に腕に自信のある者なら不意を付けば倒せると思うかも知れない。
「そのなんとか党の連中の、ツラを知ってるヤツがいるだろう。そいつらに見回りをさせればいい」
「まあ、それが手っ取り早いでしょうな。どうせ屋敷周りをうろつてるんだろうから」
「それまで蛇骨を大人しくさせとくか…」
そうぶつぶつ言っていた蛮骨は、前方からよたよたと走り寄る足音を聞きつけ、提灯を掲げた。息を切らした下男の老人が、蛮骨の顔を見て急いで駆け寄ってくる。
「なんでぇ」
「……これを…睡骨様が蛮骨様達に……お見せしろと…」
とぎれとぎれに言いながら差し出す紙を受け取り、一目見るなり蛮骨は驚きに呻く。そして荒っぽい手つきでそれを煉骨に突きつけ、言った。

「読めねぇ!」

煉骨が開いた紙には、拙い筆捌きでかなり下手くそな女文字が書かれていた。所々形が崩れ、しかも一文字一文字大きさが違うという、恐ろしく読みづらい文体だった。それを見た瞬間、蛮骨は読みとる気をなくして煉骨に押しつけたのである。
呆れた息を付きつつ、煉骨はその手紙を読む。そして、顔を険しくして老人に聞いた。
「これは誰が受け取った?睡骨か?」
「え……蛇骨様と睡骨様です。蛇骨様が飛び出して行かれて、睡骨様がわしにそれを届けるようにと…」
「あの馬鹿!」
「何が書いてあったんだ?」
眉を顰めた蛮骨に、煉骨は口早に答えた。
「盗賊の隠れ場所とやらの密告状だ。十中八九罠だろうに」
「いっちまったのか、…たく、物考えねーヤツだな。で、どこの場所だって?」
煉骨は僅かに考え込み、そして二枚目の紙を開いた。
「いや、行くならこっちだ。待ち伏せされた所で、あいつら二人が一緒に居るなら、大事はない」
「まあ、そりゃ、そうだろな。じゃ、どこへ行くって?」
「こっちには、万が一の場合の連中の待ち合わせ場所が書いてある。南の町外れの道祖神のある辻だ」
「じゃ、そっちに行くか。蛇骨達が片付けそこなった連中が、来るかもしれんしな」
気楽に言う蛮骨に、煉骨は呆れた風に問う。
「この密告状の内容を、信じるのか?」
「町外れに来ないかもしれねぇってか?」
「手紙が罠なら、これも嘘だと疑うのが当然だろうに」
蛮骨はその煉骨の言いぐさににやりと笑う。
「お前が言ったんだろ、行くのはこっちだって」
「そりゃ、そう言いましたがね」
煉骨は肩を竦める。蛮骨は南に向かって歩き出しながら、肩越しに言った。
「それなら、あいつ等は来るんだろうさ」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


蛮骨達が手紙を受け取る半刻ほど前。

屋敷の門内に石にくくりつけられて投げ込まれた手紙があった。
それを拾った老人が、退屈そうに留守番をしていた蛇骨に届けたのだ。
蛇骨はそれを広げ、すぐに血相をかけて睡骨を呼んだ。
「なんだ、うるせぇ」
のっそりと現れた睡骨に、蛇骨はその手紙を押しつけ、そして叫んだ。

「読めねぇ!」

睡骨は一瞬呆れた目をした。そして手紙に目を落とす。あまり上手くない、それどころかかなり崩れた女文字で、読み書きが苦手な蛇骨ではただの曲がりくねった線にしか見えないだろうと思う。
「確かにこりゃ、お前には読めねぇだろうな。かなり下手くそだ。お前の字よりはまともだが」
「変なこと言ってねえで、さっさと読めよ!」
蛇骨は顔を真っ赤にして急かす。睡骨は黙って文字に視線を走らせた。それを見た蛇骨がまた喚く。
「声出して読めよ!わかんねえよ!」
「いちいち、うるせぇヤツだな。『市中を騒がせる盗賊達のねぐらを見つけた。町外れの荒れ寺にて』……だそうだ」
それを聞き終えた瞬間、蛇骨は足音を荒げて自室に飛び込み、蛇骨刀を掴むとその勢いのまま廊下を走り抜ける。
「おい、待て!どこへ行く!」
呼び止める睡骨に、「決まってんだろうが!その寺だよ!」と返し、蛇骨はそのまま門から駆け出て行ってしまった。
「なんてせっかちな野郎だ」
舌打ちした煉骨は、その手紙に、もう一枚紙が貼り付けられてあるのに気が付いた。破れないように剥がし、読んでみる。
そこには、盗賊達が逃げるための待ち合わせ場所が記してあった。

睡骨は眉根を寄せた。
この密告状が罠なのは間違いないだろう。本当に盗賊を捕らえさせたいのならば、当然市中警備の兵のところへ訴え出るはずだからだ。だが、この二枚目はどういう事だ?これも、罠の一つなのだろうか。
そう考えていると、外からバタバタと駆け戻ってくる足音が聞こえる。
草履のままで屋敷内に走り込んできた蛇骨が、手紙を前に考え込んでいる睡骨の腕を引っ張った。
「町外れの荒れ寺って、どこだよ!」
「……お前、知らないで行きかけたのか」
「おれはずーっと川の方に行ってたから、町の中のことは詳しくないんだっての!案内しろって!」
蛇骨は当然のようにそう要求すると、自分よりも体格の良い睡骨をぐいぐいと引きずり始める。その傍若無人ぶりに、睡骨は息を付く。
「判ったから、ひっぱるな」
諦めて睡骨は立ち上がると、忙しなく門へと走り出した蛇骨の後を追った。そして表戸の所でオロオロしている老人に手紙を預け、蛮骨に届けるよう言いつける。
門の所では、イライラした蛇骨が足踏みしながら「早く早く」と手招いている。
「ったく、落ち着きのねえヤツだな」
「てめえがのんびりなんだよ!で、どっちなんだ、その寺!」
睡骨は、夜の街路を指差して告げた。
「北だ」

 
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