◆ 小話1 ◆


 

その日は祭りだった。

里の豊穣祭と同時に城内では武士同士の相撲大会などもあり、遊里の女連中も繰り出しての大騒ぎになっていた。
その往来の華やかさを所在なげに眺めている男が3人。
道ばたに座り込み、派手な女達の、着物の裾から見える足首を見て、いい女だの太いだの黒いだのと勝手な点数をつけては、結局は振り向いて貰えない現実にため息を付く霧骨、凶骨、銀骨だった。

「なんで、俺達もてないんだろう」
「金はあるのになぁ」
「ぎしぎし…なしてだろう…」

全員が、「自分以外の連中に原因有り」と確信していた。
「お前がちんくりんだからだろう、女ってのは、逞しい男に弱いんだ」
凶骨が力瘤を見せびらかしながら、さりげなく霧骨に当てこする。

「やっぱり、鬼みてぇなツラってのは、おなごに好かれねぃよな」
霧骨が凶骨に当てこする。凶骨の大きさは女に好感を抱かれる「逞しい」等という範疇をこえ、山から下りてきた鬼にしか見えない。

「ぎし、あのな」
すでに改造を施され、男というか人間かどうかも判らない銀骨は無視された。
霧骨と凶骨は、「もてないのはお前の所為だ」といわんばかりの顔で睨み合い、そしてどっちにしても見向きもされない自分達のわびしさにため息を零す。

「あー、世の男共は女を腕にぶら下げて歩いてんのに…その辺の侍よりはよっぽど銭持ってんのに…寂しい…」
霧骨がほろりと涙をこぼす。
「お、おれのどこが悪いんだ…たまの祭りくらい、おれだって食い気より色気を優先してぇ…」
凶骨が滝の涙をこぼす。
どっちにしろ、もてない男3人連れはわびしい。華、華が欲しい!と強烈に願う。その時だった。1人だけもてない男論議にも加えて貰えず、黙々と往来を行く女達を眺めていた銀骨が、奇声を上げた。
「うーうー」と興奮のあまり言葉にもならない銀骨が指差す方を、霧骨凶骨も見る。地面スレスレ女達の様々な足の間に見えた、その足!
やや日焼けしているものの、きっちりと引き締まり、歩くたびにふくらはぎの筋肉がきゅっと締まる。
スラリと伸びた膝から下の形良さ。大胆にまくった裾の合間から見える、程良く肉の乗った太股、その肌の艶。歩き方も隙が無く、猫のようにしなやかだ。
文字通り、『小股の切れ上がったいい女』の足だった。
(くそーーー、あの脚で腰を締め付けられてーーー!)
思いっきり下世話な夢を見つつ、3人は他の通行人の邪魔になりそうなくらい身を乗り出した。
足が立ち止まり、爪先が3人の方に向く。
(ひょっとして、俺達に気がある?)
明らかに彼等の存在を意識していると思われるその行動に、3人の胸が期待で高鳴った。地にはいつくばったまま、爪先が近付くのをじっと待つ。やがてその足が止まる。
生唾を飲み込んだ3人が顔を上げる前に、脚の主が頭上から声をかけてきた。
「お前等、何やってんだ?」
聞き覚えのある声に、鼻息が荒くなっていた3人はおそるおそると言った風に顔を上げる。
蛇骨が上から見下ろしていた。
霧骨はその爪先から頭のてっぺんまでしげしげと眺め、まさしく、彼等の心を奪った美脚が仲間のものだったと知った。期待に高まっていた胸が一気に砕け、3人は崩れ落ちた…。

「何だよ、人のツラ見て、失礼な奴らだな」
いきなりしょんぼりと肩を落とす3人に、訳が分からない蛇骨は憮然とする。
「何やってんだ、お前等」
蛮骨の呆れた声がした。
「お、大兄貴…」
3人の弟分の情けない顔に驚きつつ、蛮骨は蛇骨を急かす。
「おい、買い物あるんだろ?早くすませねぇと、時間無くなるぞ」
「あ、そうだった!大兄貴の奢りなんだよな」
蛇骨は嬉しそうに蛮骨の腕に両腕を絡めた。
「お前等も、暇なら城の広場にいきな。殿さんが、相撲大会で俺達の分も席も用意してくれてるそうだ」
「振舞酒も出るってさーーー、なんか楽しみ」
蛇骨はきゃいきゃいとはしゃぎつつ、3人に手を振った。
「んじゃ、あとでなーーーー」
3人はつられて手を振り返しながら、楽しそうに出店のある方向に消えていく蛮骨と蛇骨の後ろ姿を見送った。
そして3人同時に思った。

――何で男2人なのに、あっちはわびしそうに見えないんだろう――

そして急に思いついたように、3人は同時に互いの顔を見た。
しばし眺め合った後、すぐにため息を付いて視線をおろす。
3人は考えたのだ。

(なぜ蛮骨と蛇骨の2人は男同士なのにわびしそうに見えないんだろう。これはやっぱり――蛇骨の形(なり)のせいだろうか?)

派手でそんじょそこらの女以上に華やかで、だからわびしそうに見えないんだろうか。だったら、この中の誰かがあんな風に派手な恰好をしたら、それなりに気分が浮き立つのだろうか。

そう思った3人は互いの顔を見直し、誰が一番派手な恰好が似合うか考えた。考えた結果、最初の頃よりもわびしい気分になって項垂れた。

派手な形以前に、人間らしい形をした者すらいなかったのだ。


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